アドバイス011 空っぽのグラウンドなんかにあいさつするな

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 走り高跳びのことについて、シリーズとして語ろうと思っていましたが、もっと大切なことがあることに気がつきました。

 試合の見学に行って

 10月14日(金)に秋季大会があることは知らされていました。
 教師だった昔のことを思い出しそうで、つらくなるかもしれないから、こういうものにはいかないでおこうと思っていました。
 しかし、前日の13日(木)、滋賀医大での内科の検診において、事態が大きく進展したことを、しかも、悪い方にではなく、良い方に進んだということを、KTさんには知らせておくべきだと考え、車に自転車を積み、駐車料のかからないところまで車で行って、自転車を出して、湖岸道路を走って、目的の陸上競技場へと向かいました。
 こんなことは何十年ぶりでしょうか。
 中学生の県の試合を見に行くということです。
 33年ぶりのことになります。
 そのころ私は中学校の先生で、陸上競技部の指導をしていましたから、こんな試合に来たら、ずうっと審判をしていました。私はもっぱら、棒高跳びの審判員でした。
 懐かしくなり、棒高跳びのピットへ行きました。
 レベルの低い試合です。
 もう、棒高跳びを詳しく指導できる先生方が、ほとんど還暦を過ぎてしまい、そして、その後継者のような指導者が、まったく育っていません。
 私たちが棒高跳びを教えた生徒たちは、ほとんど教師にはなっていないようでした。

 今は学校の先生に押し売りなんかしに行かないから

 大会委員長をしている先生というのが、私の高校時代の後輩だったので、あいさつに行きました。彼はもう校長先生ですが、謙虚に、先輩と後輩の「礼」をつくしてくれました。
 だからといって、そんな先生より私のほうが「偉い」などというつもりはありません。
 かつて私が棒高跳びの主審をしていたとき、いつも相棒として棒高跳びの審判をしていた、高校のときの同級生が、あるとき、もう校長になっているということを知り、コンピュータソフトなどを買ってもらえないかと学校へたずねたことがあったのです。
 そのとき、私は、つらい体験をして、みじめな思いで帰りました。
 大会委員長の校長先生の彼は、そのとき、その学校で教頭先生をしていたのです。
 現在、校長をしている学校の場所をくわしく教えようとしてくれるので、
 「学校の場所はいいよ。今は学校の先生に押し売りなんかしに行かないから。これから押し売りに行くのは、お医者さんのところだから」
と、私は、オチをちゃんとつけて笑いをとり
 「ただあいさつに来ただけだから、どうぞ、表彰の仕事に戻ってください」 と言って、彼を解放しました。


 運営がまずいですね

 MKさんが走り高跳びの試合で2位となり、表彰式のため、彼と雑談した入口ホールの向こうのほうで、一人すわって待っていました。
 中から女の先生が出てきて、1位と3位の選手が来ていないか、あたりを見回しています。私は
 「1位と3位の選手を放送で呼び出さないのですか」
と聞きました。すると、
 「3位までの放送があったら、ここに来ることになっているのです。」
と、まるで、そのようなことを聞いた私が、何か余計なことを言っているかのように、はっきり言うと、おこったような口調で言いました。
 「私はあなたを責めているのではありませんよ。ただ、来ないのなら、放送で呼び出せばよいのでは、と聞いただけです。」
 「放送では、個々に呼び出さないことになっているのです。」
と、やはり、強い口調。
 「でも、あの子はまだ、リレーに出なければいけないんですよ。」
 それでも、事態はなにも変わりません。
 これ以上いうと、また、私が躁病だと、どこかで診断されそうなので、スタンドへ戻り、色々な種目を観戦することにしました。
 そうして時間が経ち、1年生のリレーがどんどんと進んでゆくので、MKさんは2年のリレーのアンカーだから、みんなと一緒にウォーミングアップにゆく必要があります。
 私は階段を下りて正面玄関へと行き、奥に座っているはずのMKさんを探しましたが、いません。
 走り高跳びの表彰式はまだ行われていないことは、スタンドから見ていたので知っています。
 私が中を覗いていることに気づいた、別の女の先生が、
 「走り高跳びの表彰式は、リレーが終わってからすることになりました。」
と、自信満々に言います。
 それで、うまくやったと考えているのでしょうか。
 私は、
 「運営がまずいですね。」
と、さらりと言って、その場を立ち去りました。
 民間の世界で、こんな失敗をやったら、始末書ものというケースかもしれません。
 結果の発表のとき、それが聞こえるところに、必ず、対象選手がいるとはかぎらないではありませんか。
 もし私が、そのような係だとしたら、そして、絶対に放送で呼び出してはいけないというのなら、あらかじめ、各学校から「連絡係」として、一人ずつ集めておきます。そして、表彰式に来ない選手の学校の「連絡係」に、呼んでくるようにと命じます。
 彼らはスタンドの決められた場所で、試合を観戦してもかまいません。交代しても構いません。とにかく、何か連絡が必要な時、彼らのチームの所へと走らせるのです。
 民間の世界で生きてきたら、いくらでも対策は考えられます。
 現在は携帯があるので、それで連絡網を作っておくという方法もあります。

