陸上競技の技術(15) 2014アジア大会男子やり投げで優勝した
趙慶剛(ZHAO Oinggang)選手の(アジア記録89m15)フォーム解析

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 2014年アジア大会陸上の男子やり投げで優勝したのは中国の趙慶剛(ZHAO Oinggang)選手でした。6投目に89m15というアジア記録を投げたときの映像が紹介されていました。ヤリを投げた後、身体が前に飛んでしまい、ファールをふせぐため、地面に倒れ込むという、カンテロ式のフォームでした。ヤリの重心が変えられる前の記録として104m80を投げたウベ・ホーン(Uwe Hohn)のコーチで強くなったということです。
 なぜカンテロ式のフォームになるのか、ウベ・ホーンにコーチしてもらったということですが、いったい何が変わったのか、このような疑問がわき、趙慶剛(ZHAO Oinggang)選手のフォームを調べようと思い立ちました。
 しかし、日テレのウェブサイトで紹介されているビデオ画像は、(A) 斜め前方からのものと、(B) かなり上のほうから斜めに撮影したものでした。理想的には、真横から撮影したものを解析したかったのですが、しかたがないので、これらをビデオで撮影して、静止画像へと展開し、解析を始めることにしました。しかし、(A)の画像では、ビデオの画像コマの周期がうまくあわなかったようで、解析に使えるものとはなりませんでした。やむなく、(B)の、かなり上のほうから撮影したものを調べることにしました。

 解析原画像

 解析原画像を収録するためのビデオ画像は、次のサイトのページのものを用いまし た。

   TBS『アジア大会2014韓国仁川』|TBSテレビ 10/2 陸上男子 銀 やり投げ

 画像に添えた数字は、私が記録したビデオ画像(1秒間に30コマ)をjpg画像に展開したときのコマ数です。


図1 趙慶剛(ZHAO Oinggang)選手の6投目の解析原画像

 解析プロセス

 解析のプロセスをかんたんに説明します。


図2 画像47についてのjavo.exeによる[座標] ページ

 (1) 解析プログラム(javo.exe)に原画像を取り込んで [座標] ページに表示させます。
 (2) あらかじめ決めてある節点(nod)の順に、マウスの左クリックで、それぞれの座標を指定します。
 (3) Pic A をクリックすると、投擲者のステックピクチャーとヤリと基準点が表示されます。
 (4) 修正したい座標があれば、左の対応する数字の行をクリックして、座標のnod番号を指定してから、右図で指定します。
 (5) すべての座標を指定し終わったら、ここにはありませんが、左下のスイッチをクリックして、座標値をデータファイルとして、名前をつけて保存します。
 (6) [ 連続 ] のページに移って、連続する10コマ(以下)のフォームのデータを指定し、それらの座標値のセットについて、名前をつけて保存します。
 (7) 各種の解析法を選択して、その解析結果を表示します。

 今回解析する画像は、真横から撮影されたものではなく、斜め上方からのものでした。このため、このような画像から得たデータを、真横から撮影して解析したデータに近づけるため、幾つかの補正を行いました。
 ひとつめの補正は、左下へと向かっている進行方向をx軸とするための座標回転です。このとき、見かけ上の鉛直成分がy軸の値として求められますが、斜め上方から撮影されていることを考慮して、これを真の鉛直成分とするための補正を行っています。
 これらの補正にともない、上記画像では、53や54において、胴体が見かけ上かなり短く写っているとろを、次に示すトレースフォーで、できるだけ真横からの姿勢に近づけるため、胴体部分だけを伸ばしてから、他の部分を描写するということを行っています。
 また、45と90を見比べてもらえば分かると思いますが、これらの画像は同じ倍率で撮影されていません。ズームの逆のパンという操作が行われています。解析に使った画像は45から54までですが、これらの倍率の違いは、ヤリ投走路の横幅を読みとることにより調べました。45を100とすると、54では79の倍率でした。これについての補正は、あらかじめ、解析原画像を、これらの縮小率の逆数で大きくしておくという方法をとりました。

  「構え」から「投げ」のトレースフォーム

 図2で指定してあるピンク色の基準点を固定して、それぞれのトレースフォームを描いたものが、次の図3です。45から54の画像では、前方の左脚の先端部分が写っていません。このため、左脚の膝から先の描写はおおよその推定によっています。今回の解析では、腰点から上の部分だけが利用されていますので、左脚や右脚のフォームは解析結果に影響しません。
 原画像では54あたりで胴体が見かけ上短く写っていますが、この部分については、トレース後、真横から見たときの長さに近くなるように伸ばして描写するようにしてあります。これは、腰点(黒)に対する、ヤリを投げる右肩(緑)の位置関係を調べるための補正となるものです。


