陸上競技の技術(2) ロッド・ミルバーン選手(アメリカ)の110mH

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 110mHのロッド・ミルバーン選手は、確か、1972年のミュンヘンオリンピックで世界チャンピオンとなった、アメリカの黒人選手だったと思います。記録は、オリンピックで13秒2、自己ベストは13.秒0と、残っていた連続写真のコピーにあります。
 この連続写真は、当時の陸上競技専門誌の特別号として出版されたものにあったものと思われます。現在の私のところには、コピーの画像しかありませんが、当時は、このような連続写真の資料本が出版されていて、何度も見て、それらのフォームを覚え、実際のトレーニングで試みたものです。私が110mHに取り組んだ大学生のころのお手本が、このミルバーン選手でした。

 ロッド・ミルバーン選手(アメリカ)の110mHのステックピクチャー

画像そのものは著作権に触れますので、それから構成したステックピクチャーを図1として示します。


図1 ロッド・ミルバーン選手(アメリカ)の110mH
(画像をクリック → 拡大画像へ)

 ロッド・ミルバーン選手は身長1m80で体重が80kg、そして23歳というデータが記されています。私の身長は1m76で、大学の先輩ハードラーのIMさんも、1m80あるかないか、くらいでした。その先輩は、110mハードルで機敏な動きができるのが、ちょうど私たちくらいの身長なのだと力説し、私たちは、このミルバーン選手の技術をいろいろと研究し、ほとんどストレートに真似て、記録を向上させる努力を重ねました。
 ミルバーン選手の技術の一つ目は、「ダブルアームアクション」という、踏切での両腕の扱い方です。当時の日本記録をもっていた鎌倉光男選手もダブルアームアクションでした。これは、そんなに広く取り入れられた技術ではありませんが、先輩のIMさんと私は、当然のこととして、ダブルアームアクションを取り入れ、その技術を磨きました。
 ダブルアームアクションというのは、踏切の前に、両手の掌(てのひら)を前に向けて、まるで、そこに見えない壁があるかのようなポーズをとるものです。両手ではなく、片方の手だけで、見えない壁を押すというフォームもあり、これを「シングルアームアクション」と言います。これは、10年ほど前、七種競技の選手の一人がやっていました。
 これらのアームアクションでは、通常の、前後に振っている腕の動きを変えて、まるでパントマイムのような動きをするのですが、それにはそれなりの理由があるということを、私たちは体験によって知りました。
 図1の@はランニングにおける、ごくごく普通のポーズですが、Aで(黒い方の)左腕も前方へと来ています。先輩と私は、もっと、この、両腕の動きを強調して、両手の掌を前に向け、風を受けて上半身がブレーキを受けるようなイメージをもつようにしていました。風で上半身が起きるのではありませんが、このようなイメージをもつことにより、Aのように、上半身が垂直に立つポーズをとりやすくなるのです。なぜ、このような姿勢を必要とするのかというと、BからCにかけての踏切動作で、加速することが容易になるからです。Bで、上半身を前方へと突っ込むのと、リード脚の膝を引き上げるのを、ハサミのように、上からと下からで閉じるようにして、これらの動作で、水平速度を大きくすることができるのです。リード脚の膝下部分を前に振り出すのは、おそらく、離陸してからのことですが、そのようにするという勢いが、このときの加速動作を強めることになります。自然なランニングの腕振りのままだと、Aの姿勢のように、上半身を垂直に立てることがおろそかになり、すでに上半身を前傾させたままで踏切に入ることとなります。すでに前方にある上半身では、このときの加速ができません。キック脚によるバネだけが頼りになるわけですが、ダブルアームアクションの踏切では、上記のシザース(はさみ)だけでなく、もちろん、キック脚のバネもつかうのです。私はもともと跳躍選手でしたから、ハードルまでの距離があっても、これらの技術とバネで、えいやっと、飛びかかって、おまけに、ここで加速するというスタイルをつらぬいていました。
