短距離ランニングフォーム解析 (39)
マスターズ陸上M70クラOZK 選手のランニングフォーム概観

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)@ 9621 ANALYSIS

「スポーツ解析」ブランチページへもどる

 はじめに

 OZK選手はマスターズ陸上M70クラスです。
 マスターズ陸上の世界では、40歳代や50歳代は「まだまだ」で、本格的に活動の成果が認められ始めるのは、60歳の「大台」にのってからなのだそうです。さらに70歳や80歳の「超大台」で活躍されている方々もおられます。人間は、きちんとトレーニングを重ねてゆけば、ほんとうは、もっともっと活動できるということを、私たちに示してくれています。マスターズ陸上という世界は、そのような、人間の肉体(や精神)の耐性などをテストする、実験場のようなものなのです。
 OZK選手はスプリンターで、100mや200mで活躍されています。
 今回解析するのは、レースにおけるランニングではなく、トレーニングにおける、いわゆる、フロートとかテンポ走と呼ばれる、フォームやコンディションの調整のためのランニングです。このため、スピードそのものは、レースのときのものより、幾分遅くなっています。
 今回の解析のもととなったビデオ画像では、ランナーは左に向かって走っていますので、解析ソフトは、このときの右脚と右手を赤色で、左脚と左手を青色で描きます。
 また、このときのビデオ撮影は通常のモードであり、1秒間に30コマを記録するものです。

 ランニングフォーム概観

 次の図1は「OZK選手のランニングフォーム(左)とスピード能力3要素寄与式の三角表示(右)」です。これらの画像をクリックすると拡大ページへ進みます。拡大ページの構成は、[1] 拡大ランニングフォーム、[2] キック局面の詳細データ、[3] 総合解析、[4] スピード能力3要素寄与式 dG=p(dT-dK)+dK+q(dS-dB) の三角表示の4つを並べたものです。
 スピード能力3要素寄与式の三角表示(右)の評価は、(1) できるだけ右にある(→ キック脚重心水平速度((キックベース速度) dKが大きい)、(2) 三角形の面積が大きい(→ ヒップドライブ速度(ペンジュラム速度) dT-dKや相対スウィング速度 dS-dBが大きい)の2点に着目しておこなうとよいでしょう。
 このときのランニングは、スタンディングスタートからのもので、ビデオから展開した画像の、任意のフォームから解析していますので、OZK(1)の番号1は、スタートからの歩数ではなく、ランニング途中からの「解析番号」を示しています。

図1 OZK選手のランニングフォーム(左)とスピード能力3要素寄与式の三角表示(右)
(画像をクリックすると拡大ページへ進みます)


図2 三角表示の見方

 データ解析による考察

 次の図3はスピード能力3要素(dT-dK, dK, dS-dB)の構成法を示したものです。


図3 スピード能力3要素

 スピード能力3要素は、全重心水平速度dGを構成する、独立した成分です。これらの関係は次の式で表わされます。

   dG = p(dT-dK) + dK + q(dS-dB),  p=2/3, q=1/4   (スピード能力3要素寄与式)

 pとqの係数は、この式を導くときに適用した運動量保存則と、身体質量比の関係から求められるものです。
 スピード能力3要素の呼称は、はじめ、ヒップドライブ速度dT-dK、キック脚重心水平速度dK、相対スウィング速度dS-dBとしていましたが、dT-dKはヒップの動きにはほとんど関係がないということが分かってきましたので、より、そのメカニズムに対応した呼称として、ペンジュラム速度とすることにしました。ランナーの上半身は、キック脚の膝もしくは足首あたりを中心として、振り子(ペンジュラム)のように、前方へと動かされているのです。ひょっとすると、紐で下につるす振り子ではなく、メトロノームのようなものをイメージしたほうがよいかもしれません。
 また、キック脚重心水平速度dKをキックベース速度と呼ぶことにしましたが、これは、どちらを使ってもかまいません。
 相対スウィング速度はずうっとこのままですが、このときの、スウィング脚重心水平速度dSが、相対的な基準とするのは、キック棒重心水平速度dBです。キック棒とは、キック脚と上半身を合わせたものです。やや弾力のある棒のようにふるまっています。
 上記のスピード能力3要素寄与式は、両辺をdGで割って100を掛けた、次式のほうが分かりやすいかもしれません。

   100 = 100×p(dT-dK)/dG + 100×dK/dG + 100×q(dS-dB)/dG,  p=2/3, q=1/4
   (パーセント表示のスピード能力3要素寄与式)

