高速ランニングフォームについてのエピソード
(17) dn(S-B)dnB/dnG
速く走れるフォームを判定するための新しい指標

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 速く走れるフォームを判定するための新しい指標を考える

 「エピソード(16) K膝角」では「K膝角」についての最適角を調べようとして、「速く走れるフォームを探す」ための指標を考えることになり、次のような指標を生み出しました。

  SB(&)BK ← SB比とBK比の重みづけ平均値

 しかし、この指標は、ベースとなるdK(キック脚重心の水平速度)の要素について何も含んでいないのでしたが、これが問題となりました。dK値がきょくたんに低いデータが、BK比を見かけ上大きくしてしまい、このことによって、あまり効率的でもないフォームを高く評価してしまったのです。
 そこで、次に、キック足の地面と接する支点(O)から、ランナーの全重心(G)に至るまでの、主要な重心である、キック脚重心(K)と、そのキック脚がうけもつ上半身とのセットとしてのキック棒重心(B)、そして、このキック棒の腰点(W)についているスウィング脚重心(S)の、それぞれの水平速度、dK, dB, dSの全てを考慮したものを考えることにしました。
 しかし、キック棒はキック脚と上半身からなっています。キック脚重心水平速度(dK)の作用は、キック棒重心水平速度(dB)へと組み込まれていると考えることができます。上記のSB(&)BKにおける失敗は、dKに対するdBの比であるBK比を使ったということにありそうです。このBK比を使うことで、dKの変化が切り取られてしまうわけですが、dBを使えばdKの変化も含んでいることになります。
 また、3つの要素について、どれも速度からスタートし、すべて、平均値によって正規化してやるという手法により、比と同じように取り扱うことができます。このように考えて、次のような指標を考えました。

  *a ← MenやWomenの平均値で正規化したdS-dBの比
  *b ← MenやWomenの平均値で正規化したdBの比
  *c ← MenやWomenの平均値で正規化したdGの比
   dn(S-B)dnB/dnG ← (*a)×(*b)/(*c)

 これまで速度をdで表わしてきましたが、正規化した速度についてはdnという記号を用いることにします。指標の dn(S-B)dnB/dnGは、このままではとりあつかいにくいので、ランニングフォーム評価指標V(5番目という意味)もしくはSBBG比と呼ぶことにします。

 ランニングフォーム評価指標Vによって見たフォームの評価


図1 ランニングフォームにおける色々な角度

 図1として「ランニングフォームにおける色々な角度」を示しました。@K膝角はキック脚の膝における角度です。AS膝角はスウィング脚の膝の角度です。BGO前傾角は∠GOLです。CSO前傾角は∠SOMです。DSO-GO角は、SO前傾角からGO前傾角を引いたものです。まだ統計的な処理は行っていませんが、ES角 (∠SGL)とFT角 (∠TWN)も測定してあります。Tは上半身の重心位置です。ここでのトルソ(T)には(美術でのトルソである)頭と胴体のほかに両腕もふくめてあります。T角は上半身の前傾を表わす指標となります。
 このあと、dn(S-B)dnB/dnGと、キックポイントのフォームにおける、これらの角度@〜Dについて調べた解析グラフを示します。それぞれのプロットグラフにおいて赤い細線で上限線を引きました。これを見ると、dn(S-B)dnB/dnGで見た、速く走れるランニングフォームの傾向がつかめます。  横軸を図2はGO前傾角とし、図4はK膝角としたものです。これらの上限線の形は良く似ています。一つのピークをもっていて、それより角度が大きくなると、指標の値が減少してゆきます。GO前傾角のピークは10度で、K膝角のピークは134度です。


図2 指標dn(S-B)dnB/dnG(SBBG比)とGO前傾角(ALL[1])


図3 指標dn(S-B)dnB/dnG(SBBG比)とK膝角(ALL[1])


図4 指標dn(S-B)dnB/dnG(SBBG比)とSO前傾角(ALL[1])


図5 指標dn(S-B)dnB/dnG(SBBG比)とSO-GO角(ALL[1])

 横軸が図4はSO前傾角で、図5はSO-GO角です。GO前傾角のパターンが1つのピークをもつ比較的シンプルなものでしたので、SO前傾角の影響がSO-GO角に伝わることになります。これらのパターンでは3つのピークが見られます。左から、中に点のある赤色のベータクランクキックのピーク、水色のガンマクランクキックのピーク、中空の濃い黄色のデルタクランクキックのピークです。SO前傾角で見ると、-6度、14度、31度のピークです。SO-GO角のプロットを見ると、多くのフォームが、SO軸とGO軸が一致する0度から、15度までのところに分布しています。スウィング脚の重心が、全重心(G)とキック足支点(O)を結ぶ線を横切って15度までのところです。このような配置のとき、キック脚の動きとスウィング脚の動きは、ほぼシンクロしていると見なせるでしょう。


図6 指標dn(S-B)dnB/dnG(SBBG比)とS膝角(ALL[1])

