高速ランニングフォームについてのエピソード
(13) スウィング脚膝角の統計調査
スウィング脚の膝の角度の違いは
ランニングスピードに関係しているのか

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 スウィング脚の運び方についての疑問

 スウィング脚を後方から前方へと運ぶ方法について、「スウィング脚は膝で折りたたんだほうがよいのか、適度に広げたほうがよいのか」という疑問がわきます。かつては「折りたたんで運んだほうが楽に決まっている」という考え方が主流でした。しかし、ときどき、そのような「原則」を破っていながら、速く走る選手も生まれていました。
 私が「高速ランニングフォーム」と呼ぶことにしていた、「世界一流スプリンターの疾走フォーム」における、「膝をロックしたキック」のフォームが、近頃では、「すり足走法」とか「脚引きずり走」と呼ばれることがあるそうです。これらはスウィング脚の動きだけにとらわれているものです。
 ランニングフォームのメカニズムを考えるときには、スウィング脚についてだけではなく、キック脚のことも忘れるわけにはいきません。いいえ、全重心の水平速度ヘの寄与率を調べてみると、キック脚のほうが、はるかに上回っているのです(およそ60〜70パーセント)。
 ランニングフォームを力学的に調べやすくするため、ランナーの体を、スウィング脚とキック棒(キック脚と上半身)に分けると理解しやすくなります。このキック棒について詳しく調べ、「高速ランニングフォーム」において「ランナーの身体重心直下でキックする」ということが、このフォームの本質的な優位性を示す幾何学的な理由があることが分かりました。これをまとめると、「GO前傾角が0度に近いところでキックするほうが、GO軸を伸ばす動きを、水平な動きへと変換する効率が高い」となります。
 それでは、残されたスウィング脚のほうには、何か法則のようなものがあるのでしょうか。力学的には、スウィング脚の動きをキック脚の動きとシンクロさせるということがよいということが考えられます。また、このときのスウィング脚重心(S)の水平速度(dS)が大きければ、もちろん、有利に作用します。
 これらのことを考えた上で、スウィング脚を後方から前方へと運ぶとき、「スウィング脚は膝で折りたたんだほうがよいのか、適度に広げたほうがよいのか」という疑問がわいたわけです。このときの「キック脚の膝の角度」に「最適角度」のようなものがあるのなら、これも法則のようなものとなるはずです。

 スウィング脚の幾つかの運び方

 キックを後方まで続けて、キック脚の膝の角度を180度まで伸ばすような動きをすると、この足がずいぶん後方へと残されてしまいます。このときの脚を、そのまま前方へと引きだそうとすると、膝を開き気味では遅くなってしまいます。このような、膝を開き気味にして前方へと振り出す方法は、三段跳において利用されていますが、スプリントランニングでは間に合いません。そのため考えられたのが、伸びた脚を膝で折りたたんで、回転モーメントを小さくしてから前方へと運ぼうとするものです。この方法を私は「後方巻き上げ型」と呼ぶことにしました。


図1 スウィング脚の運び方の3パターン

 「高速ランニングフォーム(サバンナキック)」では、最初に「膝をロックしたキック」と名づけられたように、キック脚の膝を180度まで伸ばそうとしません。もっと小さな角度でキックを終えた脚は、後方で巻きあげて折りたたむ必要がなく、直ちに前方へと引きだすことができます。このときの意識は「膝」にあって、膝から下の部分は、膝につけられた吹き流しのように、膝に引っ張られて、前方へと向かってゆきます。この方法を私は「直線引き出し型」と呼ぶことにしました。
 これらの「後方巻き上げ型」と「直線引き出し型」は、2つの両極のものです。じっさいには、これらの中間的な方法もあります。膝で少し折りたたみますが、この動作を、膝を引き出しながら行います。この方法を私は(腰の)「直下引き付け型」と呼ぶことにしました。
 つまり、「後方巻き上げ型」←→「直下引き付け型」←→「直線引き出し型」のような並びで、スウィング脚の引き出し型を分類することができるわけです。

 スウィング脚膝角の統計調査

 「スウィング脚は膝で折りたたんだほうがよいのか、適度に広げたほうがよいのか」という疑問と、「スウィング脚の引き出し型」のいろいろな方法とは強く結びついています。この疑問の答えを見出し、いったい、どのような「スウィング脚の引き出し型」がよいのかということを判断する必要がありそうです。
 そのための研究の第一歩として、実際のランナーのいろいろなフォームにおいては、どのようになっているのかということを調べるべきです。このように考え、「スウィング脚の膝の角度が、キックポイントのフォームにおいてどのようになっており、そして、そのとき、これまで調べてきた他の指標がどのような値を生み出しているのか」ということの統計調査を行うことにしました。
 図2は、図1でとりあげたフォームにおけるキックポイント(キック中に身体重心が最大速度となるとき)での、スウィング脚の膝の角度(S膝角)を示したものです。このあと、いろいろなランニングフォームにおけるキックポイントでのS膝角を一つの指標として調べてゆきます。


