陸上競技の技術(4) クラウス・ヴォルファーマンのヤリ投

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 私は十種競技の選手でしたから、ヤリ投もやっていました。しかし、どちらかというと、不得意種目の一つでした。ベスト記録は47mです。お手本としたのは、ソビエト連邦のヤーニス・ルーシス選手でした。ルーシス選手は、クロスステップの後の、最後のキックを、足底を進行方向へと向けて着く、少しユニークなテクニックのものでした。左脚で中間マークを踏んで、イチ、ニー、サン、シーと、偶数の右脚キックのところで少しストライドを伸ばしつつ、横を向いてゆきます。ヤリを引く動作は、二―のところでやったと思います。ゴ―がクロスステップで、ロクが最後のキック、そして、ナナが投げです。
 ヤリを引き出すコースは、何かで読んで、「頭の上」を通すという方法をとっていました。これは、野球でいう「オーバースロー」の投げ方です。しかし、野球のボールを投げるときは、まっすぐ投げるため、下へと引くのですが、ヤリ投では、ヤリが上の方へと進むように、上のほうへと押し出す感じにします。
 このような投げ方は、「ヤリ肩」と呼ばれている、強い肩の筋肉群を必要とします。野球のボールも、それほど遠くまで投げられなかった私は、とにかくパワーをつけようと、(中学校の教師だったので)体育館でバスケットボールを、ボードやステージに向かって何本も投げて、負荷をかけて強化しました。日曜日の午後はグラウンドが空きますので、スパイクをはいて、ヤリを投げてトレーニングしました。
 そうして、腕の馬力だけで、なんとか40m台は投げられるようになっていましたが、テクニックは未熟だったので、50mへはとどきませんでした。
 しばらく(20年から30年の)空白時間があって、2012年の日本選手権(@大阪, 長居陸上競技場)を見に行ったときのことです。ディーン・元気選手が84m台を投げて優勝しました。このとき、村上選手は「オーバースロー」の投げ方でしたが、ディーン選手は「クォータースロー」だということに気がつきました。ヤリを、頭の真上を通して投げるのではなく、右肩より遠いところを通すものです。「ああ、円盤投と同じなんだ」と私は思いました。その数日後、陸上競技場で、ディーン選手のフォームを真似て投げてみましたが、わずかな距離しか飛びません。それは、この投げ方が悪かったのではなく、私の身体が弱りすぎていたからなのでした。
 2012年の秋から私は、最低週に1回は陸上競技場でトレーニングをするということを自分に言い聞かせ、痛めていたアキレス腱を回復させることを、さいしょの課題として、雪がちらつくときも、せっせと、(スピードは出ないのでしたが)走り続けました。
 2013年もトレーニングを続けていたところ、昔の私のことを知っている人が、県体の砲丸投に出場するように依頼してきました。これまで出場してきた人が故障で出られないから、その代役だということでした。
 それからしばらくして、一人で砲丸投の練習をしようとしましたが、右手で砲丸が持てないということが分かりました。何年か前の仕事で、右腕だけを過酷に使う作業があって、ついに、右腕の神経がおかしくなって、自由に動かせなくなったことがあったのです。その後遺症が何年か続き、右腕は「箸とマウスしか持たない」という状態で、なんとか、このことをごまかしながら、仕事などもやってきたのでした。
 砲丸投のことですが、左手なら砲丸も首につけて持てるので、左手で投げられるようにトレーニングして出場することとしましたが、結果は最悪でした。
 このときのトレーニングのとき、やはり、右手でヤリは投げられないということが分かり、遊び気分で、左手でヤリを投げてみたところ、けっこう飛ぶし、腕も肩も痛くありません。
 ただし、円盤投は、右手でふつうにターンして投げることができるのでした。
 仕事を続けながら、休日にトレーニングして、秋になり冬になって、いつしか、腕や胴体が強くなってきたと感じられるようになりました。胴体から上の身体にとっては、毎日の仕事(配送荷物の仕分け)がトレーニングだったようです。
 2013年の秋から冬にかけて、スプリントランニングの負荷が効いて、翌日はとても走れないというとき、遊び半分で、(右手と左手で、交互に)ヤリ投や円盤投をやり始めました。このとき、ディーン選手のクォータースローの投げ方、つまり、最後の腕の動きを円盤投のようにすると、(右で投げても)肩も腕も痛くないということが分かり、「これなら(右でも)投げられそうだ」と思いました。ただし、何本か投げてゆくと、やがて、投げる瞬間、背中が痛くなってきました。背中を、たすき掛けのように、斜めに走る筋肉が、じんわりと痛むので、もう投げられないと感じてしまうのです。胴体がまだまだ弱いようです。それでも私は、「ヤリは肩や腕で投げるのではなく、背中のパワーと胴体を前へと引く腹筋で投げるのだ」と、こっそりつぶやいていました。
 若いころ、47mを投げたときの「背中にバン」と衝撃を感じたときのイメージが、何度も再現できるようになりました。助走で得た運動量を、ストップ脚で腰を止めることによって、上半身の前方への振動へと移し、さらに、右肩を前方へと突き出してヤリを引いてから、最後に、肘を伸ばしたままの腕で、ヤリを振りまわしぎみに加速し、まっすぐ前にではなく、やや右の上の方へと押し出すというフォームが仕上がってきました。
 これは、若いころ、どうしても出来なかった感覚です。59歳の、こんなときになってようやく、ヤリ投のいろいろなテクニックが身についてくるなんて。円盤投のターンのコツが(50歳を超えてようやく)分かったと自慢しにいったこともある、友人からまた「遅いわ」と言われそうです。
 「ヤリはかならずしも、頭の上を通して投げる必要はなかったのだ」ということが、ようやく分かったのです。
 やがて、胴体が強くなってきて、背中はなんともなくなり、代わりに、右肩にじんわりと負荷による痛みが残るようになりました。これは良い傾向です。この、右肩が強くなったら、次は腕全体とか、肘などへ負荷がかかるようになるかもしれません。
 私の身体は、まだまだ強化途中ですが、マスターズの世界で、十種競技の9種目目としてヤリ投もやらなければなりませんから、これからもしっかりトレーニングしてゆくつもりですが、そうなると、もっと遠くへ投げるため、どのようにすればよいかを詳しく知りたくなります。
 残しておいたヤーニス・ルーシス選手の連続写真を見て、私は「あっ」と思いました。ルーシス選手は、「オーバースロー」ではなく、「クォータースロー」だったのです。当時の私は、このことに気がつかず、中間マークからのステップや、クロスステップ、最後のキックなど、下半身の動きのところしか真似ていず、投げるところの、いろいろなパターンのことには、まったく注意を向けていなかったのです。
 「ヤリ投は円盤投のように投げることができる」のです。「野球のボール投のように投げる必要はなかった」のです。おそらく、バスケットボールを投げるときも、「上投げ」と「横投げ」と、その間の「クォータースロー」を試してみて、どれが遠くまで投げられるか、故障せずに強化できそうか、チェックしておくべきなのです。
 ※しかし、「まったく円盤投げのように肘を伸ばして」とはいかないようです。肘を伸ばしたままで振りきる動きでは、最後のところで、肘をやや先行させて、肘から先のスナップをきかせる動きほど大きなスピードを生み出せません。クォータースローでも、すこしばかり肘を先行させておくのがよいようです。それがむつかしいというときの方法として、肘のところで90度に曲げておいて引き出し、最後にここを伸ばすことによってスナップ効果を生み出すというものがあるようです。

