短距離ランニングフォーム解析 (41)
マスターズ陸上M50クラス森田 享(MRT)選手のランニングフォーム概観

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)@ 9621 ANALYSIS

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 はじめに

 森田 享選手はマスターズ陸上M50クラスのスプリンターです。三重県のマスターズ陸上に所属しています。
 解析のための簡易記号としてMRTを用います。SASA選手とともに、滋賀県の水口スポーツの森陸上競技場へ、たびたび来て、トレーニングや試合をこなしています。SASA選手によれば、MRT選手はM50クラスの100mで11秒台を出しているそうです。若いころは別のスポーツをやっていたそうですが、中年になってからスプリント能力に目覚め、自らの可能性に挑戦しているのだそうです。馬力とバネに優れ、水口スポーツの森陸上競技場のトレーニング中の、一人で走った100mタイムトライアルで、12秒前半をかんたんに出してしまうのですから驚きです。
 森田 享選手は全日本マスターズ陸上の60mで優勝しているそうです。今年の佐賀での100mは2位だったと思います。
 今回解析するのは、兵庫マスターズ陸上(2013年10月14日(祝))の100mレースで走っているときのフォームです。
 今回の解析のもととなったビデオ画像では、ランナーは左に向かって走っていますので、解析ソフトは、このときの右脚と右手を赤色で、左脚と左手を青色で描きます。
 また、このときのビデオ撮影は通常のモードであり、1秒間に30コマを記録するものです。

 全速度とスピード能力3要素

 次の図1はスピード能力3要素(dT-dK, dK, dS-dB)の構成法を示したものです。


図1 スピード能力3要素

 スピード能力3要素は、全重心水平速度dGを構成する、独立した成分です。これらの関係は次の式で表わされます。

   dG = p(dT-dK) + dK + q(dS-dB),  p=2/3, q=1/4   (スピード能力3要素寄与式)

 pとqの係数は、この式を導くときに適用した運動量保存則と、身体質量比の関係から求められるものです。
 スピード能力3要素の呼称は、はじめ、ヒップドライブ速度dT-dK、キック脚重心水平速度dK、相対スウィング速度dS-dBとしていましたが、「dT-dKはヒップの動きにはほとんど関係がない」ということが分かってきましたので、より、そのメカニズムに対応した呼称として、ペンジュラム速度とすることにしました。ランナーの上半身は、キック脚の膝もしくは足首あたりを中心として、振り子(ペンジュラム)のように、前方へと動かされているのです。ひょっとすると、紐で下につるす振り子ではなく、メトロノームのようなものをイメージしたほうがよいかもしれません。このようにして、dT-dKは、ヒップドライブ速度からペンジュラム速度へと変わることとなりましたが、この言葉を使ってゆくうちに、これではかえって分かりにくいと考えることとなり、メカニズムに関した名前をつけるより、もっと分かりやすい、形式的な名前のほうがよいと、相対トルソ速度という言葉を思いつきました。こちらのほうがぴったりです。どうして、最初から、この言葉を思いつかなかったのかというと、やはり、上半身の動きは、ヒップを含めた腰部分の動きで加速されるという思い込みがあったからだと思います。
 ところで、キック脚重心水平速度dKをキックベース速度と呼ぶことにしましたが、これは、どちらを使ってもかまいません。前者は学術的な正式名称で、後者は愛称です。
 相対スウィング速度はずうっとこのままですが、このときの、スウィング脚重心水平速度dSが、相対的な基準とするのは、キック棒重心水平速度dBです。キック棒とは、キック脚と上半身を合わせたものです。やや弾力のある棒のようにふるまっています。