 空っぽのグラウンドなんかにあいさつするな

 ともあれ、Mkさんはチームのところへ行き、リレーは失敗なく行われました。
 少しタイムも上がったし。
 そして、Mkさんに走り高跳びについて何もコメントしていなかったので、リレーが終わったとき、そのゴールの方へと行きました。
 MKさんに出会えたものの、彼女は「急いでいますので」と言って、そのまま行ってしまいました。
 1走だったKTさんにも、砲丸投げの指導者の件で言っておくべきことがあったので、それを伝えようとして、もう少し進んだのですが、やはり、「急いでいますので」と、同じセリフ。

 MKさんの表彰式も終わり、大会の閉会式も済んで、選手たちは帰りの支度をするはずでした。
 そこで、彼女らのテントのところへ行くと、指導者の先生が、一人ずつミーティングをしているところでした。
 これは試合とはいえ、教育活動の一環なので、それを邪魔するのは失礼です。
 私は、少し離れたところで、自転車を停めて待ちました。

 もう終わりかなと思ったのですが、先生と生徒たちは、荷物をその場において、陸上競技場へと向かいました。
 ああ、あれか。
 先生と生徒たちは、陸上競技場のトラックの端に整列し、グラウンドに向かって「礼」をしたのです。
 私が教師をして指導していたころには無かった習慣です。
 私は現在でも、そんなことはさせていません。
 そのような行為は、もともと、その試合にかかわってくれた審判員や、応援に来てくれた人のために、感謝をこめて行うものだったと思います。
 ところが、今や、それは、人に向かって行うものではなく、ただ単に、そうすることが良いことだという認識だけで、誰もいない観客席やグラウンドに向かって、みんなで声や動作を合わせて、ただただ形式的に行えばよいというものに変わっています。
 そうではないでしょうか。
 もし、審判員、応援に来てくれた人、いっしょに競技をしてくれた人など、感謝すべき人に「礼」を尽くすのだということが分かっていたとしたら、まずは、私のところにきて、あいさつすべきではないでしょうか。
 もう「急いでいます」という理由は効かない状態です。
 たとえ「急いでいた」としても、私にあいさつすることを忘れてしまってはいけないと思います。
 なぜなら、私は給料をもらっている教師ではないからです。
 教師は、給料をもらっていて、それが仕事だから、指導してあたりまえなのです。
 そうではない私には、何を「お返し」すればよいのでしょうか。
 私はボランティアだから、お金がほしいというのではありません。
 でも、「感謝の気持ちがこもったあいさつ」くらいは、返してほしいと思っています。

 誰もいないグラウンドに「礼」をするのは、ばかげています。
 そうではなく、「お世話になった人」や「感謝すべき人」に、その思いをこめた「あいさつ」を、「礼」として返すべきなのです。

 そんなことすらできない人は、私から何もうけとることはできません。
 それが、この世界の「自然なルール」です。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, October 17, 2016)

 

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