WDAさんのトレーニング内容について

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito)@ 9621 ANALYSIS

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 WDAさんへの返信メール

 WDAさんからメールを受け取りました。甲賀市陸上競技場へ行くのでランニングフォームの指導をしてほしいということでした。そのことについてのメールを返信するとき、現地での時間の節約のため、これまでやってきたトレーニングのメニューを、あらかじめメールで知らせてほしいと述べたところ、その返答がありました。
 この後、それに対しての、私のメールを記します。個人的な情報はいくらか暗号化や抽象化によって、打ち消してあります。ここに記したWDAさんのメールからの情報の一部を乗せるということは、WDAさんの了解済みです。

 やはり、トレーニング内容を聞いておいてよかったようです。
 WDAさんのランニングスピードが低下してきた原因の一つが、トレーニング体系についての考え方にあるということが分かります。
 「トラックシーズンの平均的なところです」とあるものが、次のようなものでした。

日:短い距離、砂浜150m走×5本など
月:JOG、5〜10km(キロ4分〜5分)
火:サブトラ練習会、1000mインターバル(3分20〜10秒)×3〜5本、200流し3〜5本
水:JOG、2〜5km(ゆっくり)
木:40秒間走×6本(200m〜280mくらい)最後全力
金:休み
土:(600m+200m)×2本、90%くらい

 休みが1日だけで、いろいろと工夫して、よく運動できていると思います。もちろん、マスターズの選手として、健康のために行っているとしたら、なかなか見事な内容です。しかし、何十年もコーチのようなことをやってきた私にとっては、ぱっと見て、「これは400mスプリンターのためのトレーニングメニューではない」ということが分かります。
 短距離をやっている友人から「駅伝なんかやってるから、スピードが無くなるんや」と言われているそうですが、私も、それに近い考えです。持久力を高めるため、冬季に駅伝をやってもよいかもしれませんが、シーズンインしてからのスプリントスピードのためにやるべき、筋力強化のトレーニングを、おろそかにしてしまうし、ひょっとすると、まったくやらなくなってしまうかもしれません。駅伝などの距離を走るために必要な筋肉は「遅筋」であり、100mから400mまでの距離を走るために必要な筋肉は「速筋」です。それらの「中間型の筋肉」もあるのですが、中途半端なトレーニングをしていると、この「中間型の筋肉」が「速筋」のかわりに増えてしまって、大きな力は出るのですが、瞬発的に大きな力が出なくなって、スプリントスピードは低下します。
 WDAさんのシーズン中のトレーニングメニューは、800m〜3000mを中心としたものとなっています。1500mのランナーなら、ちょうどよいかもしれません。
 400mランナーのトレーニングにいちばん近いものは、「40秒間走」ですが、これを6セットもやることにより、およそ300m×6=1800mのための、エネルギーシステムのトレーニングとなってしまっています。
 かつて私は、若いころ、中学校で理科の教師をしつつ、陸上競技部を指導し、十種競技に取り組んでいたのですが、9月の近畿選手権で、もっと400mの記録を上げようと考えて、生徒たちのトレーニング指導を終えたあと、スポーツの森競技場(そのころは土のグラウンドでした)で、ストップウォッチを手にもって、300mのペース走を2本やっていたのですが、インターバルの過ごし方を、400mトラック一周をゆっくり歩くということにしていました。1本目は40秒から41秒くらいで、2本目は42秒から43秒くらいでした。当時300mのベストは38秒7だったのですが、これは、速い生徒に引っ張ってもらってのこと。一人で走ると、なかなかベストタイムは出ないものです。
 9月の近畿選手権の400mの記録は、いつもと変わらないものでした。57秒あたりだったと思います。
 ところで、10月ごろに、県の記録会で、たまたま、800mに出場したのでしたが、ベスト記録を2分20秒と書いて20何組かで出たのですが、軽く走っているはずなのに、楽に走れて、ラップで61秒を出してしまい、自分でも、これは速すぎると、後ろを走っていた高校生を先に走らせたのですが、やっぱり遅すぎると、余裕をもって抜いたのです。しかし、600mに達したところで、脚が止まってしまい、あとの200mはふらふらで、最後は歩くようなペース。それなのに、タイムは2分16秒のベストタイムでした。
 このことから私は、夏にやっていた、300mのペース走のインターバルの休憩が短すぎて、それは、600m分のエネルギーシステムを強化するためのトレーニングになっていたということを知ったのでした。
 もし、400mのために走るとしたら、400mの生徒に指示しているように、もっとインターバルを20分から30分とって、2本走るべきだったのです。このようにすると、2本目で良い記録がでるのです。
 もし、800mのためだとしたら、「+」を短い休憩として、300m+300m+200mというトレーニングをすればよかったのです。
 WDAさんのトレーニングで「強」と位置づけられる日は、「火:サブトラ練習会」と「木:40秒間走×6本(200m〜280mくらい)最後全力」のところでしょうが、ここのどちらかで、@300m×2(インターバルは20分以上)、A (300m+100m)×(1〜2)(+は50mくらいまでの歩行)、B200mペース走×1 (インターバルは10〜20分)→ 400m×1、などの、400mのためのエネルギーとスピードのためのトレーニングをすべきです。このときの目標タイムは「トレーニングメニュー構成法400mのペース配分」に基づいて設定します。ここのページの一覧表は、このようなトレーニングのためにあるのです。
 WDAさんのトレーニングメニューには、スプリンターのための、いくつかの要素を発達させるための内容が含まれていません。たとえば、マック式理論の用語では「筋スピード」とか「筋力」です。上記のトレーニングは「特殊持続力」でしたか。
 「筋スピード」と「筋力」は、(パワー)=(スピード)×(力)の、どちらに要点を置くかということだと思います。スピード重視のときは「筋スピード」で、力重視のときは「筋力」となります。
 WDAさんのメールに次のような内容がありました。

