高速ランニングフォームのためのトレーニングメニュー
(11) スプリント能力を強化するためのトレーニング

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)@ 9621 ANALYSIS

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 トレーニングメニューの構成

 ランニングフォームやドリルなどの問題点と、トレーニングメニューの構成は、フィードバックして考えてゆくべき問題です。
 陸上競技のコーチ(指導者)を信頼して、その指導を受けている選手(自分自身というケースもあります)に対して、きっと強くなるはずだから、いっしょうけんめいやりなさい、と言えるような、効果的な練習メニューを組み立てるのが、コーチとしての腕の見せどころです。
 私は、もっと速く走るためには、どのようにトレーニングすればよいのかということを考えて、実験的に、いろいろなトレーニングをやってきました。
 これには、ランニングにおける身体各部分の重心水平速度についての関係を調べ、それをヒントとして、高速ランニングフォームの、より詳しいメカニズムを解明することができるようになってきたということの、実際のランナーにおける検証をするという一面があります。
 次に示すスプリントトレーニングメニュー(A)は、私自身が2013年4月29日にオールウェザーの陸上競技場で行ったものです。
 現在私は、直接、他のランナーを指導していませんので、ここでの、実際のランナーというのは、私自身ということになります。対象が一人だけなので、一般論として考えてゆくことはできません。たとえば、高速ランニングフォームについての初心者などが、このトレーニングメニューを、そのままなぞろうとするのには無理があります。

◇ スプリントトレーニングメニュー(A)
[1] W-up(ジョッグ800m, ストレッチetc)
[2] Skip A Go on 100m×4
  High Pitch Skip A → Skip A Go on Speedy 60m×4
  High Pitch Skip A → Hip Drive Run 60m×4
[3] (スパイクを履く)フォームチェックフロート 110m×4
  Check point
  @ 跳ね上げダウンスウィング → ガンマクランクキック
   → 軽い空手パワーキックからの Heal Drive Run
  A ( Heal Drive + Hip Drive ) Run
  B ( Heal Drive + Hip Drive ) Long Stride Run
   重心の低い中腰ランニングと、高い腰高ランニングで試す
[4] High Pitch Skip A → Run 40m×4
   High Pitch Dash → Run 60m×4
[5] テンポ持続走(できるだけ速いスピードで)
  150m×2
  200m×2
  100m×2
[6] C-down

 英語の表記が多くなっていますが、それらは単なる記号です。
 Skip A Go on というのは、Skip A の前進バージョンのことです。Speedy は「スピードを上げて」という意味です。High Pitch は「ハイピッチで」ということになります。Heal Drive とHip Drive は「ヒールドライブ」と「ヒップドライブ」です。
 どのようなことを注意して行えばよいのかということが、かんたんなコードで記されてあるので、競技場で私は、このようなメニューを見て、ああ、そうだったと、細かなところを注意してトレーニングすることができます。

 このようなトレーニングメニューは、冬期トレーニングの最終段階のものです。春季からのトレーニングメニューでは、[4] のところが、スターティングブロックからのスタートになったりします。中心となるメニューが [5] にあるときは、[4] はスタンディングダッシュからのランニングとなることもあります。

 もし仮に、このようなトレーニングメニューを(私ではない)選手などに渡して行わせるときは、もう少し詳しく、いろいろな注意点を説明することになるでしょう。

 [1] はW-upです。冬季のトレーニングでは、これと、[2] 走のドリル の区別がなく、歩行での踏みつけ系A動作やスウィング系B動作を組みこみ、負荷レベルの低い、100mでのハーフスキップAを何本もやって体温を上げて、体の準備をしていました。

 [2] のところの「走のドリル」のところですが、冬期トレーニングの初期においては、ハーフスキップAや、スキップA(High)ジャンプという種目を繰り返し行っていました。これらは身体重心直下で接地する感覚を体に染み込ませることや、足首のバネを強くするためのものです。
 ヒップドライブを体に覚え込ませるための、ヒップドライブ歩行や、ヒップドライブジョギング、あるいは、ヒップドライブフロートを、シューズで反復したステージもありました。
 スキップAの前進モード(Go on)は、ヒップドライブの補助運動があるていどこなせるようになった状態での、スピードのあるランニングへの、中間的なドリルです。これを、ハイピッチで行うと、かなり、自然とスピードが高まってゆき、ほとんど、シューズでのフロートのような状態になってゆきます。

