ej02 世界リレーで男子4×100m日本チームが
バトンをお手玉したのはコーチの責任

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito) 本名 田中 毅(TANAKA Takeshi)

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 はじめに

 もう10何年も前、東京圏で仕事をし(住んでいたのは川崎市でしたが)暮らしていた私は、出身大学の伝統的な対抗戦にオープンで棒高跳びにでた。同じ棒高跳びに出場していた東京の大学の選手に頼み、(敵チームのOBなのだが)いっしょに練習させてほしいと申し入れた。
 東京圏に戻り、仕事の休みの日に、彼らの大学のグラウンドへ行き、挨拶をすませて、さっそく、グラウンドに出しっぱなしの棒高跳びのマット目指して、トレーニングを始めた。
 やがて、選手たちが私に、自分たちをコーチしてほしいと言ってきた。女子のハードルの選手、女子の走り幅跳びの選手、短距離をまとめているリーダーなどである。
 しかし、私はコーチすることを断った。なぜかというと、コーチをするというのは、その選手たちのトレーニングの様子を観察し、いろいろな指導点の調整をしなければならないのだが、仕事の関係で、それは無理だし、現場へ行ってしまえば何週間か現場暮らしということもある。
 そこで私は、彼ら(彼女らを含む)に
 「コーチは出来ないが、トレーニング方法のコツを教えるから、自分たちでトレーニングメニューを作ってやってゆくといい」
 この提案が受け入れられ、コーチは彼ら自身ということで、私はそのコーチたちを指導するということとなり、グラウンドでの私は、いっしょに練習させてもらうという立場を貫いた。
 やがて彼らは強くなり、細かな自慢話は割愛するが、3年後には、男子4×100mリレーで、(2部だったけれど)予選トップの成績を残した。
 あらかじめ確認しておくと、彼らのスプリント能力を高めるため、トレーニングでは彼らの走りを観察し、細かなチェックポイントは指導していたが、リレーに関する技術的な指導は、まったく何もやらなかった。彼らは大学生であり、中学や高校でたっぷりとリレー競技に参加しているはず。私よりずうっと詳しいだろう。
 いよいよ決勝レ―スというとき、雨が降り出した。
 3走からアンカーへバトンが渡るとき、雨で手が滑ったのか、バトンが落ちた。アンカーはすぐにそれを拾いあげて走ったが、優勝の夢ははかなく消えた。
 私がそのチームのレースを見たのは、それが最後で、リストラされていた私は、東京圏で仕事を探して生きてゆく理由が見つからず、故郷へと戻ったのだった。
 翌年、ほぼ同じメンバーで、彼らは優勝を果たした。1人入れ替わったメンバーはバトンを渡しそこねた選手だったが、これは、さらに走力の高い選手が新入生として入部してきたから。

