陸上競技の技術(8)
ヤリ投の助走スピードはヤリの飛距離にどのように関係するのか

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 ヤリ投はむつかしい

 ヤリ投のトレーニングをやっていますが、つくづく、ヤリ投はむつかしいなあと思います。何がむつかしいかというと、助走スピードの大きさが、ヤリの飛距離にうまく結びつかないというところです。
 砲丸投や円盤投やハンマー投とは違って、直線での長い助走距離が保証されているのに、そこでスピードアップしても、ヤリの飛距離は落ちるばかり。これが、初心者が必ずおちいる、ヤリ投技術の「落とし穴」だということは分かっているのですが、ここから抜け出すには、いったい何をどうすればよいのかが分かりません。
 800グラムのヤリを投げていた、若いころの私は、確か、4歩プラス7歩の、標準的な助走を行って投げていたと思います。しかし、そのときの技術が、すでに、「井の中のかわず」状態だったのかもしれません。
 私の記録は40m台だったのですが、50m台の選手から、「背中と肩の動きでヤリの初速を生み出す」というコツを(動きなどの指導によってではなく)言葉で教わったことがありましたが、さて、自分で色々と工夫してやっていましたが、なかなかうまくゆきませんでした。
 一度だけ、試合のとき、背中にバンと衝撃を感じて、あっと思ったものの、腕の振り抜き動作をうまくやれなかったことがあります。そのときの47mがベスト記録です。あの感覚に続けて腕を振り抜くことができれば、50m台へと記録を乗せることができたかもしれませんが、その後、「背中にバン」という感覚を再現することができなかったのです。
 それから30年も経って、私は600グラムのヤリを投げる年齢になってしまいました。
 その何年か前に少し戻りますが、ある種の仕事のため、右腕の神経が麻痺してしまうという時期がありました。右腕が思うように使えなくなり、仕事もできなくなって、貯金で食いつなぎ、右腕の神経機能が回復するのを待たなければならなかったのです。
 やがて、なんとか右腕が自然に動かせるようになり、仕事も得られて、普通の生活に戻ることができましたが、右腕はもう、スポーツ選手のものではなくなっていました。
 右腕でヤリなぞ投げられず、とりあえず普通に過ごしてきた左腕で投げたヤリのほうが遠くまで飛びました。でも、それは10m〜20mくらいの距離でした。遊びにはなっても、競技のレベルとは言えないものでした。
 ある日、走るトレーニングを続けていたときの気晴らしにと、左腕でのヤリ投と交互に、右腕でも、円盤投のように、腕をすっかり伸ばして振りまわすようにして投げれば、肩などに強い痛みをともなわずに投げられるということを見出しました。
 そして、右腕でのヤリ投で、どこまで記録を伸ばしていけるかということに面白味を感じ、走るトレーニングのついでに、ヤリ投のトレーニングに打ち込むようになったのでした。

 助走スピードとヤリの初速との関係は?


図1 ヤリの飛距離を求める公式のためのモデル

 ヤリの初速度と飛距離の関係を知ろうとしてウェブを調べ、次のような公式が紹介されているのを知りました。

   L = (1/g) Vcosθ [ Vsinθ + sqrt((Vsinθ)2 + 2gh ) ] - D (式1)

 ここで、Lは理論距離、Vはヤリの初速度、θは投射角で、hは投射高、Dは投射位置とされています。LとDの境界にあるのが、ヤリ投の助走が終わるラインです。gは重力加速度です。また、原文では ルート記号が使われていましたが、表示しにくいので、C言語での平方根の関数 sqrt(a) を使っています。aの平方根がsqrt(a)です。
 ところで、この公式がどのように導かれたのかというと、どうやら、次の2つの条件を連立方程式として解かれたようです。

   -h = Vsinθ × t - (1/2) g t2     (式2)
   L = Vcosθ × t - D           (式3)

 (式2)はヤリが地面に落ちるまでの、鉛直方向の距離についての方程式で、(式3)は、これと同じ時間tに、ヤリが水平方向にどれだけ進むかという、水平方向の距離についての方程式です。
 これらの連立方程式の作り方は、高校の物理で習うものです。(式2)をtに関する2次方程式の、根の公式に基づいて求め、(式3)のtに代入して整理すれば、(式1)が得られます。(式1)はBestと Bartletによって1988年に提案されたそうですが、このような解き方を見ると、ヤリの飛距離を説明するものというより、あらゆる投擲種目の飛距離に適用できるものです。それだけではなく、走幅跳についても使えるはずです。
 これの説明ページでは、ヤリの最適投射角が、L=60mレベルでθ=35度、L=40mレベルでθ=33度と述べられていますが、(式1)の計算結果からは、そのような値は出てきません。次の表1はV=20.00, h=1.70, D=2.00を固定し、投射角θを30度から1度ずつ変化させていったとき、理論距離Dがどのように変化するかを求めたものです。これによると、投射角θ=44 [度]のとき、L=40.48 [m]の最大値が求められています。しかし、多くの選手は、こんなに大きな角度で投げだせば、失速してしまって、距離は伸びないということを知っていると思われます。

