高速ランニングフォームについてのエピソード
(10) 重心軸GOの変化
サバンナキックはキック脚の伸張反射抗力を利用している

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 重心軸GOの変化を調べる

 「重心軸GO」の定義は、全重心(G)とキック足の支点(O)を結ぶ線分とします。


図1 MR選手2歩目(MR(2))の詳細フォームと「重心軸GO」

 重心軸GOの長さは、全重心Gと支点Oの座標から求めることができます。このGOの、となりあう詳細フォームについての変化値をdGOとします。これは速度となります。詳細フォームの時間は1/30のさらに1/10ですから、1/300秒です。これより、GOの変化値dGOの距離を300倍すると秒速度となります。ランニングフォーム解析ソフトruna.exe の「総合水平速度グラフ」に、このdGOをプロットしました。このdGOは負の値をとることもありますので、「総合水平速度グラフ」の速度軸の0値の位置では負の変化が示しにくいので、このdGOだけ、速度2のところを(0)として読み変えます。プロットにおいて、正値なら水色、負値なら濃い黄色となるようにしました。
 次の図2に、dGOのプロットを加えた「MR(2) dGO解析」をまとめました。「フォーム分類グラフ」によれば、このときのMR(2)は標準的な腰の高さ(点線位置)でのガンマクランクキックです。図1としたのは、図2の「有効キック区間の代表フォーム」でした。


図2 MR(2) dGO解析

 「総合水平速度グラフ」におけるプロットは(今回の解析においては)、上から、@GK比、A全重心(G)水平速度、Bキック脚重心(K)水平速度、C重心軸長変化速度(dGO)となります。キック脚が右脚のときは赤いプロット、左脚のときは青いプロットとなります。解析の都合で走る方向を左右逆にした画像をつかったときは、これらの左右が逆になります。

 FJ選手のdGO解析

 FJ選手というのは2005年の藤巻選手のことです。当時の日本女子スプリント界でトップクラスの選手でした。この選手のフォームをよく使うのは、私自身で撮影したビデオ画像の映りがよいからです。当時のビデオは1コマの画素数が比較的少なかったので、きちんとデータが記録されているのです。これに比べ、最近の、ハイビジョンモードの画像では、きちんと撮影されていません。
 もうひとつの理由は、古くから教えられてきた日本選手特有のフォームでの完成度がとても高いということにあります。私の分類体系では、デルタクランクキックやピストンキックとしていますが、別の視点からは、ホイールキックと表現することもできます。まるでキック脚が、車のタイヤのように、地面に対して回転するような感覚で動かしているものです。
 2005年の女子100mレースにおける、中盤付近ですでに独走状態だったFJ選手の、連続した6歩のキックフォームについてのdGO解析を示します。


図3 FJ(1) dGO解析


図4 FJ(2) dGO解析


図5 FJ(3) dGO解析


図6 FJ(4) dGO解析


図7 FJ(5) dGO解析


図8 FJ(6) dGO解析

 これらのdGO解析における「総合水平速度グラフ」において、縦の赤い点線のところがキックポイントです。これは、黒いプロットの全重心(G)水平速度のピーク位置です。この赤い点線が、濃い黄色と水色のプロットとなっている「dGO」の、左の「ふもと(負値から正値に変わるところ)」から、右の「ピーク」までの、どのあたりにあるかを確認してください。「ふもと」をF、「ピーク」をPとしたときのFP間を [0 1]としたときの、どれくらいかという見方をして、次の表1としてまとめました。これは、およその値です。

表1 FJ選手のF [0 1] P値



 FJ選手のフォームでは1の値が多くなっています。つまり、dGOのピーク位置と、全重心(G)水平速度(dG)のピーク位置が合っているわけです。
 これは合理的なことなのでしょうか。
 しかし、dGOの速度というものは、高々 3 [m/s] くらいです。しかも、GOは斜めになっていますから、全重心(G)の水平速度の9 [m/s] には、どう考えても及びません。このdGOの速度で、全重心の速度を加速するということは、無理なことです。しかし、このような、GOの前傾角が大きな状態でも、いくらかGの水平速度が高まっています。これは、おそらく、キック脚のほうの寄与によるものではなく、スウィング脚の寄与によるものだと考えられます。
 スウィング脚は、全体の1/4ほどの質量をもって、つねに全重心(G)よりも速く運動しています。このことから、運動量で評価して、スウィング脚は、全体の速度に対して、30パーセントから40パーセントの寄与をもっています。このようなことは、上のような解析で、異なる指標についてプロットすると分かります。
 dGOの問題についての議論へと戻ります。上記の表1の下に、さらに別の指標としてGK比を記したものを表2とします。

