陸上競技の技術(5) YG選手の110mH
上半身とリード脚によるシザース動作の効果

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 2014年6月29日(日)のトレーニングにおいてYG選手のハードル技術を指導することとなりました。
 YG選手にはスプリントランニングフォームについていろいろと指導したことがありましたが、ハードル技術については、ハードリング後の着地において「馬の蹄(ひづめ)のポーズ」をとって、できるだけ高い重心位置で接地するということを指導していただけでした。
 もうひとつ、ハードルに跳びかかる踏切での技術で、さらに加速できるというものについては、ダブルアームアクションもしくはシングルアームアクションという技法がむつかしいものなので、かんたんに指導できるものではないと思っていましたし、また、指導する機会もあまりないので、何も指導しないままでした。
 2014年6月29日(日)のトレーニングでYG選手が110mハードルをスタートからこなすのを見て、記憶していたロッド・ミルバーン選手のフォームと比較することにより、ハードルに跳びかかるときの加速技術のポイントは、ダブルアームアクションもしくはシングルアームアクションという技法にもとづく、上半身の前方への突っ込み動作だけにあるのではなく、そのような角運動量を打ち消すこととなる、下から水平位置へと振り出す、リード脚の膝から下の動きにも関係しているのだということに気づきました。
 そこで、YG選手には、踏み切る瞬間に、上半身とリード脚で、はさみを閉じるような動作を行うことにより加速することができるので、もっと早くリード脚の膝から下を前方へと振り出すようにと指導しました。
 このような動作を意識することにより、YG選手のハードリングはかなりスムーズなものとなりました。
 また、ハードリング後の着地においての「馬の蹄(ひづめ)のポーズ」も、支持脚の軸を、もう少し前方へ傾けて接地したほうがよいと指導しました。
 あとひとつ、スタートから第1ハードルまでを9歩でこなしていましたが、ハードル前でちょこちょこと歩幅を調整してスピードダウンしているので、スターティングブロックの位置を入れ替えて、8歩でこなせるようにしたほうがよいと説明したところ、YG選手は、さっそくやってみて、すぐに8歩でこなせるようになり、ハードルをいくぶん遠目からアタックできるようになりました。
 これらの技術の、とくに「もっと早くリード脚の膝から下を前方へと振り出す」ことの効果について調べます。

 ハードリング全体

 YG選手のフォームと比較するために、ロッド・ミルバーン選手のハードリングのステックピクチャーを図1として示します。


図1 ロッド・ミルバーン選手(アメリカ)の110mH


図2 YG選手の110mH(YG7)

 図2は「YG選手の110mH(YG7)」です。画像コードYG7の第1ハードルについてのステックピクチャーで、このとき、1秒間に30コマ撮影するビデオ画像の、1つ飛ばしで描いてあります。
 ロッド・ミルバーン選手のステックピクチャーの時間間隔は確認できませんが、おそらく同じ1/15秒だとみなせます。
 ロッド・ミルバーン選手はハードルよりかなり高く飛んでいますので、空中での時間も永いのかもしれませんし、編集者の意図で、空中フォームだけ細かな時間間隔で表示したのかもしれません。
 ロッド・ミルバーン選手のB〜Dのところの動きが私の記憶にあってYG選手に説明したのでしたが、もう30年以上前のこととなるので、どれだけなぞれていたのかは確かではありませんが、私自身、このB〜Dのような動きを、少なくとも目指していたと思います。私はダブルアームアクションをやっていたので、踏切前に上半身を垂直に立てて、踏み切る瞬間に、その上半身を前方へと傾けていました。リード脚もできるだけすばやくのばしていたと思います。そうしないと、ハードルの少し上をねらうことができないからです。

 くわしく比較するため、図1と図2から踏切の@〜Cとyg1〜yg4を取り出して図3としました。


図3 ロッド・ミルバーン選手(上)とYG選手(下)の踏切動作

 YG選手は1台目ですが、ミルバーン選手は2台目以降のハードリングだと考えられます。このため、@とyg1では、上体の姿勢がかなり異なります。さらにミルバーン選手はAでダブルアームアクションのポーズをとって、このあとの動きのための準備をしています。リード脚の膝から下の動きがかなり違います。YG選手は、ビデオ撮影の1回目(YG1)では、もっと膝を高くしようとして踏み切っていました。2回目以降で、リード脚の膝下を早く振り出すことが意識できるようになったのでしたが、このように比較してみると、まだまだミルバーン選手の技術には近づけていないということが分かります。
 ミルバーン選手の離陸ポイントは、BとCの間にあります。このとき、上半身とリード脚によるシザース(はさみ)効果により、身体重心が水平に大きく動かされています。ハードル種目では、障害となるハードルを飛び越えなければならないわけですが、このための動作を逆に利用して、スピードアップすることができるのです。

