短距離ランニングフォーム解析 (34)
より速く走るためには 何よりも キック脚のテクニックとパワーを磨く

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)@ 9621 ANALYSIS

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 はじめに

 2013年日本選手権男女短距離種目の3名(山縣亮太選手、飯塚翔太選手、福島千里選手)についてのランニングフォーム解析によるデータを中心として(遅いスピードについての、私の実験的なランニングデータも加え)、スヒード能力3要素(キック脚重心水平速度、ヒップドライブ速度、相対スウィング速度)が、ランニングスピード(全重心水平速度)を大きくするため、どのように利用されているのかということを調べます。

 ビデオ画像コマ単位のランニングフォーム

 図1として、今回取りあげるランナーの、ビデオ画像コマ単位のランニングフォームを取りあげます。図1(a)の、100m山縣亮太選手のスローモーション画像(を1秒間30コマのビデオで撮影したもの)では、9コマで1歩となっていますが、通常の、1秒間30コマのビデオ画像そのものでは6コマで1歩でした。図1(b)の200m飯塚選手や、図1(c)の女200m福島選手では、7コマだったと思います。


(a) 100m 山縣亮太選手 Ymgt(21) ガンマクランクキック(スローモーション)


(b) 200m 飯塚翔太選手 Iz(1) ガンマクランクキック(スローモーション)


(c) 200m 福島千里選手 FK(4) デルタクランクキック(スローモーション)


(d) 2013-06-22 黒月樹人 KLO(22) アルファクランクキック(1秒30コマ画像)


(e) 2013-06-30 黒月樹人 KRJ1(23) ガンマデルタクランクキック(1秒30コマ画像)

図1 ビデオ画像コマ単位のランニングフォーム

 図1(d)と図1(e)は、私(黒月樹人)がトレーニング中に走って撮影してもらった画像によるものです。8日の経過で、どのように変化したのかということを、後の解析グラフで明らかにします。

 キックポイントを中心とした「ランナー感覚の動き」

 図2は、図1の各ランナーのキックフォームに対応した、キックポイントを中心とした「ランナー感覚の動き」です。山縣選手の(a)と飯塚選手の(b)は主要なスピード源のガンマクランクキック(γ)で、(c)は福島選手が得意としているデルタクランクキック(δ)、(d)は私によるアルファクランクキック(α)、そして、(e)も私ですが、ここに示したガンマデルタクランクキツク(γδ)の具体的な説明は、後で行いますが、かんたんに言うと、ガンマクランクキックの性質をもっているデルタクランクキックということです。


図2 キックポイントを中心とした「ランナー感覚の動き」

 キック脚の動きが、いろいろなパターンとなっています。ガンマクランクキックやアルファクランクキックでは、太もも部分の動きが小さく、すね(脛)部分の動きが大きくなっています。これが「クランクキック」の当初の意味を表わしています。キック脚の膝の角度があまり変化しないでキックを行っているのです。これに対して、(c)に見られるように、キック脚の膝の角度を大きくしつつキックを行うのが、ピストンキックやピストンキックに近いデルタクランクキックです。(e)のガンマデルタクランクキックでは、ガンマクランクキックの性質を少し残しています。
 キック脚やスウィング脚の重心軌跡の向きも、ランニングフォームの特徴となります。(e)のように、キック脚の重心軌跡が後方の下方へと動くとき、この動きを打ち消すように、スウィング脚の重心軌跡が前方の下方へと動きます。しかし、このような補償効果は妥協の産物で、もっと理想的なのは、(a)の山縣選手のように、いずれも地面と平行に動くということです。これまで、スウィング脚のダウンスウィングが身体重心の浮きを押さえるから効果的だと述べてきましたが、このような「浮き」を最初からもたらさないのが、(a)の平行法です。水平方向でのスピードアップに効果的なものです。(d)のアルファクランクキックでは、キック脚を身体重心直下に「押す」という動きになり、このとき、キック脚のかかとは浮かず、キック脚重心の軌跡も地面と平行になります。

