陸上競技の技術 (1) ビクトル・サネイエフの三段跳

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 ことのおこりは、ランニングフォームにおけるスウィング脚の膝を折りたたんでおいたほうがよいのか、それとも適度に広げておいたほうがよいのかという疑問について考えていたとき、三段跳では、意図的に広げてスウィングしているけれど、あれはいったい何のためにおこなっているのだろうかと、疑問のひらめきが飛び火してしまったということにある。
 若いころの私の専門種目は走高跳だったのであるが、得点をかせぐ必要があって出場していた第二種目は三段跳だった。走るのが遅かったので、たいした記録は残せていないが、走高跳で鍛えた足腰のバネを利用して、なんとか砂場には入れていた。
 当時、世界のナンバーワンはソビエト連邦のビクトル・サネイエフであった。1968年のメキシコオリンピックで17m台の選手が3人も出た。サネイエフ選手は17m39で優勝したが、このとき、踏切板にスパイクが乗っていなかったそうだ。およそ20cmは損をしている。
 三段跳の場合、踏切板を踏むときの、ホップの踏切は、走幅跳の踏切ほどむつかしいものではない。全力で踏切る必要はないし、そんなことをしてしまったら、ホップを跳びすぎて、ステップの踏切でつぶれてしまう。ホップの踏切では、ここでつっぱらずに、走りぬける感じでの最後に、踏切板をちょっとだけ後方へと押しやるというものだった。
 ステップの踏切動作はとびきりむつかしかった。私はサネイエフのフォームを真似て、両腕スウィングを試みていた。キック脚を前方へとしっかり伸ばしてスウィングする技術も、しっかりとなぞった。
 ジャンプの踏切では、とにかく高く跳ぼうとした。ちょうど走高跳のときの踏切脚と同じだった。
 社会人になってからは、チームに所属しなかったので、得点をかせぐために三段跳をする必要がなくなり、私は、好きな走高跳をやるためもあって十種競技に専念した。
 ともあれ、ランニングフォームにおけるスウィング脚の膝をどうするのがよいのかという疑問に対する何らかのヒントを見出すために、かつては、こまかなところまで覚え込んでいたビクトル・サネイエフの連続写真を探し出してきた。
 ランニングフォームを調べるのとは違って、各部の重心についての鉛直速度をくわしく観察する必要が生じて、解析ソフトをあれこれと改良した。ここではサネイエフの三段跳についてだけ論じるが、改良したソフトを使えば、走高跳の踏切についても、これまでになく詳しく、もちろん定量的に調べることができそうだ。

 サネイエフのホップ・ステップ・ジャンプのフォーム

 サネイエフのホップ・ステップ・ジャンプのフォームを示そう。もちろん原画像は著作権の関係で使えない。原画像からおこしたステックピクチャーを示す。ただし、今回、この作業をして私は驚いた。連続写真として掲載されていたものが、連続ではなく、重要なところで間引きされていたのだ。ステップはよかったのだが、ホップとジャンプでは、それぞれ、1コマずつが飛んでいた。私は、それらの間にあるはずのフォームを推定して補うことにした。このため、ホップとジャンプの今回の解析は、げんみつなものではない。また、解析ソフトの都合で、次に示すステックピクチャーの連続画像においては、全重心の高さが同じ水平位置にくるようにしてあるので注意してほしい。