 [3] のところは、何十年も前から、フロートとか、ウィンドスプリントと呼ばれていたものに相当しますが、あえて私は、フォームチェックフロートと記すこととし、このときチェックするポイント(テーマ)を、あらかじめ考えておくことにしました。
 この、[3] フォームチェックフロート では、そのときのトレーニング段階に応じて、色々なテーマを絞り込み、それについて、体が自動的に反応して動けるよう反復します。
 @〜Bは、それぞれが、これまでに取り組んできたテーマでした。今では確認するだけですが、これらの動きを体に覚え込ませるためには、何度も何週も反復してトレーニングしてゆく必要があります。
 最初のテーマは、まさに「@ 跳ね上げダウンスウィング → ガンマクランクキック」だけでした。いえ、その前の段階がありました。単にガンマクランクキックとして走るだけのものです。このとき、私は、体の準備ができていないのに、かつてのフォームを思い出そうとして、スピードを上げすぎ、その結果として、アキレス腱に大きな力をかけることとなって、このアキレス腱を故障してしまったのでした。
 「重心の低い中腰ランニングと、高い腰高ランニングで試す」ということは、最近になって、ようやく試みることができるようになりました。以前は、どうしても腰高ランニングフォームとなってしまい、より効果的な、中腰ランニングフォームへと変えることができませんでした。
 冬季のトレーニング段階において、[2] と [3] を組み合わせ、スキップAのドリルを行い、その動きを、フロートランニングの前半で行い、次には、スキップBを行って、その動きを、フロートランニングの後半で行って、これらのドリルの効果とフロートランニングでの関連を高めようとしたこともありました。これは初心者向きのトレーニングシステムとして役だつことでしょう。
 一般的には、走のドリルとフォームチェックランニングとを、それほどむすびつけて行わなくても、走のドリルで行った動作がランニングでどのように生かされるのかということを、意識していれば(選手に意識させるように指示しておけば)よいだけのことです。

 [4] のところでは、スピードのあるランニングの前にハイピッチスキップAをやることによって、ランニングへの変化をスムーズなものとし、走るための筋肉群のコンビネーションを高めることができるようになりました。ここのトレーニングにより、ハムストリングスの肉離れの心配をしなくてすむようになりました。
 ここでの、ハイピッチスキップAからランニングへの変化は、なめらかなものとすることにより、ハイピッチスキップAでの、重心直下をとらえる感覚がランニングへとつながることとなります。具体的には、ハイピッチスキップAで、ほぼ鉛直方向に立てていた上半身を、少しずつ前方へと傾けてゆくことによって、ランニングフォームへと移ってゆくわけです。
 「High Pitch Dash → Run 60m×4」というのは、外から見ると、ただのスタンディングダッシュということになるかもしれません。しかし、「High Pitch Skip A → Run 40m×4」の後に行うことにより、この運動で試みている、筋肉や腱の伸張反射を生かした動きというものを、「ただのスタンディングダッシュ」においても意識することができるようになります。

 [5] のところは、多様なパターンを想定してあります。
 ランニングの仕上げとして、動作の刷りこみをおぎなうため、もっと短い距離で、スピードをひかえつつ、本数を増やして走ることもありました。
 100mだけでなく、200mや400mの成果を求めるなら、ここのところで、いろいろな負荷をかけてゆくこととなります。これまで、多くの方々がやってこられたメニューが、実際、とても参考になります。
 また、1.5kgのウェイトベルトをつけて走るということも、よくやりました。ただし、冬季の私は、冬眠するクマのように体脂肪を意図的に増やしていますので(86kg〜88kg)、ウェイトベルトは原則としてつけていません。春になって脂肪を落としたときの体重は82kgぐらいです。