 ハードリング後の接地動作を比較するため、図1と図2から、次の図4を構成しました。


図4 ロッド・ミルバーン選手(上)とYG選手(下)の接地動作

 YG選手のyg11は、よく腰が入っていて、前進のための動きができています。欲を言えば、yg10のところで、足首をもっと固くして、かかとを上げたままの接地ができると、さらにスピードロスが少なくなります。

 総合解析によるスピード能力の比較

 次の図5は「YG選手の110mH踏切動作の総合解析」です。そして、その下の図6は「ロッド・ミルバーン選手の110mH踏切動作の総合解析」です。YG選手の解析元画像は1秒につき30コマのビデオ画像なので、この解析結果は、これまでのランニングフォームなどの解析と同じレベルで確かなものです。しかし、ロッド・ミルバーン選手の画像については、ここのところが不明確なので、110mHのタイム(およそ13秒0)から、全スピードdGが9.0 [m/s] 前後であろうと推定し、解析上の調整を行っています。
 このようにしての解析ですが、ダブルアームアクションという、スピードロスにつながりそうな動きまで組みこんで、ハードルに飛びかかるとき、上半身とリード脚とでシザース(はさみ)動作を行うということの利点が明らかになりました。


図5 YG選手の110mH踏切動作の総合解析


図6 ロッド・ミルバーン選手の110mH踏切動作の総合解析

 図5の「YG選手の110mH踏切動作の総合解析」において、◇総合水平速度グラフ◇の下に示した、キックポイント(赤い縦点線位置)での、スピードを読みとると、dG(=G)=6.8 [m/s], dK(=RL)=3.9 [m/s], dT-dK(=T-K)=2.65[m/s], dS-dB(=S-B)=4.62 [m/s] となっています。これらの値は、通常のスプリントランニングにおけるものと、おおきく違っていません。
 ところが、図6の「ロッド・ミルバーン選手の110mH踏切動作の総合解析」における、◇総合水平速度グラフ◇の下に示した、キックポイント(赤い縦点線位置)での、スピードを読みとると、dG(=G)=9.3 [m/s], dK(=LL)=4.2 [m/s], dT-dK(=T-K)=6.03 [m/s], dS-dB(=S-B)=3.31 [m/s] となっています。
 これらの値を表1としてまとめ、比較のため、表2を作りました。

表1 スピードの比較(1)



表2 スピードの比較(2)



 表2より、ロッド・ミルバーン選手(RM)は、全スピードdGにおいて、YG選手より2.5 [m/s] 上回っていますが、キックベース速度dK、(係数p=2/3こみの)相対トルソ速度p(dT-dK)、(係数q=1/4こみの)相対スウィング速度q(dS-dB)を見比べると、そのほとんどを(係数p=2/3こみの)相対トルソ速度p(dT-dK)によって生み出しているということが分かります。

 まとめ

 これまでもっぱら、ハードルを越えたあとの、接地における「馬の蹄(ひづめ)効果」がスピードロスを減らす技術であることを指導してきました。それは、比較的かんたんに習得できるものであり、その効果がすぐに現れるものでした。
 ハードル種目において、もうひとつ、スピードアップのための、より積極的な技術があるということは、若いころ、私自身で体験していて知っていたのですが、その技術の入口となる、ダブルアームアクションやシングルアームアクションというものが、通常のランニングフォームに対して、かなり異質なものでしたので、これまで指導してきた選手たちにも、とくに強くすすめてこなかったのでした。
 今回、YG選手のハードリング技術をコーチするにあたって、この技術の、もうひとつの入口として「リード脚の膝から下を離陸の瞬間に振り出し始める」ということがあることに気づき、こちらのほうから指導することにしました。
 すると、YG選手の踏切は(まだまだという感はありますが)かなりスムーズになってきて、1台目までの歩数も、9歩から8歩へと変えることができました。
 そして、YG選手とロッド・ミルバーン選手の踏切動作を解析して、「リード脚の膝から下を離陸の瞬間に振り出し始める」ことの、角運動量として打ち消すための動作としての「上半身を前方へと突っ込む動作」が、通常のスプリントランニング動作では見られないほどの、非常に大きな相対トルソ速度dT-dKを生み出し、(係数pこみの)相対トルソ速度p(dT-dK)において、2 [m/s] 以上の、さらなる寄与をもたらすということが分かりました。


図7 ロッド・ミルバーン選手の踏切動作

 図7のAにおいて、ダブルアームアクションやシングルアームアクションをおこなうというのは、さほど本質的なことではなく、上半身をほぼ垂直な位置に残しておくということが1つのポイントとなります。もうひとつのポイントは、いままさに離陸しようとする瞬間(Bのところ)に、リード脚の膝下が振り出される動作と合わせて、上体を前方へと突っ込むことです。
 そのときのシザース動作の結果として、空中でCのような姿が生じれば、踏切でのスピードアップが可能となります。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, July 4, 2014)

 

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