短距離ランニングフォーム解析 (30)
2013年日本選手権100m山縣亮太選手の速さの秘密(F)総合解析

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)@ 9621 ANALYSIS

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 はじめに

 2013年日本選手権100m山縣亮太選手の解析結果を、以下に示す、それぞれの項目ごとに、スタート8歩目からゴール直前の27歩目までをとおして、それらの変化を観察します。

 全重心水平速度


図5 全重心水平速度dGとキックフォームの分類

 図5は全重心水平速度dGの変化をグラフ化し、キックフォームの分類記号を添えたものです。記号を添えていないものはδ(デルタクランクキック)です。塗りつぶされているプロットは右脚キックのもので、中が空いているのが左脚キックのものです。
 18歩目に、ほぼトップスピードとなる、11 [m/s] 台の値が生み出されています。このような瞬間速度となる、効果的な加速フォームと、相対的に遅めのフォームとが中間あたりまで、ほぼ交互に現れています。
 29歩目からの中間疾走後半と、40歩目からのラストスパートでは、速度の周期が、やや長くなっています。
 スタートダッシュ後半から中間疾走前半にかけての、中心的な加速フォームはガンマクランクキックのようです。
 山縣選手は、このような加速フォームを常に維持しているのではなく、スピードが乗ってゆくと、加速効率の劣るデルタクランクキックやピストンキックへと移ってゆく傾向をもっているようですが、本人は、そのことを感覚的にとらえ、もっと加速効率の良いフォームへと戻そうとしているように見えます。
 ピストンキックやデルタクランクキックのすぐあとにアルファクランクキックのフォームが現れているのが、そのような試みを示していると考えられます。
 もし、そのような意図を持っていないランナーの場合、スピードが乗って、デルタクランクキックやピストンキックとなったあと、そのフォームを続けてゆくことが多いものです。
 中間疾走後半の中ほどで、アルファクランクキック→ベータクランクキック→ガンマクランクキックと3種の加速フォームを並べ、大きな速度を生み出しています。これは見事な試みです。
 このあたりから、ゆるやかに減速が始まるようですが、大きな速度を保ったままの、わずかな減速であり、ほとんどトップスピードを維持していると見なすことができます。

 キック脚重心水平速度


図6 キック脚重心水平速度dK(背後はdG)

 キック脚重心水平速度dKの変化と、背後に薄くプロットした全重心水平速度dGとは、非常に強い正の相関をもっていることが分かります。
 29歩目までの対応に比べ、それ以降の後半部分では、キック脚重心水平速度dKの変化と全重心水平速度dGの変化との間に「差」があることが分かります。これは、次の解析グラフで分かるように、後半では、ヒップドライブ速度が大きくなって、その「差」を補っているのです。
 山縣選手は、2012年の解析結果でも、7 [m/s] 台という、大きなキック脚重心水平速度dKを生み出していました。今回も、中間疾走において 7 [m/s] 台の値を生み出しています。他のトップスプリンターが6 [m/s] 台でなんとかやりくりしている状況で、このように大きなキック脚重心水平速度dKの値を生み出せるというのが、山縣選手の速さの秘密のもっともすぐれたものです。図6のフォーム分類と対応させれば分かるように、ガンマクランクキックを中心として、ベータクランクキックやアルファクランクキックによって、このような現象を生み出しています。山縣選手は、速く走るための「型」をもっていると言えます。

 ヒップドライブ速度


図7 ヒップドライブ速度dT-dK(背後はdG)

 29歩目までの前半部分では、9歩目を除いて、4 [m/s] を中心とした、ほぼ同じくらいの値を維持していますが、後半部分において、5 [m/s] 台の大きなレベルとなっています。明らからに、走り方についての変化が、29歩を境に起こっていると考えられます。
 ヒップドライブ速度を意図的に大きくしてゆくという試みは、このように、後半部分で行うと効果的だということなのでしょう。

 相対スウィング速度


図8 相対スウィング速度dS-dB(背後はdG)

 相対スウィング速度dS-dB の変化は、背後にプロットした、全重心水平速度dG と、ほとんど対応していないように見えます。逆効果となっている対応のところのほうが多いくらいです。スウィング脚を意図的に使うということの効果は、あまり期待できないもののようです。

 キック軸加速度比


図9 キック軸加速度比aGO/g(背後はdG)
aGO/gが6.0以上9.0以下のもの(赤丸)についてdG(青丸)を対応させている

 キック軸加速度比aGO/gの変化については、この値が6以上(で9以下)のときの全重心水平速度dGを見れば、これらが見事に対応していることが分かります。ただし、10を越える値は大きすぎるようで、逆効果となっています。
 この現象は、山縣選手が大きなキック軸加速度比 aGO/g を生み出しているとき、もっぱら、足首のバネを生かした、ヒールドライブ効果へとつなげているからだと考えられます。このヒールドライブ効果が、大きなキック脚重心水平速度dKへとつながってゆきます。青丸を記したフォームは、ほとんど、アルファクランクキック、ベータクランクキック、ガンマクランクキックとなっています。おそらく「空手パワーキック」と名づけてある動きが、これらのキックフォームに加えられているものと考えられます。あるいは「弓型ハンマーキック」と名づけてある動きに近いものかもしれません。というのも、今回の山縣選手のランニングフォームを調べていて、キックポイントの瞬間を経過したあと、意図的に膝を高く引き上げようとしていることに気がつきました(図10)。



 図10での、キックポイントのフォームは上段右から5つ目あたり、このときの赤い脚の膝が、8つ目では、より高く引きあげられています。
 図11で、スウィング脚重心はやや下方へと向かっていて、ダウンスウィングとなっています。
 かつて、朝原選手が試みていたフォームに似ています。また、ガトリン選手のフォームにも、このようなものがありました。キックポイントの瞬間において、スウィング脚の重心は、やや下方へと向かうような、ダウンスウィングとしておくべきですし、実際、山縣選手も、そのようになっています(図11)。しかし、そのあと、意図的に膝を上げるという動きは、やや高いところからの、動く範囲を広くしたうえで、キック脚を強く振りおろそうと試みるためのものと考えられます。このような動きでピッチが遅くなると批判されていたことがあったようですが、山縣選手のピッチはおそろしく早いものです。前半の1歩に要するビデオのコマ数が6コマであるというのも、驚かされる値の一つでした。ランニングスピードの要素をピッチとストライドしか見いだせなかったときの、的外れな批判だったようです。一見すると無駄に見える、意図的に膝を高くしてからキックするということも、これが強いキックに結びつき、非常に大きなキック脚重心水平速度dkを生み出すという理由があるのなら、もっと積極的に試みるべき技術です。
 山縣選手は、このような、高度な技術をたんたんと行っているわけです。短距離走は採点種目ではありませんが、仮に、より速く走るための技術を採点するとしたら、山縣選手は、この分野でも日本のトップの位置を保つことでしょう。調べれば調べるほど、幾つも幾つも、速く走るための秘密のようなものが現れてきます。トップスプリンターのランニングフォームは、ほとんど「芸術」の一種だと見なせます。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, June 16, 2013)

 

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