 図6では、横軸としてS膝角をとっています。スウィング脚の膝の角度です。39度と56度のところに2つのピークがあります。スウィング脚の膝をしっかりと折りたたんだものは20度くらいになるようですが、このようなフォームでは、速く走るフォームとしての候補は見られないようです。39度のピークはガンマクランクキックのものです。このときのスウィング脚は、自然な動きで、膝によって引かれ、キック脚の動きに応じて、スウィング脚の膝下部分が下方へと動き始めるときのものとなっています。56度のピークはデルタクランクキックのもので、このときは、スウィング脚を意図的に引きだそうとしているとき、膝の角度が大きくなるという局面のものです。

 ランニングフォーム評価指標Vによって見たフォームの詳細重心解析

 図4のSO前傾角におけるランニングフォーム評価指標Vの1.2以上に位置する6つのフォームを選び出し、詳細重心解析を行います。




図7 有効キック区間(左)とキックポイント(右)のフォーム

 (a)から(f)に向かってGO前傾角が大きくなるように選んであります。これにともなって、SO前傾角やSO-GO角も大きくなっています。
 (c) Gay ガンマクランクキックはスタートから40mあたりのものです。スタートダッシュと中間疾走の「繋ぎのフォーム」と言えるものです。
 (e) Uen デルタクランクキックについては、このフォームを解析していたとき、とても驚いた覚えがあります。スウィング脚の膝をここまで高く引きあげるフォームが、うまくキックポイントのフォームの内容を良くするために役だっているからですが、そのようなフォームは他に見当たらなかったと思います。Uen選手の他のフォームを幾つか調べましたが、このようなフォームは1回だけでした。同じ脚であろうと、何度も生み出すのはむつかしそうです。  (f) Erg ピストンキックは、Frg選手のフォームの中では、やはり異質なものと言えます。
 これらのフォームがとくべつに優れたものであるということは、次の総合水平速度グラフのパターンを見ると明らかに分かります。キック脚やスウィング脚の重心についての水平速度プロットパターンが、このようにピークを合わせているということは、全身における力の集中がうまくできているということを示しています。この技術は、言うのはかんたんですが、実行するのはなかなか難しいことなのです。




図8 総合水平速度グラフでの解析

 いずれもキック脚の動きとスウィング脚の動きのピークが一致している、みごとなシンクロキックのフォームです。このようなパターンではない他のフォームと違って、キックポイントの赤い点線以降では、各重心の水平速度の値が減ってゆこうとしています。このことは、上の解析で、有効キック区間を、詳細フォームの10個分(1/30秒)としていますが、後半の5個分については、キックのピークが終わっていますので、離陸を始めていることになり、有効キック区間ではないということになります。かんたんに言うと、これらのフォームでは、力がうまく伝わっている、ほんとうの有効キック区間が、わずか、1/60秒(詳細フォーム5個分)しかないということです。ランナーの感覚としては、キックの時間がとても短いと思われるはずです。
 比として描いたBK比のパターンは、それぞれのフォームによって異なる変化を見せています。ベータランクキックでは右上がりです。ガンマクランクキックでは、横ばいか右下がりです。デルタクランクキックやピストンキックでは右下がりです。これは、GO前傾角の違いにともなって生じる現象だと考えられます。これらのフォームでは、BK比が減少しているときでも、その低下傾向が少ないか、全体的に高い値となっています。これも優れた特徴の一つです。
 他に、それぞれのフォームで異なっているのは、一番下にプロットしてあるdGOの変化です。負値が濃い黄色で、正値は緑がかった水色のものです。これが負値から正値にかわってすぐのあたりで、キック脚の筋肉や腱の伸張反射が起こって、より大きなパワーが生み出されているものと想定できます。
 (a)のベータクランクキックでは、まさに、このプロットの立ちあがりをとらえています。この現象が、比較的安定して、うまく利用されているのはガンマクランクキックのフォームです。(e)のデルタクランクキックのフォームでは、他のデルタクランクキックのフォームに比べ、うまく伸張反射が利用できています。dGOグラフのピーク位置がキックポイントとなっていますが、正の値に変わってからの時間経過が比較的短く(詳細フォーム7つ分)、値の立ちあがりぐあいも変化の大きなものとなっています。GO軸方向のバネが利用されていることがうかがえます。(f)のピストンキックでは、まったく利用できていないようです。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, Dec 17, 2012)

 参照資料

[1] ALL = Men + Women
  Men = 1) Gat ジャスティン・ガトリン(米国) , 2)Gay タイソン・ゲイ(米国)
   3) Eeg 江里口匡史, 4) SU蘇炳添(ス・ビンティアン, 中国)
   5) Lmt クリストファー・ルメートレ(フランス) , 6) Nas 梨本真輝
   7) Kuk九鬼 巧, 8) Blt ウサイン・ボルト(ジャマイカ) , 9) Uen 上野政英
   10) Sai 齊藤仁志
  Women = 1) FK福島千里, 2) FJ 藤巻理奈, 3) Doi 土井杏南, 4) Nob野林祐実
   5) Kmr 木村 茜, 6) Ich 市川華菜, 7) AFe アリソン・フェリックス(米国)
   8) Can ヴェロニカ・キャンベル-ブラウン(ジャマイカ), 9) Dau  名称不明

 

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