図2 キックポイントのフォームにおけるスウィング脚の膝の角度(S膝角)

 「S膝角」をプロットグラフの横軸にとるとき、これとの関係を見る、縦軸に配置する指標について説明します。
 スウィング脚の効果を考えるには、全身をスウィング脚とキック棒(キック脚と上半身)に分けると調べやすくなります。運動量の保存側を、これらの関係にあてはめて考えることができます。そして、図3(c)に示したように、スウィング脚重心(S)とキック棒重心(B)を結ぶ線の上の、これらの質量比に基づいた内分点に全重心(G)がのることになります。
 スウィング脚はキック棒の腰につながっていますから、キック棒の動きの上に、スウィング脚の動きを加えていることになります。ですから、スウィング脚だけの効果を見るときには、観測されたスウィング脚重心(S)の水平速度(dS)から、キック棒重心(B)の水平速度(dB)の影響を取り除く必要があります。このような手法として、「SB比(dS/dB)」と「SB差(dS-dB)」という2種類の指標を求めるというものがあります。


図3 スウィング脚重心(S)とキック棒重心(B)

 SB比(dS/dB)とS膝角の相関

 何人かのランナーについてのキックフォームの、SB比(dS/dB)とS膝角の相関を調べました。このあと、Menとしてあるのは、Gay(ゲイ), Erg(江里口匡史), SU(蘇炳添/ス・ビンティアン/中国), Lmt(ルメートレ/フランス), Nas(梨本真輝), Kuk(九鬼 巧)の6選手についてのデータです。Womenとしてあるのは、FK(福島千里), FJ(藤巻理奈), Doi(土井杏南), Nob(野林祐実)の4選手です。ALLとしてあるのは、MenとWomenをまとめたものです。

図4 SB比とS膝角の相関(ALL) 相関係数 r = +0.39

図5 SB比とS膝角の相関(Men) 相関係数 r = +0.51

図6 SB比とS膝角の相関(Women) 相関係数 r = +0.21

表1  SB比とS膝角の相関



 SB比とS膝角の相関係数を表1としてまとめました。Menにおいて+0.51の値が出ています。しかし、Womenでは+0.21にとどまっています。
 弱いながらも、SB比とS膝角については、正の相関がありそうです。

 SB差(dS-dB)とS膝角の相関

図7 SB差とS膝角の相関(ALL) 相関係数 r = +0.08

図8 SB差とS膝角の相関(Men) 相関係数 r = +0.49

図9 SB差とS膝角の相関(Women) 相関係数 r = +0.24

表2  SB差とS膝角の相関



 SB差でも、SB比と同じような傾向が表れています。これは、どちらもdSとdBについての違いを考えているからです。キック棒のdBと、スウィング脚のdSについて、S膝角との相関が、弱いながらも正の値で求められています。しかし、これまでに明らかにしたGO前傾角についてのメカニズムを考えると、dBとdSとS膝角(S_Knee)が変化する、もともとの原因の中に、GO前傾角の変化というものが潜んでいるから、このような「正の相関」となるという可能性があります。それは、このGO前傾角の変化をxという変数で表わすこととして、次のような関数となっているという可能性です。

    dS = f(…, x, …)
    dB = g(…, x, …)
    S_Knee = h(…, x, …)

 このようなとき、xが仮に1.5倍などと変化したとき、fやgやhの関数の中に組み込まれているxの係数が正であるなら、dSやdBやS_Kneeも、いくらかずつ増えるだろうということです。GO前傾角が大きくなるということは、キックの区間において、時間的に進むということでもありますから、これにともなって、スウィング脚重心の水平速度dSや、キック棒のdBや、スウィング脚の膝の角度S_Kneeも大きくなるということになり、この現象を統計的に確認しただけということになるのかもしれません。

 キック棒重心水平速度(dB)とS膝角の相関

 S膝角とスウィング脚の速度dSについて調べるとすると、上記の考察のように、それらの変化の奥に、GO前傾角の変化が潜んでいる可能性を排除することができません。そこで、もっと直接的に、S膝角の変化をベースとしながら、dBがどのように変化するのかということを調べることにします。

