短距離ランニングフォーム解析 (33)
2013年日本選手権200m飯塚翔太選手の直線後半中間疾走フォーム解析

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)@ 9621 ANALYSIS

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 はじめに

 2013年日本選手権200m 飯塚翔太選手の直線後半中間疾走についてのランニングフォームを解析します。テレビ放映された、並走カメラによるスローモーション画像を利用しました。今回は、これの9歩について解析しました。およそ、160m地点あたりから180m地点あたりまでのランニンングだと考えられます。
 このときの200m決勝レースは混線模様でしたが、一番外のレーンを走っていた飯塚選手が、カーブから出た100m地点で、わずかにリードし、この直線後半中間疾走での失速もあまりなく走り切りました。
 飯塚選手の強さの要因は、大きなスピードを生み出すガンマクランクキックを生み出せるということにあります。しかし、解析結果から、飯塚選手は、このガンマクランクキックの感覚を、自分のランニングフォームの「型」としているのではないと考えられます。飯塚選手は、スピード効率の良いアルファクランクキックを生み出しているものの、意図的には、効率の良くないデルタクランクキックを目指そうとしているという、キック局面の前半と後半に、スピードの2つのピークをもっているものが見られるのです。 100mの山縣亮太選手の解析では、意図的にアルファクランクキックを目指し、スピードの慣性と「動きの遅れ」の結果として、スピード効率の大きなガンマクランクキックを生み出していました。女子200mの福島千里選手は、ときどき、スピード効率の良いベータクランクキックで大きな速度を生み出しているものの、本人の「型」としては、比較的大きなヒップドライブ速度を生み出しやすい、キック脚の膝角度を大きくすることによってスピードを生み出そうとする、デルタクランクキックを意図しているようでした。これに対して、飯塚選手のランニングフォームでは、アルファクランクキックとデルタクランクキックの、どちらを目指しているのかが、はっきりしておらず、その結果として、中間のガンマクランクとなったときに、大きな速度を得ているようなのです。ランニングフォームにおける「型」の混乱が生じています。

 ランニングフォーム

 図1は飯塚翔太選手のスローモーションTV画像を1秒間に30コマ撮影するビデオで記録した画像からの、解析1歩目(160m地点付近)のランニングフォームです。解析の都合で左右を反転した画像を使いましたので、赤色は左を、青色は右を表わしています。これは左脚キックフォームとなります。


図1 解析1歩目(160m地点付近)のランニングフォーム

 キック脚は空中で膝を伸ばしきらないようにして、地面に接地しています。接地時には、キック脚の膝が幾らか曲がっています。このことにより、適度な中腰フォームとなっています。
 スウィング脚は、跳ね上げ型というより、後方巻き上げとなっており、かなり極端なダウンスウィングとなっています。

 ランナー感覚の動き

 図2は、飯塚翔太選手の9歩についての、ランナー感覚の動きを表わしたものです。キックポイントの前後、5つの詳細フォームを描いています。よく動いている部分が太く描かれることになります。「静的なフォーム分類」がアルファクランクキックなどで、「動的なフォーム分類」が七類などとなります。これまではZ類などと表わしていましたが、ローマ数字より漢字のほうが、違いがよく分かるので、漢字を使うことにしました。


図2 ランナー感覚の動き

 スウィング脚の重心軌跡の向きを見れば分かるように、かなり極端なダウンスウィングです。このようになっているということは、キック脚によるキックの鉛直成分が比較的大きいということを意味します。100mにおける山縣亮太選手のフォームでは、スウィング脚とキック脚の重心軌跡が、もっと地面と平行になっています。身体重心高やキックシステムの調整により、山縣選手のような、より合理的なランニングフォームを生み出すことができるのです。
 キック脚の描写パターンを観察すると、δクランクキックにも、γクランクキックに近いものと、ピストンキックに近いものがあることが分かります。ピストンキックでは、動きの最後に、キック脚の膝の角度が180度へと向かいますから、キック脚の描写パターンが、比較的一様に太いものとなります。これに対して、γクランクキックに近いものでは、キックの間、膝の角度があまり変わりません。キック脚の描写パターンは、膝から下の部分だけが、扇を開きかけたようになります。Iz2のδクランクキックはピストンキックに近く、Iz3のδクランクキックはγクランクキックに近いものです。Iz2よりIz3のほうが、キック脚を激しく動かしているようですが、全重心水平速度dGは、Iz2のほうが大きくなっています。
 今回の飯塚選手のランニングフォームの解析で印象的だったのは、Iz4のβクランクキックで、かなり力の抜けた1歩となっているということでした。このあと、飯塚選手は、スピードを上げようと試みて、自分の得意な「型」を生み出そうとしているようですが、ここのところに、うまくいったフォームと、うまくいかなかったフォームが混在しています。このことが、平均的な速度のレベルを引き下げることとなっています。

