短距離ランニングフォーム解析 (32)
2013年日本選手権100m山縣亮太選手の速さの秘密(G)動的フォーム分類

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)@ 9621 ANALYSIS

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 はじめに

 あらためて「2013年日本選手権100m山縣亮太選手の速さの秘密」のシリーズの「つづき」として「(G)動的フォーム分類」というタイトルのもと、より本質的な要因を調べてゆこうと考えています。
 これまでの解析では、全体的な概観を調べました。それによると、「山縣亮太選手が何故速く走れるのか」という問題の答えとして、「他の選手に比べ、より大きなキック脚重心水平速度dKを生み出している」ということが、もっとも中心的なものとして得られました。心理的な要因として、「山縣亮太選手は、より速く走ることのできるランニングフォームの型を知っていて、それから外れていると感じたとき、それを修正する努力を何度も試みている」ということが推定できました。これらの解析結果は重要なものですが、これらの奥に潜む、より本質的な原因のことを知る必要があります。それは、次のようなことです。
 山縣亮太選手が感じとっている、より速く走れるランニングフォームにおいては、どのような動きによって、大きなキック脚重心水平速度dKを生み出すことができるのか。

 動的フォーム分類

 「スプリントランニングフォームの分類」として、(キックフォーム間で重心水平速度dGの最大値が得られる)キックポイントにおける、キック脚の太ももとすね(脛)の姿勢角の組み合わせから、アルファクランクキック、ベータクランクキック、ガンマクランクキック、デルタクランクキック、ピストンキック、(走幅跳の踏切前に現れる、重心がきょくたんに低い)イプシロンクランクキックなど(他の用語は定義していませんが、ハードルの踏切では、きょくたんに重心が高いフォームがあります)を定めました。
 これらの分類体系は便宜的なものです。データをたくさん集めるにつれ、これらのランニングフォーム分類の、境界フォームが集まり、これらの分布は、ほぼ連続的なものとなってきました。デルタクランクキックにおいても、ガンマクランクキックに近いものと、ピストンキックに近いものとでは、まったく内容が異なってきます。しかし、このような用語を決めておくことにより、具体的なフォームをイメージしやすくなり、ランニングフォームのメカニズムを理解しやすくなります。
 今回提案する、「動的フォーム分類」という用語の定義は、まだ確かなものではありません。何故このような用語を考えるのかというと、たとえば、ガンマクランクキックとまとめたとしても、それらの中には、速く走るために、より効果的なものと、そうではないものとが含まれているからです。キックポイントにおける、キック脚の太ももとすねの姿勢角という指標は、ひとつの解析空間(2次元)で表現されるものですが、今回、その解析空間を3次元に拡張する必要があるということが分かりました。その、もう一つの次元軸の指標とは、「キックポイント前後の動き」です。具体的には、これまで、たびたび取りあげてきた、「ランナー感覚の動き」の解析が、「動的フォーム分類」のベースとなります。
 今回の解析では、「キックポイント前後の動き」が違うことによって、たとえば、同じガンマクランクキックでも、効果がいろいろと異なってくること、それらの違いが、どの部分の、どのような「動き」によって生み出されているのかということを調べたいと考えています。

 スピード能力3要素

 ランナーの身体各部をおおまかに分け、それらの重心変化を調べます。げんみつには、直線を走っているランナーにおいても、それらの重心の鉛直速度と水平速度を調べる必要がありますが、100mのレースなどでは、水平速度が大きな問題となってきますので、細かな解析で必要なときを除いて、おもに、それぞれの部分の重心水平速度を考慮します。幾つかに分けた部分についての水平速度とは、両腕を含めた上半身(dT)、キック脚(dK)、スウィング脚(dS)です。これらを合成すると、全重心(dG)となります。このような視点のほかに、上半身とキック脚を、あらたに、キック棒と名づけて、その重心水平速度をdBとするものがあります。このときは、キック棒(dB)とスウィング脚(dS)を合成して、全重心(dG)となります。これらは、単純に加算されるのではなく、それぞれの質量に応じた重みづけをすることになります。おおよそ、全身を上半身と両脚に2分割し、脚も左右で2分割できます。全身の質量を4mとしたとき、上半身(2m)、キック脚(m)、スウィング脚(m)、キック棒(3m)となります。
 これらの関係にもとづき、ランナーの全重心水平速度を構成する、独立した3つの要素を導きました。その一つ目はキック脚(dK)です。二つ目に、ヒップドライブ速度があります。係数 p=2/3 を掛けて、p(dT-dK) という値になります。三つ目は、キック棒重心に対する、スウィング脚重心の、相対スウィング速度で、係数 q=1/4 を掛けて、q(dS-dB) という値になります。
 これらから、次の関係式が成立します。