短い距離を全力疾走すると、お尻を傷めることが多くて
ついサボってしまいます。スパイクを履く機会も少ないです。
ドリル的な練習や、腹筋以外の補強も、ほとんどやってません。

 ここの部分については、たくさん説明することがあります。
 「短い距離を全力疾走すると、お尻を傷める」ということですが、つい最近私も、72歳のマスターズの先輩ランナーといっしょにフロートを走らせてもらったところ、一人で走っているときは、ころあいのスピードだったくせに、私が並走するとなると、飛ばすので、こっちも遅れまいと頑張ったところ、今シーズン最速の走りとなってしまい、この日はなんともなかったのですが、このときに、右臀筋を、おそらく「筋硬結(肉離れではなく、筋線維が固まってしまうもの)」としてしまって、その後、スタートダッシュなどで激痛が走るようになり、2ヶ月ほどを要して、ようやく痛みを消すことができるようになったところです。
 ここまでのことではなく、仕事や生活のいろいろなことのため、何年も走らずにいた昨年の夏から冬にかけては、まず、さいしょに痛めたアキレス腱をゆっくりと強化しながら、トレーニングごとに、お尻の筋肉痛を体験しつつ、じょじょに身体を作っていきました。今年の秋になって、気がついてみると、30歳ごろの、後ろにぷっくりと盛り上がったお尻ができあがっていました。脚の筋肉のつきかたも、かなり良くなってきました。
 このように、高速ランニングフォームでのスプリントトレーニングを行うと、臀筋が発達するのです。「ほこたて」で出ていた(腹もでていた太っちょの)55歳のアメリカ人ランナーが、「お尻で走るのさ」と言っていましたが、私も、同じことを言いたいと思っています。
 スプリントランニングに必要な筋肉群は、さいしよに「アキレス腱」、そして、足首のバネのための「ふくらはぎの筋肉群」、クランクキックの主パワーのための「太もも(前部)の筋肉」、そして「臀筋」と続きます。
 上半身の「トルソ振動」で運動量を失ってしまわないためには、「背筋」と「腹筋」を強化しておく必要があります。
 ただ単にテンポ走とかウィンドスプリントとして、トップスピードの80%〜95%で走るだけではなく、ここで、どのようなことに気をつけてゆくのかということを、競技場で説明するとおもいますが、そのことを、順序をおって、自分の身体という、自分の意志とは異なるものに「教え込む」ために、いろいろな「走の基本ドリル」が役だちます。
 最近私は、「走幅跳でもっと記録をのばすには?」というページのために、マイク・パウエル選手とカール・ルイス選手の助走から踏切を調べているのですが、ここから、「パウエル選手はなぜルイス選手のように速く走れないのか」というテーマを設定して、その理由を分析しています。
 いろいろな要素について詳しく調べました。パウエル選手のランニングフォームとしての「形」は、まずまずでした。日本の大部分のスプリンターは、ここで脱落してしまうのですが、高速ランニングフォームとしての、ベータクランクキックなどもうまくやれており、キックベース速度に関係する、接地時のすねの姿勢角も、ルイス選手のものと、さほど違いはありませんでした。
 ランニングスピードのためのパワーの源泉となる、キック軸加速度を調べたところ、パウエル選手とルイス選手とは、大きくレベルが異なっていました。ルイス選手は、私が「空手パワーキック」と名づけた、強いキックの動きがスピードにつながるということを知っていたのですが、パウエル選手は、そのことを意識することができず、ただ何となく走っているだけだったのです。
 もうひとつ、パウエル選手は、キックによって生み出した運動量の一部を、上半身のトルソ振動で失っていました。
 スウィング脚の動きにも違いがありました。
 ざっくりとまとめると、ランニングスピードを大きくするためには、スピードが出やすい、効率的なフォームをマスターするということと、そのスピードを大きくするためのパワーを生み出す必要があるのです。さらには、それをロスしないことと、他の要素で補うということもかかわってきます。
 これらのことを、頭(大脳)で理解するだけではなく、身体(をコントロールしている小脳)で理解するためにも、走の基本ドリルは重要です。
 また、それらの運動のために必要な筋肉群や腱群を強化し、できるだけ速筋を発達させるために、比較的強度の大きなトレーニングを組みこみ、それによる筋肉痛からの回復をうながす休みや、ジョギングなどでの積極的休養を設定しておく必要があります。
 このような考え方にたって、私が行うスプリントトレーニングの主要な日のメニューは、およそ、次のようなものとなります。