 MRT選手の100mレース(途中まで)における全速度とスピード能力3要素の変化


図2 MRT選手の100mレース(33歩目まで)の全速度とスピード能力3要素の変化

 この図2は「MRT選手の100mレース(33歩目まで)の全速度とスピード能力3要素の変化」をグラフ化してプロットしたものです。相対トルソ速度dT-dKとしていますが、このプロットでは、係数p=2/3を掛けた値としています。同様に、相対スウィング速度も、q=1/4を掛けた値となっています。全速度dGのそばに記したαなどは、キックフォームの分類記号です。gdはガンマクランクキック(γ)とデルタクランクキック(δ)の境界領域に設定した、それらの中間的な性質をもつフォームで、正式には、ガンマデルタクランクキックと呼びますが、γδとすると混乱しやすいので、英語の小文字でgdと表わしてあります。
 スタートダッシュの10歩は、私が任意に決めましたが、このグラフを見ると、7歩目で終わっているとも、11歩目まで続いているとも考えられます。本来、スタートダッシュと中間疾走を明確に区分する「定義」がまだ無いので、このあたりの判断は、アバウトなものです。スタートダッシュと中間疾走の間には、スピードが停滞する「つなぎ」の何歩かが存在することがあります。MRT選手のケースでは、11歩目から17歩目までが「つなぎ」の区間となっているようです。このとき、ランナーは「フォームを変えなければいけない」と意識していますが、その変化のための(意識を中心とした)準備をしているようです。
 中間疾走前半と中間疾走後半の区別もアバウトなものです。MRT選手のースでは、24歩から26歩の3歩で、2度目の「つなぎ」区間を生み出しているようなので、25歩目を区切りとしました。
 プロットで塗りつぶしてあるのが右脚キック、白抜きが左脚キックです。
 MRT選手のスタートダッシュは、強い左脚キックによって加速されています。1歩目というのは、今回、スターティングブロックを押して飛びだす動きを示しています。0歩目と呼んだほうが分かりやすかったかもしれません。飛び抜けて突出している7歩目までの加速は見事なものです。10歩目までのスタートダッシュでは、デルタクランクキック(δ)を中心として、その前後フォームである、gdとP(ピストンキック)だけが現れています。とくに、スターティングブロックを押して出る1歩目で、キック脚の膝がのびきるときに最大スピードとなるピストンキックとなっているのは理想的な現象です。きちんと最後までブロック面を押して加速しています。
 11歩目で、中間疾走における「武器」となるガンマランクキック(γ)が現れていますが、その後3歩がデルタクランクキックです。「つなぎ」のときは、このように、新しいフォームへと、ただちに変化するのではなく、前の区間で使っていたフォームを習慣的に引き継いで使うようです。中間疾走前半では、高速ランニングフォームとしての、αクランクキック、βクランクキック、γクランクキックが生み出されていますが、MRT選手においては、これらは「高速ランニングフォーム」として使われていません。高速ランニングフォームを使いこなしている、ウサイン・ボルト選手や桐生祥英選手(最近、US選手も実現したようですが)は、この、中間疾走前半のあたりで、「爆発的な加速」という現象を生み出します。スタートダッシュにつづく、全速度dGの平均的なカーブが、もっと上のほうへと、ここで膨らむべきなのですが、MRT選手のカーブは、なだらかです。
 このグラフから、MRT選手の本質的な欠陥が見えてきます。欠陥というより未熟な技術点と言えばよいかもしれません。それは、キックベース速度のレベルが低調だということです。スタートダッシュの7歩目で、キックベース速度dKが突出していますが、そのような変化が、中間疾走ではほとんど見られていません。かろうじて、33歩目で大きくなってきましたが、このときのαクランクキックは、意図的なフォームというものとは言い難いようです。意図的にキックベース速度を大きくできる山縣亮太選手においては、γクランクキックが「武器」となっています。このとき、中腰クランクキックから標準(高)クランクキックとなります。あるいは、とくべつに大きなキックベース速度を生み出すのではなく、全体的なバランスのもとで、総合的に大きなスピードを生みだすことのできるβクランクキックを「武器」としている選手もいます。βクランクキックでは、標準(高)クランクキックから腰高クランクキックが有効なものとなります。αクランクキックで優れた加速フォームを生み出しているランナーは、まだ確認できていませんが、大きな速度の慣性フォームとして利用しているケースは認められます。
 MRT選手は、このような、高速ランニングフォームとしての、α・β・γクランクキックが、ほとんど有効なものとして生み出されていません。M50クラスでありながら、100mを12秒前後で走ってしまう原動力は、キック軸加速度比(aGO/g)に示される、キック脚の強いパワーにあるのですが、このような動きが、うまくスピードへと変換できていないわけです。

 拡大ページの見方

 このあとの「ランニングフォーム概観」で示すこととなる、拡大ページの見方を説明します。拡大ページの構成は、[1] 拡大ランニングフォーム、[2] キック局面の詳細データ、[3] 総合解析、[4] スピード能力3要素寄与式 dG=p(dT-dK)+dK+q(dS-dB) の三角表示の4つを並べたものです。[1] 拡大ランニングフォームの説明は省略します。

 [2] キック局面の詳細データ


図3 [2] キック局面の詳細データ

 図3は「[2] キック局面の詳細データ」のページに、説明のため、丸数字を加えたものです。実際の「[2] キック局面の詳細データ」のページには、これらの丸数字はありません。
 @ 描写されているステックピクチャー(G, H, I)の1mを示すバ―です。
 A ランナーの全重心(G)の水平速度dxと鉛直速度dyの詳細フォーム(ビデオ画像間を1/10にした時間での再構成フォーム)における値です。下のグラフにおいて、水平速度dxはCの黒いプロット、鉛直速度dyは中抜きの緑のプロットで示されています。
 B 1)##から30)##は、詳細フォームにおける∠TWNの値。Tは(頭と胴体と両腕で構成される)上半身の重心、Wは腰点、NはHに示してあるように、Wから鉛直上方に伸ばした、Tと同じ高さの点です。B直下の「TWN」はキックポイント(H)前後の∠TWNの平均∠速度(単位は[度/秒])です。操作的には、キックポイント(H, 16[d])前5詳細フォーム(11[d])の、キック局開始フォーム(G)の∠TWNの値11)22.8から、キックポイント後5詳細フォーム(21[d])の、キック局面終了フォーム(I)∠TWNの値21)17.5を引いた22.8-17.5=5.3を、キック区間の時間(10/30秒 → 正しくは10/300秒)を考慮して3倍(→ 正しくは30倍)し、TWN=(22.8-17.5)×(10/30)=15.9 [度/秒](→ 正しくは[×10度/秒])と計算されます。グラフには∠TWNの値が中抜きエンジ色のプロットで表示されています。グラフの中央の白い領域がキック区間で、ここでのエンジプロットの傾きが角速度TWNの大きさに対応しています。∠TWNとして22.8度から17.5度へと変化しているので、上半身を少し後方へと反らせたことになります。
 C 全重心水平速度dxのプロットです。
 D 全重心鉛直速度dyのプロットです。
 E ∠TWN(トルソ角)のプロットです。
 F ∠TWNと同じように、ランナーのいろいろな角度を調べて求めた角速度(Jに示してあるもの)の中から、(1)TOL/KOLや(2)WOL/KOLの比を求め、さらに、(1)/(2)として、(TOL/KOL)/(WOL/KOL)=TOL/WOLを求めたものです。TO/WOは、キックポイント(H)における長さ(TOとWO)の比です。TOL(28.9)、WOL(47.5)、KOL(44.3)はJでの値を書き写したものです。
 G キック区間開始フォームです。キックポイントのフォームの5詳細フォーム前となります。ここでは11[d]のフォームです。
 H キックポイントのフォームです。下の丸数字12にある、peak dx(G) = 16[d] がキックポイントの詳細フォーム位置を示しています。
 I キック区間終了フォームです。キックポイントのフォームの5詳細フォーム後となります。ここでは21[d]のフォームです。これらのキック区間開始フォームと終了フォームを前後5詳細フォームとしているのは、操作上の便宜によるもので、実際のキック区間を意味しているものではありません。ランナーによっては、キック区間が、5詳細フォームぐらいの短いものから、20詳細フォームほどの永いものまで、いろいろあります。
 J キック区間の諸データ一覧です。飛値を10としているので、開始フォームと終了フォームとなりますが、飛値を1とすれば、キック区間の全ての詳細フォームを描くことになります。WKLなどの記号で、Lは一つ前の記号に対して、水平後方の任意の点を、Nは同じく鉛直上方の任意の点を意味します。最後にLを使っているときのWKLは、WK軸の姿勢角(の角速度)と呼びます。ちなみに、WKLはmomoの角速度で、KALはsuneの角速度です。最後にNを使っているときは、その前の軸に関する「前傾角」と呼びます。
 K キックポイントにおける諸データ一覧です。momoはキック脚の太ももの姿勢角、suneはキック脚のすねの姿勢角で、これらのmomoとsuneの組み合わせで、キックフォーム分類が行われます([3] 総合解析の◇フォーム分類グラフ◇を参照)。K膝角のKはキック脚を、S膝角のSはスウィング脚を、それぞれ意味する記号として使っています。K底角は、キック脚の足底の角度で、かかとをH、支点をO、支点から地面後方に引いた線の任意の点をLとしたときの、∠HOLのことです。GO前傾角は、GO軸の前傾角で、∠GOL(ここはLをNとすべきところ)を意味します。SO前傾角は∠SOMとなります。S角とT角は示したとおりのものです。T角はのちに「トルソ前傾角」と名づけ、「トルソ振動」などを考慮するときに多用しました。S角については、これまで、あまり考慮していません。S角の違いには、さほど重要な意味はなさそうです。
 MRT(7)は、この解析ページのタイトル。MRTはランナー記号で、(7)は解析番号ですが、今回の解析では(スターティングブロックを押すときを1としての)スタートからの歩数-1の数字となります。