図3 基準点を固定して描写したトレースフォーム

 次の図4は「横に展開したトレースフォーム(背骨描写タイプ)」で、図5は、同じものの胴体描写タイプです。背骨描写タイプでは、胴体の曲がり具合がよく分かります。胴体描写タイプでは、上半身のひねりの様子がよく分かります。


図4 横に展開したトレースフォーム(背骨描写タイプ)


図5 横に展開したトレースフォーム(胴体描写タイプ)

 スピード解析

 基準点を固定して、次の座標の速度を調べました。

   紺色 <> ヤリの先端(座標番号 [26])
   赤色 <> ヤリを投げる右手の握り部分(座標番号 [9])
   緑色 <> ヤリを投げる右肩(座標番号 [6])
   黒色 <> 腰の中心点(右腰と左腰の中間位置、へその少し下あたり, 座標番号 [5])

 最後のほうで、ヤリの先端の速度と、ヤリを投げる右手の握りの部分の速度がうまく一致していませんが、これは原画像の解像度の問題によります。ここまで速い動きは、はっきりと記録されないようです。


図6 幾つかの座標の絶対速度Vとミニフォーム

 この図6で注目しておくところは、ヤリを投げる右肩(緑)の速度Vが、5←4のところと、8←7←6のところとで大きくなっているということです。これを読みかえると、6←5のところで小さくなっているということになります。下のミニフォームを見ると、6←5のところでは、ちょうど、右脚によるキックが行われていることがかります。このとき、腰点(黒)の速度Vが大きくなっています。このような変化は、ヤリを持っている右肩を、ここで少し後方へと引き、大胸筋を引っ張るというテクニックによるものと考えられます。
 それから、8←7←6のところで、腰点(黒)の速度Vは小さくなります。腰がブロックされたようです。これにあわせて、ヤリの握り(赤)の速度Vが大きくなってゆきます。ミニフォームを見ると、8←7←6のところでは、胴体がひねられ、右肩が後ろから前へと、大きく移動していることが分かります。
 趙慶剛(ZHAO Oinggang)選手のフォームの特長として、このような、胴体を突き出しながらひねることにより、右肩を大きく動かしていることがあげられます。このとき、ヤリを持っている右手の肘が大きく引き出されています。肘を先行させて引き出し、最後の(10←9)、肘から先でのスナップの動きが大きくなるようにしています。
 10←9←8のところで、腰点(黒)の速度Vが大きくなろうとしています。このような動きが生じる理由については、あとで考察します。

 図6は絶対速度Vで、次の図7と図8は、ある座標と別の座標の相対速度です。(A)から(C)の3種類について調べてあります。図7は水平相対速度で、図8は鉛直水平速度です。

   (A)青 = ヤリの先端[26] - ヤリを投げる右肩[6]
   (B)赤 = ヤリを投げる右手の握り部分[9] - ヤリを投げる右肩[6]
   (C)緑 = ヤリを投げる右肩[6] - 腰の中心点[5]


図7 幾つかの座標の相対水平速度dxとミニフォーム

 (C)緑 = ヤリを投げる右肩[6] - 腰の中心点[5] の変化に注目してください。5←4で少し動いてから、6←5で一度止まってから、8←7←6で大きくなってゆきます。画像を撮影したのが真横からではないことについての補正がうまくおこなえていないため、これらの動きが小さな値として観測されている可能性があります。ミニフォームで見ると、右肩は、後方から前方へと大きく動かされており、このような動きのとき、ヤン・ゼレズニーの解析では、もっと大きな値が出ていました。


