高速ランニングフォームのためのトレーニングメニュー(15)
オフシーズンの短距離トレーニング (B) 初心者R10さんへの指導

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)@ 9621 ANALYSIS

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 はじめに

 R10さんの10は年齢を意味しています。Rの意味は不明です。小学4年生の女子ランナーだそうです。細身で体が軽いらしく、ピョンピョンと、滞空時間の長いキックフォームで、のびのびと走っています。身体が重く、ちびちびと地面すれすれに走る私とは対照的な選手です。
 2013年11月17日(日)の午後、水口スポーツの森にある甲賀市陸上競技場へ、母親といっしょに、トレーニングのため、やってきました。以前、このお母さんには、走の基本ドリルの見本画像を撮影してもらったことがあって、顔見知りなので、今回も、私のスタートダッシュの画像を撮影してもらう「お返し」に、娘さんのスタートダッシュとランニングの指導をすることになりました。
 先日指導したYG選手とUK選手のケースでは、指導前のランニングフォームを撮影しておかなかったので、指導後のものと比較することができませんでした。このことを踏まえ、今回のR10さんの指導では、(走の基本ドリルなどを教えることなく)ウォーミングアッブを自分で行ってもらい、スタートダッシュからのランニングを2本ほど走ってもらって、それをビデオ撮影しました。これは、技術指導前のものなので、ビフォー(before)のBを記すこととします。1本目をB1とし、2本目をB2とします。
 それから、R10さんに、スタートダッシュや、それに続く中間疾走について、いろいろと指導し、最後に3本、スタートダッシュから40mくらいを走ってもらって、ビデオ撮影しました。こちらは、技術指導後のものなので、アフター(after)のAを記すことにします。指導後1本目のA1は、私の撮影の不備で、スタートそのものが撮影できず、スタート後3歩目くらいからのものしか記録できませんでした。そこでA2として、もう一度走ってもらい、スタートから撮影しました。しかし、あまり力がこもっていないように見えたので、中間疾走で空手パワーキックを意識するようにと指示を出して、さらに3本目のA3を走ってもらいました。
 今回解析したのはB2とA3です。

  技術指導前(ビフォー)B2のフォーム

 図1として「技術指導前(ビフォー)B2のフォーム」を表わします。ステックピクチャーによるビデオ画像コマのフォームの下に、この1歩のフォームについての、おもなデータを記しました。
 フォームのところには、これまでギリシャ文字で記していたアルファクランクキック(α)などを、英語の頭文字(alphaのa)などで記して、アルファクランクキックからピストンキックまでを順に数えて何番目かという数を添えました。アルファクランクキック(a, 1)、ベータクランクキック(b, 2)、ガンマクランクキック(g, 3)、ガンマデルタクランクキック(gd, 3.3)、デルタクランクキック(d, 4)、ピストンキック(P, 5)となります。このとき、2歩目で、中腰ガンマクランクキックより、さらに重心の低い、イプシロンクランクキック(e, 3)が現れています。このときの順番は、ガンマクランクキック(g, 3)と同じ3としました。
 スピードとは、げんみつに述べると、全重心水平速度dGのことです。
 キック力も、げんみつに述べると、(重心Gとキック足支点Oをむすんだ)キック軸加速度比aGO/gのことです。地面から重心にむかって作用する力が体重の何倍となっているかを示しています。
 これらの画像をクリックすると、拡大画像のページに進みます。






図1 技術指導前(ビフォー)B2のフォーム

 主な技術指導内容(メモ)

 技術指導前に2本ほど走ってもらい、幾つか問題点を見出して、このあと指導することになったわけですが、当初、お母さんから聞いた、「スタートダッシュが良くないので練習しに来ました」ということの、本質的な問題点に気づくことができず、それ以外の問題点について、こちらで勝手に指摘して指導しました。
 R10さんのスタートダッシュにおける問題点というのは、「前後に並べたスターティングプロックの、前の方の脚から動かし始めている」ということなのでしたが、現場で私は、そのことに気がつかず、帰ってビデオ画像をジェーペグ画像へと変換して、それらを1コマずつ見ているときに分かったのです。これほどシンプルな問題点に気がつかなかったわけですが、このようなスタートをするという例を私が一度も見たことが無かったということが影響しているようです。指導上のよい経験となりました。私だけではないと思いますが、私たちは(人間というものは)見ようとしているものしか見ないのだということが、よく分かりました。
 この問題を除き、当日の現場で私が技術指導したことの内容を、帰ってからメモしました。それを、解説を加えながら記します。記号のGTGは「技術指導する(Give technical guidance)」の頭文字です。

 ◇スタートダッシュ前半のための技術指導内容

 GTG(1)  スターティングブロックの位置を調整するとき、キック脚の膝の角度が、きゅうくつになりすぎず、また、伸びすぎてしまわないようにします。これは、いちばん大きな力を、すばやく生み出すためです。

 GTG(2) 「位置について」のときの肩の位置は、ラインの内側のところあたりで、両手をついた真上の、少しだけ後ろにします。これは、後で説明する(GTG(4))技術をやりやすくするためです。