 ※[おことわり] 10詳細フォームの時間を10/30[秒]としていましたが、これは10/300[秒]でした。このため、角速度の値にたいする、Bの次元(単位)を[度/秒]としていましたが、正しくは、[×10度/秒]となります。TOL/KOLなどの比の値は変わりません。

 [3] 総合解析


図4 [3] 総合解析

 @ ◇フォーム分類グラフ◇です。キックポイント(peak dx(G) = 16[d])のフォームにおける、キック脚太ももの姿勢角momo(θt)と、同すねの姿勢角sune(θs)の関係から、グラフに描いた範囲で、フォームを分類します。εはイプシロンクランクキックで、走幅跳の踏切1歩前でしばしば確認される、きよくたんに重心の低いフォームです。通常のランニングでは、スタートダッシュのときに確認された例があります。点線の対角線あたりのフォームを標準(高)フォーム、それより上を腰高フォーム、下を中腰フォームと呼んで区別しますが、それらのげんみつな境界は定義していません。きょくたんな腰高フォームとして、ハードルの踏切でのフォームがあります。ハードルのフォームを研究するとしたら、左上を中心として半円を描き、べつのフォームとして名称をつける必要があるかもしれませんが、通常のランニング、走幅跳の助走の他は、まだ何も手をつけていません。
 A キック区間開始フォームです。
 B キックポイントのフォームです。
 C キック区間終了のフォームです。
 このあとは、◇総合水平速度グラフ◇におけるものです。
 D キック軸加速度比aGO/gです。Kの、dGOという、キック軸GOの時間変化を、さらに時間で微分して加速度aGOを求め、重力加速度gで割った、加速度どうしの比です。体重の何倍の力でキック軸GOを伸ばそうとしたかを意味しています。
 E スウィング脚重心(S)水平速度dSです。
 F 全重心(G)水平速度dGです。グラフ下の値表示では、表示領域の都合で、dを省略して、Gとしてあります。
 G キック棒(上半身とキック脚をあわせて、棒のように見立てたもの)重心(B)水平速度dBです。
 H キック脚重心(K)水平速度dKです。スピード能力3要素の一つです。EとHの色は、それぞれの脚のステックピクチャーにおける色と対応しています。左に向かって走っている画像で解析したときは、赤(エンジ)が右脚で、青(紺)が左脚となります。右に向かって走っている画像は、左右反転させてから解析するので、色の対応が左右逆になります。
 I 相対スウィング速度dS-dBです。この式のとおり、Eスウィング脚重心水平速度dSから、Gキック棒重心水平速度dBを引いたものとなります。スピード能力3要素の一つです。グラフ下の値表示では、表示領域の都合で、dを省略して、S-Bとしてあります。
 J 相対トルソ速度dT-dKです。この式のとおり、上半身重心水平速度dT(グラフでは描いていないが、常にFの少し上に描かれる)から、Hキック脚重心水平速度dKを引いたものです。スピード能力3要素の一つです。グラフ下の値表示では、表示領域の都合で、dを省略して、T-Kとしてあります。
 K dGOは水平速度ではなく、キック軸GOの長さの時間変化(速度と同じ次元)を求め、dGOと表わしたものです。
 ◇総合水平速度グラフ◇の下部にある値表示は、ほとんど、キックポイントにおけるものです。一つ違うのはaGO/gで、KP=1.4がキックポイントでの値で、Max=3.7が、この曲線のピークでの値となります。KPはほとんど考慮しておらず、もっぱらMaxを評価します。理想的には(ガンマクランクキックなどで観測されるように)、キックポイントの少し前にaGO/gのピークがあって、このときのGO軸における力が作用し、dG値が大きくなって、キックポイントとなるものですが、このようになっていないフォームもたくさん観測されています。とくに、アルファクランクキックでは、aGO/gのピークではなく、トラフ(海溝、グラフの凹みの底)での、すなわち、数学における負極(運動力学的には、GO軸が短くなって反発しようとする瞬間)において、キックポイントが生じています。
 MRT(7)は、この解析ページのタイトルです。MRTはランナー記号で、(7)は解析番号ですが、今回の解析では(スターティングブロックを押すときを1としての)スタートからの歩数-1の数字となります。
 このときのMRT(7)におけるキックフォームは、(aGO/gを除く)ほとんどのプロットピークが、dGのピークであるキックポイントの位置(赤い縦点線)にピークを合わせており、全身の力と動きが、この瞬間にシンクロされています。このようなフォームを「シンクロキック」と呼びます。これらのピークをもつプロットグラフがするどくとがっている(コーンタイプ)ほど、力の集中が行われ、それ以外の時間での力がうまく抜けています。このようなときのことは、マック氏によるコーチングがあった30年ほど前から、「リラクセイションができている」と表現されています。当時の私は、指導されていた先生から、リラクセイションの意味を「無駄な力を入れないことだ」と教わり、肩の力を抜くことや、「しかめっつらをしない」ことを心がけて走っていたようです。しかし、「リラクセイション」の意味を正しく理解できていなかったようで、リラクセイションしていても、速く走ることはできませんでした。
 「リラクセイション」という言葉は、常に力を込め続けて走るタイプのランナーに、注意を喚起する言葉として使われたものと考えられます。単に「力を抜く」ということだけではだめで、「力を入れる瞬間と抜く期間とをはっきりと意識する」ということが、「リラクセイション」の本意だったのです。正式に表現するとしたら、「コンセントレイション&リラクセイション(力の集中発揮と緩和)」となるのかもしれません。このような熟語の後半だけが、実際のコーチングにおいて、掛け声の一種として発せられたものが、当時は、勝手に誤解されていったようです。
 MRT選手の、MRT(7)などを除いた多くのフォームで、「リラクセイションができていない」状態になっています。◇総合水平速度グラフ◇のプロットパターンが、コーンタイプではなく、馬の背中の首が伸びてお尻に向かって下がる形(ホースタイプ)、牛の背中の平坦な形(カウタイプ)、ふたこぶラクダの背中の2つこぶがある形(キャメルタイプ)になっているものが多く見られます。これほど多くのパターンが観測されるのは、初めてのことです。これらは「リラクセイションができていない」状態なのです。 リラクセイションができていなくも、60mなら、パワーで押しきれるのでしょうが、100mや、とくに200mではスピードがうまく高まらないし、なによりも、スピードを維持できないことになります。
 IのdS-dBについては、キックポイントから外れた、もっと後でピークを迎えていることがあります。もちろん、これは無駄な動きです。このプロットグラフの形にも注目してください。