   dG = p(dT-dK) + dK + q(dS-dB)

 実際のデータを調べると、いくらか変化しますが、dG を 100 [%] としたとき、ヒップドライブ速度 p(dT-dK) は 30 [%]、キック脚重心水平速度 dK は 60 [%]、相対スウィング速度 q(dS-dB) は10 [%] となります。
 これらの中で、キック脚重心水平速度 dK を60[%]としましたが、さらに詳しく調べてみると、50 [%] あたりから、70 [%] あたりまで変化し、それに応じて、全重心水平速度dGが影響をおおきく受けることになります。そこで、「動的フォーム分類」の骨組みとして、もう一つの指標を、この、キック脚重心水平速度 dKを利用したもので構成することにしました。

 dKエンジン分類(dK-engine class)

 これまでの「スプリントランニングフォームの分類」で使ってきた、アルファクランクキックなどの、キックポイントのフォームにおける、キック脚の瞬間的な姿勢にもとづく分類指標と独立に、dKエンジン分類(dK-engine class)を「動的フォーム分類」の指標として採用することにします。
 dKエンジン分類(dK-engine class)は、次の図1によって定義します。


図1 山縣亮太選手の100mにおける
「dGとdK/dG」(左)と「dKエンジン(dK-engine)[類]」(右)

 図1の左は「dGとdK/dG」のグラフです。縦軸は全重心水平速度dGです。横軸のdK/dGは「dGに対するdKの寄与率」となります。比で表わしていますが、パーセントで、およそ50 [%]から70 [%] の範囲で分布しており、この「dGに対するdKの寄与率」が大きいほど、dGも大きいと見なすことができます。
 しかし、dGはdKだけでは決まりません。他の2つの要素、p(dT-dK) と q(dS-dB) の影響も紛れ込んできます。これでは問題が複雑になってきますので、おもいきって、図1の右にあるグラフのように、縦軸を dK とすることにしました。「キック脚重心水平速度dK」と「dG に対するdKの寄与率」を見るのです。
 山縣選手の100mにおけるデータを、ここではプロットしていますが、このグラフの左下から右上に、強い正の相関をもって分布しています。このときの回帰直線に沿って領域を7分割し、左下から右上に向かって、T類からZ類へと、おおまかに名づけることにしました。柔道や空手の「段」や、体操競技の「ウルトラC」のようなものです。「類」が上がるほど、速く走れるし、より難度の高いものとなります。
 図2として、福島千里選手の 200m における「dGとdK/dG」(左)と「dKエンジン(dK-engine)[類]」(右)を示します。福島選手のフォームでは、横軸の「dK/dG」が 0.6以上のものが、わずか4つしかありません。図1の山縣選手のフォームでは 0.6 以上のものが半数以上もあります。福島選手のフォームでは、キック脚重心水平速度dKがあまり重要なものとして取り扱われていないということが、このことによって分かります。


図2 福島千里選手の200mにおける
「dGとdK/dG」(左)と「dKエンジン(dK-engine)[類]」(右)

 キックフォームのdKエンジン(dK-engine)分類

 上記のように決められたdKエンジン(dK-engine)[類]にもとづいて、山縣選手や福島選手の、個々のキックフォームを観察します。  図3は「山縣選手の各(静的)フォーム分類のdKエンジン(dK-engine)の上類(左)と下類(右)」です。上類(左)と下類(右)での、キック脚の、膝から下の部分を比べて下さい。図での「太さの違い」が「動きの違い」ということになります。