 GTG(3) 「ヨーイ(用意)」の(腰を上げた)姿勢で、スターティングプロックの面を地面と見立てて、両脚の足の裏が、かかとまできちんと、スターティングプロックの面についているように角度を調整します。
 うまくできていたので、とくに注意しませんでしたが、スパイクの先は地面につけます。ときどき、スパイクの先をブロックの面に、地面から浮かせておく人がいますが、これだと、水泳の飛び込みのように、下へと飛びだす感じになってしまって、こけてしまう可能性があります。
 スターティングブロックの前後の位置は、ランナーの身体の比率によって大きく変わります。R10選手はかなり脚が長いので、標準的なスタイル(ミディアム・スタート)ではなく、黒人選手などが多用している、前までの距離が長く、前後の間が短いスタイル(パンチ・スタート)となりました。スタートラインの内側から、前までが、およそ2.5足長で、前後間が0.5足長ほどだったと思います。私も、30年ほど前の現役時代は、2.0足長と1.0足長の標準的なスタイル(ミディアム・スタート)をやっていたのですが、最近になって、脚が伸びたわけではありませんが、2.3足長と0.7足長へと変更して、こちらのほうがうまくいくということが分かりました。
 このときの指導中、R10選手は、前後間を1.0足長では長すぎるということで、自ら、もっと縮めて0.5足長ほどにしました。あとから、R10選手は、2.5足長に置いた前脚から動かすことに気づきましたが、この前後間は0足長でもよかったことになります。

 GTG(4)  「ヨーイ(用意)」で腰を上げたとき、両脚に軽く力を入れてプロック面を押し、それを両腕でストップしておき、フライングしないように、力をこめつつ静止しておきます。
 このような技術は、30年ほど前の、1回フライングしても(混成競技では2回)失格しないというルールのときは、ほぼ常識的なものでした。現在でも、反応の早いランナーはやっていると考えられます。軽くでもよいので、脚に力を入れておくことにより、「ドン」での反応が早くなります。

 GTG(5) 地面を後ろに蹴るダッシユのフォームは3歩目までとします。このとき、脚の太ももあたりに力を込めて走ります。かかとは、べたっと(べったりと)地面についてもかまいません。
 詳しく説明しませんでしたが、このような指示は、筋パワー出力の閾値(出しうる値の下限)を、より小さな、足首のところに設定しないためのものです。もっと分かりやすく言うと、バーベルで重いものを持ち上げるとき、足首のかかとを浮かせたポーズでは、かかとを地面にしっかりとつけたポーズのように、大きな荷重を持ち上げることができないということと対応しています。スタートの最初では、静止状態から身体を加速するので、力そのものの大きさが重要なファクターとなります。だから、「スピード×力=パワー」の、力のほうを大きくしようとするのです。
 ロケットスタートの走り方として、この3歩は、やや外に足をつきます。このことを指示すると、R10さんは、まるでスピードスケートの選手のように、身体全体が左右に揺れるようにして走りました。これには驚きました。「そこまでやらない。身体はまっすぐ動くけれど、脚だけ少し外側に着く」と指示しました。このように説明すると、R10さんは、うまく走れるようになりました。
 「こうすると、こけにくくなるのです」と説明しました。関西弁の「こける」というのは、標準語では「倒れる」という意味です。
 少しキック脚を外側に蹴って、上半身を前方へと投げだします。後方でのキックをロケット噴射の出力に見たてて、このようなフォームを「ロケットスタート」と呼びます。暁の超特急と呼ばれた吉岡隆徳選手がやっていたものを、コーチとなって、飯島秀雄選手に指導されたようです。最近では、ベン・ジョンソン選手も試みています。

 GTG(6) 4歩目からの数歩は、キック脚の足首に力を入れて走ります。「スピード×力=パワー」の、スピードのほうに重みがうつるわけです。
 3歩目までのダッシュの流れで後方へと蹴るのではなく、できるだけ、重心の真下のほうへと押して走るフォームを目指します。
 具体的には、ガンマクランクキックというフォームで走りますが、このフォームのことは、まだ分からないはずなので、このあと教えます。

 ◇スタートダッシュ後半とそれに続く中間疾走のための技術指導内容

 GTG(7) 身体重心直下を真下へ押して走る感覚を覚えるために、ハイピッチスキップAからランニングへと移るドリルを行いました。
 ハイピッチスキップAというのは、スキップAをできるだけ速いピッチで行うものです。R10さんにやってもらったら、移動の速度が大きすぎました。「それは、また、違う名前のドリルとなります」と指摘し、できるだけ前進してゆかないペースで、できるだけ速いピッチで、スキップAを私が実演して見せ、それを真似てもらいました。
 このように、できるだけ前進しないことによって、身体重心直下を真下へ押すという動きとなります。真下を蹴っているから、真上にしか跳ばないということです。そして、この運動から、少しずつ、水平に動くスピードを大きくしてゆきます。突然変えてしまうと、自己流のフォームとなってしまって、この運動の目的が失われてしまいます。これも、私が実演して見せ、それを真似てもらいました。
 このような、ハイピッチスキップAからランニングへと移るドリル(ハイピッチスキップA → ランニング)によって、身体重心直下を真下へ押して走る感覚を覚えます。このようなフォームは、ベータクランクキックやアルファクランクキックに相当するものとなるはずです。