 スピード能力3要素による総合解析

 図3はスピード能力3要素による総合解析です。


図3 スピード能力3要素による総合解析

 解析4歩目のIz4のところにスピードのトラフ(谷底)があって、ここが転換点となっています。このあと、スピードを高めようとしていることが分かります。キック脚重心水平速度dKと相対スウィング速度q(dS-dB)が大きくなり、これによって全重心水平速度dGが大きくなっています。このとき、キック脚重心水平速度dKのピークとキック脚重心水平速度dKのピークは一致していますが、と相対スウィング速度q(dS-dB)のピークと全重心水平速度dGのピークは一致キック脚重心水平速度dKとしていません。また、ヒップドライブ速度p(dT-dK)の値は小さくなっているものの、ヒップドライブ速度p(dT-dK)のピークと全重心水平速度dGのピークはうまく合っています。これらのことから、スピードアップのため、どのようにすれば、より合理的な結果を生むのかということが分かります。多くのランナーは、スピードアップのために、スウィング脚を、より速く動かそうと努力していますが、これは間違った判断です。

 dKエンジン解析

 図4から図6はdKエンジン解析です。これまでのものでは、プロットパターンが全て円形で、色でフォーム分類を区別していましたが、選手の数が増えてくるにつれ、これでは無理があるということになって、フォーム分類を「□などの形」で区別し、選手や、その区間別の違いを「色」で表わすことにしました。
 図中の「類」の区別は、ローマ数字(T, U, V, W, X, Y, Z)ですが、文章中で使うと区別がつきにくいので、漢字(一, 二, 三, 四, 五, 六, 七)とすることがあります。
 アルファクランクキックなどのランニングフォーム分類の記号は「凡例」を見てください。


図4 (男200m)飯塚翔太選手についてのdKエンジン解析
(図中の数字は解析フォーム番号, Izが飯塚選手の記号、色は濃紺)

 図4のグラフにおいて、緑色の線を描きましたが、これらの数字(解析フォーム番号)を、図3のdGグラフと見比べると、見事に、4つのピークと一致しています。これらが、飯塚選手の「加速フォーム」の系列ということになります。スピードのトラフとなっていたIz4(図中数字4)のβクランクキックは、この、緑の線から、もっとも遠いところに位置しています。  ひょっとすると、この、dKエンジンの類別方法は間違っているのかもしれません。類別のための境界線は、右下がりできなく、左下がりとするべきだったかもしれません。あるいは、dKエンジンのグラフの解釈法が、2つあるということかもしません。この問題は、あらためて考えたいと思います。


図5 (男100m)山縣亮太選手についてのdKエンジン解析
(Ygが山縣選手の記号, 横の色は、左からスタートダッシュ後半、中間疾走前半、中間疾走後半、ラストスパート)


図6 (女200m)福島千里選手についてのdKエンジン解析
(FKが福島選手の記号、横の色は直線後半、ラストスパート)

 解析7歩目と9歩目に現れるフォームの2極化現象

 今回の飯塚翔太選手のランニングフォームを解析して見出した、解析7歩目と9歩目に現れるフォームの2極化現象について説明します。


図7 飯塚選手解析7歩目のランニングフォーム

 図7は飯塚選手解析7歩目のランニングフォームです。γクランクキックのフォームがどのようになっているかを調べるため、A〜Dのフォームを取り出しました(図8)。これについて解析したところ(図9)、全重心水平速度dGのプロットが、見事に、2つのピークをもっていることが分かりました。γクランクキックのフォームとしてのdG値は、このプロットのトラフに対応しますので、このときのフォームをγクランクキックと見なすことはできません。