図1 ホップ・ステップ・ジャンプの連続ステックピクチャー

 ホップ・ステップ・ジャンプのキック局面

 ホップ・ステップ・ジャンプの踏切キック局面に注目して解析する。


図2 ホップ・ステップ・ジャンプの踏切キック局面

 キック局面の重心変化とキックポイントフォーム


図3 キック局面の重心変化とキックポイントフォーム

 キック局面の重心変化を見て、私は驚いた。(b) ステップの赤色のスウィング脚の重心は、下に向かって曲線となっておらず、ほぼ水平に移動している。三段跳のステップでは、スウィング脚の足先を地面すれすれになるように動かして、全重心の変化をなめらかにするものだと思っていた。ところが、足先の動きと、スウィング脚重心の動きは違うものだったのだ。
 全重心(黒)の変化は、なだらかに上向いている。このような変化を生み出しているのは、もちろんキック脚によるものであろうが、両腕によるスウィングによって引きあげられているトルソ(ここでは上半身)の動きが役だっているらしい。なにしろ、上半身の質量は全身の質量のほぼ1/2もある。その上半身のなかで、両腕を同時に同じ方向へと動かせば、これらの重心を大きく変えることができる。ところが、両腕を前後に動かした場合は、上半身の重心をあまり変えない。サネイエフの両腕スウィングは、水平速度や鉛直速度を上積みすめるための重要な技術なのである。
 ホップとステップのキックポイントのフォームはベータクランクキックで、ジャンプのそれはアルファクランクキックである。

 各部重心の水平速度と鉛直速度の解析

 次の解析図の(向かって)右側にある「総合水平速度グラフ」には、実線で描いた、いろいろな加速力について示してある。これらの内容については「高速ランニングフォームについてのエピソード(18) キック軸加速度」「同(19) 加速のための力」を参照してほしい。
 解析図の(向かって)左側にある「TGB鉛直速度グラフ」と「SK鉛直速度グラフ」は、ここで初めて示すものである。右の「総合水平速度グラフ」と同じ色で、上半身重心(T)、全重心(G)、キック棒重心(B)、スウィング脚重心(S)、キック脚重心(K)の、それぞれの鉛直速度をプロットしてある。
 縦線が入っていないところが有効キック区間で、赤い点線の位置は、全重心(G)の水平速度が最大値をとるときのキックポイントを示している。




図4 各部重心の水平速度と鉛直速度の解析

 右側の「総合水平速度グラフ」について概観しよう。  (a) ホップにおいて全重心(G)の水平速度は、ほとんど高まっていない。踏切板を踏むときまで加速しようとする選手はなかなかいないことだろう。走幅跳の踏切では、たいてい、減速することと引き換えに、高く跳び出そうとしているはずである。だから、むしろこの(a) ホップでは、踏切中に全重心(G)の水平速度が低下していないことに注目すべきだろう。
 濃い黄色の実線で示してあるdS-dB が、後半に大きくなろうとしているが、この動きは、すでに離陸してからのものとなっている。
 (b) ステップの「総合水平速度グラフ」は、まるで、ガトリン選手の高速ランニングフォーム(サバンナキック)のものである。私はとても驚いた。サネイエフ選手は、三段跳のステップにおいて、加速モードのランニングの動きを生み出しているのだ。サネイエフ選手のステップは「ジャンプ」ではなく「ランニング」だったのである。
 (c) ジャンプでは、全重心(G)の水平速度が減速している。これこそが「ジャンプ」のモードである。
 「総合水平速度グラフ」に描かれてある青い実線は、全重心(G)とキック足支点(O)のキック軸(GO)に沿っての、長さの変化からの加速力を示したものである。(a)に比べて、(b)と(c)が高いのは、これらのキックにおける出力が大きいことを示している。
 左側の「TGB鉛直速度グラフ」と「SK鉛直速度グラフ」のパターンは、ホップ・ステップ・ジャンプにおいて、いちじるしく異なっており、とても分かりやすい。
 (a) ホップでは、TGBが同じように変化している。また、Sの変化とも似ている。これは、このときの踏切動作が、おもにスウィング脚(S)によってリードされていることを示している。
 (b) ステップでは、SとKの脚のほうがともにマイナスの値であり、ジャンプのための動きとなっていない。全重心(G)はなだらかに上向いて加速されているが、この動きを生み出しているのが、黄緑色のプロットによる上半身(T) である。
 (c) ジャンプでの変化は、とても分かりやすい。全ての重心の鉛直速度が、同じように上向いている。まさに「ジャンプ」モードの動きである。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, Dec 31, 2012)

 

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