 GTG(8) スタートダッシュの何歩かに続いて、さいしょに目指すべきフォームは、ガンマクランクキックです。その中でもとくに、中腰ガンマクランクキックが役だちます。この中腰ガンマクランクキックのフォームを覚えるためには、まず、中腰で速く歩く、ウォークゴーオンという運動を行います。
 R10さんには、私の隣のレーンで、私の運動を見ながら、いっしょに動いて真似てもらいました。
 まず、脚の膝を少し曲げて、中腰の姿勢をとります。腰の位置を少し下げるわけです。そして、その腰の高さのまま、前方へと歩きます。このとき、真下を押すようにしつつ、どんどん歩くスピードを上げてゆきます。
 私がどんどんスピードを上げて歩く、その横についてゆこうとして、身体の小さなR10さんは、いつしか、ウォークゴーオンではなく、少し空中に浮く、ジョッグゴーオンになっていました。これは偶然のことですが、おかげで、ジョッグゴーオンをあらためて教える必要がなくなりましたし、中腰ガンマクランクキックというのは、このジョッグゴーオンのスピードをランニングレベルへと変えたものなので、これで、中腰ガンマクランクキックの動きを覚えたことになります。
 重心を少し下げた状態で、真下を押すということを心がけて走るのが、ダッシュの後に目指す、中腰ガンマクランクキックのフォームです。
 あとの解析で分かりますが、R10さんは、これだけのドリルで、見事な中腰ガンマクランクキックのランニングフォームを生み出すことができました。

 GTG(9) トップスピードのランニングフォームとして、スキップB系の、膝下を前方へ振り出し、接地時のキック脚のすねが垂直に立ったところから、力を真下につたえるキックを始められるもの(ベータクランクキックやアルファクランクキック)を学習します。
 R10さんは小学生を対象とした地域のクラブに入っています。そこでスキップAやスキップBのドリルをやっているかを聞いてみると、スキップAはやっているが、スキップBはやっていないそうです。
 時間があれば、ここで、スキップBのドリルをしっかりとやりたいところですが、陸上競技場を利用できる時間が少なくなってきましたので、実際に走るフォームで、膝下を振り出して、すねを垂直に立てて接地するというものを、私がやって見せ、それを真似てもらいました。
 すねを垂直にしてキックを始めるというのは、もっとすねを前方に傾けてキックすることと比べると、膝が動く範囲が大きく違うということが分かります。キック脚の膝を大きく動かしつつ、その膝の上に「乗ってゆく」と、ベースのスピード(専門的には、キック脚重心水平速度、キックベース速度)を大きくすることができるのです。

 ◇まとめ

 GTG(10) 全習法として、スピードを追い求めるのではなく、動きに着目し、@脚に力を入れておくスタートから、A 3歩だけの太ももに力をこめたダッシュ、B 続く何歩かは足首に力をこめて、そして、中腰で地面をしっかりと真下に押して走る、中腰ガンマクランクキック、Cスピードが高まってきたら、膝下を振り出して、すねを垂直にして接地したフォームへと変えてゆきます。

 GTG(11) 動きに慣れてきたら、地面を真下に押すところで、地面に割るべき板があるようにイメージして、それを割るような、「空手パワーキック」を意識的に行います。これも、私がやって、実際にスピードがどんどん高まるところを見せて、真似てもらいました。

 およそ1時間の指導で、これだけの内容を学習してもらいました。もっと時間があれば、2〜3時間かけるとか、何日かに分けて学んでもらうべきものですが、私の説明を聞き、見本の動きを見て真似るという方法で、わずか1時間でしたが、しっかりと動けるようになりました。

 技術指導後(アフター)A3のフォーム

 図2として「技術指導後(アフター)A3のフォーム」を表わします。ステックピクチャーによるビデオ画像コマのフォームの下に、この1歩のフォームについての、おもなデータを記しました。
 これらの画像をクリックすると、拡大画像のページに進みます。






図2 技術指導後(アフター)A3のフォーム

 強化ドリル

 これらの指導と撮影のあと、今後のトレーニングのため、次の強化ドリルを教えました。

 (1) ロングステップスキップA(Long Step Skip A)
 (2) ロングステップスキップB(Long Step Skip B)

 いずれも、私が実際にやって見せ、それをなぞってもらいましたが、うまくできていました。私より身体が軽く、ピョンピョンと跳んでゆくR10さんのほうが上手なくらいでした。
 このドリルをやることにより、力を込めてキックしつつ水平方向に進むという感覚をマスターしてゆくことができます。実際のランニングでは、このときのドリル運動での、上に向かう力を、もっと殺して、低く進めばよいのです。ほんの少しの違いがあるだけです。
 やってはいませんが、ロングステップスキップB(Long Step Skip B)→ ランニング(Running)というドリルがこなせたら、それが、ドリルの完成形となります。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, Nov 26, 2013)

 

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