 ここのところで、[5] テンポ持続走 とするのではなく、スプリント能力を発達させるための、補助的なトレーニングとして、[5] スプリント能力補強 などと書き変え、次のようなメニューを組みこむこともできます。

 [5] スプリント能力補強
  (a) 片脚跳躍走
  (b) サバンナジャンプ(連続両足リバウンドジャンプ)
  (c) クォーター(1/4)スクワット系の運動
  (d) (さまざまな負荷での)大股歩行(ランジウォーク)
  (e) スキップC(ハイニースキップB)
  (f) ヒールレイズ(負荷つきでの、かかとの上げ下げ)
  (g) おんぶランニング(他人を背負って走る)
  (h) タイヤ引きなどの負荷つきダッシュ
  (i) 坂登りダッシュ
  (j) 坂登りでのスキップA
  (k) ウェイトベルト(1kg〜2kg)を腰につけてのランニング

 これらは、すべて行うわけではなく、発達させるべきところを想定して選んで行うことになります。また、朝練習として行うこともあります。ランニングが行えないトレーニング日に、このような、[5] スプリント能力補強 だけを行うことも可能です。
 これらの、負荷量としての本数やセット数は、選手の状況によって変わります。

 ウェブのYouTube でウサイン・ボルト選手の画像を見ていたら、タイヤではなく、ウェイトプレートを装着できるソリを引っ張ってダッシュしていました。また、腰にゴムか紐をつけて、コーチに後ろで引っ張ってもらって、スキップAのドリルをやっていました。

 私が中学生を指導していたころ、よくやっていた(やらせていた)のは、(a) 片脚跳躍走、(f) ヒールレイズ(負荷つきでの、かかとの上げ下げ)、(i) 坂登りダッシュ、(k) ウェイトベルト(1kg〜2kg)をつけてのランニング などでした。
 [5] テンポ持続走 としてのトレーニングを、グリコーゲン系のエネルギーシステムを発達させるものとして、それよりも短い距離(時間)で使われる、クレアチンリン酸系のエネルギーシステムを発達させるためのトレーニングとして、次のようなものをやらせていました。

  (l) ウェイトベルト(砂を自転車の古チューブに詰めたもの)を腰につけての、なだらなか登り坂でおこなう反復ダッシュ 60m×4本×6セット

 このような反復ダッシュのトレーニングを、当時、「クレアチンリン酸…」とメニューに記していたので、中学生たちも、意味も分からないまま、この言葉を使っていました。

 (a) 片脚跳躍走 は、これだけをやらせるときもありましたが、とくに効果的だったのは、グリコーゲン系のトレーニングとして、200m(テンポ走)×5本のあとで、少し後から走る私に追いぬかされた本数だけ、左右とも、片脚跳躍走100mを行うというものだったように思います。このようなトレーニングを冬にやった翌年には、生徒たちのスプリント能力が高まっていたことを思い出します。十種競技をやっていた私も、このような、冬に生徒といっしょに行うトレーニングで、体力のベースが維持できていました。シーズン中には、生徒のトレーニングをいろいろと指導するため、いそがしく、自分のトレーニングは、生徒が帰ったあとなどに行っていました。

 (j) 坂登りでのスキップA は、土井杏南選手がお気に入りのメニューだそうです。

 (k) ウェイトベルト(1kg〜2kg)を腰につけてのランニング と記しましたが、ウェイトベルト(1kg〜2kg)を腰につけて、他のいろいろな運動を行うこともできます。とくに、片脚跳躍走をはじめとして、いろいろなジャンプ運動や、走のドリルなど、本数や距離(回数)だけでなく、ウェイトベルトの荷重という要素で、トレーニング負荷量を調整することができます。

 ふと眺めてみると、上半身の補強について何もコメントしていないことに気がつきました。胴体の腹筋と背筋の強化は重要なところですし、腕や胸の筋肉群も強化しておく必要があります。走ったり跳んだりしていると、自然と背筋や臀筋が強くなってゆきますが、そのまま、何もしないでおくと、腹筋が弱くなってしまって、それが原因で腰痛になったりします。速く走るためだけでなく、健康のためにも、腹筋運動は、きちんとやっておくべきです。
 上半身の補強については、いろいろなところで紹介されているようですから、ここでは省略します。