 [4] スピード能力3要素寄与式 dG=p(dT-dK)+dK+q(dS-dB) の三角表示


図5  [4] スピード能力3要素寄与式 dG=p(dT-dK)+dK+q(dS-dB) の三角表示

 スピード能力3要素の大きさを一つの平面グラフで直感的に見ることができるように工夫したものです。
 横軸は、キック脚重心水平速度dKと、全重心水平速度dGとの共用で、この図では4 [m/s] から12 [m/s] までを表示してあります。
 まず、キック脚重心水平速度(キックベース速度)dKの値を、三角形の左縦辺の位置として決めます。
 ヒップドライブ速度(ここの表示をまだ直していませんが、これは、ぺンジュラム速度を経由して、相対トルソ速度となっています)p(dT-dK)の値は、0-dGと表示してある横線から上へ、縦軸の上向き値に従ってプロットします。
 相対スウィング速度q(dS-dB)の値は、0-dGと表示してある横線から下へ、縦軸の下向き値に従ってプロットします。
 dKの縦辺の長さがp(dT-dK) + q(dS-dB)となり、この縦辺の長さ(速度値)を、dKの縦辺位置(dK値)から右へと求め、dG値のプロットとなります。これでdG = dK + p(dT-dK) + q(dS-dB)が完成します。
 三角形の面積の大きさはp(dT-dK) + q(dS-dB)に由来しますが、これだけではなく、dKの大きさを示す、横軸での位置に注目する必要があります。バランスのとれたフォームでは、dKが60%、p(dT-dK)が30%、q(dS-dB)が10%となることが多いようです。しかし、ランナーのタイプにより、これらのパーセンテージの傾向は異なります。
 MRT選手は、dKが60%以下のフォームが多くあり、キックベース速度がうまく生み出せていないことが、これらのデータによって示されています。

 ランニングフォーム概観

 次の図1は「MRT選手のランニングフォーム(左)とスピード能力3要素寄与式の三角表示(右)」です。これらの画像をクリックすると拡大ページへ進みます。拡大ページの構成は、[1] 拡大ランニングフォーム、[2] キック局面の詳細データ、[3] 総合解析、[4] スピード能力3要素寄与式 dG=p(dT-dK)+dK+q(dS-dB) の三角表示の4つを並べたものです。
 スピード能力3要素寄与式の三角表示(右)の評価は、(1) できるだけ右にある(→ キック脚重心水平速度((キックベース速度) dKが大きい)、(2) 三角形の面積が大きい(→ ヒップドライブ速度(ペンジュラム速度、あるいは、相対トルソ速度) dT-dKや相対スウィング速度 dS-dBが大きい)の2点に着目しておこなうとよいでしょう。
 このときのランニングは、ビデオから展開した画像の、スターティングブロックを押して飛びだすフォームから解析していますので、MRT(7)の番号7では、1を引いた6がスタートからの歩数となります。

図6 MRT選手のランニングフォーム(左)とスピード能力3要素寄与式の三角表示(右) (画像をクリックすると拡大ページへ進みます)

 データ解析による考察

 上記のスピード能力3要素寄与式は、両辺をdGで割って100を掛けた、次式のほうが分かりやすいかもしれません。

   100 = 100×p(dT-dK)/dG + 100×dK/dG + 100×q(dS-dB)/dG,  p=2/3, q=1/4
   (パーセント表示のスピード能力3要素寄与式)