図10 dBとS膝角の相関(ALL) 相関係数 r = -0.44

図11 dBとS膝角の相関(Men) 相関係数 r = -0.26

図12 dBとS膝角の相関(Women) 相関係数 r = -0.00

表3  dBとS膝角の相関



 キック棒重心(B)の水平速度(dB)とS膝角の相関では、ALLでは相関があるように見えていますが、MenやWomenとして解析したものでは、Menでは弱くなっていますし、Womenではまったく相関がありません。
 MenやWomenでの相関が弱いものであるにもかかわらずALLにおいて比較的強い相関があるように見えているのは、筋力の強さにより、MenのほうがdBの値が大きくなるということと、S膝角が大きくなる傾向にある、デルタクランクキックやピストンキックが少ないために起こったことだと考えられます。
 dBはキック棒についての指標です。これに対してS膝角は、スウィング脚についての指標です。これらのキック棒とスウィング脚とは、独立して動いているものだと考えられます。すると、これらの間に強い相関がないというのは、まさに、当然のことだと考えられます。
 Menにおける相関のようすを観察すると、S膝角が30度くらいのところのdB値が比較的大きいようです。
 しかし、Womenのほうでは、相関係数が0.00となっているように、S膝角の変化はdBの値と無関係だと考えられます。
 Menのデータにおいても、デルタクランクキックやピストンキックで速く走っているランナーのフォーム調べて、これらを加えれば、相関がなくなってゆくのかもしれません。

 全重心水平速度(dG)とS膝角についての解析

 dBとS膝角の関係を調べていたときに気がつきました。全重心の水平速度dGとS膝角についての相関を調べれば、求めている疑問の答えが直ちに得られるはず。このように考え、解析プログラムの内容を修正して、このような解析が行えるようにしました。
 この解析のグラフは、あとで提示することにして、まず、これまでの手法の流れとして、「dGとS膝角の相関」について検討します。

表4  dGとS膝角の相関
 区別      ALL    Men    women
相関係数 r   -0.24   -0.11    -0.06

 全重心(G)の水平速度(dG)とS膝角の相関においても、ALLでは相関があるように見えていますが、MenとWomenに分けたものでは、Menでは弱くなっていますし、Womenではほとんど相関がありません。SG比などの比を考えるときでは、男女の違いは影響しないかもしれませんが、dBやdGといった、速度の大きさを考えるときでは、筋力の違いが明らかにある男女のデータをまとめてとりあつかうと、本当のことから離れたところへ進んでしまう可能性があるようです。
 図13から図15として「dGとS膝角の解析グラフ」を示します。これまでのものと違って、ここでは回帰直線を描かないことにしました。その代わりとして、それぞれのプロットにおいて、おおよその上限となるラインを赤色の線で描きました。これを「上限線」と呼ぶことにします。

図13 dGとS膝角の関係(ALL) 相関係数 r = -0.24

 ALLの解析グラフにおける上限線を見ると、dGの大きさに由来する「高さ」の違いはあるものの、2つのピークがあるということが分かります。S膝角の30度あたりと50度あたりのところです。これらの2つの「山」の「内部」に相当する領域に、プロットが塊のようになって集まっています。これらのことから、MenとWomenをあわせたALLにおいては、2種類の母集団から構成されていそうだということが分かります。ひとつは30度あたりにS膝角のピークをもつもの。もうひとつは45度から50度あたりにS膝角のピークをもつものです。しかし、すでに考察したように、筋力差のあるMenとWomenのデータにおいて、その筋力差に直接結びつく、絶対スピードとしての全重心水平速度(dG)をとりあつかうときには、このdGの男女差が、間違った解析結果となるものを生み出す可能性があります。ですから、より厳密には、MenやWomenごとの解析結果のほうを信頼すべきです。

図14 dGとS膝角の関係(Men) 相関係数 r = -0.11

 図14がMenについての解析結果です。ALLで推定した2つの母集団のうち、30度にS膝角のピークをもつものが、はっきりと表れていますが、45度から50度にS膝角のピークをもつものについては、データ数が少ないため、あまりはっきりとしていません。

図15 dGとS膝角の関係(Women) 相関係数 r = -0.06

 図15はWomenについての解析結果です。S膝角の40度のところに、dG値の大きなプロットが2つありますが、これの下部にプロットが集まっていないので、ここでは、とりあえず、これらの2つのプロットを仮に無視して、それ以外のプロットについての上限線を描きました。すると、25度から30度あたりにピークをもつものと、45度から50度あたりにピークをもつものとの、2つの母集団が組み合わさっていることが分かりました。
 仮に無視した40度あたりの2つのプロットを含めて考えるとすれば、右のほうの母集団のピークが40度あたりにあると見なすこともできます。

 まとめ

 スウィング脚を後方から前方へと運ぶ方法について、「スウィング脚は膝で折りたたんだほうがよいのか、適度に広げたほうがよいのか」という疑問から始まって、上記のような解析を行いました。
 最後に解析した「全重心水平速度(dG)とS膝角についての解析」によれば、この疑問に対する答えは、「スウィング脚を膝で折りたたむときはS膝角が30度くらいになるのがよく、適度に広げてスウィング脚を運ぶときにはS膝角が45度くらいになるのがよい」とまとめることができそうです。
 S膝角についての上記の解析により、短距離ランニングフォームには、いろいろな性質の異なる、少なくとも2つの母集団を形成するものが存在しているようです。このため、これらの母集団を取り違えて、その技術について論じるということは、さまざまな誤りを導くことになりそうです。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, Nov 12, 2012)

 

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