短距離ランニングフォーム解析 (5) スウィング脚効果

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)@ 9621 ANALYSIS

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 NS選手のキック局面における重心変化比(dS/dG)

 「短距離ランニングフォーム解析 (3) NS選手」において、キック局面のステックピクチャーから、身体重心(G)の水平移動量(dG)と、スウィング脚重心(S)の水平移動量(dS)を計測し、これらより、重心変化比(dS/dG)を求めた(図1、表1を参照)。
 この指標は、全体のスピードに対するスウィング脚のかかわりかたを表わすものである。他の選手についても、キック局面のフォームを調べ、重心変化比(dS/dG)を求める。


図1 NS選手のキック局面のフォーム(2コマ表示)

表1 NS選手のキック局面のフォーム(2コマ表示)の重心変化値



 NS選手のキック局面(a)と(b)の、全重心の変化(dG)やスウィング脚の重心の変化(dS)は、まったく同じ値となっており、重心変化比(dS/dG)も1.38となっている。これに対してキック局面(c)の重心変化比(dS/dG)は1.26と、やや小さい。フォーム19の後にフォーム20があったのだが、キック足のスパイク面が地面から離れていたため、このフォーム20を使えなかったためと思われる。

 MR選手のキック局面における重心変化比(dS/dG)


図2 MR選手のキック局面のフォーム(3コマ表示)

表2 MR選手のキック局面のフォーム(3コマ表示)の重心変化値



 MR選手のキック局面(a)と(b)では、スピードを大きくするためのメカニズムが異なっている。(a)では2←1のところのほうが、dGもdSも大きく変化している。これに対して、(b)では10←9のところのほうが、大きく変化している。(a)での2←1は、身体重心直下でキックポイントを生み出しており、(b)での10←9は、身体重心直下ではなく、1足長ほど前方にキックポイントがある。つまり、(a)のフォームは、高速ランニングフォームとしての、アルファクランクキックであるのに対して、(b)のフォームは、ベータクランクキックあたりのものとなっているわけである。これらの全重心の変化(dG)をみると、(a)は52で、(b)は45となっている。アルファクランクキック(高速ランニングフォーム)のほうが、より速い。MR選手は、(a)の左脚キックにおいて、高速ランニングフォームを実現していたようだ。しかし、同じ左脚キックの(c)では、あまり速度の変化は生じていない。

 US選手のキック局面における重心変化比(dS/dG)


図3  US選手のキック局面のフォーム(3コマ表示)

表3  US選手のキック局面のフォーム(3コマ表示)の重心変化値 



 US選手においては、右向きに走っていた画像を左向きに変えてから解析したので、左右に関する、赤と青の使い方が逆になっている。US選手の場合、赤が左で、青が右である。
 (a)は左脚キックであるが、このときのスウィング脚は「後方巻きあげ型」となっている。(b)の右脚キックでは、やや「下方引きつけ型」に近いものである。dGとdSの値を見比べると、いずれも(b)のほうが大きい。重心変化比(dS/dG)も1.37となっており、NS選手やMR選手の1.38と同じくらいの値である。

 KR選手のキック局面における重心変化比(dS/dG)


図4  KR選手のキック局面のフォーム(3コマ表示)

表4  US選手のキック局面のフォーム(3コマ表示)の重心変化値



 KR選手と記したが、このような、「直線引き出し型」のスウィング脚で、かつ、高速ランニングフォームとしての、アルファクランクキックを、左右ともに実現しているランナーは、ほとんどいないことだろう。KR選手というのは、私のことである。58歳で、体重85キロもあり、筋肉も速筋繊維の比率が小さくなっていることが実感でき、絶対的なスピードを期待することはむつかしい。
 ここでのデータのもととなった画像は、2012年10月14日(日)に撮影したものである。ようやく、左アキレス腱の違和感が消えだし、軽いスプリントランニングやロングジョッグで負荷をかけ、少しずつ強化してきた結果のものであった。まだまだスピード感はないが、スウィング脚の動きを速めるように意識して、ピッチを高めて走った。
 全重心の変化(dG)の値が比較的小さい(ランニングスピードが遅い)ので、このような値が生まれやすいのだろうが、意図的にスウィング脚を速く動かそうとしたため、重心変化比(dS/dG)の値は、(a) 1.50や(b) 1.44と、かなり大きくなっている。

 スウィング脚効果

 スウィング脚が、全体のスピードに対して、どのように寄与しているのかということを、定量的に評価する必要がある。
 キック局面においては、スウィング脚を除いた、(両腕も含めた)上半身とキック脚は、一瞬、棒のようになり、キック足のスパイク面で、下端を地面に固定され、前方へと円弧のような動きで振りまわされようとする。もちろん、スパイク面で地面に固定されるが、接着したわけではないので、実際には、円弧のようには動かず、全身の重心は、ほぼ水平か、少し上向きになって、直進してゆく。
 このとき、スウィング脚は、自由な動きを続けようとしている。何も意識していないときは、上記のキック足接地による、水平な速度に由来する、重心の運動量が、棒のようになったものとしての角運動量へと変化するとき、このような全体の運動量の一部を使って、自由に動けるスウィング脚が、より速く動くことになる。これは、ごく自然な現象である。しかし、このようなとき、スウィング脚効果は生まれていない。スウィング脚効果というものは、上記の、自然な運動量の分配を上回る運動量を、スウィング脚のほうで生み出すことによって生じる。つまり、スウィング脚を意図的に速く動かそうとして力をこめたときに、全体重心の速度変化へと加担することができるわけである。
 このような現象についての、物理的な考察を行う。