図8 飯塚選手解析7歩目のA〜D(γクランクキックに対応)


図9 飯塚選手解析7歩目のA〜Dについての総合解析

 図7から@〜Cを取り出して(図10)、前半のピークに対応したフォームを調べたところ(図11)、αクランクキックでした。


図10 飯塚選手解析7歩目の@〜C(αクランクキックに対応)


図11 飯塚選手解析7歩目の@〜Cについての総合解析

 図7からB〜Eを取り出して(図12)、後半のピークに対応したフォームを調べたところ(図13)、δクランクキックでした。上記の解析では、こちらのδクランクキックの値を採用しています。それは、キックを終わって離陸するときのフォームが、このδクランクキックのものだからです。


図12 飯塚選手解析7歩目のB〜E(δクランクキックに対応)


図13 飯塚選手解析7歩目のB〜Eについての総合解析

 図14は、飯塚選手解析7歩目の総合解析についての解析グラフをまとめたものです。(左)δ, B〜Eのものが、これまで解析した標準的なパターンとなっています。dG=9.7 dK=6.1 dT-dK=3.03 dS-dB=6.44 となっていますが、このときの相対スウィング速度dS-dB=6.44 [m/s] は、これまで観測したデータの中で最大値となるものです。しかし、dGに対する寄与としては、係数q=1/4 を掛けたq(dS-dB)=1.61 [m/s] となります。
 (右)α, @〜Cのデータでは、dG=11.0 dK=7.1 dT-dK=4.34 dS-dB=3.83 となっています。相対スウィング速度は小さな値ですが、dKの値が大きく、これによってdG=11.0 という、大きな値になっています。
 つまり、飯塚選手は、接地時の初期に、かなり大きなスピードを得ているにもかかわらず、中間時期にスピードを落とし、後半において、スウィング脚を意図的に速く動かそうとして、スピードを高めて離陸しようとしているわけです。しかし、初期に持っていたスピードを上回ることはできず、かなり遅くなってしまっています。


図14 飯塚選手解析7歩目の総合解析
(左)δ, B〜E, (中)γ, A〜D, (右)α, @〜C

 次の図15として、解析7歩目と9歩目のランナー感覚の動きを、前半のαクランクキックと、後半のδクランクキックについて表示しました。


図15 解析7歩目と9歩目のランナー感覚の動き

 仮に、7歩目と9歩目が、キック局面前半のαクランクキックとして離陸していたとしたときの、スピード能力3要素による総合解析(図16)と、dKエンジン(図17)を構成しました。
 図16のスピード能力3要素による総合解析において、7歩目と9歩目をαクランクキックとしたとき、スピード能力3要素の状況がすべて良くなって、dGの値も高レベルなものとなっています。
 図17のdKエンジンの評価も向上しています。


図16 スピード能力3要素による総合解析(左→δ, 右→α)


図17 7歩目と9歩目がαクランクキックでのdKエンジン

 おそらく、7歩目と9歩目のような状況で、このようなαクランクキックを実現して走るのは、かなり困難なことかもしません。しかし、このような、スピード能力3要素が高レベルにある、αクランクキックの条件を受け継ぎつつ、γクランクキックとすることは可能なはずです。図9のdGグラフに見られるような、2つのピークに分かれるのではなく、それらの中間位置に、キックの動きとパワーを集中すればよいわけです。そのとき、さらに大きな速度が得られる可能性があります。
 このような、ランニングフォームにおけるメカニズムについての誤解は、飯塚翔太選手だけに見られることではありません。福島千里選手でも確認できます。おそらく、日本のスプリンターの多くは、このような、間違った意識のもとで、自分自身のスピードの可能性を小さなものとしていることでしょう。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, June 29, 2013)

 

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