図3 山縣選手の各(静的)フォーム分類の
dKエンジン(dK-engine)の上類(左)と下類(右)

 (静的)各フォーム分類の違いによって、キック脚の「動きの太さ」のパターンが異なるということが分かります。上類(左)のほうを見比べると、アルファクランクキックでは、キック脚の膝下部分だけが、扇のように広がって見えます。ベータランクキックからピストンキックにかけては、脚のつけ根の、腰のところから、折れ曲がった「弓のようなもの」が振りまわされているように見えます。
 また、キック脚の足首のあたりの動きが、かなり違います。アルファクランクキックからガンマクランクキックまでは、踵があまり浮いていません。これに対して、デルタクランクキックとピストンキックでは、踵が浮くような動きがともなっています。このような違いで印象的なところは、ガンマクランクキックの上類(左)と下類(右)で、踵の変化が、まったく違うというところです。上類(左)のフォームでは踵が浮いていませんが、下類(右)のフォームでは踵が浮いています。キック脚重心水平速度dKの大きな値を生み出しているのが、山縣選手の「速さの秘密」の一つなのですが、ここに、「新たな秘密」が隠れていました。スプリントランニングにおけるキックフォームのメカニズムの違いが、これらの動的フォーム分類によって明らかになります。
 キック脚とスウィング脚の、それぞれの「重心軌跡の向き」からも、「技術上の秘密」を見出すことができます。(静的)各フォーム分類によっても異なっていますが、一般的に、山縣選手の動的フォーム分類によれば、スウィング脚の重心軌跡の向きは、あまりダウンスウィングとはなっておらず、キック脚の重心軌跡ともあわせて、いずれも、地面と平行に近いものとなって、より速い動きを生み出しています。これは、シンプルでありながら、とても合理的なものです。まさに、進行方向へと動いているのです。この特徴は、アルファクランクキックとガンマクランクキックにおいて顕著なものとなっています。

 次の図4は「福島選手の各(静的)フォーム分類のdKエンジン(dK-engine)の上類(左)と下類(右)」です。福島選手のフォームにおいては、アルファクランクキックは存在しません。ピストンキックは一つだけでしたが、W類だったので、下類(右)に入れておきました。
 キック脚の膝から下の部分が、山縣選手のものと比べると、いかにも貧弱です。これは、福島選手がスリムだということによるのではなく、「動きが小さい」ということからくるものです。


図4 福島選手の各(静的)フォーム分類の
dKエンジン(dK-engine)の上類(左)と下類(右)

 福島選手の動的フォーム分類の「動き」において、スウィング脚重心の軌跡が下へと向き過ぎています。それは、キック脚の動きが、膝の伸展によって、一様な太さをもととうとしていることと対応しています。キック脚の使い方により、身体重心を上前方へ押し上げようとしているので、スウィング脚で下方へと調整しなければならないのです。これまでは、このような動きの組み合わせが「合理的」だと考えてきましたが、山縣選手の技術を知ってしまうと、まったく「非合理なもの」となってしまいました。キック脚の力も、スウィング脚による力も、もっと水平に生み出すことができるのです。そして、そのほうが、もちろん、より速く走れるはずなのです。
 福島選手のベータクランクキックでは、キック脚の踵は、あまり浮いていませんが、ガンマクランクキックでは、上類(左)と下類(右)とも、踵が浮いており、動きも小さな(細く描かれた)ものとなっています。わずかに生み出されている、より効率のよいフォームであるはずの、ベータクランクキックとガンマクランクキックが、うまく使われていません。
 このように、図3と図4における、「縦軸」の(静的)フォーム分類(アルファクランクキックなど)と、「横軸」の動的フォーム分類(Z類など)を組み合わせて観察することにより、技術的な発見や問題点を見つけることができるようになりました。どのように走れば、より速くなるのかということが、これらの知識によって示されます。
 スプリントランニングフォームについての、新たな解析システムが生まれました。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, June 24, 2013)

 

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