 ランナーの全身の質量をMとし、スウィング脚の質量をmとおく。mは、およそ、Mの1/4と見積もることができる。つまり、m/M=1/4である。
スウィング脚を除いた、上半身とキック脚の質量はM-mとおくことができる。  上半身とキック脚の速度をv、スウィング脚の速度をwとし、全体の速度をVとする。
 このとき、運動量に着目すると、次の式(1)が成立する。

    MV = (M-m)v + mw        (1)

 これを変形すると、次のようになる。

    MV = Mv - mv + mw
      = Mv + m(w-v)
      = M [v + (m/M)(w-v) ]
      = M [v + (1/4)(w-v) ]     (2)

 この等式から、全体の速度Vは、次のように見積もることができる。

    V = v + (1/4)(w-v)         (3)

 これより、全体の速度Vは、スウィング脚を除いた、上半身とキック脚の速度vに、スウィング脚の速度wが上半身とキック脚の速度vより上回っている分のw-vに、質量比の1/4を掛けたものとなる。
 上記の、フォームを調べた解析では、身体重心の変化dG(=V)とスウィング脚重心の変化dS(=w)を求めているが、上半身とキック脚の速度vは未知のままである。これについての観測値を求めるには、上半身とキック脚の重心(B)を表示しておく必要がある。なるほど、解析ソフトを改良する必要がありそうだ。
 さっそく、やってみた。次の図にある、オレンジ色の丸は、上半身と赤いキック脚を棒(Bar)と見なしたときの重心(B)であり、水色の丸は、上半身と青いキック脚を棒(Bar)と見なしたときの重心(B)である。


図5 上半身とキック脚の重心(B)表示のキック局面

表5 キック局面のフォームの重心変化値



 (3)式を導いたときの定義で「上半身とキック脚の速度をv、スウィング脚の速度をwとし、全体の速度をV」としたが、これを表5の用語でおきかえれば、「上半身とキック脚の重心変化をdB、スウィング脚の重心の変化をdS、全重心の変化をdG」となるので、v → dB, w → dS, V → dG として(3)式を次のように書き変えることができる。

    dG = dB + (1/4)(dS-dB)      (4)

 以前の解析では、このようにして表5の値を使っていたが、(1)に戻ってv → dB, w → dS, V → dG とすれば、次のようになる。

    MdG = (M-m)dB + mdS       (5)

 これの両辺をMで割る。

    dG = (1-m/M)dB + (m/M)dS     (6)

 m/M = 0.25 なので、次のようになる。

    dG = 0.75×dB + 0.25×dS     (7)

 このようにすれば、全質量の水平速度dGに対して、スウィング脚の水平速度dSに0.25を掛けた値の分が、その寄与となることが分かる。
 表5の(a)USのデータでは、dG=28, dS=34なので、0.25×34=8.5が寄与分となり、8.5/28=0.30なので、全質量の水平速度dGの30パーセントである。
 これに対して(b)KRのデータでは、dG=30, dS=45なので、0.25×45=11.25が寄与分となり、11.25/30=0.38なので、全質量の水平速度dGの38パーセントである。
 全重心の水平速度に対する、スウィング脚の寄与は、これらのケースでは、30パーセントと38パーセントの違いとなっている。スウィング脚の動きは、このように、なかり重要なものとなる。
 (a)US選手は、キック脚の作用でdB=26の変化を生み出す能力を保ったまま、スウィング脚の変化を、仮にdS=40の動きができたとき、ランナーの記録としてどのようになるかを見積もってみよう。

    dG = 0.75×26 + 0.25×40
     = 19.5 + 10
     = 29.5

 以前のdG=28であったから、dG=29.5なら、29.5/28=1.05となり、およそ5パーセントのスピード増である。
 dG=28のとき、SDからの100mを11秒5で走っていたとすると、加速しての100mでは10秒5となる。このときの平均速度は、100/10.5=9.52 [m/s] である。この速度が5パーセント増となれば、9.52×1.05=10.00 [m/s]であるから、加速しての100mでは10秒0となる。よって、SDからの100mは11秒0である。
 このときのスウィング脚の寄与率は10/29.5=0.34から34パーセントということになる。寄与率30パーセントから34パーセントへと変えて0秒5短縮できる。38パーセントの例もあるので、さらにタイムを短縮する可能性は残っている。理論的には、このようにスウィング脚の動きを変えることにより、タイムを短縮することができるということになる。
 しかも、このようにスウィング脚の運動量を高めるということにより、それと逆の動きをしているキック脚の動きも改善されるということになり、dBのほうの値を大きくするかもしれない。
 スウィング脚の動きは、合理的にみがきあげるべき、重要な技術である。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, Nov 28, 2012)

 

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