陸上競技の技術(14) ヤン・ゼレズニー選手のフォームに見る
腰のブロックと胴体の振動でヤリ肩を前進させる技術の意味

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 ヤン・ゼレズニー選手のトレーニングにおけるヤリ投ビデオ画像 [1] にある、軽い助走からのフォームについて、ヤリ投解析ソフト(javo.exe)で調べてきました。


図1 ヤン・ゼレズニー選手の「構え」から「投げ」のフォーム

 ここに示した4色の点は、次のような部分を記しています。

   紺色 <> ヤリの先端(座標番号 [26])
   赤色 <> ヤリを投げる右手の握り部分(座標番号 [9])
   緑色 <> ヤリを投げる右肩(座標番号 [6])
   黒色 <> 腰の中心点(右腰と左腰の中間位置、へその少し下あたり, 座標番号 [5])

 これらの座標点の絶対速度Vのグラフに、成分ともなる、水平速度dxと鉛直速度dyから求めた勾配dy/dxを線で書き加えた、図2のようなものを示してきました。


図2 ヤン・ゼレズニー選手の「構え」から「投げ」の速度グラフ

 ここでは、これまで示してきた解析法を発展させて、次のような速度差をグラフとして表わせるようにしました。

   (A) = ヤリの先端[26] - ヤリを投げる右肩[6]
   (B) = ヤリを投げる右手の握り部分[9] - ヤリを投げる右肩[6]
   (C) = ヤリを投げる右肩[6] - 腰の中心点[5]

 (A)と(B)は、ヤリを投げる右肩[6]を基準点としたときの、ヤリの先端[26]やヤリを投げる右手の握り部分[9]の相対速度です。おおよそ、ヤリを投げる肩と腕による速度としての寄与分を意味します。
 (C)は腰の中心点[5]を基準点としたときの、ヤリを投げる右肩[6]の相対速度です。こちらは、腰を支点としたときの、胴体の前進(ひねりも含んだ)振動による、速度の寄与分を意味することになります。

 ヤン・ゼレズニー選手のヤリ投フォームと相対速度の (A) (B) (C)

 ここでは、図2のように、勾配dy/dxを線であらわすという方法はとりません。もっとシンプルに、dxだけ、dyだけ、Vだけとして、相対速度 (A) (B) (C) を表わしたグラフを示します。


図3 水平速度dxにおける相対速度 (A, blue) (B, red) (C, green)

 この図3の解析グラフは、水平速度dxにおける相対速度 (A, blue) (B, red) (C, green)を表わしていますが、ここで注目すべきところは、[form] の9と8の区間です。
 赤([9]-[6])と青([26]-[6])の相対速度が1から2 [m/s] あたりの小さな値であるのに対して、緑([6]-[5])の相対速度が6くらいになっています。
 このような値を示す、[form] 9と8の間の動きが、ブロックされた腰を基盤として、胴体が生み出す(ひねりを加えた)振動によるものだということは、グラフの下に添えたミニフォームと見比べることにより理解できます。
 このとき、鉛直速度dyのほうは、どのようになっているのでしょうか。次の図4の、[form] の9と8の区間の様子を見てください。


図4 鉛直速度dyにおける相対速度 (A, blue) (B, red) (C, green)

 [form] 9と8の間で、緑([6]-[5]))は1 [m/s] 以下の値で、赤([9]-[6])と青([26]-[6])は8 [m/s] ほどの大きさです。
 [form] 9と8のミニフォームから分かるように、ここで、ヤリを投げようとする肩を鉛直方向へと動かす余地はあまりありませんが、後ろに残しておいた右肩を、ここで一気に先行させ、水平方向へと素早く動かすことができるわけです。
 これに対して、ヤリを投げる右腕の動きとしては、鉛直方向への変化も、水平方向への変化も、いずれも可能となっているのですが、これを同時に行うとなると、筋肉にかかる負荷が大きくなって、どちらも、中途半端な出力となってしまいます。
 そこで、このとき、ヤン・ゼレズニー選手(ひょっとすると他の一流選手なども)が行っているように、水平速度の増加については、胴体の筋肉群による出力にうけもたせ、鉛直速度の増加分だけをヤリを投げる腕と肩の筋肉群でまかなえば、総合的に大きな絶対速度Vのベースを生み出すことができます。
 静止状態から動きだして、ある程度スピードがついてきたヤリについては、比較的小さな出力でも、これを加速してゆくことができます。そのようなことが、[form] 10と9の間で行われているわけです。


図5 絶対速度Vにおける相対速度 (A, blue) (B, red) (C, green)

 図5の絶対速度Vは、dxの2乗とdyの2乗の和の平方根です。
 [form] 9と8の間では、胴体による緑([6]-[5])と、肩と腕による赤([9]-[6])と青([26]-[6])の、相対絶対速度が、ほぼ同じくらいの値となっています。見事なまでの役割分担です。ヤリを素早く動かし始めるときの、大きな筋出力が必要なときの、水平速度を胴体の筋肉群が生み出し、鉛直速度を、ヤリを投げる肩と腕が生み出すのです。これで、肩と腕だけで投げるより、ずうっと大きな速度を生み出すことができるようになります。
 このような、胴体の役割分担をうまく行うために、腰のブロックというテクニックが利用されていると考えられます。腰を止めるだけでは意味が無くて、ここを基準として、素早く胴体を(ヤリをもっていない腕のリードを利用して、ひねりも加えて)前方へと振らなければいけないわけです。意識としては、右肩でヤリと腕を前方へと引くということになります。このとき、ヤリを持っている腕は、肘が伸びている状態ではなく、幾分肘が曲がって、腕でも引き始めながら、もっと大きな胴体の力で、肩ごと引かれることになります。
 このとき、腕は引かれるのを待っているのではなく、肩が引かれる、その上に乗って、ヤリを斜め上へと持ちあげなければいけません。おそらく、これは、無意識にやっているはずです。

 まとめ

 「構え」につづく「投げ」において、小さな速度で動いているヤリを、大きな絶対速度へと加速する、初期の、大きな出力が必要なところで、水平速度dxについては胴体の筋肉群で、鉛直速度dyについては肩と腕の筋肉群で、それぞれ分担させることにより、総合的な絶対速度Vを生み出そうとしています。
 さらに加速すべき後半においては、胴体の動きはもう利用できないため、水平速度と鉛直速度のいずれについても、腕の筋肉群が働いています。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, Oct. 1, 2014)

 参照資料

[1] Jan Zelezny.wmv
  http://www.youtube.com/watch?v=QGGm10y5QCQ

 

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