表2 FJ選手のF [0 1] P値とGK比



 GK比というのは、全重心(G)の水平速度をdG、キック脚重心(K)の水平速度をdKとしたときの、dG/dKです。キック脚重心の水平な動きに対して、全重心の水平な動きが何倍になっているかということを、GK比は表わしています。
 表2から、F[0 1]P の値が0.4のとき、GK比が1.71となって、効率のよいフォームとなっています。他の条件のことは忘れて、抽象的に考えたとき、たとえば、dK=5.5 [m/s] のとき、GK比が1.61ならdG=8.86 [m/s] となります。GK比が1.71ならdG=9.41 [m/s] となります。静止スタートからの100mのタイムへと変換すると、12秒29と11秒63となり、0.66秒の違いがでます。このような計算を行ってみると、GK比の1.61と1.71のもつ意味が分かります。
 図2に示したMR(2)では、F[0 1]P の値が0.4で、GK比が1.72です。FJ(6)とよく似ています。実は、MR(2)とFJ(6)は、いずれも「サバンナキック」として認定できるものです。

 他の選手のGK比の高いフォームについてのdGO解析

他の選手のキックフォームについて、もう少しdGO解析を行ってみます。


図9 Dau(2) dGO解析( F[0 1]P → 0.5, GK比 → 1.90)


図10 Doi(3) dGO解析( F[0 1]P → 0.4, GK比 → 1.74)


図11 Lmt(2) dGO解析( F[0 1]P → 0.6, GK比 → 1.67)


図12 Gay03(2) dGO解析( F[0 1]P → 0.5, GK比 → 1.75)


図13 FK(3) dGO解析( F[0 1]P → 0.3, GK比 → 2.00)

 図2のMR(2)のデータも含めて、図9から図13のF [0 1] Pの値とGK比を表3としてまとめました。これらはいずれも、GK比の大きなものについてのフォームです。同じ各選手についての他のキックフォームには、これらより低いGK比のものもたくさんあります。

表3 各選手のF [0 1] P値とGK比



 考察

 F [0 1] Pが1ということは、全重心(G)とキック足の支点(O)とが作る軸の伸展速度の最大値と、全重心(G)の水平速度の最大値が、シンクロしているということです。いかにも効率の良さそうなフォームのように思えるかもしれませんが、このときの加速の源は、ほとんどスウィング脚の効果によるものです。
 これに対して、F [0 1] Pが0.5前後にあるときに、全重心(G)の水平速度の最大値が得られている(キックポイントの)フォームがあります。しかも、このようなときのGK比は大きな値となっており、まちがいなく効率のよいものとなっています。このようなフォームのなかに、これまで「高速ランニングフォーム」と呼んでいた、サバンナキックが含まれます。ほとんどは、ベータクランクキックかガンマクランクキックです。
 前回の解析で、このように、GOの前傾角が小さいときにキックポイントを迎えているというとき、GO伸張動作を全重心水平速度へと変換する効率が高いということを明らかにしました。今回明らかになったのは、F [0 1] Pが0.5前後にあるときのほうが、F [0 1] Pが1のときより、GK比としての効率がよいということです。これは、キック脚の筋肉が外部から伸ばされたあと大きな力を生み出すという、「伸張反射」によるものと考えられます。上記の解析図で、dGOのプロットは、濃い黄色の負の値から、正の方へと変わり、水色のプロットとなることを示しています。その立ちあがりの、詳細フォームで3個から8個ほど数えたあたりでキックポイントとなっているわけです。すぐでもないし、15個や20個の時間がたってしまっては作用しません。このような変化と時間は、「伸張反射」説を強く支持しています。
 GK比については、GO前傾角などに対して、統計的な集計をしています。詳しい分析についてはあらためて行うことにしたいとおもいますが、参考として、FK選手、Doi選手、FJ選手のフォームについて調べたものを次の図14に示します。


図14 GO前傾角とGK比(FK選手、Doi選手、FJ選手)

 ここでFK選手は赤色で、Doi選手は緑色、FJ選手は紺色でプロットしています。FK選手はGK比2.00のフォームを生み出していますが、主要なフォームでの平均値は1.7くらいで、さまざまなものとなっています。Doi選手のフォームはよくまとまっており、GK比も高いものばかりです。FJ選手のフォームは中央から右端のほうに分布しています。右端にあるのがピストンキックです。中央あたりにある、塗りつぶされたプロットはガンマキックで、これらの間にある、中抜きの丸がデルタクランクキックです。左にある、FK選手とDoi選手の、中に点があるプロットはベータクランクキックです。ベータクランクキックとガンマクランクキックのフォームの中に、とくべつGK比の高いものがあります。これらは、さらにくわしく分析すべき対象です。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, Dec 3, 2012)

 

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