陸上競技の技術(17)
やり投げでの腰のブロックにおけるかかし抗力(男子G選手のケース)

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 やり投げで腰をブロックするという技術があります。このとき、力学的にどのようなことがおこっているのかということについて説明します。

 G選手の腰が浮くフィニッシュフォーム

 高校生のG選手のやり投げフォームのなかに、腰のブロックがしっかりと行われているものがありました。


図1  G選手のやり投げフォーム(基準点でそろえてから均等に展開したもの)

 図1は、1秒間に30コマ撮影するビデオ画像から、フォームをステックピクチャーでトレースし、地面に設定した基準点についてそろえてから、意図的に横へと均等に広げたものです。ヤリを投げたあと、腰が浮いて、地面から離れてゆく様子がよく分かります。
 次の図2は、実は図1を構成するまえのもので、地面に設定した基準点についてそろえたままのものです。ここで黒い点が腰の中心点の動きです。「構え」のフォームから「投げ」のフォームへと、この黒い点(腰の中心点)が突然ブロックされて、その軌跡を変えているということが、よく分かります。


図2  G選手のやり投げフォーム(基準点でそろえたもの)

 次の図3は、上記図1の、選手のトレース色を薄くして表わしたものに、速度ベクトル(V, Va, Vb)と力のベクトル(F)を加えたものです。
 速度ベクトルのVaとVbは、速度ベクトルVを平行四辺形の法則によって分解したものです。
 このようなとき、速度ベクトルのOW軸に沿ったVaにブレーキをかけて、OWに鉛直な速度成分Vbを残す力Fをかかし抗力と呼んでいます(ちなみに、Vbだけが残ってからのOW方向の力はスプリング抗力と呼びます)。
 Vaをすべてなくしてしまわなくてもかかし抗力と呼びますが、ここでは、ほぼVaを0にしているようです。このとき、Vを分解したVaとVbのうち、Vbだけが残ることになります。かくして、腰点は、このVbの方向へ動き始めることになります。
 ここでは直接描写していませんが、鉛直下方へ重力が常に作用していますので、腰の黒い点は、やがて、上に凸の放物線を描くことになります。


図3 腰のブロックにおける速度ベクトルV(Va, Vb)とかかし抗力F

 腰がブロックされた瞬間から、ヤリを持っている身体は、地面の支点Oを中心として回転する「棒」のようにふるまうこととなります。
 いいえ、そうではなくて、やり投げにおいては、腰のところでの、上半身と下半身との「むすびつき」がしっかりとしたものではなく、まるで、ここにちょうつがいがあるかのように、上半身だけが自由に動くようになります。
 いいえ、それだけではなく、ヤリを支えている肩をもっている上半身が、胴体のひねりを加えつつ動いているときに、この、動くベースに乗っかって、肩から上にある、ヤリを持っている腕が、もうひとつレベルアップした自由さで動くわけです。
 やり投げの「投げ」においては、下半身、胴体、腕、といった、3つに分かれる部分が、まるで、瞬時に分かれる3段ロケットのように、上にゆくほど、大きな速度を生み出すことによって、最上部にあるヤリを加速するのです。
 腰がブロックされて、下半身の動きが止められると、それまで身体全体でもっていた運動量が、上半身へと引き渡されます。このとき、この上半身は、腰を中心とした回転運動を始めるので、より大きく動きやすい末端のほうが、より大きな運動量をうけもつことになります。ただし、このような考え方は、上半身が形を変えない固さをもっているときに成立することですが、実際は、肩のところにジョイントがありますし、腕も肘のところにジョイントをもっていて、形を変えてしまいます。ここのところを逆にとらえて、腕や肩が強く、より積極的に前方へ動くことができれば、最上部のヤリへと、運動量の多くを移すことができるわけです。
 しかし、ヤリに与えた分を差し引いて残った運動量があるていどあると、選手の身体が浮き始め、地面から足が離れるや、その重心(ここでは腰に近いところにあるとみなせます)が放物線を描くこととなります。
 このようなメカニズムが、腰のブロックの意味です。
 このような腰のブロックのメカニズムを利用して、ヤリの速度を大きくするためには、次の@〜Bが重要なテクニックとなります。

 @「投げ」の瞬間における速度Vを(技術的に可能な範囲で)大きくしておく
 A かかし抗力Fをきちんと生み出し、できるだけ短い時間でVaを消してしまう
 B 上半身のひねりや前屈の動きによる肩の動きと、ヤリを引く腕の動きのタイミングを合わせる

 やり投げ選手が、助走の中でサイドステップをしたり、足の追い越しというクロスをやったりして姿勢を整えつつ、「構え」で強く地面を蹴って生み出した、それらの勢いを、前方の脚でブロックして腰を止めようとするのは、それまで身体全体でもっていた運動量の多くを、ヤリの運動量へと変化させるためだったのです。

 G選手の技術的な問題点

 腰のブロックにおいてかかし抗力が作用し、水平スピードVを分解したVaとVbのうち、Vaを消すことにより、OW軸に垂直な成分速度Vbが残るということの説明のため、G選手のフォームを取り上げました。
 実は、ビデオ画像を記録しておかなかったのですが、このあとG選手は3回目の投擲で記録をのばし、40メートル前後で争っていた8選手の中から、一人45mを越えて(46mあたり)優勝しました。ところが、上記のサンプルとしてつかった2回目の投擲では、他の選手と同じくらいのところに位置していたのです。
 おそらく、G選手の1回目と2回目の投擲フォームにおいては、何らかの技術的な問題点があって、記録を伸ばせていなかったと見なせます。


