短距離ランニングフォーム解析 (31)
2013年日本選手権女子200m福島千里選手のランニングフォーム

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)@ 9621 ANALYSIS

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 はじめに

 2013年日本選手権女子200m福島千里選手のランニングフォームを、テレビ放映されたスローモーション画像によって解析した結果を示します。このときの解析は、200mの直線中間あたり(およそ160m地点, Fk01)から、ゴールの1歩前(Fk19)についてです。200mを4分割したときの、最後の1/4の区間に相当します。これを「直線中間疾走後半」と「ラストスパート」に分けて、プロットの色を変えています。ラストスパート区間を最後の5歩としましたが、これはヒップドライブ速度の変化(図5)などを考慮して判断しました。

 ランナー感覚の動き



図1 ランナー感覚の動き

 図1のランナー感覚の動きを観察して、気がついたことの一つは、スウィング脚の重心軌跡が、前方の下方へと、かなり傾いて変化しているということです。きょくたんとも言えるほどのダウンスウィングです。これと対応して、キック脚重心の軌跡が、「斜め後方への杭打ち」と喩えられるものとなっているものがほとんどなく、「水平」もしくは、「後方の上の方へ」と動いています。これは、福島千里選手のランニングフォームにおける、大きな特徴の一つと言えるでしょう。はたして、このように、きょくたんとも言えるほどのダウンスウィングをする必要があるのかという問題を考える必要があります。
 キックポイントにおけるキック脚の姿勢角によるランニングフォームの分類では、圧倒的にデルタクランクキックが多くなっています。どうやら福島選手は、このデルタクランクキックのフォームを、自分にとって最もスピードを高めやすいものとして認識しているようです。全重心水平速度dGの値を見ても、Fk04(dG=10.5)、Fk09(dG=9.7)、Fk11(dG=9.7)など、デルタクランクキックで大きな値を生み出しています。ガンマクランクキックFk06(dG=9.7)やベータクランクキックFk07(dG=9.5)などのように、もっと効率的にスピードを高められるフォームがあるということを感じとっていないのかもしれません。
 ヒップドライブ能力には優れているようですが、大きなキック脚重心水平速度dKを生み出す、ヒールドライブがうまく使えているとは言えません。キック脚の足首のバネが効いていて、踵がぴょんと浮いていることが多いのですが、キック脚の膝の前進へとつながる動きとなっていません。
 詳しい解析結果を検討する前に、これ以上結論じみたことを記すのはひかえておくことにしましょう。

 全重心水平速度


図2 全重心水平速度dG

 塗りつぶされたプロットは右脚キックで、中が空いているものは左脚キックです。記号を添えていないものはデルタクランクキックです。
 直線の中間疾走後半において、大きな値のピーク(ゴールまでの歩数16のデルタクランクキック, Fk04)と、小さな値のトラフ(同12のピストンキック, Fk08)が見られます。これら以外は、およそ9 [m/s] を中心とした値となっています。すこしずつ平均速度値が下降ぎみになっていますが、ほぼ一定の速度を保てていると言えましょう。赤色でプロットしたラストスパート部分では、速度の落ち込みをカバーしようと試みていることがうかがえます。
 タイムを短縮するための戦略として、Fk04のように、 (a)より大きな速度のキックフォームを生み出す、ということと、Fk08のような、(b)平均レベルを下回るキックフォームを減らす、という2つのやり方が考えられます。レースの前半では(a)が重要になりますが、レースの後半では、エネルギーも減ってきていますから、(b)のほうが合理的です。

 キック脚重心水平速度


図3 福島千里選手におけるキック脚重心水平速度(背景はdG)