 ミルバーン選手の技術の二つ目は、結果として、ハードル上を10cm以上空けて飛んでいるというものですが、これの原因は、離陸するときの重心高がきょくたんに高いということにあります。BからCにかけて、左腕を顔の横にまで上げています。私も、もちろん、これをなぞりました。確か、肩で耳をおおうように意識して、肩と腕を引き上げた覚えがあります。上半身は前に突っ込んで重心を下げるほうに動くので、それを打ち消すように、腕と肩を上げるのです。かくして、重心の高い踏切姿勢とすることになり、ハードルを越えるときの軌跡を、よりフラットなものにできます。このような技術を使わずに、脚力だけで高く跳ぼうとすると、走幅跳の踏切のように、水平速度の一部を使ってしまい、ブレーキをかけてしまいます。踏切でブレーキをかけずに、さらに加速してしまうという、かなり高度な技術なのです。ちなみに、当時の私は、ハードルの上をすれすれに跳ばなくて、10cmくらい空けて跳んだとしても、踏切と接地でブレーキをかけないかぎり、タイムロスは無視できるほどだというシミュレーション計算をやって、論文のようなものを作ったりしていました。30年くらい経って、東京のOB会でIM先輩と出会ったとき、「あれ(その論文ペーパーのコピー)はまだ持っている」と聞かされて驚いたものです。
 Hの姿勢も、私はたびたび、若いハードラーに指導するのですが、ここにはどんな技術があるのかというと、左手のひじを少し曲げ、翼のように下方にアーチを描かせ、そのアーチの中に、抜き脚の膝をもってくるということです。これは何の利点があるかというと、腰をリード脚側へとスライドさせ、抜き脚を身体の中心軸へと近づけることとなり、中心軸まわりの、左右の角運動量を小さくして、次の接地でのポーズをとりやすくし、また、接地時の無意味な横の回転運動を消してしまうことにあります。もちろん、このような技術のためには、腰のところがじゅうぶんやわらかくなければなりません。体重が80kgもあるミルバーン選手の抜き脚は、けっこう重いものなので、このような技術が不可欠なのです。そして、もっぱら走高跳を専門にしていた私も、太ももだけは筋肉たっぷりで重かったので、この技術なくしては、バランスをとって接地することはできないはずでした。
 四つ目の技術は、JからKにかけての、接地脚のかかとをしっかりと浮かせた、私が「馬の蹄のポーズ」と呼んでいる姿勢をとることです。H→I→Jの抜き脚の動きも、ここにつながってきて、抜き脚の膝が胸の前に来るようにします。そして、このとき、両腕は前後に振りながら、肩を引き上げて、全身のあらゆる部分を利用して、接地時の重心を高いものとするのです。接地のキック脚は、「馬の蹄のポーズ」をとりつつ、重心直下ではなく、わずかに後方で、ポンと地面を「蹄」でたたくように、スパイク面だけを使って接地するのです。かくして、ブレーキは最小限に抑えられ、このあとの軌跡もなめらかに推移し、インターバルが楽に走れるようになります。
 ミルバーン選手は行っていませんが、私とIM先輩は、Gのあたりで、ハードルを前から手で触るという動作を組みこんでいました。腕を下げることにより、相対的に抜き脚を上げるという効果と、ハードルを手で触ることにより、ハードルとの位置関係をつかんで、抜き脚を胸に引きつけるタイミングをはかるというねらいがありました。これは、へたをすると、手でハードルを前に倒してしまって失格するという危険もあるのですが、そのようにして失格したことは一度もありませんでした。慣れてくると、抜き脚の足先あたりがハードルに触れたという感覚があったら、直ちに力を抜いて、足先を上に上げ、ハードルを倒さずに済ませるということも可能になりました。しかし、初期のころは、何度もくるぶしをハードルにあててしまい、今でも、くるぶしのところが異常に盛り上がっています。
 第1ハードルは低い姿勢で跳びかからなければならないので、どうしてもすれすれとなり、抜き脚もハードルに当ててしまいがちになります。この対策として、第1ハードルでのGとHのあたりでは、リード脚を速く下方へと振り下ろします。このことにより、相対的に、抜き脚が浮くことになるのです。他のハードルでも、リード脚を意図的に速く振りおろして接地することで、加速の効くキックとすることができます。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, Nov 5, 2013)

 

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