高速ランニングフォームのためのトレーニングメニュー(3)
スタートダッシュ・スウィング脚・腕振り・ピッチ

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)@ 9621 ANALYSIS

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 トーニングの要点

 次の要点を、まず説明してから、具体的なトレーニングメニューを示すことにします。
 (a) 高速ランニングフォームのメカニズムによるスタートダッシュ
 (b) スウィング脚を効果的に利用するポイント
 (c) 効果的な腕振りの動き
 (d) ピッチをあげてゆくことの意義

 高速ランニングフォームのメカニズムによるスタートダッシュ

 スタートダッシュの局面でも、高速ランニングフォームのメカニズムを利用して走ることができます。
 これまで、スタートダッシュでは、上体をできるだけ前傾して、頭を下げ、顔を下に向けて、からだ全身で、後方へと「押す」のだと考えられてきました。かつて、世界チャンピオンのモーリス・グリーン選手を指導していたコーチが、日本のスピードスケート清水選手のスタート100mのフォームを見て、このような低い姿勢を見習うべきだと述べていました。多くの日本のコーチなども、このような考えに沿っていたことでしょう。
 ところが、グリーン選手より前のチャンピオンとして、薬物使用でメダルなどを失ってしまった、カナダのベン・ジョンソン選手のスタートダッシュは、まったく異なっていました。スタートから、わずか数歩で、ほとんどトップスピードランニングのフォームとなって、カール・ルイスに大きな差をつけていたのです。その後、このようなスタートダッシュのフォームをなぞった選手は現れていないように思えます。
 ベン・ジョンソン選手以外は、すべて、「低い姿勢で、全身を使って、地面を後方へと押す」というシステムであり、ベン・ジョンソン選手だけが、「高速ランニングフォームのメカニズムを利用してダッシュしていた」からだろうと考えられます。
 「低い姿勢で、全身を使って、地面を後方へと押すダッシュ」では、キック脚の膝の角度を大きくして、キック脚全体を長く伸ばす動作を利用しようとしています。つまり、ピストンキックなのです。
 これに対して「高速ランニングフォームのメカニズムによるダッシュ」は、キック脚の膝の角度をほぼ固定して、足首のバネで地面をはじくものです。つまり、もっと短い時間でキックを終えてしまう、クランクキックなのです。
 このように気づいてしまえば、とてもかんたんなことなのですが、地面に力を加えるとき、できるだけ短い時間でこなしてしまったほうが、次の動作へと早く進むことができるわけです。
 たしかに、スタートの第一歩では、静止状態から動き始めるので、力を、あるていどの時間にわたって加え、スピードを生み出す必要があります。しかし、スタートから何歩か進んで、ある程度のスピードを得ている段階では、もっと短い時間のクランクキックで、さらなる加速ができるはずです。
 スタートして2歩か3歩目から、地面にキック足がついたと同時に、前方へと弾け跳んで、次の一歩へと移るべきなのです。そして、できるだけ早く、トップスピードのランニングフォームへと移ってゆくほうが、高速ランニングフォームの利点を生かしやすいということになります。
 これまでのスタートダッシュは(膝の角度を大きくする)ピストンキックでやっていたのですが、できるだけ早い段階で、さっさと、(膝の角度をほとんど変えない)クランクキックにしてゆくべきなのです。
 ※ここにスタートダッシュの画像を示していましたが、あまりよい身本でもないので取り下げておきます。