 次に「クラウス・ヴォルファーマン(Klaus Wolfermann)のヤリ投」の連続写真から構成したステックピクチャーを示し、ヤリ投でチェックすべきポイントを説明します。私のベスト記録は47mなので、まあ、この経験から言うと、初心者向きのコツしか述べられないと思いますが、トレーニングの参考にしてください。
 この連続写真は、私がお手本としていた「ヤーニス・ルーシスのヤリ投」の次にあったものでしたが、ヴォルファーマンの身長が1m76と、私とぴったり同じで、体重も近いので、こっちのほうが私に向いているかもと思ったものです。ルーシス選手の最後のキックが進行方向へ足をつけて行うものなのに対して、ヴォルファーマン選手は横向きです。こちらのほうが、身体を横に開いたまま「投げの構え」へと向かってゆきやすそうです。
 ヴォルファーマン選手のビデオが次のところにあります。
 http://www.youtube.com/watch?v=ZLOdVYl6zec
 これを見ると、ヴォルファーマン選手の助走がとても速いということが分かります。ルーシス選手のフォームも見ることができるのですが、ステップの動きが強調されていて、スピード感が少し劣っています。1m76という身長のヴォルファーマン選手は、ヤリ投選手として小さめだという点を、この、助走スピードでおぎなっていたようです。そしてもちろん、この速い助走動作の中で、次に示すステックピクチャーのフォームで分かるように、きちんと、大きなキック動作を試み、ほぼかんぺきな「投げ」を行っていたのですから、90m48という記録も当然のことかもしれません。