   100 = Y + X + Z,   Y = 100×p(dT-dK)/dG, X = 100×dK/dG,  Z = 100×q(dS-dB)/dG

 このようにすると、この式の独立変数は2つとなります。XとYを変数としたとき、Zは、Z = 100 - X ? Y で決まるからです。

 そこで、ランナーの各キックフォームにおける解析結果から、X(キックベース速度寄与率)とY(ペンジュラム速度寄与率)を求め、次の図7のようなグラフで表現することにしました。図7で薄い灰色のプロットが、各ランナーの全キックフォームについてのデータです。図7で濃い色のプロットはMRT選手のキックフォームについての値です。そして、大きな十字で示したものが、MRT選手のデータについての重心位置です。[+] = (重心X座標, 重心Y座標) として値を表示しています。▽ MRT は、男性(▽)のMRT選手を意味する記号です。分類αなどは、ランニングフォームの分類で、αはアルファクランクキックを示します。Pは(キック脚の膝を伸ばしきる瞬間にキックポイントを迎える)ピストンキックです。


図7(all) MRT選手のデータ区分に関するスピード能力2要素マップ

 MRT選手のスタートダッシュのキックフォーム群と中間疾走のキックフォーム群とは、性質の異なったフォームタイプと考えられますが、(all)で分かるように、スタートダッシュのキックフォームのうち、左脚キック(白抜きプロット)は、中間疾走のパターンとよく似ており、右脚キック(塗りつぶされたプロット)は、相対トルソ速度が大きく、キックベース速度の小さな、グラフ左上に位置しています。


図7(dash) MRT選手のスタートダッシュのフォーム分類ごとのスピード能力2要素マップ

 MRT選手のスタートダッシュ10歩においては、α・β・γクランクキックはまったく現れていません。これは異常なことではなく、スタートダッシュで有効なのは、キック脚の膝を伸ばして、より大きな力を生み出す、デルタクランクキックやピストンキックだからです。デルタクランクキックやピストンキックでは、キック脚の膝の角度を変化させていますから、キック脚の膝下のすねの動き(suneの変化)より、膝上の太ももの動き(momoの変化)が優勢になります。このような動きから、キックベース速度より、相対トルソ速度のほうが目立つこととなり、スピード能力2要素マップでは、左上のあたりに位置することとなります。MRT選手のスタートダッシュの解析結果は、典型的とも、理想的とも見なせます。しかし、図2の解析結果と見比べると、スピードが突出して大きかったのは、白抜きプロットの、左脚キックでしたから、図7(dash)のデルタクランクキックによれば、左上に集まっている右脚キック群より、中央に近い左脚キック群のほうが、大きなスピードを生み出す、より優れたものとなります。これは、キックベース速度の寄与率が60パーセントに近いほうが(あるいは、もっと大きくても)、全速度dGの値を大きくすることとなるからです。ここのところの状況は微妙なものとなっています。スタートダッシュにおいては、より大きな力を生み出して加速してゆくため、キック脚の膝の角度を変化させてキックする動きが用いられます。しかし、より大きな速度を生み出すためには、そのような動きと連動している、相対トルソ速度の増大に頼っているだけではだめで、キック脚の膝の角度を変化させないで行う、よりクランクキックぎみのフォームで、キックベース速度を大きくしてゆく必要があるのです。
 このことを感覚的に知っていて、スタートダッシュにおいても、できるだけ早く、ガンマクランクキックを生み出して、より大きなスピードへと向かおうとしているのがタイソン・ゲイ選手です[1]。山縣亮太選手も、スタートダッシュの前半では、もちろん、デルタクランクキックを使っていますが、後半になると、ベータクランクキックやガンマクランクキックへとフォームを変化させ、よりスピードを高め、このあとの中間疾走でのスヒードの高まりへの準備をしています[2]。


図7(all) MRT選手のデータ区分に関するスピード能力2要素マップ

図7(run) MRT選手の中間疾走のフォーム分類ごとのスピード能力2要素マップ

 MRT選手の中間疾走のフォーム分類ごとのスピード能力2要素マップは、ほとんど重心位置が変わりません。これは興味深い現象ですが、総合解析のページを詳しく眺めて、その理由に気がつきました。MRT選手は、これらのフォーム分類ごとに、フォームが「分化」していないのです。たまたま、キックポイントの位置が重心直下のαクランクキックから、β、γ、gd、δ各クランクキック、ピストンキックへと変化しても、それらに応じた力の使い方ができていないので、それらのフォーム分類の特徴を生かして、より大きな速度を生み出すことができていないということです。山縣亮太選手のランニングフォームで大きな速度を生み出しているガンマクランクキック、そして、私も実験的に確かめている、より効果的なベータクランクキックにおいて、MRT選手は、他のフォームとさほど変わらない速度を生み出しているだけです。これは何が原因かというと、MRT選手は大きなキックベース速度を生み出すテクニックを身につけていないということだと考えられます。その遠因は、過度のピッチ追求という、誤った意識があるようです。ピッチを早くすべきなのはスタートダッシュの区間だけで、中間疾走においては、もっと可能性が大きい、ストライドを大きくするという方針へと転換することにより、ウサイン・ボルト選手らが実現している(最初に知ったのは、ガトリン選手のレースで、でしたが)「爆発的な加速」を生み出すことができるのです。当時は薬物にも依存していて、すごい太ももだった、ガトリン選手が、この「爆発的な加速」のあと、3m近いストライドになっていると驚かれていました。ガトリン選手は、薬物使用の謹慎期間3年を経過したあとのオリンピックで、少しスリムな感じになっていましたが、見事に復活して、「爆発的な加速」を見せてくれていました。決勝ではボルト選手の「爆発的な加速」の影に隠れて、あまり印象は強くなかったのですが、準決勝では、ぴょんと飛びだす加速の1歩を確認することができました。ともあれ、「爆発的な加速」の主要因は、早いピッチではなく、大きなストライドなのです。
 MRT選手は、大きな相対トルソ速度を生み出す能力をもっています。ただし、それは、スタートダッシュに限ってのことでした。中間疾走においては、その利点も影を薄めてしまっています。また、この相対トルソ速度ですが、全速度dGに対する寄与率は、30パーセント前後のところで変化するだけで、決して40パーセント以上になることはありません。これに対して、キックベース速度のほうは、60パーセント前後で変化します。残った相対スウィング速度は10パーセント前後で変化しています。このようなことから、技術的なテーマは、(1) キックベース速度、(2) 相対トルソ速度、(3) 相対スウィング速度の順でとりあげてゆくのが合理的なのですが、MRT選手のケースでは、(1) 相対トルソ速度、(2) 相対スウィング速度、(3) キックベース速度の順となっています。