 スウィング脚を効果的に利用するポイント

 スウィング脚は、質量として、全身のほぼ1/4を担っています。キック脚が地面で秒速10m/秒の「押し」あるいは「弾き」を生み出そうとしているとき、スウィング脚の重心は、腰からぶら下がった振り子として、秒速15m/秒ほどものスピードで前方へと動いています。明らかに、これが、全身の重心を引っぱる役目をしています。これは、片足跳躍走をやってみれば、よくわかります。片足跳躍走でスピードを高めるときには、スウィング脚をしっかりと振る必要があります。ランニングでも、この効果は利用されているのです。
 さて、このときのスウィング脚の効果について考えると、これまでのランニングフォームでは、うまく利用されていませんでした。
 キック脚で地面を後方に押すとか、払うとかのイメージで、後方へと強く送られた足は、地面を離れたあと、スウィング脚と呼び名を変え、後方で巻き上げられ、膝で折りたたまれて、早く前方へと引き出されようとしてきました。スウィング脚を折りたたんで運ぶ動作が大切だと考えられてきたはずです。ところが、このような状態では、スウィング脚の、剛体としての角運動量を大きくすることはできません。スウィング脚の重心は、腰にぶら下がった「振り子」として、腰をひっぱるのです。このとき、ただの運動量ではなく、角運動量が問題となってきます。
 かつて、ソ連式ベリーロールの時代がありました。このとき、走高跳のスウィング脚を伸ばして振り上げる技術が効果をもっていました。現在では、棒高跳のスウィングで、より長い脚を利用する技術が認められます。
 スプリントランニングにおいて、さすがに、膝の角度をきょくたんに大きくしたままでは、とても、間にあいませんが、ここの角度を小さくして、スウィング脚を折りたたんでしまうより、ある程度開いたままで、力を込めて前方へと引き出すほうが、身体重心へのスピードアップの効果は高いのです。
 高速ランニングフォームのトップランナーたちの中には、このようなスウィング脚の動きを実現している選手がいます。このような動きだけに着目して、「すり足走法」と名づけられてもいるようです。しかし、このような言葉では誤解されてしまいます。このように呼ばれたのは、スウィング脚からキック脚へと変わる、その脚全体の動きをとらえるとき、スパイク面あたりの、足先についてのプロットだけに着目していたからでしょう。これは、力学的な本質を見逃してしまう視点です。キック脚のメカニズムはちょっと複雑なものですが、スウィング脚のメカニズムは、腰にぶら下がっている「剛体振り子」とみなすことができます。重りが糸につるされた「振り子」では、重りの重心を考えればよかったのですが、「剛体振り子」となっているスウィング脚では、単なる重心より、さらに端のほうにあるものが効果をうみだします。このような効果を利用するためには、スウィング脚を意図的に折りたたんでしまわないほうがよいのです。
 もうひとつ注意することがあります。高速ランニングフォームでは、スウィング脚を前方へと引き出すとき、膝を腰のレベルへと高くあげようとはしていないということです。キックの瞬間において、スウィング脚の役割は、水平速度を生み出すため、どちらかというと、下方へと力が作用するようにするのです。
 キック脚によって生み出される、地面からの抗力は、前の上のほうへと向かっています。これに対して、スウィング脚が「振り子」のようになって身体重心を引く力を、前の下のほうへと向けることによって、ベクトルの合成での、平行四辺形を描けば、平行四辺形の対角線に、その合力が生み出されることになります。これが、水平方向に近くて、やや上向きになっているとよいわけです。げんみつには、身体重心にかかる、鉛直下方への重力も考慮しておく必要がありますが、ここでは略しておきます。
 スウィング脚の動きについて、まとめておきます。
 スウィング脚は「振り子」のようになって、水平スピードをあげるために役立っています。このとき、スウィング脚の膝は、必要以上に折りたたまないほうが、より効果的になります。
 スウィング脚の効果は、キック脚と連携して生じます。このとき、スウィング脚の重心が前方へと動くことで、身体重心を前方の、やや下方へと引っ張ることになります。
 スウィング脚の膝が、その後、腰の位置まで上がってゆくのは、フォールスローによるものです。また、次のキックのための効果を生み出すためのものです。

 効果的な腕振りの動き

 高速ランニングフォームにおいては、キック脚の動きで、スピードとして、水平成分より垂直成分のほうが支配的になります。地面を下方に押すという意識でキックすると、キック脚の「形」によるメカニズムのため、足が地面を水平方向へと「弾く」ことになるのです。
 このようなわけで、あくまで、ランナーとしては、鉛直下方へと力を加えます。だから、腕振りは、キック脚が右のとき、右手を強く、前方の「上のほう」へと振って、キック力の補助をするとよいのです。
 肘の角度を90度くらいにして、腕全体でぐいっと動かして、キックのタイミングに合わせて、動きを止めます。力のための補助なので、この瞬間が終わったら、こんどは左手の番ですから、右手はバランスをとるために、後方へと向かう必要があります。
 このコツは、世界選手権の200mで活躍した末續選手が見出しました。


図1 キック局面の、腕、全身、スウィング脚の重心変化

 ピッチをあげてゆくことの意義

 ランニングスピードを求める公式として、「ストライド×ピッチ」というものがあります。これまでのランニングでは、ストライドがほぼ固定してしまって、あとはピッチに頼るのみということになっていたかもしれません。
 高速ランニングフォームでは、いろいろな要素を改善してゆくことにより、ストライドが大きくなってゆきます。薬物摂取が明らかになる前のガトリン選手のストライドは3m近くあると、驚かれていたことを思い出します。
 速いスピードで走っている、以前の用語での「トップスピード」の状態でも、さらに加速するための力を生み出せれば、さらに大きなスピードとなり、ストライドも伸びるのです。
 しかし、高速ランニングフォームの選手は、ゆっくり走っているわけではありません。ピッチもけっこう早いのです。
 高速ランニングフォームにおいては、まずは、ストライドが伸びてゆくような、さまざまな要素をチェックしてフォームをつくってゆきます。その上でピッチをあげようとすると、スウィング脚を、より強く引き出す必要が生まれます。これが身体重心を引くので、スピード効果へとつながります。
 スウィング脚だけを速く動かすわけにはいきません。全体のバランスのため、キック脚の動きも、速く、強くなります。これが力を生み出し、加速へとつながります。
 まとめましよう。
 高速ランニングフォームの「形」が決まってきたら、ピッチをあげて、その「形」のまま走れるかどうか、「技」を磨いてゆくべきなのです。