 キック脚重心水平速度dKと背景のdGとは、図4に示した山縣亮太選手の解析例にあるように、グラフの左右に表示した値の違いを係数として、もっとよりそうように一致しているのが理想的な状態です。何が理想的かというと、キック脚重心水平速度dKが全体の速度dGへと、強い効果をもっているということなのです。
 図4のパターンでも、向かって左側のレース前半部分では、グラフのパターンがよく一致していますが、向かって右側のレース後半部分では、係数を考慮した値について、幾らか「差」のようなものが認められます。これは、キック脚重心水平速度dKの寄与率が低下し、他の要素、おそらくはヒップドライブ速度の寄与率が増えていることに由来しています。
 結論として、図3の解析結果により、福島千里選手は、キック脚重心水平速度dKの寄与率が小さなものとなっています。これは重要な問題です。スピード3要素としての、キック脚重心水平速度dK、ヒップドライブ速度dT-dK、相対スウィング速度dS-dBの中で、キック脚重心水平速度dKの値の変化が、もっとも大きな影響をおよぼすものだからです。つまり、福島選手は、スピードを高めるために最も考慮すべき要素をおろそかにしているということになるわけです。


図4 山縣亮太選手におけるキック脚重心水平速度(背景はdG)

 ヒップドライブ速度

 この要素についても、山縣選手の解析結果(図6)と比較すると、福島選手の特徴が浮き上がってきます。福島選手は全般的に、山縣選手に比べ、ヒップドライブ速度の比率が大きいようです。山縣選手は大きなキック脚重心水平速度dKを中心としたランナーで、福島選手は大きなヒップドライブ速度を生み出すことができるランナーなのです。
 しかし、このヒップドライブ速度を、どのようなトレーニングによって高めてゆくことができるかということは、あまりよく分かっていません。それでも、このヒップドライブ能力が優れているため、他の選手より速く走れているスプリンターが、ときどき現れます。「スプリンターは育てるものではなく、生まれるものだ」と見なされていたことがありますが、その一つの理由が、何故だか分からないものの、「生まれつき」ヒップドライブ能力に優れているという現象が潜んでいるのかもしません。福島千里選手も、中学生のころから、日本のトップレベルとして活躍してきたようです。ある種の「才能」に恵まれていたのでしょう。
 ヒップドライブ能力が優れているというのは、利点の一つです。しかし、いつまでも、この能力だけにたよっていられる状況ではなくなってきます。日本の中だけのことならば、このような「才能」の「貯金」が効くかもしれませんが、世界のトップランナーと戦うときには、もっと確かで、トレーニングの効果が期待できる能力を伸ばしてゆくというプロセスに重点をおくべきです。
 それは何かというと、ヒールドライブ効果を利用した、より大きな、キック脚重心水平素度dKの値を高めるということなのですが、このことに関しては、むつかしい技術上の問題と、脚力のパワーを向上させるという、体力的な問題が、かかわってきます。これは、もちろん、難しい課題ですが、道筋が見えだしてきている分野なので、確かな可能性が存在します。


図5 福島千里選手のヒップドライブ速度(背景はdG)


図6 山縣亮太選手のヒップドライブ速度(背景はdG)

 相対スゥイング速度


図7 相対スゥイング速度(背景はdG)

 図7で、相対スウィング速度dS-dBと、背景の全重心水平速度dGを見比べて分かるように、全19歩のうちで、ピークが対応しているものは、ほんの3歩ほどしかありません。これは、「偶然」と考えてもよいくらいの割合です。逆に、相対スウィング速度を高めたとき、全重心水平速度dGが低下しているケースもあります。
 山縣亮太選手と福島千里選手について、くわしく対応を調べてきましたが、いずれも、相対スウィング速度dS-dBが、とくべつに、全重心水平速度dGを高めたというケースを確認することができませんでした。

 キック軸加速度比


図8 キック軸加速度比(背景はdG)

 キック軸加速度比aGO/gと全重心水平速度dGの対応を図8で見ると、ほとんどピークの対応が見られないことが分かります。これは、山縣亮太選手での解析と、まったく逆の結果です。このことから、福島千里選手は、山縣亮太選手が、あるていど大きなキック軸加速度比aGO/gを生み出して、全体のスピードアップにつなげるという「技術」が、ほとんど体得されていず、無意味に、キックパワーを浪費しているということが言えます。これは、脚力の出力エネルギーをスピード向上のために利用できていないということです。おそらく、女子選手としては、体重比での、脚力のパワーに関して、福島千里選手は日本女子のトップレベルにあることでしょう。しかし、その能力を、さらにたとえ高めたとしても、それが直ちにランニングスピードの向上へと結びつかないということになっているはずです。