 クラウス・ヴォルファーマンのヤリ投

 次の図1は、おそらく、1972年のミュンヘンオリンピックで90m48を投げたときの、クラウス・ヴォルファーマン選手のフォームだと思われます。


図1 クラウス・ヴォルファーマン選手のヤリ投フォーム

 この図で赤色は右手と右脚、黒色が左手と左脚となります。
 1はおそらく中間マーク(置いているかどうかは分かりませんが)のところです。
 1からの左脚で踏む「イチ」に始まって4〜5の「二―」の右脚キックのところで、肩の上に持っていたヤリを後ろに引いています。  6〜7の「サン」では、横向きになることを意識しています。
 8〜9の右脚キックの「シー」で、横向きに少しストライドを伸ばしてキックします。
 10〜12の「ゴー」はクロスステップです。右脚で左脚を追い越し、下半身を先行させて、身体全体を後傾させます。ここのところは、少し高く跳ぶことで、クロスステップの複雑な動作をやりやすくし、次のキックで沈み込めるようにしておきます。
 14の「ロク」では、横向きの「中腰」右脚キックとなり、ただちにキックして、17〜18のように、右脚のスパイクの内側が地面をこするようなポーズとなるようにします。
 18〜20が「ナナ」(と数えたりしませんが)の「投げ」です。18で左脚を地面につけて、腰を止めるように意図します。ここで膝は、わずかに曲がるはずです。無理に止めすぎてしまうと故障します。走高跳の踏切でも、わずかに曲がって、筋肉群が伸ばされるときの「伸張反射」で大きな力が生み出されるのです。
 18のところで背中に「バン」と力を感じます。
 18では横向きですが、19では正面を向いています。このような動きで、ヤリを持っている右手を支えている右肩が前方へと引き出されます。胴体と右肩による「引き」がベースとなって、3段ロケットの2段目の(1段目の加速は助走の運動量の変換によるもの)加速が行われ、最終3段目の、腕による「振り切り」へとつながってゆきます。
 17〜20のところで、腕による「振り切り」が行われています。時間的に、きちんと分離しているわけではないようです。そんなことをしていたら、間にあわないようです。3段ロケットの1段目や2段目の効果を生み出しつつ、最後の3段目となる「腕による投げ」を始めているようです。
 ヴォルファーマン選手の「投げ」は、やや「オーバースロー」に近いものですが、もう少し頭から離して右肩の外側を通す「クォータースロー」として投げることができます。ルーシス選手がそうですし、少し時代が下がったチャンピオンの、ヤン・ゼレズニー(Jan Zelezny)選手の「投げ」も、そのようなコースを通して投げています。
 初心者や、私のような、再開者は、まず、このような正確な動作をなぞって、動きのパターンを覚えます。
 そして、中間マークを踏むイチからヨンまでのステップを歩くようなスピードから始めて、ゴーのクロスステップと、ロクのキックからの、(つぶやきませんが)ナナの投げで、背中から右肩、そして腕の振り切りまでの動作で、実際にヤリを投げます。
 何度も繰り返して、ほとんど意識して考えることなく、これらの動作を行えるようにします。つまり、「小脳に動作のプログラムが書きこまれる」わけです。昔のソビエト連邦の指導書などでは「ダイナミックステレオタイプが形成される」と表現されていました。
 ここまできたら、初期助走を何歩か付け加えて中間マークを踏み、じょじょに助走スピードをあげていって投げます。急にスピードを上げてしまうと、正確な動作ができなくなります。ダイナミックステレオタイプを少しずつ修正して、スピードをあげたものに変化させてゆくのです。
 このようなプロセスをたどってゆくと、大きな負荷となってゆくところがあらわれ、いろいろと力不足を感じることでしようが、とにかくやってゆけば、その日の限界がやってきます。故障しない程度に負荷をかけてゆくのが、ひとつのコツです。それから、超回復が起こるよう、じゅうぶんに休むこと。無理をしてはいけません。ヤリを投げないで、いろいろな補強運動を行ってゆくことで、身体を強化してゆくこともできます。身体のバランスを整えるため、逆の腕で投げるというのも、遊び以上の効果があります。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, Jan 2, 2014)

 

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