 高速ランニングフォームのためのトレーニングメニュー(3)

 以上の要点について理解して、これを実践するため、次のようなメニューでトレーニングしてください。

(1) ウォーミングアップとストレッチ

(2) 地面ではじけるスキップAやスキップBの基本的なドリル
 40m×何本か
 地面で弾けることを意識します。これによって、アキレス腱のコンディションを調整します。

(3) ランニングフォームを確認し、コンディションを調整するためのフロート走
 80m〜100mまでの直線で何本か

(4) 動きを確認するためのスタートダッシュのドリル
 ブロックを使ったクラウチングスタートではなく、スタンディングスタートで行います。クラウチングスタートでは、従来のピストンキック型になってしまいがちなので、最初は、避けておきます。
 スタンディングスタートですが、自然な前傾と、やや低い身体重心の走りで、キック脚の膝の角度を、やや小さめにした姿勢で、この膝の角度をほとんど変えない、クランクキックで、地面に力を加えて走ります。地面を「後方へと押す」のではなく、「下方へと押す」ことを意識します。できるだけ短時間で「弾ける」ように心がけます。
 40m〜60mくらいで何本か
 高速ランニングフォームの場合、通常のクラウチングスタートによるダッシュから、中間の加速走やトップスピードのランニングへと移るためには、ピストンキック系のフォームにはなかった、「つなぎ」のダッシュフォームの区間が必要となります。なぜかというと、通常のクラウチングスタートによるダッシュではピストンキックが中心となるのですが、中間の加速走やトップスピードのランニングでは、ガンマクランクキックやベータクランクキックなので、ピストンキックからデルタクランクキックを経由してガンマクランクキックへと、少しずつ変化する何歩かがどうしても必要なのです。このようなフォームの変化の例が「高速ランニングフォームについてのエピソード (22) Start Dash (Gay) / タイソン・ゲイ選手のスタートダッシュの技術を学ぼう」にあります。ここのところの問題は、すこし複雑になりますので、あらためて詳しく説明しようと思います。

(5) 高速ランニングフォームの要点のためのテンポ走
 80m〜100mまでの直線で何本か

 (a) キックの方向
 まずは、キックでの力の方向を確認します。すなわち、キック足を「後ろへ払う」のではなく、「下方へと押す」のです。

 (b) キックの終了
 キックが終了する瞬間を意識します。このとき、キックができるだけ短い時間で終了するように、力をこめる時間を短く、集中させます。この瞬間には、キック脚が棒のように固まって、動きを止めているように感じられるとよいでしょう。このあと、キック脚には何も力が働いていない状態をうみだします。つまり、離陸したキック脚が、スウィング脚と名前を変えたとき、これが、後方へと巻き上げられないように意識するわけです。
 このあと、スウィング脚を、意図的に膝で折りたたまれないようにして、ただちに前方へと引き出します。

 (c) 力の集中
 もう片方の脚がキックする動作と合わせて、スウィング脚を前方へと引き出す動きへの力を込めます。この感覚は、キック脚とスウィング脚の共同作業によるものとなります。スウィング脚だけに意識すると、バランスが狂ってしまいます。キック脚とスウィング脚は、ハサミの両刃のように、互いに逆方向へと動いて、バランスをとっているのです。

 ※ここまでの「キックの方向」「キックの終了」「力の集中」の3要素がうまく身についてくると、次のような体験をするかもしれません。
 「脚が勝手に動いて、しかも、キック脚の重みが消えてしまうような、まるで、高速ベルトコンベアの上に、とんとんと脚を真下に着いて運ばれているような、不思議な感じ」

 (d) 腕振り
 キック脚とスウィング脚による力の集中に合わせて、キック脚と同じ側の腕を、しっかりと、前方の上へと振ります。このとき、動き続けてゆくのではなく、キック脚とスウィング脚による力の集中に合わせて、一瞬、腕の動きを止めるような感覚となります。

 (e) ピッチをあげる区間を加える
 軽く走り出したあと、50mくらいの地点で、意図的にピッチをあげて走ります。スウィング脚の動きを速くしようと意識すれば、キック脚の動きも速くなって、ピッチがあがります。このとき、全体のスピードもあがってゆきます。
 力を入れる瞬間や、力を抜く瞬間の組み合わせがうまくできるようになることで、ピッチを意図的にあげられるようになります。

(6) スピードを増すための強化運動

 (a) 片脚跳躍走
   40m〜100m で、左右各何本か
 慣れないうちは、スピードを追い求めるのではなく、距離を長めにして行います。これにより、基礎的な筋力などを発達させておきます。

 (b) サバンナジャンプ
 足首に力をこめ、膝をほとんど曲げないようにして行う、上下方向での、両足によるリバウンド反復ジャンプです。1セットを60回として、何セットか行います。慣れてきたら、腰に1.5キロ〜2.0キロくらいのウェイトベルトをつけて行います。

(7) クーリングダウン


 

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