 静的フォーム分類に「ガンマデルタランクキック」を設定

 これまでデルタクランクキックとしてきたフォームにおいて、ガンマクランクキックに近い1/3の領域をガンマデルタランクキックと呼ぶことにしました。このあたりのフォームの性質がガンマクランクキックによく似ており、大きなスピードを効率よく生み出すものとなることが多いので、ここのところを特別に区別することにしました。


図3 静的フォーム分類に「ガンマデルタランクキック」を設定

 図3は上記(e)の、私によるフォームです。dG=8.1(黒)ですが、dK=4.8(エンジ)と、相対スウィング速度(ピンク)と、ヒップドライブ速度(灰色)のプロットパターンのピークがキックポイント(dGのピーク位置、赤い縦線位置)によく合っていて、適度なバランスの寄与率となっています。もう少し重心が低ければよいかもしれません(おそらくガンマクランクキックとなっていたはずです)が、まずまずのフォームとなっています。

 dKエンジン分類による動的フォームの傾向

 ここからは抽象的なデータ解析となりますが、ここからが本論です。
 この後、「dGとdK/dG比」と「dKエンジン」のグラフを示します。
 「dGとdK/dG比」のグラフは、横軸「dK/dG比」(キック脚重心水平速度dKの、全重心水平速度dGに対する寄与率 [比])に対して、縦軸を「全重心水平速度dG」としたものです。
 「dKエンジン」のグラフは、横軸「dK/dG比」に対して、縦軸を「キック脚重心水平速度dK」としたものです。図4のALLでは、(山縣選手らの)トップランナーと、(黒月樹人による)マスターズクラスの、2つの母集団のものが表示されている(「dGとdK/dG比」のグラフでは明らか)ので、分かりにくくなっていますが、「dK/dG比」が大きいと「キック脚重心水平速度dK」も大きいという、正の相関を示す分布となっています。
 図5から図7は、選手ごとに分布させたものです。図8と図9は、黒月樹人の2回のランニングを区別して表示したものです。
 dKエンジンの類別(T〜Z)の数字が大きいほど、「キック脚重心水平速度dK」の働きが良いということを意味しています。


図4 「dGとdK/dG比」と「dKエンジン」(ALL)


図5 「dGとdK/dG比」と「dKエンジン」(山縣亮太選手)

 山縣亮太選手のdKエンジン [類] のグラフにおけるZ類のフォームを見ると、δクランクキック、アルファクランクキック、ベータクランクキック、ガンマクランクキック、そして、ピストンキックまで含まれていて、多彩なものとなっています。これは、山縣選手が、スピードが大きくなってゆくと、キックポイントが遅れぎみになるのを感じとって、より効率のよい、重心直下でのキックへと戻そうと、何度も試みているからです。
 色の凡例は、左の一つ目がスタートダッシュ後半、次から中間疾走前半、中間疾走後半、ラストスパートの順となっています。


図6 「dGとdK/dG比」と「dKエンジン」(飯塚翔太選手)

 dKエンジン [類] のグラフから、飯塚選手の得意なフォームが、ガンマクランクキック、もしくは、ガンマデルタクランクキックであることが分かります。そして、数多く見られるデルタクランクキックの類別は高くありません。つまり、デルタクランクキックでは、あまり大きな速度を期待できないという状況になっています。


図7 「dGとdK/dG比」と「dKエンジン」(福島千里選手)

 福島選手の色の凡例は、左の緑色が200m直線部分の中間疾走後半、エンジがラストスパートです。
 dKエンジン [類] のグラフから、福島選手の主要なフォームが△のデルタクランクキックであることが分かります。しかし、わずかに出現している、ガンマクランクキックやベータクランクキックで大きなスピードの基礎を生み出しているということも分かりますが、このことは、うまく理解されていないようです。


図8 「dGとdK/dG比」と「dKエンジン」(2013-06-22 黒月樹人)

