短距離ランニングフォーム解析 (22)
ランニングフォーム解析ソフトでSG比とGK比とBK比を見くらべる

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)@ 9621 ANALYSIS


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 ランニングフォーム解析ソフトruna.exeの新しい機能

 ランニングフォームにおける、より本質的な意味を見出すため、解析ソフトruna.exeにおいて、新たな機能をつけくわえました。
 ランニングフォームにおいて加速や減速の違いを生み出すキック局面を調べています。このとき、キック足のスパイク面を地面にしっかり固定している状態を「有効キック局面」と呼びます。
 有効キック局面における、ランナーの重心の変化を調べます。「両腕」と「上半身」を合わせたものを「トルソ」と呼ぶことにしています。下半身は「キック脚」と「スウィング脚」に分けて考えます。これらの「トルソ」と「キック脚」と「スウィング脚」の、それぞれの重心から、「全身」の重心(全重心)が決まります。


 このほかに、次のような見方をすることがあります。「トルソ」と「キック脚」をまとめたものを「キック棒(BAR)」と呼び、これの重心を考えて、「スウィング脚」と組み合わせれば、「全重心」となるというものです。このほうが、力学的な意味を理解しやすくなるのです。
 「ランニングフォーム解析ソフトruna.exeの新しい機能」というのは、これらのパーツにわけたときの、それぞれの重心速度(水平速度)の比をくわしく求めて、グラフにプロットしようというものです。これまでは、全重心(G)の水平速度が最大値をとる瞬間についてだけ、そのような比を求めて、表の形で示していました。
 次の重心の水平速度について、→ に示したような記号をあてます。
 @ スウィング脚重心(S)の水平速度 → dS
 A キック脚重心(K)の水平速度   → dK
 B 全重心(G)の水平速度      → dG
 C キック棒重心(B)の水平速度   → dB


図4 重心

 このように記号を決めたとき、次のような3種類の比について考えます。
 1) SG比 → dS/dG
 2) GK比 → dG/dK
 3) BK比 → dB/dK
 これらの比が、どのような意味をもつのかということについては、実際のランニングフォームについての解析結果を示して説明します。

 FJ選手の2歩目についての詳細重心解析


図5  FJ選手の2歩目についての詳細重心解析

 「総合水平速度グラフ」のプロットは、上から、「スウィング脚重心(このときは濃い赤色)」「全重心(黒色)」「キック棒重心(このときは水色)」「キック脚重心(このときは紺色)」となります。左右の違いによって色は変わりますが、この並びは変わりません。
 「総合水平速度グラフ」の下にある記号の意味は、次のようなものです。ここに添えられている数字は、グラフに赤い点線で示した「キックポイント」のフォームにおける、それぞれの値です。グラフにプロットしていないものについても、値を示してあります。




図6 重心と比の対応

 図6に「重心と比の対応」を、3つの比に分けて示しました。
 (a) SG比の定義はdS/dGです。dSはスウィング脚重心(S)の水平速度です。上の濃い赤色のプロットです。dGは全重心(G)の水平速度です。黒色のプロットです。SG比の意味は、「スウィング脚重心が全重心を引っばる効果」ということです。SG比の、中に点がある丸い緑色のプロットが上に凸となっているところのピーク位置が、もっとも加速効果をもっているところです。
 (b) GK比の定義はdG/dKです。dKはキック脚重心(K)の水平速度です。下の紺色のプロットです。GK比の意味は、「キック脚重心が全重心を押す効果」ということです。グラフの上のほうにあるほうが効果的だということになります。このケースでは、有効キック区間の開始時がもっとも効果的だということになります。
 (c) BK比の定義はdB/dKです。dBはキック棒重心(B)の水平速度です。水色のプロットです。BK比の意味は、「キック脚重心が(キック脚も含めた)キック棒の重心を押す効果」ということです。これも、グラフの上のほうにあるほうが効果的だということになります。このケースでは、有効キック区間の開始時がもっとも効果的だということになります。GK比とBK比は、大きさが異なりますが、ふるまいとしては、良く似たものとなりがちです。
 図5の「(e) 総合水平速度グラフ」を見てください。まず、紺色のキック脚重心(K)のプロットがあります。これが、水色のキック棒重心(B)のプロットを生み出します。このとき、キック棒とは腰のところでつながっているものの、比較的自由に速度を変えて動くことのできる、スウィング脚重心(S)の速い動きにより、水色のキック棒重心(B)のプロットが引き上げられて、黒色の全重心(G)のプロットとなるわけです。
 赤い点線のところの、キックポイントでの値で考えましょう。キック脚重心(LL)は5.5 [m/s] の速度です。このとき、「てこ」や「角運動量」などの作用で、キック棒重心(LB)が8.3 [m/s] の速度となります。そして、スウィング脚重心(RL)が12.1 [m/s] で動いているので、キック棒重心(LB)の速度が引き上げられて、全重心(G)の速度 9.1 [m/s] となるのです。スウィング脚重心が引きあげた分は0.8 [m/s] です。
 これらの値は一般的なものではありません。選手によっても変わりますし、同じ選手においても、フォームの違いや、力の入れぐあいによって変わります。だから、このような指標をくわしく調べることによって、フォームの効率などが分かってゆくわけです。かなり複雑な考察が必要ですが、これまで、このような指標については何も分からなかったのです。カンや直感ではなく、科学的な分析データとして、ランニングフォームを評価できるようになったということです。