表1 ヤリの飛距離の計算結果(1)



 つまり(式1)では、ヤリの飛距離に影響すると考えられる、ヤリと空気における揚力の問題や、ヤリの重心位置による姿勢角の変化、あるいは、ヤリを水平に投げるときに対して、斜め上に投げるときの、初速度Vがどのように減るのかといった、いろいろなことが、まったく考慮されていません。
 しかし、ここに述べた、いろいろなことを、物理学の公式として組み込むのは、かなり難しいことであり、それに必要な指標も増えて、また、ヤリ投選手の条件にも左右されることにもなります。ですから、現実的には、幾つかの指標に準じて、投擲結果を数多く集め、統計的な経験式として見つけてゆくのが、まあ、現実的に役だつものと考えられます。ひょっとすると、もっと専門的な論文を調べてゆけば、そのようなものが見つかるかもしれませんが。
 ともあれ、ここでは、(式1)から得られる結果に基づいて、ヤリの飛距離と助走スピードのおおよその関係を考えたいと思います。
 次の表2は、θ=33.00, h=1.70, D=2.00を固定して、初速度Vと理論距離Lの関係を見たものです。

表2 ヤリの理論飛距離の計算結果(2)



 これにより、目標とする飛距離Dに対して、ヤリの初速度Vとして、どれくらいの値が必要なのかが分かります。表2は初心者のためのデータですので、表3として、もっと強い選手のためのデータを示しておきます。

表3 ヤリの理論飛距離の計算結果(3)



 初心者のデータにもどって、V=20 [m/s] のとき、L=37.74 [m] という値について考えます。
 ヤリ投の助走スピードは、走幅跳の助走のように全速力でというわけにはいきません。ヤリを投げるための構えのポーズをつくり、そのときのいろいろな条件を満たすために、かなり特殊な走り方を行う必要があります。上級者になれば、それなりに速く走って構えのポーズへと進むことができるのでしょうが、それでも、助走速度としては、おそらく、6 [m/s] から8 [m/s] くらいではないでしょうか。初心者だと、4 [m/s] から6 [m/s] あたりかもしれません。
 ここのところは、実際に観測して、正確な値を求めることもできそうですが、仮に助走スピードを5 [m/s] と見積もったとき、ヤリの初速度V=20 [m/s] を生み出すには、構えにおける投げの動作で、さらに15 [m/s] を上乗せしなければなりません。
 ヤリ投では、構えのとき、前方の脚をつっぱって、腰をブロックするという技術があります。これにより、身体全体がもっていた運動量が、腰の上にある上半身とヤリに移されることを目指しています。この技術がうまく作用すれば、助走スピードで生み出された運動量が、上半身の運動量へと移り、それがヤリを引く肩の前進スピードへと変換され、5 [m/s]よりさらに大きなスピードを、ヤリの1次初速度として生み出すことができるかもしれません。
 しかし、このような技術に関しての、定量的な見積もりを行うのは、観測値やモデルを使って、新たにシミューションしなければならないことですので、ここでは、このことについてさらに追及しないでおきます。

 かんたんなまとめ

 ここまでの考察についてかんたんにまとめておきます。
 ヤリの初速度はかなり大きなものであり、比較的遅い助走スピードの、わずかな変化は、ヤリの初速度のわずかな部分にしか寄与することができません。そのため、助走スピードを上げることによって、構えから投げについての、必要な条件を悪化させるとき、ヤリの初速度がうまく得られないということになるようです。
 これらはヤリ投の経験者にとっては分かりきったことかもしれませんが、定量的な見積もりを認識しておくということで、技術の評価が違ってくると考えられます。
 このあと、次のテーマについて、さらに考察してゆこうと思っています。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, Sep. 1, 2014)

 ヤリ投の7歩助走の意味



 構えから投げのところへもどる



 「背中がバン」ではなく「胸がパン」を感じる



 ヤリ投はY形の木でつくるパチンコに似ている



 

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