 総合的な考察

 これまでの解析図で状況を観察してきましたが、この解析のテキストを書き込んでゆくことと並行して、これまでの解析図を、もっとコンパクトに表示できるように工夫しました。次の図9と図10が、それです。説明のため、ここでは、山縣亮太選手の解析図を先に図9として提示します。


図9 山縣亮太選手の全速度dGとスピード能力3要素
赤→dG, 緑→dK, 青→p(dT-dK), 濃い黄→q(dS-dB), p=2/3, q=1/4

 山縣選手の場合、色づけの基準値を、dG=10.0, dK=6.0, p(dT-dK)=3.0, q(dS-dB)=1.0としました。ここで、p=2/3, q=1/4です。これらの値は、スピード能力3要素の寄与率が、平均的にdK(60%)、p(dT-dK)(30%)、q(dS-dB)(10%)となるということに対応しています。
 山縣亮太選手の解析では、全重心水平速度dG(ランナーの速度)とキック脚重心水平速度dKが強く対応しています。これが山縣選手の特徴であり、「速さの秘密」ともいえるものです。中間疾走後半とラストスパートではヒップドライブ速度p(dT-dK)もdGに寄与しています。しかし、q(dS-dB)をdGと見比べると、q(dS-dB)の大きなピークと対応しているのは、dGの(ピークではなく、その反対の)トラフであることが分かります。つまり、スウィング脚をとくべつ速く動かそうとしているときには、皮肉にも、全体の速度が低下しているのです。これはいかにも不思議な結果です。おそらく、スウィング脚の動きにとらわれすぎると、キック脚のヒールドライブ効果や、胴体部でのヒップドライブ効果が弱まってしまうのかもしれません。


図10 福島千里選手の全速度dGとスピード能力3要素
赤→dG, 緑→dK, 青→p(dT-dK), 濃い黄→q(dS-dB), p=2/3, q=1/4

 福島千里選手のランニングでは、「直線の中間疾走」前半(ゴールGまでの19歩目から13歩目まで)において、山縣亮太選手のように、全重心水平速度dG(ランナーの速度)とキック脚重心水平速度dKが対応しています。
 「直線の中間疾走」後半(ゴールGまでの12歩目から7歩目まで)では、全重心水平速度dG(ランナーの速度)におけるキック脚重心水平速度dKの寄与率が低下してゆき、それにともなって、平均的な速度も低下してゆきます。
 このことを補うため、ヒップドライブ速度(dT-dK)が大きくなりますが、これは、全体の速度dGへと加算されるとき、p=2/3の係数を掛けることとなり、相対的に寄与の割合が小さなものとして扱われることとなります。
 「直線の中間疾走」後半とラストスパートとでは、dGとdKにおいて、空白のあるプロット(左脚キック)のトラフが目立ちます。左脚キックにおける、何らかの弱点が影響しています。ピストンキックやデルタクランクキックであることから、ランニングフォームにおけるメカニズムが間違って理解されているものと考えられます。ここのところが、山縣選手とは、まったく異なっています。山縣選手は、ラストスパートあたりにおいても、力学的な効率のことを意識して、(これらの言葉のことは知らないでしようが)アルファクランクキックからガンマクランクキックとなるように、何度も、「身体重心直下でのキック」を心がけようとしています。
 スウィング脚を速く動かす効果が、全重心水平速度dG(ランナーの速度)に役だっているのは、ゴールから16歩前のところだけで、12歩前の、ピストンキックによるトラフでは、dGを大きく低下させています。山縣選手のパターンと比べると、福島選手はスウィング脚をあまり速く動かそうとしていません。これは200mの後半だからということではないようですが、結果的に、このことによって、dGのトラフを減らしているかもしれません。
 解析できる画像が得られていないので、あまり断定的なことは言えないのですが、おそらく、日本の女子スプリント界において福島選手が抜きんでているのは、200mでは、前半部分において、キック脚重心水平速度dKで5 [m/s]台の、女子選手として、大きな値を生み出しているためであると想定されます。これは、2012年までの、福島選手のスプリントランニング画像から解析されたデータにもとづくことです(次の、スピード能力3要素寄与式の三角表示を参照)。

