短距離ランニングフォーム解析 (40)
マスターズ陸上M50クラスSASA選手のランニングフォーム概観

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)@ 9621 ANALYSIS

「スポーツ解析」ブランチページへもどる

 はじめに

 SASA選手はマスターズ陸上M50クラスのスプリンターです。昨年の冬期のころから、滋賀県の水口スポーツの森にある陸上競技場にたびたび現れてトレーニングしておられました。そのため、滋賀県の選手だと思っていたのでしたが、あとから分かってみると、SASA選手は大阪府のマスターズに所属する選手なのでした。住所を聞いていいないので、これは推測ですが、大阪府といっても、枚方とかの北部のほうであれば、国道307号線で比較的早く来ることができます。それでも、片道1時間半から2時間かかります。
 今年の春先は脚の故障のため、あまり走れなかったようですが、秋ごろには、全日本マスターズ陸上や、あちこちの府県のマスターズ陸上競技大会に参加することができるようになりました。
 今回解析するのは、奈良マスターズ陸上の200mレースで走っているときのフォームです。解析番号の1から12は、200mの曲走路中盤から後半へと向かう、スタートダッシュを終えた、最初の中間疾走に相当します。このあと、走高跳のマットでキック脚の先端部分が見えない数歩が続き、この部分を(解析するのは)飛ばして、曲走路から直走路へと出てゆくフォームとして、解析番号21から29までの9歩を調べています。
 今回の解析のもととなったビデオ画像では、ランナーは左に向かって走っていますので、解析ソフトは、このときの右脚と右手を赤色で、左脚と左手を青色で描きます。
 また、このときのビデオ撮影は通常のモードであり、1秒間に30コマを記録するものです。

 ランニングフォーム概観

 次の図1は「SASA選手のランニングフォーム(左)とスピード能力3要素寄与式の三角表示(右)」です。これらの画像をクリックすると拡大ページへ進みます。拡大ページの構成は、[1] 拡大ランニングフォーム、[2] キック局面の詳細データ、[3] 総合解析、[4] スピード能力3要素寄与式 dG=p(dT-dK)+dK+q(dS-dB) の三角表示の4つを並べたものです。
 スピード能力3要素寄与式の三角表示(右)の評価は、(1) できるだけ右にある(→ キック脚重心水平速度((キックベース速度) dKが大きい)、(2) 三角形の面積が大きい(→ ヒップドライブ速度(ペンジュラム速度、あるいは、相対トルソ速度) dT-dKや相対スウィング速度 dS-dBが大きい)の2点に着目しておこなうとよいでしょう。
 このときのランニングは、ビデオから展開した画像の、任意のフォームから解析していますので、SASA(1)の番号1は、スタートからの歩数ではなく、ランニング途中からの「解析番号」を示しています。12から21まで数字が飛んでいますが、解析13歩目から20歩目までの8歩については解析できなかったということを意味しています。
 これらの中で、おすすめのキックフォームは、前半ではSASA(9)で、後半ではSASA(25)です。後半のSASA(22)は三角形の面積は大きいのですが、左に位置しているので、dKがうまく生み出されていません。

図1 SASA選手のランニングフォーム(左)とスピード能力3要素寄与式の三角表示(右)
(画像をクリックすると拡大ページへ進みます)