図8 幾つかの座標の相対鉛直速度dyとミニフォーム

 趙慶剛(ZHAO Oinggang)選手は なぜ カンテロ式の投げ方となるのか

 カンテロ式の投げ方というのは、ヤリを投げた後、図1の「趙慶剛(ZHAO Oinggang)選手の6投目の解析原画像」における、55から90に見られるように、地面に倒れてしまうというものです。カンテロ選手がやっていたフォームだと記憶しています。
 以前の私の認識では、腰をあまりブロックしないで、やや飛び上がる動きの中で投げるものと思っていました。しかし、今回、趙慶剛(ZHAO Oinggang)選手のフォームを解析してみると、腰はきちんとプロックしています。腰が飛び上がるのは、画像の60から70のあたりで、すでにヤリを投げ終わったあとのことです。ですから、飛び上がる動きの中で投げているのではないのです。
 カンテロ式のフィニッシュ動作ではない、他の選手同じように、きちんと腰をブロックしているのに、なぜ、投げ終わった後に腰が浮いてしまうのでしょうか。
 このような疑問について考え、ふと、「かかし抗力」というキーワードが思い浮かんできました。「かかし抗力」というのは、走高跳の踏切における力学的なメカニズムを説明するために、私が定義した力のことです。
 ヤリ投選手が腰をブロックして止めるときのフォームは、走高跳の踏切のフォームとほとんど同じなのです。少し違うところがあるとしたら、腰のところで、上半身がゆるくつながっている(ヤリ投)か、しっかりとつながっている(走高跳)というところでしょうか。このため、走高跳において、かかし抗力は、身体全体の重心に作用しますが、ヤリ投では、もうすこし複雑なかかわりかたをするようです。
 議論が先行してしまいました。まず、かかし抗力の説明から始めましょう。図9はミニフォームの7について、重心Gが腰にあるとして、速度Vと、かかし抗力Fについて表わしたものです。


図9 かかし抗力(F)の意味(1)

 図9のような状況で力が作用しているとき、仮に短い時間△tにおいて、Fが作用することにより、重心Gの水平速度Vを分解した速度VaとVbのうち、VaにFでブレーキをかけ、これを0としたとすると、Vbが残ることになります。走高跳では、このようにして、水平な助走スピードVから、鉛直成分をもつVbを生み出すのです。
 ヤリ投ではどのようになるかというと、腰のところでの、下半身と上半身のつながりがゆるいので、残ったVbに基づく運動量が上半身にわたされ、上半身が腰(ここではGのところ)を中心として前方へと回転することになります。このとき、このような角運動量の大きな部分をしめる、腰からもっとも距離をもつ、ヤリの動きへと変化します。
 つまり、ヤリ投では、かかし抗力によって残ったVbの運動量が、角運動量として上半身とヤリへと引き渡されるのです。
 ヤリはこうして飛んでゆきますが、上半身に渡された運動量は、残って、上半身を前方へと回転させ続けます。身体全体として見ると、もし足が地面の支点Oを離れたとすると、身体はVbの方向へと進むことになります。だから飛んでしまうわけです。
 趙慶剛(ZHAO Oinggang)選手が カンテロ式のフィニッシュになってしまうのは、ミニフォームの10あたりで、上半身が腰よりかなり先行しているという条件も加わります。このようになっていない選手のケースでは、身体の回転をともなわず、おおよそ、そのままの姿勢でVbの方向へと飛び出し、下に残っている足で地面に降り立ちます。
 かかし抗力は、腰をブロックすることにより、どのような選手にも作用するのですが、最後の姿勢の違いによって、身体の回転に利用されつつ飛ぶか、回転をともなわないで飛ぶかという違いに変化することとなります。
 また、上記の考察では、Vaをすべて取り去りましたが、かかし抗力Fが小さいため、Vaが半分だけになって残ったとすると、Vbの向きは、もうすこし水平方向へと近づくものとなります。このときは、あまり飛び上がらないということになります。


図10 かかし抗力(F)の意味(2)

 趙慶剛(ZHAO Oinggang)選手は、かかし抗力によって生み出されたVbを、上半身とヤリの角運動量へとうまく変化させ、ヤリを大きく加速したため、同時に動くこととなった上半身を前方へと突っ込みすぎ、地面を足が離れたあと、回転動作を続けることとなってしいまい、地面に倒れ込んでしまうのです。
 このようなメカニズムにより、ブロック脚の姿勢としては、地面から測った角度が45度であるとき、Vbの上向きの角度が45度となります。ブロック脚の姿勢角が90度に近づくにつれ、Vbの角度は水平に近づいてしまいますので、よくありません。また、プロック脚の姿勢角が小さすぎると、Vbが上に向き過ぎてしまって、これも、よくありません。ですから、ブロック脚は斜め45度となるくらいが、ちょうど良いのです。

 まとめ

 趙慶剛(ZHAO Oinggang)選手は、「構え」から「投げ」のところで、腰をブロックすることによって生み出される、水平速度Vの成分Vbを、上半身とヤリの回転運動へと利用することにより、ヤリの速度を大きくしていると考えられます。
 趙慶剛(ZHAO Oinggang)選手がカンテロ式のフィニッシュとなってしまうのは、このようなメカニズムにより、どうしても残ってしまう、上半身の回転運動のためです。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, Oct. 13, 2014)

 

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