高速ランニングフォームについてのエピソード
(11) メカニズム要因
ランニングフォームのメカニズム要因を分解し統合する

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 2つの要素

 ランニングフォームを調べるというとき、身体各部をいくつもの部分(ゼグメント)に分け、それらの主軸を考えて、それらの関係として設定される角度に注目するという手法があります。何かを調べようというとき、どこまでもこまかく分解してゆくという手法をめざすというのは、最初に試みるべきことでした。そして、それらの何が関係しているのかということを、相関係数を調べることによって見出してゆくことになるのかもしません。
 しかし、このような方向の方法で、うまく分かるということもありますが、あまりに細かな要素に着目しすぎて、本質的なことが見えなくなってしまうということもあるのです。ですから、一度こまかく分けてゆく方向へ向かったとしたら、次は、適度にそれらをまとめていって、何か分かることがあるのかどうかということを調べてゆくべきなのです。
 私はこのように考えて、身体各部の長さや重さや角度などの要素を組み込んだ、あるていどにまとまった、いくつかの身体部分の重心について着目しました。頭、胴体、右手と左手、キック脚とスウィング脚、これらについての重心を調べ、統合した全重心を求めることにしました。やがて、頭と胴体をまとめ、これに両腕を加えた上半身の重心を求めてみると、ハードルの踏切などでは大きく変化して、全重心への寄与も生まれますが、通常のランニングにおいては、全重心の変化とほとんど同じでした。

図1 36個の質量点を身体各部の重心へ統合

 このような統合について調べてゆくうちに、ランナーのスピードと同じ意味をもつ、全重心の水平速度へとまとめられる、最小の組み合わせの要素として、次の2つを考えるのが、もっともよいということに気がつきました。

  @ スウィング脚
  A 全身からスウィング脚を取り除いた部分(上半身とキック脚)

 私はAを「キック棒」と呼ぶことにしました。つまり、ランナーの全身を「スウィング脚」と「キック棒」とに分けて、これらの2つの要素についての、重心速度や、それらが生み出されるメカニズム、定量的な寄与率などを調べることにしたわけです。

図2 @ スウィング脚とAキック棒から全重心(G, 黒丸)への統合

 キック棒のメカニズム

 ランナーの上半身とキック脚を、まるで一本の棒のように取り扱います。ただし、通常の棒とは少し違っていて、下半分のキック脚は、複雑な構造になっています。これについても、この複雑さにとらわれてしまうと、本質的なことへと近づけなくなるかもしれません。ここでは、これらの複雑さには目をつむって、下半分の棒が、少し縮んだり伸びたりするというとらえかたをしました。そして、この下半分の棒の上に、伸び縮みをしない上半身の棒が乗っていて、そのつなぎ目のあたりに、全重心(G)がくっついているのです。
 このようにして、全重心(G)と、キック足の地面における支点(O)がつくる線分GO(GO軸)の変化に着目しました。すると、これについての要因は「GOの前傾角」と「GO長の変化」の2つしかないということが分かります。これらの要素を考え合わせて、「高速ランニングフォームのメカニズム」と名づけてある仕組みを思いつきました。かんたんに言えば、キック脚のクランク構造によって生み出される「GO長の変化」が、全重心の水平速度へと変換されるということです。このようなことが起こるのは、ランニング中では、慣性の法則が上半身につよく作用して、腰の高さをかんたんには変えさせないからです。
 さらに、「GOの前傾角」が、このような「GO長の変化」を水平方向へと変換するときの効率にかかわっているということを見出しました。これは純粋に幾何的な理由でした。キック棒のメカニズムの一つ目は、この幾何的な速度変換効率が、「GOの前傾角」に関係しているということでした。(→ エピソード(9) を参照してください)

図3 GO前傾角の違いによるGO伸展長(DB, EA)と水平移動距離(CB, BA)

※(解説)中央の模式図において、GO前傾角が小さなGBと、GO前傾角が大きなGAについて、それらのGO辺の変化する長さDBとEAを同じとしています。このとき、全重心の水平移動距離に相当するCBとBAを比べると、CEの方が長くなっています。このように、GOの長さをのばすとき、GOの前傾角が小さなほうが、水平速度への変換効率が良くなります。

 キック棒の二つ目のメカニズムは、キック脚の筋肉や腱についての「伸張反射」を利用するということです。このメカニズムは、以前から予想されていたように思われます。今回私は、このメカニズムが確かに作用しているフォームと、作用していないフォームとを見分ける解析方法を組みあげました。(→ エピソード(10) を参照してください)