 上記のトレーニングメニューは2013年4月29日のものでしたが、その日のトレーニングをこなして家に戻ったあと、ラジオのニュースで、洛南高校の桐生祥英選手が100mで日本歴代2位の10秒01を出したことを知りました。慶応大学の山縣亮太選手よりも、桐生祥英選手のほうが強くなったのですね。
 スプリントランニングというものは、ランニングフォームの効率という要素と、実際の出力のベースとなるスピード能力という要素の2つが中心となっています。ランニングフォームの効率という要素では、山縣亮太選手のほうが優れているようでしたが、それは2012年での解析結果でした。
 2013年の4月において桐生祥英選手は、これらの2要素をどのように発達させたのか、スプリントランニングの研究をしている者として興味があります。

 トレーニングメニューの観点からは、桐生祥英選手が所属している洛南高校で、どのようなトレーニングが行われているかということが気になります。月刊陸上競技2013年1月号の「月陸トレーニングセミナー2013 強豪校に学ぼう!!」に特集記事があります。何ページにもわたる、このような特集記事は、とても参考になります。
 かんたんに引用すると、「洛南高校のトレーニング 練習の構成」は、[1] ウォーミングアップ、[2] 股関節周辺の補強、[3] ハードルドリル、[4] メディシングボール投げ、[5] 筋力トレーニング、[6] 走練習、[7] クーリングダウン となっています。
 これらの詳しい内容については、月刊陸上競技2013年1月号で読んでもらうとして、私が驚いたことについて述べます。それは、いろいろな補強系のトレーニングをやった後の、ほとんど最後に、[6] 走練習 があるということです。
 (m) ミニハードルを使ったトレーニング
 (n) 折り返し走(負荷付きの時あり)
 (o) 150mまでの各種スプリント
 これらのバリエーションがあって、どれかをやったあと、
 (p)「最後は必ず、オールウェザー走路でのダッシュで締めくくる」
と書かれていました。

 このようなトレーニングの意味について、私は、しばらく考えてしまいました。そして、2013年4月29日の桐生祥英選手の10秒01のあと、しばらくしてから、なんとなく、それには理由があることに思い至りました。

 メディシングボール投げやウェイトシャフトやプレートを使った筋力トレーニングを行って、筋肉群がくたくたになっているのに、その上で走練習をして、さらに、その最後の締めくくりとして、ダッシュをするというとき、くたくたになっている、いろいろな筋肉群の中で、実際として、走るために必要なところだけに、さらなる負荷の上乗せができるということになるのです。このとき、どこのところかということが分からなくても、実際に、それらを使って走るわけですから、ちょうどそこが鍛えられるということになります。
 私たちがやってきたのは、くたくたにならない状況で、走るトレーニングをするというものでした。このとき、走るために必要な筋肉群は、余裕をもって活動しています。そして、走り終えて、走るための筋肉群がくたくたになっているとき、補強として、それらを鍛えるトレーニングをしようとしますが、このときの補強種目は、走ることから離れたものとなっていることが多く、走ることとは関連がうすいところへと負荷を分散することになるわけです。
 しかも、洛南高校の、この、最後にダッシュを行うというシステムは、ここでハードルやバーベルなどの器具を使って行うのではなく、単に平地で走るだけですから、仮に筋肉群をオールアウトの状態へと近づけても、怪我をする恐れはありません。これ以上は危険だと感じたら、すぐに走ることをやめればよいだけです。ハムストリングスの肉離れを起こすほどの、スピードを上げられるような状況でもないようです。

 このようなことに気がついて私は、トレーニングメニューの構成法を、もう一度考え直す必要があると思いました。速く走るための秘密のひとつは、このようなトレーニングメニューの構成の中にあるのかもしれません。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, May 18, 2013)

 

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