 黒月樹人(KR)の色の凡例は、左の黒が2013-06-22のもので、左から2つ目から右端までが2013-06-30のもので、トライアル順となっています。
 図8と図9の「dGとdK/dG比」のグラフを比較すると、6-22に対して、6-30のほうが、平均して(分布の重心あたりを見て)、スピードdGとして、0.5 [m/s] ほど速くなっていることが分かります。


図9 「dGとdK/dG比」と「dKエンジン」(2013-06-30 黒月樹人)

 図8と図9のdKエンジンのグラフを見ると、6-22ではX類が1つ(アルファクランクキック)だけだったのに対して、6-30ではX類が半数近くに増えています。
 実は、6-22でのX類のアルファクランクキックフォームを、もっとたくさん生み出そうと6-30に試みたのですが、どういうわけか、増えたのは、ガンマデルタクランクキックとデルタクランクキックでした。6-30に意図した、ある種のコツが、どうやら、的外れだったようです。
 それでも、結果的に6-30のdKエンジンのクラス(類)が向上したため、全体のスピードdGの平均値が高まりました。わずか8日でのことです。これは、キック脚のパワーやエネルギーシステムの向上ではなく、技術(テクニック)が向上したと考えることになります。なぜかというと、(平日の仕事が忙しくて残業も増え)キック脚のパワーやエネルギーシステムの向上を目指したトレーニングをまったく行っていなかったからです。
 このような解析結果から分かるように、少々的外れなところもありましたが、キック脚のテクニックを磨くことにより、ランニングスピードを高めることができるということが分かりました。もう少しパワートレーニングを行い、別のテクニックを試してみれば、さらにスピードアップできるかもしれません。これは、今後の課題となります。

 ヒップドライブ速度p(dT-dK)による動的フォームの傾向

 上記の「dGとdK/dG比」と「dKエンジン」のグラフは、dKとdGについての関係を調べたものでしたが、この対応を、dKの代わりに、スピード能力3要素の一つである、ヒップドライブ速度 p(dT-dK) について調べました。


図10 「dGとp(dT-dK)/dG比」と「ヒップドライブ速度寄与率」(ALL)

 図10の(左)「dGとp(dT-dK)/dG比」を見ると、母集団が2つあることが推定できます。(右)「ヒップドライブ速度寄与率」でも、母集団が2つあると見なせますが、上記のdKによる解析に比べ、2つの母集団は比較的まじりあっています。これは、ヒップドライブ速度に関しては、メカニズムに関する違いがあまりなく、スピードとしてのレベルの違いがあるだけだということのようです。


図11 「dGとp(dT-dK)/dG比」と「ヒップドライブ速度寄与率」(山縣亮太選手)

 図11の山縣亮太選手のケースを詳細に調べて見ると、たとえば、「ヒップドライブ速度寄与率」のグラフで右上にある△(デルタクランクキック)のフォームでは、(左)「dGとp(dT-dK)/dG比」のどの高さにあるかというと、dG=9.0 [m/s] にすぎません。「ヒップドライブ速度寄与率」のグラフで左にある、オリーブ色の△や■は、ここでは低い位置ですが、(左)「dGとp(dT-dK)/dG比」の高い位置にあります。
 このような対応を調べてゆくと、ヒップドライブ速度が大きいということが、必ずしも、全体のスピードdGと、うまく対応していないということが分かります。


図12 「dGとp(dT-dK)/dG比」と「ヒップドライブ速度寄与率」(飯塚翔太選手)

 上記図11で見たことが、ここでも確認できます。例外はベータクランクキックのフォームくらいのものです。


図13 「dGとp(dT-dK)/dG比」と「ヒップドライブ速度寄与率」(福島千里選手)

 福島選手は比較的大きなヒップドライブ速度を生み出しています。しかし、ここでも、大きなヒップドライブ速度が必ずしも大きな全体のスピードdGにつながっていないことが確認できます。


図14 「dGとp(dT-dK)/dG比」と「ヒップドライブ速度寄与率」 (2013-06-22 黒月樹人)


図15 「dGとp(dT-dK)/dG比」と「ヒップドライブ速度寄与率」 (2013-06-30 黒月樹人)