図4 G選手の「構え」から「投げ」のフォーム

 図4はG選手の、1回目(G1)と2回目(G2)における、「構え」から「投げ」のフォームです。これらは、地面に設けた基準点を固定して描写したものです。
 「構え」における上半身の後傾はまずまずですし、ヤリの「残し」もうまくいっています。「構え」における(赤色で示してある)右脚キックも意図的に行われています。これらのフォームを見て、このときの、左脚が前方へよく伸びているのはよいと思えるのですが、この左脚が地面につくまでの時間がかなり永いようです。
 次の図5と図6は、1回目(G1)と2回目(G2)における速度解析グラフです。解析のときの座標番号としての、[5] [6] [9] [26] の4つの点の絶対速度が色のついた点で示してあります。これらの色のついた点の位置は、下に添えてあるミニフォームに示してあります。黒は腰の中心点 [5] で、緑は右肩 [6] で、赤はヤリを握っている右掌 [9] で、紺がヤリの先端 [26] です。これまで解析した選手がすべて右投げなので、このような対応となっています。紺色の速度が、最後の10←9のところで小さくなっているケースがありますが、これは、ヤリの先端が画像からはみ出しているにもかかわらず、無理やりに指定したための誤りです。無視してください。
 点をつらぬいて引いてある線は、絶対速度Vの成分となる、水平速度Vxと鉛直速度Vyから求めた傾きVy/Vxを示したものです。このため、おおよそ、その線の傾きに沿って動いていることになります。


図5 G選手1回目の速度解析グラフとそのミニフォーム


図6 G選手2回目の速度解析グラフとそのミニフォーム

 ここに示した速度解析グラフの結果を見ると、G1での「腰のブロック」は9←8のところで、G2では10←9のところとなっています。
 次のヤン・ゼレズニーの速度解析グラフのパターンと見比べると、ヤン・ゼレズニーの「腰のブロック」は9←8のところのようですが、このとき、緑色で示してある、ヤリを引く肩の速度が急に大きくなり、それをベースとして動く腕の変化を押しあげています。このような現象が見られるということが、「腰のブロック」によって、上半身へと運動量が引き渡されているということになります。
 ところが、G選手のG1とG2の速度解析グラフでは、緑色で示してある、ヤリを引く肩の速度は、「構え」の5←4あたりの速度から、あまり変わっていません。


図7 ヤン・ゼレズニー選手の速度解析グラフとそのミニフォーム

 図6と図7について、もっと詳しく比較するため、それらの速度解析グラフだけを図8として、同ミニフォームだけを図9として、まとめ直して示します。


図8 ヤン・ゼレズニー選手(JZ)とG選手2回目(G2)の速度解析グラフの比較

 図8の速度解析グラフを見比べてみると、G2の5←4のところの速度値が、JZの5←4の速度値と、ほぼ同じであるということが分かりました。このあとの、腰(黒)の速度パターンも、あまり違っていないようです。
 しかし、右肩(緑)のパターンとして大きく異なるところがあります。9←8のところです。JZでは8 [m/s] ですが、G2では 4 [m/s] です。


図9 ヤン・ゼレズニー選手(JZ)とG選手2回目(G2)のミニフォームの比較

 図8で見た、ヤン・ゼレズニー選手(JZ)とG選手2回目(G2)の、9←8のところで、右肩(緑)の速度が大きく違っていました。ここのところのフォームがどのようになっているのかを、図9で見比べると、右肩と右腕の使い方に違いがあることが分かります。また、胴体の使い方にも違いがあります。そして、左のガイド腕の使い方もかなり違います。
 7での姿勢では、両脚の開きといい、右腕でのヤリの残しといい、G2のほうがすぐれているように見えるのですが、10の姿勢のところで、G2では立ちすぎています。
 どうやら、G2では、腰のブロックが意図されているようですが、その力学的な効果が、上半身の運動量の変化へとむすびつけられていないようです。
 ヤン・ゼレズニー選手(JZ)では、前方に出した左脚を、7で接地して、8で膝が少し曲がることで、伸張反射を利用して力を生み出し、運動量を8で上半身へと移して右肩を引き出し、右腕によるパワー出力のピークが9のあとにくるようにしています。このような動きにあわせて、左のガイド腕の手首が、6では顔の前にあるところから、10では腰の位置まで、タイミングをうまくあわせて、大きく動かされています。
 G選手の2回目(G2)では、ちょっと見ると、なかなかうまくいっているようにも見えるのですが、速度解析グラフに示されているように、右肩の動きにアクセントがありません。ヤン・ゼレズニー選手(JZ)の6に見られるガイド腕のフォームが、G選手の2回目(G2)では2か3のところにあります。胴体のひねりが、右肩のスピードへとつながっていないようです。胴体はひねられているのではなく、斜めに傾けられようとしており、結果的に、右肩の動きを小さくしています。
 どうやらG選手の投擲フォームでは、腰のブロックだけが単独になされていて、これによって上半身へと運動量が移されることなく、ヤリを引く肩の動きや、ヤリそのものの運動量の変化へとつながっていないようです。

 まとめ

 ヤン・ゼレズニー選手だけではありませんが、腰のブロックがうまく行われていいて、水平スピードVのOW成分のVaをかかし抗力出打ち消して、OWに垂直な成分のVbを残していたにもかかわらず、「投げ」のあと、G選手のように腰を浮かせてしまわないケースがあります。このような現象は、残ったVbに基づく運動量の多くを、ヤリの運動量へと移すことができているからだと考えられます。
 これに対して、G選手のケースでは、Vbに基づく運動量の一部だけがヤリに向けられ、その多くが選手自身の体に残ってしまったため、大きく跳んでしまったと考えられます。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, Oct. 31, 2014)

 

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