 図7のような解析グラフを他の選手についても表示して見比べることにより、MRT選手の特徴が分かるわけですが、それでは、大量の画像が必要となり、構成するにも、表示するにも、たいへんなこととなります。そこで、それぞれの重心位置だけを取り出して表わすことにしました。  次の図8は、各ランナー(代表的な2人とMRTrun)の「ランナーごとにまとめたスピード能力2要素マップにおける各フォームの重心位置」です。


図8 各ランナーのスピード能力2要素マップにおける各フォームの重心位置

 YMGT選手はとても大きなキックベース速度を生み出すテクニックを持っています。このため、全てのフォームが右下へと偏る傾向があります。裏を返すと、相対トルソ速度を大きくするテニックに「甘さ」があって、こちらの改善の取り組みが忘れ去られているようです。そのことは、TOL/WOL比(キック棒硬化比)がYGMT選手では平均値が0.58と、他のランナーに比べて小さな値となっていることで示されます。
 FK選手はキックベース速度を高めるテクニックが「甘く」、もっぱら、相対トルソ速度に頼って走ろうとしています。このため、ここ何年かは記録が停滞しています。MRT選手は、おおきく見ると、このFKタイプに含まれることになります。あるいは「同病」と見なすことができます。スタートダッシュの能力に優れているのですが、中間疾走での、ストライドの伸びを求めることを忘れ、ピッチアップにこだわって、スピードの高まらないフォームを固定してしまっているのです。ピッチを上げようとすればするほど、キックベース速度が抑え込まれて、スピードが停滞するという「悪循環」へと落ち込むことになっています。FK選手やMRT選手の状況は「相対トルソ速度依存症」と名づけることができそうです。
 OE選手は、ごく自然な傾向を示しています。あまり特別なことをしなければ、このように、左上から右下への対角線上に分布することになります。
 GML選手は、中央に集まろうとしています。ピストンキックはゴールへ飛び込むときのフォームなので、これは、例外として無視すべきものです。GML選手のフォームはよくバランスがとれているもので、とても参考になります。キック脚の膝下が自然と前方へと伸びており、マック式ドリルのスキップB系の動きが強く現れています。
 KLOは私ですが、これまで見本としていたフォームがYMGT選手のものだったので、それによく似た分布となっています。しかし、最近心がけているのは、GMLタイプのスキップB系の動きを強く意識したフォームなので、少しずつ中心に向かってきています。
 MRT選手の中間疾走(run)では、中心よりやや左に集まっています。バランスがとれていると考えるより、この中間疾走のフォームでは、小さくまとまっていて、「フォームとして未分化」と見なしたほうがよいかと思われます。他選手のデータと比較すると、(aGO/g値で分かるのですが)このような強いキックができるのに、それがスピードとして生かされていないというところが、「未分化」とする理由です。

 MRT選手のdashとrunにおける 腰・K膝・K足首の 動きとしての硬さ

 次の図9〜図11は「MRT選手のdashとrunにおける 腰・K膝・K足首の 動きとしての硬さ」です。まだエピソードページとしてまとめていないので説明不足になるかもしれませんが、MRT選手の特徴を示すデータとなりますので先行して示すことにします。


図9  MRT選手のdashとrunにおける 腰の 動きとしての硬さ

 図9は縦軸dGに対して、横軸として、キック棒硬化比TOL/WOLをとって調べたものです。TOL/WOLという比は常に1より小さいという結果が得られています。これは、腰のところが完全に固定されていなくて、下半身によるキックに対して、上半身が少し後方へと揺れる(トルソ振動)が生じているからです。おそらく、ハードルの踏切のときや、A.GEMILI選手のゴール前での飛びこみといった特別なフォームでは、TOL/WOLが1を超えるかもしれませんが、通常のランニングでは常に1より小さいのという結果でした。
 (a) スタートダッシュでの平均値としては、0.54という値となっていますが、これは、スターティングブロックからの飛びだしのところでマイナスの値となっているためです。やはり、これは0歩目として除外しておくべきものかもしれません。このときだけ、キック力を加える面が斜めに立っているのですから、特殊な動きとなっているようです。
 (a) スタートダッシュでの平均値は、0歩目を除いても、TOL/WOL値として0.6前後にありそうです。しかし、(b) 中間疾走のデータと見比べて分かるように、(a) スタートダッシュのデータの中に、TOL/WOL値が0.8前後のものが3つあるのです。いずれも右脚キックです。このような、TOL/WOL比0.8前後というのはあまりないケースなのです。実は私も、(私のケースでは中間疾走においてですが)実験的なランニングで、あるテクニックを導入することにより、TOL/WOL比0.8弱の値を生み出しました。このような、TOL/WOL比が大きくなると、相対トルソ速度を高める条件が整います。キックベース速度を大きくする技術を追求してきたため、その反動で、とりのこされた相対トルソ速度が(相対スウィング速度は比較的自由に高めることができます)低調なレベルのままだったので、この相対トルソ速度を高める方法を模索していたのでした。
 MRT選手のランニングを肉眼で観察したとき、上記のことを私は予想しました。しかし、実際に解析してみると、(b) 中間疾走における、TOL/WOLの集まり具合と平均値の0.62には失望してしまいました。MRT選手は、中間疾走のとき、自らの利点を放棄してしまっていたのです。


