短距離ランニングフォーム解析 (44)
YG選手のランニングフォームについての問題点

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)@ 9621 ANALYSIS

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 はじめに

 YG選手に「高速ランニングフォーム」のコツを初めて指導したのは、2013年の10月のことでした。その後、YG選手は「速く走れるようになった」と、仲間から言われたそうです。YG選手は純粋なスプリンターではなく、110mハードルと走高跳を得意としており、どちらかというと、ジャンパーの能力が目立っています。
 2014年の6月に110mハードルを指導することになり、幾つか、問題点を修正して、なめらかに、よりスピーディにハードリングできるようになりました。このとき、平地でのランニングフォームもチェックしておこうと思いたち、YG選手にコントロールスピードで走ってもらいました(YGRと記号化)。
 今回は、このときのスプリントランニングフォームについて調べます。

 ランニングフォームとランナー感覚の動き

 次の図1は、YG選手のランニング(YGR)についての、ランニングフォーム(左)とキックポイント前後のランナー感覚の動き(右)です。









図1 ランニングフォーム(左)とキックポイント前後のランナー感覚の動き(右)

表1 YGRのForm分類とスピードなどのデータ



 2013年の10月に指導したときは、まだまだ1回だけで完成するものではないと思いながらも、効率的に大きなスピードを生み出すことができるガンマクランクキック(γ)が何歩か出現するようになっていました。
 しかし、このようなランニングフォームの指導は、1回だけで定着するほど、かんたんなことではないようです。
 形だけのガンマクランクキックのフォームから、どのようにすれば、もっと大きなスピードを生み出すことができるガンマクランクキックのフォームへと修正できるのか、これがなかなか、かんたんにできることではありませんでした。
 YG選手のケースでは、最初の指導から数カ月の間、何も見てこなかったのですから、「もとのもくあみ(元の木阿弥)状態」になっていてもしかたがないのかもしません。
 YG選手は「形だけのガンマクランクキックのフォーム」についても、ほぼ忘れてしまったようです。YGR(3)で1回だけガンマクランクキックが出現していますが、他の7歩のフォームはすべてデルタクランクキック(δ)で、しかも、かなり腰高で、ピストンキックに近いものもあります。このようなランニングフォームでは、生み出したパワーを効率よく水平スピードへと変換することができません。
 YG選手のランニングフォームを見ると、前方へ振り出した脚の、膝から下がよく伸びています。これは悪いことではなく、とても良いことです。このような動きを指導するわけは、膝から下があまり伸びない状態で地面に接地すると、キックポイントのタイミングを遅らせるようになりがちで、スピードが大きくなりにくい、デルタクランクキックやピストンキックとなってしまうからです。
 ところが、YG選手は、膝から下を前方に振り出し、重心直下に近いところでキック脚を接地させているのに、キックポイントのタイミングが(ピストンキックに近いものもある)デルタクランクキックとなっているのです。
 YG選手のケースにより、このような「盲点」もあるということが、はっきりしました。この「盲点」というのは、重心直下で地面に接地して、ガンマクランクキックとなるキックポイントの時間的な余裕を生み出しているのに、それを通り越して、もっと遅いキックポイントであるデルタクランクキックのフォームを生み出すというものです。
 この「盲点」に近いことは、私もやってきました。それは何かというと、時間的な余裕もあり、キックのための力を生み出すこともできるのに、ただなんとなく、力のこもっていないガンマクランクキックを、単に形だけなぞってしまうということです。
 このような、これまで気づかずにいた「盲点」の幾つかを知ることとなり、スプリントランニングで、大きなスピードを生み出すために必要な条件が2つあるということが理解できるようになりました。
 一つ目の条件は、効率よく大きなスピードを生み出すことができる、ガンマクランクキックのフォームをしっかりと覚えるということです。
 二つ目の条件とは、「効率」の前に生み出されるべきもののことで、できるだけ大きな力を生み出すということです。このようなことを意図的に行うため、ずいぶんと前から、空手パワーキックという動きを見出していました。これは、走路に、足蹴りで割るべき「板」があるとイメージして、地面をキック脚で踏みつけるとき、集中的に力を生み出すというものです。本来キック脚にバネをもっているスプリンターは、ほぼ無意識にやっていることなのですが、平凡なバネしかもっていなくても、意図的に力を込めるということをやってゆけば、大きな力を生み出せるようになってくるものです。
 かなり前に、この「空手パワーキック」というコツを見出していたものの、だからといって、ただやみくもに「走路の板」を割ろうとしても、速く走れないという問題が起こってきたのです。しかし、この問題は、ランニングフォームを幾つかに分類し、それぞれについて調べることにより、答えを見出すことができました。
 その答えというのは、「空手パワーキックが有効なのはガンマクランクキックだけ」というものです。地面を真下に強く押すというところを、さらに強調して、地面を真下に強く蹴るというのが、「空手パワーキック」なのですが、このような方向の動きを、うまく水平方向の動きへと変換してくれるのが「ガンマクランクキック」なのです。
 このような組み合わせによるランニングをマスターするため、最近私は、「空手ガンマ(Karate γ)」とメモして、ドリルやランニングを行うことにしています。
 「空手ガンマ(Karate γ)」のドリルというのは、ハーフスキップAくらいの動きから始めて、足首を固めた状態で、地面を鉛直下方に蹴るということに集中し、そのとき、身体重心が上へと浮くのではなく、ほぼ水平に前進するように、全体のいろいろなことを調整するのです。足首やキック脚の膝の角度も固定して、真正クランクキックとなるようにします。とにかく、「下に蹴っているのに前進スピードが上がってゆく」という条件がみたされれば成功です。
 このような感覚がつかめてきたら、スキップB系の軽いランニングの動きのなかで、「空手ガンマ(Karate γ)」のキックをイメージして、より大きな力を生み出し、その一回ずつの蹴りによって、水平スピードが大きくなってゆくことを確認します。このため、このランニングは遅めのスピードから始め、100mか110mのラストでトップスピードが感じられるようにします。
 「空手ガンマ(Karate γ)」のランニングができるようになると、これまで、ほぼ一様な脚の回転スピードで動いていたものが、キックの瞬間だけ速く感じられるようになるので、その他の時間の動きが遅く感じられるようになります。これが、40年前から唱えられていた、「リラクセーション」の極意なのだということが分かります。
 長々と書きましたが、YG選手には、あらためて、これらのドリルとランニングについて指導したいと思っています。やるべきことは、これまでのドリルやランニングより、ずうっと簡単なものです。上記の説明で理解できたら、すぐにでも試みてください。

 総合解析









図2 YGRの総合解析

 ◇フォーム分類グラフ◇で、腰高フォームが多いということが分かります。左下から右上に伸びた点線あたりが「標準高フォーム」なのですが、このあたりか、より低い中腰フォームでのガンマクランクキックをマスターする必要があります。
 ◇総合水平速度グラフ◇では、これらの水平速度のプロットパターンが、赤縦点線のキックポイント前後で、もっと鋭いピークをもつべきなのです。
 これらがともに満たされるのは、空手パワーキックによるガンマクランクキックだけなのです。ガトリン選手や、山縣亮太選手において、また、最近では、XTTY選手も、そのようなパターンのランニングフォームを生み出しています。

 水平に飛び出せているか











図3  水平に飛び出せているか

 YGR(1)は水平に飛び出せていません。このため、水平に向けられていたらもっと大きなスピードとなっていたということが、水色の線で示されています。
 後半のデルタクランクキックでは、離陸時のベクトルの向きがやや下方へ向かっています。こちらの動きでも、水平スピードはうまく高められていません。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, July 15, 2014)

 

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