 スピード能力3要素寄与式の三角表示

 図11は「女子4選手のスピード能力3要素寄与式の三角表示(濃緑→福島, ピンク→土井, 濃ピンク→AT, 緑→HR)」です。AT選手とHR選手は女子中学生ランナーです。しかも、2013年の1月に取得したデータで、冬期トレーニング中のランニングによるものなので、全速力というものではありません。
 濃緑の福島選手のパターンと見比べてほしいのは、ピンクの土井選手のものです。福島選手が土井選手に対して優れているのは、三角表示の位置が、やや右にあるということです。これは、キック脚重心水平速度dKのことを意味しています。女子4選手とも、相対スウィング速度は、あまり違いません。ヒップドライブ速度については、HR選手の右脚キックフォームのものが目立っています。福島選手と土井選手のヒップドライブ速度は同じくらいです。


図11 女子4選手のスピード能力3要素寄与式の三角表示
(濃緑→福島, ピンク→土井, 濃ピンク→AT, 緑→HR)

 次の図12と図13では横軸の座標を変えています。図12は、図11から、福島選手のものだけを取り出して表示したもので、図13は、2013年日本選手権女子200m福島選手の、今回解析したものについての解析結果です。


図12 2012年までの福島選手のスピード能力3要素寄与式の三角表示


図13 2013年日本選手権女子200m福島選手の
スピード能力3要素寄与式の三角表示

 図13を図12と比べます。つまり、福島選手の、今回の200mレースの後半1/4区間のランニングを、2012年までの福島選手のランニングと比べます。
 2013年の福島選手において、1歩だけ、dGが10 [m/s] 台となっているキックフォームがあります。図1を参照すると、Fk04のデルタクランクキックのものです。しかし、これ以外は、2012年までのものを上回っていません。同じ左脚キックでありながら、他の左脚キックフォームでのdK値は4 [m/s] 台に低迷しています。これはAT選手やHR選手と同じレベルです。100m14秒前後の中学生と同じレベルの「走り」だということになります。勝負を決めた状態での200mの後半とはいえ、日本のトップスプリンターのランニングかと思うと、これでは好記録や自己記録が望めるはずがありません。
 ここまでの解析結果を考慮し、図1に戻って、福島選手のランニングにおける問題点をまとめると、スプリントトレーニングの要素として、@技術、A筋力、Bエネルギーシステム、の3つにおいて、何よりも、@技術のところに、重要な問題があると考えられます。もっとも、A筋力とBエネルギーシステムについては、過去のデータなどを知らないので、なんとも言えません。たとえ、これらの要素が、2012年に比べて発達していたとしても、@技術に関しての進歩が無ければ、無意味なこととなってしまいます。もし、これまで以上の記録や成績を望むのであれば(もちろん、それを望んでトレーニングしていることでしょうが)、@技術に関しても、これまでなしとげられなかったレベルへと変化しようという意志をもち、しかも、そのことを具体的になしとげるプロセスを実行してゆかなればなりません。
 このことは、一人、福島選手だけに言えることではありません。日本の女子選手の中で飛び抜けた実力をもつ福島選手が、このような状態なのですから、他の女子スプリンターについては、さらに悪い状況にあると考えられます。
 一般に、トップレベルのスプリンターが、自己のパフォーマンスの壁を乗り越えるためには、幾つかの条件を確実にクリアーしてゆく必要があります。スプリントトレーニングの要素として、@技術、A筋力、Bエネルギーシステム、の3つを考えたとき、もっとも分かりにくい条件が、@技術のところに潜んでいます。しかし、ここ最近の研究により、これについての条件の、より詳しい分析方法が確立してきました。
 さらに詳細で具体的な、問題点の解析について、もうすこし論じたいこともあるのですが、それについては、ページのタイトルを変えて、あらためて考察しようと思います。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, June 20, 2013)

 

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