図2 三角表示の見方

 データ解析による考察

 次の図3はスピード能力3要素(dT-dK, dK, dS-dB)の構成法を示したものです。


図3 スピード能力3要素

 スピード能力3要素は、全重心水平速度dGを構成する、独立した成分です。これらの関係は次の式で表わされます。    dG = p(dT-dK) + dK + q(dS-dB),  p=2/3, q=1/4   (スピード能力3要素寄与式)  pとqの係数は、この式を導くときに適用した運動量保存則と、身体質量比の関係から求められるものです。
 スピード能力3要素の呼称は、はじめ、ヒップドライブ速度dT-dK、キック脚重心水平速度dK、相対スウィング速度dS-dBとしていましたが、dT-dKはヒップの動きにはほとんど関係がないということが分かってきましたので、より、そのメカニズムに対応した呼称として、ペンジュラム速度とすることにしました。ランナーの上半身は、キック脚の膝もしくは足首あたりを中心として、振り子(ペンジュラム)のように、前方へと動かされているのです。ひょっとすると、紐で下につるす振り子ではなく、メトロノームのようなものをイメージしたほうがよいかもしれません。このようにして、dT-dKは、ヒップドライブ速度からペンジュラム速度へと変わることとなりましたが、この言葉を使ってゆくうちに、これではかえって分かりにくいと考えることとなり、メカニズムに関した名前をつけるより、もっと分かりやすい、形式的な名前のほうがよいと、相対トルソ速度という言葉を思いつきました。こちらのほうがぴったりです。どうしてさいしょからこの言葉を思いつかなかったのかというと、やはり、上半身の動きは、ヒップを含めた腰部分の動きで加速されるという思い込みがあったからだと思います。
 ところで、キック脚重心水平速度dKをキックベース速度と呼ぶことにしましたが、これは、どちらを使ってもかまいません。
 相対スウィング速度はずうっとこのままですが、このときの、スウィング脚重心水平速度dSが、相対的な基準とするのは、キック棒重心水平速度dBです。キック棒とは、キック脚と上半身を合わせたものです。やや弾力のある棒のようにふるまっています。
 上記のスピード能力3要素寄与式は、両辺をdGで割って100を掛けた、次式のほうが分かりやすいかもしれません。

   100 = 100×p(dT-dK)/dG + 100×dK/dG + 100×q(dS-dB)/dG,  p=2/3, q=1/4
   (パーセント表示のスピード能力3要素寄与式)

   100 = Y + X + Z,   Y = 100×p(dT-dK)/dG, X = 100×dK/dG,  Z = 100×q(dS-dB)/dG

 このようにすると、この式の独立変数は2つとなります。XとYを変数としたとき、Zは、Z = 100 - X ? Y で決まるからです。
 そこで、ランナーの各キックフォームにおける解析結果から、X(キックベース速度寄与率)とY(ペンジュラム速度寄与率)を求め、次の図4のようなグラフで表現することにしました。図4で薄い灰色のプロットが、各ランナーの全キックフォームについてのデータです。図4で淡い緑色のプロットはSASA選手のキックフォームについての値です。そして、大きな十字で示したものが、SASA選手のデータについての重心位置です。[+] = (重心X座標, 重心Y座標) として値を表示しています。▽ SASA は、男性(▽)のSASA選手を意味する記号です。分類αなどは、ランニングフォームの分類で、αはアルファクランクキックを示します。Pは(キック脚の膝を伸ばしきる瞬間にキックポイントを迎える)ピストンキックです。

図4 SASA選手のフォーム分類ごとのスピード能力2要素マップ

 図4のような解析グラフを他の選手についても表示して見比べることにより、SASA選手の特徴が分かるわけですが、それでは、大量の画像が必要となり、構成するにも、表示するにも、たいへんなこととなります。そこで、それぞれの重心位置だけを取り出して表わすことにしました。
 次の図5は、各ランナーのスピード能力2要素マップにおける各フォームの重心位置です。


 αクランクキックでは、全体的にあまり広がっていません。その中でも、SASA選手のフォームは中心的な位置にあります。


 SASA選手のβクランクキックは、左上のグループのところにあり、キックベース速度より、ペンジュラム速度(相対トルソ速度)に比重が傾いています。


 SASA選手のγクランクキックは、中心付近のグループにあります。GMLタイプです。GML-IZK-SASA-KLOと、ネンジュモのようにつながりました。


 SASA選手のgd(γδ)クランクキックは、右下にひとつ離れて位置しています。キックベース速度が優勢だということです。


 SASA選手のδランクキックは、比較的キックベース速度が優勢となっています。


 数少ないピストンキックのデータにおいて、SASA選手のフォームは、右下の、キックベース速度が優勢な位置にあります。

図5 各ランナーのスピード能力2要素マップにおける各フォームの重心位置

 次の図6は「ランナーごとにまとめたスピード能力2要素マップにおける各フォームの重心位置」です。このように整理し直すと、各ランナーの、スピード能力3要素のとらえかたが、いろいろなタイプに分かれるということが、よく分かります。
 SASA選手とセットにしてまとめられるのはOE選手でしょう。左上から右下に長くつらなっています。これをOEタイプとします。
 右下にまとまろうとしているのがYMGTタイプです。US選手が、このグループに入ります。
 左上に偏ってゆくのがFKタイプです。KI16選手, SO選手, Y57選手, OZK選手が、このグループに入ります。
 中央にまとまろうとしているのがIZK選手, GML選手, KLO選手です。GMLタイプとします。GML選手のピストンキックは、ゴールに飛び込むフォームなので、かなり異質なものとして、無視したほうがよいうです。