図4 キック脚の「伸張反射」を利用しているフォーム(Gatlin(3))

 ※(解説)「総合水平速度グラフ」にある濃い黄色から水色へと変化して立ちあがっているdGOプロットが、ピークまでの1/2以下のところで、キックポイント(赤い点線)のフォームとなっているので、キック脚の伸張反射が利用されていることが想定されます。

 これらの二つのメカニズムを同時に利用するランニングフォームがあります。最初に名づけられた名前は「世界一流スプリンター」の「膝をロックしたキック」でした。これは少し長くてとりあつかいにくいので、私は「クランクキック」と呼ぶことにしました。やがて、キック脚の太ももと脛の姿勢角(下の点から後方へと伸びる水平線から測った角)を指標として、いくつかに細分され、おおよそ、ベータクランクキックとガンマクランクキックに対応するということになりました。二つに分かれて、とりあつかいにくくなってしまったため、これを「高速ランニングフォーム」と呼ぶことにしましたが、この名前は抽象的すぎて、特徴を表現しづらくなっています。そこで、これを「サバンナキック」と呼ぶことにしました。

 スウィング脚のメカニズム

 スウィング脚のメカニズムを考えてゆくとき、はじめ、スウィング脚が腰を中心として回転運動していることを意識しました。しかし、解析をすすめてゆくうちに、外から、このスウィング脚の重心の軌跡を眺めてみると、わずかに上下動はしてゆくことになりますが、キック脚の重要な局面(キックポイント)あたりでは、ほぼ水平に移動しているということが分かりました。

図5 スウィング脚重心(青丸)の変化

 このことから、単純に運動量について評価することでじゅうぶんだと分かりました。
 全身の質量をM、速度をVとします。次に、スウィング脚の質量をm、速度をvとします。すると、全身からスウィング脚を取り除いた、キック棒の質量はM-mとなります。このキック棒の速度は、上記の変数とは独立したものなので、これをwとします。このとき、運動量の保存側から、次のような関係が成立します。

   MV = mv + (M-m)w (1)

 げんみつに言えば人によって違いますが、おおよそ、ランナーのスウィング脚は、全身の質量の1/4と見積もることができます。m/M=1/4 となります。キック棒のほうでは、(m-M)/M=3/4 となります。このような係数を見積もり、vやwを観測値から調べて計算すると、全身のスピードに対するスウィング脚の寄与率は、30パーセントから40パーセントくらいの範囲に入っていました。このとき、残りのパーセント分がキック棒の寄与率となります。一般に、スウィング脚の重心は、全重心よりも大きな速度で動いていますから、25パーセントより大きな値となるわけです。
 このようにみなしたとき、全体のスピードをあげるための、スウィング脚のメカニズムとして、次の2つが考えられます。

 A) スウィング脚重心の水平速度のピークと、キック脚によるキック棒重心の水平速度のピークを合わせる。
 B) 有効となるタイミングにおるスウィング脚重心の水平速度そのものを大きくする。

 ここで、A)としたようなフォームについては、2000年ごろから詳しく調べていました。このようなフォームを「シンクロキック」と呼びます。キック脚による加速効果と、スウィング脚による加速効果の、もっとも効果的なタイミングを合わせるということです。
 最近組み上げたランニングフォーム解析ソフトruma.exe では、この「シンクロキック」を見出しやすい指標を組み込んであります。キック棒重心の水平速度をdBとし、スウィング脚重心の水平速度をdSとしたときの、dS-dBをプロットできるようにしてあるのです。このピークが、最終的に、全重心の水平速度dGのピークとあっていれば「シンクロキック」です。

図6 シンクロキックのフォーム

 ※(解説)キック棒重心(オレンジ色)と、スウィング脚重心(紺色)の、それぞれの水平速度のプロットが、同じ位置でピークを作っています。このため、もちろん、全重心(黒色)のプロットも、同じ位置でピークをもつことになります。下のほうにあるピンク色のプロットは、紺色の値(dS)からオレンジ色の値(dB)を引いたもの(dS-dB)です。スウィング脚重心の、キック棒重心に対する相対的な水平速度を意味します。シンクロキックの、より本質的な意味は、オレンジ色のピークとピンク色のピークが一致するということです。

 B)の、スウィング脚重心の水平速度を高めるというときも、このdS-dBの値に着目することになります。この値が大きいということが、スウィング脚重心の効果を意味していることになるのです。
 これらについての、具体的な例を使った説明は、あらためて行うことにしようと思います。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, Dec 8, 2012)

 

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