   100 = Y + X + Z,   Y = 100×p(dT-dK)/dG, X = 100×dK/dG,  Z = 100×q(dS-dB)/dG

 このようにすると、この式の独立変数は2つとなります。XとYを変数としたとき、Zは、Z = 100 - X - Y で決まるからです。
 そこで、ランナーの各キックフォームにおける解析結果から、X(キックベース速度寄与率)とY(ペンジュラム速度寄与率)を求め、次の図4のようなグラフで表現することにしました。図4で薄い灰色のプロットが、各ランナーの全キックフォームについてのデータです。図4で水色のプロットはOZK選手のキックフォームについての値です。そして、大きな十字で示したものが、OZK選手のデータについての重心位置です。[+] = (重心X座標, 重心Y座標) として値を表示しています。▽ OZK は、男性(▽)のOZK選手を意味する記号です。分類αなどは、ランニングフォームの分類で、αはアルファクランクキックを示します。Pは(キック脚の膝を伸ばしきる瞬間にキックポイントを迎える)ピストンキックです。

図4 OZK選手のフォーム分類ごとのスピード能力2要素マップ

 図4のような解析グラフを他の選手についても表示して見比べることにより、OZK選手の特徴が分かるわけですが、それでは、大量の画像が必要となり、構成するにも、表示するにも、たいへんなこととなります。そこで、それぞれの重心位置だけを取り出して表わすことにしました。
 次の図5は、各ランナーのスピード能力2要素マップにおける各フォームの重心位置です。

図5 各ランナーのスピード能力2要素マップにおける各フォームの重心位置

 これらのグラフは、スピード能力2要素マップでの重心を集めて表示したものですから、スピード能力2要素マップで全体の薄いプロットが左上から右下へと細長く集まっているように、図5の重心も、おおよそ、左上から右下へと分布します。
 OZK選手の特徴を一言で述べるとすると、「α〜gdまで左上グループにあったものの、δでは右下グループに位置している」ということでしょうか。
 高速ランニングフォームとしてのα〜γでは、キックベース速度より、ペンジュラム速度のほうが優勢となっているということです。これは、高速ランニングフォームのスピード効率の面から言って、良くない傾向です。スピード能力3要素の中で、おおよそ60パーセント前後となる、キックベース速度を大きくして、全体の速度dGを大きなものとするのが、高速ランニングフォームの中心的な戦略なのです。
 分類γで右下にある代表的なランナーはYMGT(山縣亮太)選手です。分類βではIZK(飯塚翔太)選手が飛び抜けています。これらの2ランナーは、メカニズムの利点を強調しようとするタイプです。  これに対して、分類γでも分類βでも、全体のプロットの中心あたりに位置しているのがGML(A.GEMILI)選手です。IZK選手も、分類γでは、中心あたりに位置しています。これらは、メカニズムのバランスをとろうとしているタイプであると考えられます。
 分類γで、中心が白い(女性)赤丸のプロットとなっているFK(福島千里)選手の位置は、高速ランニングフォームの主力であるγクランクキックがうまく利用できていないというタイプです。
 分類δでは、OZK選手とOE選手とKLO選手(くしくも、全員滋賀県の選手)が右下に位置しています。これは良くない状態です。デルタクランクキック(δ)では、キック脚のすねは、すでに前傾しつくしているので、このときのキックベース速度を大きくしても、全体の速度は、あまり大きくなりません。デルタクランクキック(δ)での加速中心は、ペンジュラム速度のほうにあるのです。この分類δでは、KI16選手、Y57選手、FK選手のほうが、より効率よく走っていることになります。しかし、KI16選手とY57選手は、いずれも中距離ランナーです。最大スピードはあまり大きくなくても、楽に走れることを追い求める戦略でフォームを磨いているタイプです。トップクラスのスプリンターである、IZK選手、YMGT選手、GML選手たちは、分類δでは、全体のまんなかあたりでバランスをとっています。
 OZK選手の問題点に戻りますが、これらの解析と説明から分かるように、高速ランニングフォームとしての分類α〜分類γにおいて、うまく、キックベース速度を高められていないということです。この問題に対しては「高速ランニングフォームのためのトレーニングメニュー(12) 速く走るための走の基本ドリル」に示してある、 (f) スキップA前進バージョン (Skip A Go on)、(f→h) 空手パワーキックでのスキップA前進バージョン(Karate Power Kick Skip A Go on)、(t) スキップB前進バージョン (Skip B Go on)、(t→v) 弓型ハンマーキックでのスキップB前進バージョン(Bow-type Hammer Kick Skip B Go on)を順に行ってゆくと良いでしょう。これらの「前進バージョン」では、とにかく、キックベース速度を高めようとしているのです。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, Oct, 3, 2013)

 

「スポーツ解析」ブランチページへもどる