 2019年5月11日(土)の世界リレー

 私は家にテレビを持っていないので、信楽の実家へ帰り、母に
 「世界リレーがあるから、テレビ見せて」
と申しいれた。とくに見たい番組があるからテレビを見ているのではない母は
 「好きなところ(チャンネル)見な」
とリモコンを差し出す。
 9時になってようやく始まり、男子4×100mの3組目に日本チームが出場。
 レースが始まり、多田、山縣、小池とバトンが渡り、日本が先頭であることが分かって来た。
 すごい と思ったのも つかの間、小池選手から桐生選手へとバトンが渡るところで、何かトラブルがあって、バトンは渡ったらしいが、桐生選手が減速してしまい、あっという間に後半集団の中の位置。そのあと桐生選手は他のアンカーたちとは別格のスピードで走り、するすると3位まで浮上したが、ラスト近くで、超人的なスピードも消えてしまう。
 リプレイの画像が流された。バトンパス画像のコレクションのようなまとめ方。多田から山縣は無難なもの。悪くはない。山縣から小池のところは見事だった。山縣選手はまるで倒れるように手とバトンをのばし、小池選手のアーチ型の手の中へバトンを押し込んだ。こんなすごい技術は見たことがない。失敗すれば、ここで終わってしまうか、小池選手が減速しなければならなくなる。すると、オーバーゾーンの危険も生じる。そういう、すれすれのバトンパスだった。
 そして問題の、3走小池からアンカー桐生へのバトンパス。違う角度から撮影されたものだった。
 よく分かった。
 小池選手がバトンを前に出してから、アンカーの桐生選手が、前を向いて走りながら、後ろには目がないので、何も見えないまま腕を後ろに突き出し、ちょうどバトンのあるところを握ろうとしたが、その位置は小池選手が握っているところだった。ここで小池選手もあわててしまい、バトンを放せば桐生選手が握るだろうと思ったのかもしれない。桐生選手の方は、いつものバトンの太さではないから、ここではないと思い、握ろうとはしなかったのだろう。ここがアンダーハンドパスの大きな弱点だった。もしオーバーハンドパスなら、バトンは桐生選手が広げた手のひらの上に乗ったかもしれない。
 バトンは空中に舞い上がり、お手玉状態になったものの、器用にも、それを地面に落とさず、桐生選手がつかみ取ってレースを続けた。
 これは、バトンを放りなげてつないだと同じなので、ルール違反であり、失格となった。
 何が悪かったのか考えた。
 ミスは小池選手が先にバトンを前に突き出したということにある。それを、千手観音ではあるまいに、後ろに目がない桐生選手がとりにゆく、という行動様式が明らかに間違っているのだ。
 後ろの選手は(一般に)「ハイ」と声をかけ、前の選手が後ろに手を伸ばしたあと(ほぼその瞬間でもいいが)、バトンを持つ手を前に出して、前のランナーの手のひらのくぼみに、オーバーハンドパスならバトンを置き、アンダーハンドパスなら、下向きのアーチの中へ、下からバトンをはめこむ。
 それから、後ろの選手は、前の選手がバトンを握りしめたことを確認して、バトンを放す。一瞬だけど、バトンを二人で握って走るという状況があるということが、ルールに沿っているし、とても重要なことなのである。
 もし、私がコーチだったとして、練習で、たとえバトンが引き渡されたとしても、これらのチェックポイントが確認されていないと分かったら、修正させるし、選手が素直に聞かないのだったら、きっと怒りだす。選手のケツ(臀部)を蹴るかもしれない。
 そこまでしないまでも
 「すまん。言い忘れていた。バトンパスの基本について説明しておく」
と、失敗の可能性を防ぐための技術について述べたことだろう。
 ひょっとすると、日本のリレーのコーチは、バトンパスの基本なぞ、いまさら説明する必要もないと考えていたのではないだろうか。
 おそらく何度も、このチームで練習していたことだろうが、そのとき、後の選手がバトンを出したあとから、前の選手がとりにゆくということをやっていたことに、何も危険性を感じなかったとしたら、コーチは失格である。
 いつもは適正な間隔で練習していたから、問題点が見えなかったのかもしれない。
 しかし、バトンを相手が握ったことを確認するまでバトンを放さないという大原則を頭に叩き込んでおけば、何が起っても対処できたはず。
 バトンパスを失敗した小池選手や桐生選手ではなく、そのような技術的な原則を叩き込まずに、競技に参加させたコーチのほうが、ずうっと悪い。
 単なるひとつのレースなのだから、この失敗から、何を修正すればよいかを学んでゆくとよいのだろうが、最も多くを学ばなければならないのは、リレーのコーチ。
 私なら、泣いて選手に謝るかもしない。
 「ケツでもどこでも蹴っ飛ばしてくれ」
とでも言って。
 (※注 実際に選手に暴力をふるったことは一度もありません。生徒から脛を蹴られたとき、レスリングのようにして、その生徒を教室の床に抑え込んだことがありますが、投げ飛ばしたり、関節技を使ったことはありません)
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, May 12, 2019)

 

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