図6 ランナーごとにまとめたスピード能力2要素マップにおける各フォームの重心位置

 次の図7は「SASA選手の全速度dGとスピード能力3要素の変化」です。解析歩数の1から12を「前半」、21から29を「後半」とよぶことにします。前半で大きなスピード(dG)を出しているのは、解析9歩目のβクランクキックです。このときのスピード能力3要素を見ると、キックベース速度(キック脚重心水平速度) dKの値が大きくなっていることが分かります。8歩目のγクランクキックの段階から、このようなスピードアップが試みられています。このグラフには表示していませんが、キック軸加速度比 aGO/gの値を見ると、8歩目では5.4、9歩目では5.8となっており、このとき力強く地面に力を加えています。5.0を超えているのは、10歩目の5.0までの、これらの3歩だけでした。後半で最もキック軸加速度比 aGO/gが大きかったのは、解析25歩目の4.9でした。この値はSASA選手にとっては、まずまずのものです。山縣亮太選手や桐生祥英選手のデータでは、aGO/gが8を超えるキックフォームも観測されています。しかし、このような値はやや過剰で、スピードがよく出ているときのaGO/gを調べると、6あたりの値となっています。体重の6倍の力を生み出すキックです。このような値は、私が編集した「走の基本ドリル」で示してある、「空手パワーキック」や「弓型ハンマーキック」が意図的に行えるようになれば、誰でも生み出すことができます。


図7 SASA選手の全速度dGとスピード能力3要素の変化

 この図7を見ると、たまたま、αクランクキックとβクランクキックで、それぞれ1歩ずつ、スピードを高められるフォームを生み出していますが、これがSASA選手の「武器」になっているかというと、そうとはいえず、他のαクランクキックやβクランクキックでは、それほど大きなスピードを生み出せていません。
 後半の解析25歩目のαクランキックでは、相対トルソ速度(ペンジュラム速度、ヒップドライブ速度) p(dT-dK) の値が大きくなっていることが主要因となっていますが、他のαクランクキックでは、この値が凡庸なレベルにあります。
 SASA選手のランニングシステムにおいては、δクランクキックやピストンキックでは大きなスピードを生み出せないということも理解しておくべきです。
 山縣亮太選手の「武器」はγクランクキックでした。私は、それを見習って、大きなキックベース速度を基礎として、より効率のよいγクランクキックを生み出そうとトレーニングしています。そのようなプロセスの中で、大きなスピードが出せるβクランクキックのフォームなども意図的に生み出せるようになってきました。
 1歩だけβクランクキックで大きなスピードが生まれているのが、これからのトレーニングについての「戦略」の核となります。まずは、このときのキックフォームの動きをしっかりと覚え込み、意図的に、このようなフォームが生み出せるようにすることです。そのような試みが、隣接する、γクランクキックのフォームを、より効率的なものとする「てがかり」となるかもしれません。
 このようなランニングスピードのなかでは、キックベース速度の値は、それほど悪くないのですが、キック脚の全体を、もっと固定して使えるように強化し、さらに、意図的に強いキックを心がけることにより、キックベース速度のレベルをもっと引きあげることができます。このことに加えて、「体幹」と呼ばれている、胴体の強化をきちんとやることによって、相対トルソ速度(ペンジュラム速度、ヒップドライブ速度) p(dT-dK) のレベルを高めることができます。
 このような、身体能力のレベルについても、今回解析したデータから、論理的な解析結果を添えて提示することができるのですが、そのためには「高速ランニングフォームのエピソード」ページを幾つか生み出す必要があります。そこで語るべき結論の一部を、上記のところで述べてしまいました。さらに具体的な、SASA選手の身体能力のレベルについての評価は、それらのエピソードページを生み出す過程で行おうと思います。これとは別に、OE選手、OZK選手、SASA選手などの、スタートダッシュの画像があって、これらを解析して、スタートダッシュについての解析評価システムを確立しようと考えています。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, Oct, 10, 2013)

 メールアドレス

 (SASA選手に限りませんが)感想や質問がありましたら、下記メールアドレスへお願いします。



 

「スポーツ解析」ブランチページへもどる