[1] W-up & Basic Drill (Shose)
 (1) Jog, Stretch
 (2) Half Skip B 50m×4
 (3) Skip B Go on 50m×4
 (4) Long Step Skip B 50m×4
 (5) (Curve) βWalk → βJog → βRun 50×2
[2] Running Drill (Spike)
 (1) High Pitch Skip A → Run 40×2
 (2) (Curve) High Pitch Dash → βRun 40m×2
 (3) (Curve) H P Dash → (High Pitch Karate Power Kick) 中腰γRun → βRun  60m×2
 (4) ( Long Step Skip B(50m)→ Run 30m )×2
[3] Speed up Running (Spike)
 (1) Dash → (H P Karate P K) 中腰γRun → (Long Stride) βRun
   → (High Pitch) αRun 80m×4
[4] 補強
 (1) 正式な腕立て伏せ ×10
 (2) お尻をつけない脚上げ腹筋 ×10
  これらを3セット

 これらの前後に(私は十種競技の選手なので)クォータースローのヤリ投げをやることもあります。
 γRun, βRun, αRunの3つが高速ランニングフォームです。γRun はキック脚の膝の角度を変えないで力を生み出すクランクキックで、αRunは空中からの落下の衝撃による伸張反射を利用して走るリバウンドキックです。βRunは、それらの中間なので、状況により、どちらかに傾くことになります。
 日本の大部分のスプリンターは、スタートダッシュのときの、ピストンキックとデルタクランクキックに影響されて、デルタクランクキックか、よくて、ガンマデルタクランクキックで走っています。
 300mや400mをきれいに走るランナーで、ときどき、腰高のベータクランクキックを見ることもありますが、100mを走るときには、スピード効率のよくないデルタクランクキックとなっています。
 14日(土)の現地では、このように、ランニングフォームには、いろいろなものがあるということと、それらの使い分けができるように指導したいと思っています。
 黒月樹人 2013-12-11 

 あとがき

 これまで、ランニングフォームなどの指導に関して、何人かの人と、それこそ、膨大な数と量のメールを記してきたのですが、それらは全て、個人的な通信として、ウェブにはアッフしてきませんでした。今回、WDAさんの了承をとって、私のメールを提示するのは、ここに記した内容が、多くの人に、ランニングフォームやトレーニングメニューに対する考え方を再考してもらうことを強く印象づけるだろうと考えたからです。

 

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