 FJ選手の1歩目〜6歩目についての詳細重心解析

 FJ選手(2005年の藤巻理奈選手)の100mのフォームについては6歩を調べています。この6歩について、図5の、「(d) フォーム分類グラフ、(e) 総合水平速度グラフ、(f) 有効キック区間の代表フォーム」に対応する解析図を、次に示します。「(e) 総合水平速度グラフ」では、上から、「スウィング脚」「全身」「キック棒」「キック脚」の、それぞれの重心水平速度がプロットされています。中に点のある丸でプロットされた「比」については、上から、「GK比」「BK比」「SG比」となります。


図7 FJ(1) 詳細重心解析


図8 FJ(2) 詳細重心解析


図9 FJ(3) 詳細重心解析


図10 FJ(4) 詳細重心解析


図11 FJ(5) 詳細重心解析


図12 FJ(6) 詳細重心解析

 ひとつひとつの詳細重心解析について論じてゆくこともできますが、内容が複雑になりすぎてしまうので、ここでは、全般的な傾向をまとめることにします。
 FJ選手のランニングフォームにおいては、次のような特徴があります。

   ◆1 GK比とBK比が、どのフォームでも、有効キック区間のはじめのところで、もっとも大きな値になっています。これは、キックにおける、全重心やキック棒への加速効果が、有効キック区間のはじめのところで、もっとも大きいということを意味しています。
 ◆2 全重心の最大速度は、おおむね、有効キック区間のおわりのあたりで得られています。このときの原動力は、キック脚の伸展動作によっています。つまり、ピストンキックのメカニズムによるものです。
 ◆3 SG比のプロットパターンは、上に凸なものや、上に凹なものなど、いろいろなものがあります。
 ◆4 スウィング脚によって、キック棒重心の水平速度を、全重心の水平速度へと引き上げる幅は、およそ、1 [m/s] 以下です。

 このような特徴をあげてみれば、◆1と◆2とが、うまくいっていないことが分かります。FJ選手は2005年ごろの日本の女子選手の中ではトップクラスの選手でした。

 せっかく詳細に解析しましたので、他の選手のフォームと比較するためにも、ここで得られた指標を整理しておきます。図7から図12の「総合水平速度グラフ」の下にある、赤い点線のキックポイント位置における値から、次の表を構成しました。

表1 FJ選手ランニングフォームの解析指標



 この表における指標で見れば、dGとdBとdKとで最大値をとっている、2歩目のフォームFJ(2)が、FJ選手の代表的なフォームと考えることができます。ピストンキック(P)です。これ以外にも、ピストンキックやデルタクランクキック(δ)が多くもちいられています。
 ここでひとつ、ガンマクランクキック(γ)のフォームがFJ(6)にあらわれています。このフォームはdBの値として8.6 [m/s] を生み出しています。これは、BK比の値が平均値の1.45をうわまわる1.57となっていることにもとづきます。さらに、GK比の1.71も、他のフォームより、はるかに効率的であることを示しています。しかし、SG比が平均値を下まわっており、スウィング脚重心によって全重心水平速度を高める効果が低く、dGの最大値を生み出すことはできていませんが、これに近い値となっています。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, Nov 13, 2012)

 

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