 図14と図15の黒月樹人のケースでは、ヒップドライブ速度と全体の速度dGに、何らかの関係はとくに見られません。ほとんどランダムな対応と見なせます。

 相対スウィング速度q(dS-dB)による動的フォームの傾向

 スピード能力3要素の一つである、相対スウィング速度 q(dS-dB) においても、同じような対応で調べました。


図16 「dGとq(dS-dB)/dG比」と「相対スウィング速度寄与率」(ALL)

 レベルの違いはありますが、ここでは、母集団を2つとするより、1つと見なしたほうがよいようです。ALLでは、4人のデータが混じっていますので、本質的な現象が見えにくくなっています。


図17 「dGとq(dS-dB)/dG比」と「相対スウィング速度寄与率」(山縣亮太選手)

 図17の山縣亮太選手の分布パターンでは、明るい緑の、スタートダッシユ後半のデータが、左右いずれのグラフでも下位にあって、本質的なところを見にくくしています。オリーブ色や赤色の対応を見ると、(右)で高いところにあるものが(左)では低いところにあって、(右)で低いところにあるものは(左)では高いところにあるということが分かります。


図18 「dGとq(dS-dB)/dG比」と「相対スウィング速度寄与率」(飯塚翔太選手)

 図18の飯塚選手のデータでは、左右どちらでも最下位にあるベータクランクキックを無視すれば、(右)で高いところにあるものが(左)では低いところにあって、(右)で低いところにあるものは(左)では高いところにあるということが分かります。


図19 「dGとq(dS-dB)/dG比」と「相対スウィング速度寄与率」(福島千里選手)

 図19の福島選手のデータで、無視すべき例外は、左右いずれでも最大値の位置にあるデルタクランクキックのフォームです。あとのデータは、見事に、(想定して描く)回帰直線の向きが逆になります。つまり、相対スウィング速度dS-dBが大きいほど、全体のスピードdGが小さくなるのです。この現象は、福島選手が多用しているデルタクランクキックでは、一般的なものとして確認できます。デルタクランクキックでスウィング脚を強く意識すればするほど、ピストンキックへと向かってゆき、dGが低下するのです。


図20 「dGとq(dS-dB)/dG比」と「相対スウィング速度寄与率」 (2013-06-22 黒月樹人)


図21 「dGとq(dS-dB)/dG比」と「相対スウィング速度寄与率」 (2013-06-30 黒月樹人)

 図20と図21のうち、図21で、回帰直線の傾きが逆になるという現象が顕著に現れています。これは、図21の6-30での中心的なフォームがガンマデルタクランクキックとデルタクランクキックであることに由来するのかもしれません。
 飯塚選手、福島選手、6-30の黒月樹人の解析から明らかなように、もっと速く走ろうとしてスウィング脚をより速く動かそうとすると、逆に遅くなってしまうのです。これは、とても皮肉な現象です。おそらく、スウィング脚の動きに意識を向けると、もっと寄与率の大きな、キック脚重心水平速度dKのことが忘れさられてしまうのかもしれません。

 まとめと考察

 上記の解析グラフの結果から導かれる要点をかんたんにまとめます。

 (1) もっと速く走るためには、キック脚のテクニックとパワーを磨く
 (2) ヒップドライブ速度が高いことを盲信してはいけない
 (3) もっと速く走ろうとしてスウィング脚をより速く動かそうとすると、逆に遅くなってしまう

 日本のトップスプリンター3名と、マスターズクラスの1名のデータを考察しましたが、これだと、トップとボトムを見たことになり、その中間部分が欠落しているかもしれません。また、黒月樹人による、2013-06-30のトライアルでは、山縣選手のような、大きなキック脚重心水平速度dKの寄与率となるようなフォームを試みようとしましたが、この、2/3スピードでの、ランニングフォームの、もの真似は、うまくいかなかったようです。当初期待していたほど、アルファ・ベータ・ガンマクランクキックでの、dKエンジン [類] の高いものが得られませんでした。もう少し異なったノウハウ(コツ、テクニック)を試してみる必要があります。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, July 8, 2013)

 

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