図10  MRT選手のdashとrunにおける K膝の 動きとしての硬さ

 次はキック脚全体の硬さを表現してくれる、KOL/WOLという比についてです。KOLはキック脚の膝と支点を結ぶKO軸の姿勢角の角速度で、WOLは腰点Wと支点Oを結ぶWO軸の姿勢角の角速度です。
 図10のグラフでは、データを1.0で折り返すという、特殊な操作をしています。KOL/WOLという比のときには、それぞれのパーツが、かなり独立に動くことになるので、TOL/WOLのときのように、上限が1というわけにはいかなかったからです。1のところで折り返したのは、この値KOL/WOL=1のあたりで、プロットの屋根(上限)が最大値をとっていそうだったからです。
 KOL/WOL=1というのは、キック脚の膝の角度がまったく変化せず、キック脚が曲がったまま固定されているという状態です。高速ランニングフォームにおけるガンマクランクキックでは、このようなとき、とても大きな速度を生み出しています。山縣亮太選手のフォームにおいて、このことは顕著です。
 山縣選手のガンマクランクキックでのKOL/WOLの平均値は0.92で、dGの平均値としては10.92 [m/s]、そして、dKの平均値は、なんと、6.95 [m/s] という値です。A.GEMILI選手のガンマクランクキックでは、平均値としての (KOL/WOL, dK) = (0.88, 6.30) でした。山縣選手のキックベース速度の大きさは、高いスピードの源泉なのです。
 MRT選手の中間疾走では、平均値として、 (KOL/WOL, dK) = (0.89, 4.62) という値が得られています。このとき、KOL/WOL比は比較的高く、キック脚は充分に固定されているにもかかわらず、dK = 4.62の値しか生み出されていません。このときのdGの平均値は8.15 [m/s] でした。  ちなみに、KLO(私)がトレーニング中にほぼ全力で走った(と自分で思っている)ときのデータでは、平均値として、(KOL/WOL, dK) = (0.87, 4.62)となっていましたが、dGの平均値は7.53 [m/s] というものでした。
 仮にMRT選手が私のテクニックをマスターしたとしたら、平均値でdG = 8.15[m/s] の、他要素のスピードを維持したとして、dK=4.62×(8.15/7.53)=5.0 [m/s] となりますから、8.15-4.62=3.53 [m/s] (p(dT-dK)+q(dS-dB)の分)を加えて、8.53 [m/s] となります。これでもまだ遅すぎますが、100mのタイムとしては0.55 [秒] の短縮となります。これはかなり意味のある、大きな値です。おそらく、MRT選手の筋力などのコンディション(大きなパワーを生み出す、強いバネ)があれば、dK=5.0 [m/s] というのは低すぎる目標で、おそらく、きちんとフォームを理解し、補助的なドリルで、必要な動きのための筋肉群を発達させれば、6.0 [m/s] くらいの値を生み出すことができると思われます。p(dT-dK)+q(dS-dB)の3.53 [m/s] を加えて、9.53 [m/s] となりますから、100mのレースでは、100/9.53+1.0(スタートダッシュ補正)= 11.49 [m/s] と換算されます。実現可能な目標だと言えるかもしれません。


図11  MRT選手のdashとrunにおける K足首の 動きとしての硬さ

 HOL/KOLという比はキック脚の足首の強さを示します。HOL/KOL=1のとき足首はまったく動かず、まるで大工道具のバール(くぎ抜き)のようにふるまうはずです。しかし、スプリンターの多くは、キック脚の足首を、そのようなものとしてあつかっていません。足首の中にバネがあって、それを積極的に使おうとして、KOLよりHOLの方が大きくなるという傾向をもっています。
 MRT(dash)でのHOL/KOLの平均値は4.38で、MRT(run)では1.75です。  図11のような解析図を示すとたいへんな量となりますので、プロット重心の値だけを、表1「各ランナーの全てのフォームにおける(HOL/KOL, dK)」と表2「全てのランナーについての(中間疾走における)フォーム分類ごとの(HOL/KOL, dK)」としてまとめました。

表1 各ランナーの全てのフォームにおける(HOL/KOL, dK)



表2 全てのランナーについての(中間疾走における)
フォーム分類ごとの(HOL/KOL, dK)



 HOLとKOLに強く関係していると考えられるdKをY座標として表をまとめました。
 表1より、キック脚の足首が硬く利用されているのは、SASA選手、OE選手、YMGT選手の3名のようです。MRTrunは、それに続いての4位です。
 FK選手のHOL/KOL=3.41はY57選手やKI16選手といった中距離ランナーと同じレベルです。
 表2より、βクランクキックのときに、HOL/KOLは1.0に近い値となっていることが分かります。大工道具のバールのようにふるまっているのはβランクキックのフォームだったようです。
 表2のdK値に着目すると、キックベース速度dKが大きくなるのは、βクランクキックとαクランクキックであると分かります。
 詳しいデータは、これらの比をテーマとしたエピソードページで示そうと思いますが、相対トルソ速度に強く関係するTOL/WOLとdT-dKの組み合わせで調べたところ、βクランクキックとαクランクキックが、もっとも大きなdT-dK平均値(いずれも3.61)をもっていました。それにつづくいてδクランクキックが3.29で、γクランクキックが3.24でした。スピード能力3要素で残った一つのdS-dBではδクランクキックが優勢なものとなりますが、q(dS-dB)の係数q=1/4を掛けて見積もることになるので、これの影響は無視することができます。
 これらのことから、βクランクキックとαクランクキックを効果的に生み出せるランナーが、より大きなスピードを獲得する可能性が大きいものと考えられます。

 まとめ(対策)

 MRT選手(森田 享選手)のランニングフォームを調べました。
 MRT選手はスタートダッシュで優れたパフォーマンスを生み出しています。これは見事なものです。
 中間疾走では、平均して1歩が、1秒間に30コマ撮影するビデオ画像で、およそ6.5コマという、かなりのハイピッチで走っています。しかし、それでスピードが高まっているかというと、そうではなく、このようなハイピッチの動きが悪く影響して、キック脚を接地するときのフォームにおいて、キック脚のすねの姿勢角が大きくなりすぎて、このことが原因で、キックベース速度を高められなくなっています。
 また、ハイピッチ主義のため、キック局面でのリラクセイション(力の集中と緩和の強弱をはっきりさせること)が不十分で、dGグラフにおいて、コーンタイプが極端に少なく、ホースタイプやカウタイプ、キャメルタイプなどが数多く現れています。このため、ひとつひとつのキックフォームでスピードが高まらないだけでなく、スピード維持の能力が劣化し、100m後半や200m後半でのスピード低下の原因となっています。
 ハイピッチ主義はスタートダッシュ区間だけのものとして、中間疾走においては、1歩を7コマとする標準的なピッチで、1歩のストライドを伸ばす方向へと進み、高速ランニングフォームでの「爆発的な加速」を実現することを目指すべきです。
 リラクセイションの効いた走りをマスターする方法として、腰に1.5kgのウェイトベルトをつけて行う(スタンディングスタートからの)100m×4本×4セットのテンポ走というトレーニングがあります。かつて、東京で大学生たちをボランティアで指導していたとき、リラクセイションがうまくできていないMR選手にやってもらったものです。MR選手は100mが11秒8でしたが、200mで25秒台という記録でした。そして、このトレーニングでリラクセイションのコツをつかんだMR選手は、100mの記録を11秒4に伸ばしましたが、成果はそちらにあるのではなく、200mを22秒台で走れるようになったのです。腰に1.5kgのウェイトベルトをつけて行う100m×4本×4セットのテンポ走というトレーニングは何度も行う必要はありません。このような負荷があると、不必要な局面で力を抜いて、ランニング中に休みながら走るというコツをマスターしなれば、とても最後までこなせないということを、身体が(実際は身体の筋肉群などとコントロールシステムである小脳が)自然と覚えるのです。3セット目や4セット目の走りが重要になります。2セット目までは、そのためにエネルギーをうばっておくためのランニングとなります。口で説明し、頭で理解してもらうより、このようなトレーニングによって、(小脳というコントロールセンターが支配する)身体そのものに体得してもらったほうが、かんたんだし、すぐに効果が得られるのです。このときの条件として、スパイクではなく、シューズで走るようにと指示しました。これは、スパイクをはいての、足首でのテクニックを封じ込めるためでした。目的は最大スピードではなく、リラクセイションだったからです。スピードレベルは、それでも、トップスピードに近い95パーセントレベルを目指してもらいました。このような、古典的なメニューは、エネルギーシステムを改善するためだけではなく、リラクセイションの能力を発達させるために重要だったのです。
 キックベース速度を高めることとストライドを伸ばすためは、私が編集した「走の基本ドリル」における、スキップAゴーオン(この動きに慣れるためにはWalk Go onやJog Go onをやるとよいでしょう)、(前方でのキック脚の力がうまく抜けたスキップBを経由して)スキップBゴーオン、(空手パワーキックを含む)ロングステップスキップA、(弓型ハンマーキックを含む)ロングステップスキップBを実行してゆくという方法が(実際は、時間もかかる、遠い道のりになると思いますが)「近道」です。ロングステップスキップBで、100mを4本以上反復できるレベルへと運動能力を引き上げることが、最初の目標となります。もちろん、これらのドリルは、実際のフラットランニングを調整するためのものです。これらのドリルのあと、ウィンドスプリントやフォームチェックフロートで、動きが身体に染み込むように反復してゆく必要があります。平地で走るランニングにおいて、(地面近くで強く動く)空手パワーキックや(空中から勢いよく振り下ろす)弓型ハンマーキックを意識することにより、キック軸加速度比aGO/g値を高め、上記のドリルによって、ランニングフォームが合理的な動きとなっていれば、わずかの力加減で、スピードがぐんぐん加速されてゆくはずです。
 トレーニングの負荷量をうまく調整しておかないと、私のように、アキレス腱やヒラメ筋に高い負荷をかけすぎて、疲労状態を通り越して、故障状態となってしまいますので、自分の身体と相談して、注意してトレーニングして下さい。若い高校生や大学生と同じペースでトレーニングできないということが、きっと分かると思います。私が編集して設定しているドリル群の負荷は、限界というものを持っていません。負荷のレベルは、アスリートのコンディションに合わせて、いくらでも調整することができます。しかし、身体がうまく変化するためには、その身体にみあった、ちょうどよい負荷量というものがありますから、そこのところを見出してトレーニングしてください。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, Oct 19, 2013)

 参照資料

[1] タイソン・ゲイ選手のスタートダッシュ


図A タイソン・ゲイ選手のスタートダッシュ解析

 タイソン・ゲイ選手の解析@は、スタートから2〜3歩あたりと推定されます。スタートカラ10歩目あたりのFでは、dKとdT-dKとdS-dBが、ほぼ同じ大きさにそろうという、見事なフォームとなっています。aGO/gの値も大きく、力を込めてキックしていることがうかがえます。赤い星印のK底角が小さくなってきているのは、中間疾走のためのフォームへと変化してきている証拠です。

[2] 山縣亮太選手のスタートダッシュ


図B 山縣亮太選手の2013年日本選手権100m決勝レースの解析

 スタートから9歩目はまだ(記号を添えていないものはδなので)デルタクランクキックですが、10歩目にベータランクキックとなり、11歩目のガンマクランクキックへの「呼び水」となっています。山縣亮太選手のスタートダッシュ区間は、この11歩目までのようで、12歩目から17歩目までは、本格的な中間疾走への、「つなぎ」の区間と見なすことができます。中間疾走前半が「爆発的な加速」区間であると考えられます。中間疾走前半と後半の間に、2回目の「つなぎ」区間が3歩あって、中間疾走後半の、2度目の「爆発的な加速」を行い、高レベルでのスピードを維持する区間があります。ここのところでは、30歩目からのα→β→γで、最後のγを失敗して、次のピストンキックで意識を変え、34歩目からのα→β→γで高速スピードを生み出しています。他の選手なら、このあたりで、フォームをデルタクランクキックへと戻してしまい、ずるずるとスピードを低下させてゆくところでしょう(飯塚翔太選手や福島千里選手の200m後半では、そうなっています)。

 

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