高速ランニングフォームについてのエピソード(19) 加速のための力
スプリント加速フォームでの力を生み出すタイミング

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 「エピソード (18) キック軸加速度」では、キック軸(GO) についての変化に注目し、それの速度(dGO)の変化を調べ、キック軸加速度(aGO) というものを求め、これを重力加速度(g=9.80 [m/ss] ) で割ることにより、aGO/g というものを定めました。これは、体重の何倍の力が生み出されているかという表現になるものです。このaGO/g キック軸加速度比と呼ぶことにします。


図1 キック軸加速度比aGO/g(青い曲線)

※ 黒いプロットは全重心(G)の水平速度で、下の、濃い黄色(負値)から緑がかった水色(正値)へと変化するプロットはGO軸の長さに関する変化速度dGOであり、キック軸加速度比aGO/g(青い曲線)は、このdGOの時間変化を求めた加速度aGOを、重力加速度(g=9.80 [m/ss] で割ったもの。

 このような処理により、速度だけでは分かりにくかったランニングフォームの内容が、より分かりやすく示されることとなりました。そこで、このような方法を他に適用できないかと考え、次のような、いろいろな加速度や力を調べました。

 スウィング脚重心の相対的な加速力

 キック棒(キック脚と上半身)重心(B)対するスウィング脚重心(S)の動きを調べたものとして、dS-dB というものがあります(図2のピンク色)。ここでdSはスウィング脚重心の水平速度(図2の紺色)で、dBはキック棒重心の水平速度(図2のオレンジ色)です。dS-dBはSB差とも言います。
 このSB差についての変化速度から加速度 a(S-B) を求めます。次に、これを重力加速度g(=9.80 [m/ss])で割ります。さらに、全身の質量Mに対するスウィング脚の質量mの比m/Mを、およそ1/4と見積もって、0.25を掛けます。このような操作は、スウィング脚の運動量としての評価を考慮して行っています。このようにして求めた、f(S-B)=0.25×a(S-B)/g スウィング脚重心の相対的な加速力と呼ぶことにします。これの値を、図2では、濃い黄色の実線で表わしています。目盛の単位は左の軸の青色のものです。


図2 スウィング脚重心の相対的な加速力(濃い黄色の実線)

※ 紺色はスウィング脚重心(S)の水平速度(dS)で、オレンジ色はキック棒重心(B)の水平速度(dB)、そして、ピンク色がそれらの差のdS-dBのプロット。濃い黄色の実線が、dS-dBの加速度a(S-B)から求めたスウィング脚重心の相対的な加速力f(S-B)=0.25×a(S-B)/gを表わす。

 スウィング脚重心、キック棒重心、全重心への加速力

 相対的な速度差ではなく、速度そのものから加速度を求めることができます。ランナーの全重心(G)の水平速度を考えるとき、スウィング脚の運動量とキック棒(キック脚と上半身)の運動量の和が、全身の運動量となるという、運動量の保存則をあてはめると理解しやすくなります。
 全身の質量をMとし、スウィング脚の質量をmとすれば、キック棒の質量はM-mとなります。それぞれの重心の水平速度は、順に、dG, dS, dBと表わされます。このとき、運動量の保存則より、次の式が成り立ちます。

    M dG = m dS + (M-m) dB          (式1)
    dG = (m/M) dS + (1-m/M) dB       (式2)

 このときm/M はおよそ1/4で、1-m/Mはおよそ3/4です。すると、式2から、全重心の水平速度dGの大きさは、スウィング脚重心の水平速度dSの1/4と、キック棒重心の水平速度dBの3/4を加えたものとなると言えます。


図3 スウィング脚重心、キック棒重心、全重心への加速力

 図3に表示してある、黒と緑と赤の実線は、全重心(黒)、キック棒重心(緑)、スウィング脚重心(赤)の、それぞれの水平速度から求めた加速度を重力加速度(g=9.80[m/ss])で割ってから、上記の運動量保存則の関係を考慮して、順に1.0, 0.75, 0.25の係数をかけて求めたものです。
 具体的な計算手順を数式で表わすと、次のようになります。

   fG = aG/g
   fB = 0.75×aB/g
   fS = 0.25×aS/g

 ここで f の記号で表したものは、そのあとに記した重心の(重力比としての)力で、a の記号をつけたものは加速度です。また、g は重力加速度です。

 さまざまな加速力の組み合わせとタイミング

 2005年のガトリン選手のフォームについて、いろいろな重心速度と、それらの加速度から求めた加速力の、組み合わせやタイミングを調べます。
 まずは、解析した中の3つめのフォームであるGat(3)について解析します。


図4 2005年のガトリン選手 Gat(3)の8コマ


図5 2005年のガトリン選手 Gat(3)のキック局面の4コマ


図6 Gat(3)の詳細重心解析

 図6(a)より、このときのガトリン選手のフォームは中腰ガンマクランクキックと分かります。(b)有効キック区間の代表フォームのd10などは詳細フォームの番号で、(c)の横軸に対応しています。
 (c)の丸によるプロットは速度で、上から、スウィング脚重心(紺)、全重心(黒)、キック棒(オレンジ)、スウィング脚重心とキック棒重心との差(ピンク)、キック軸GO(濃黄→緑がかった水色)となります。
 (c)の実線は加速度や、それから求めた力などです。重力加速度で割り、適度に係数を掛けていますので、げんみつには比となっています。
 紺色のキャップ形になっているものが、dGOから求めたキック軸加速度比aGO/gです。これは斜めになっているGO軸に沿ったものです。
 黒と緑と赤の斜めの線は、dG, dB, dSから係数をつけて求めた、運動量を考慮した加速力のfG, fB, fSです。濃い黄色のものは、dS-dB から求めたスウィング脚重心の相対的な加速力です。これらは全て、水平方向のものです。
 (c)の赤い縦点線が、キックポイント(dGのピーク位置, (b)のd17)に対応しています。つまり、このときのランニングスピードの最大値となるときです。この赤点線(d17)に対して、紺色キャップ形のキック軸加速度比aGO/gのピークはd13あたりにあります。そして、黒と緑と赤の、重心水平速度から求めた加速力が、d17へ向かって減少しながら、キック局面の前半で作用しています。
 これは、紺色キャップ形のキック軸加速度比となった、GO軸に沿った力が、うまく水平方向への力として変わっているということと、これとは独立した、スウィング脚への加速力がシンクロしていることを意味します。とてもよい、理想的なメカニズムを実現しているフォームだと言えます。

 次に、このようには、うまくいっていないフォームの解析例を示します。


図7 2005年のガトリン選手 Gat(1)の8コマ


図8 2005年のガトリン選手 Gat(1)のキック局面の4コマ


図9 Gat(1)の詳細重心解析

 図7〜図9は、Gat(3)の2歩前の、Gat(1)についての解析結果です。
 図9(a)より、このGat(1)は中腰デルタクランクキックであることが分かります。それも、かなりピストンキックに近いものです。
 図9(c)のいろいろなパターンを、図6(c)のものと見比べると、非常にちぐはぐなものとなっていることが分かります。
 紺色のキャップ形になっているキック軸加速度比aGO/gのピークはd10ですが、このときのキックポイントはd22にあって、あまりに離れ過ぎています。
 スウィング脚への加速を示す、赤や濃い黄色の線も、キックポイントから離れたところに、低い値で横たわっています。
 キック棒の緑と、全身の黒の線が、d19のところにピークをもっていて、このときの全重心(G)の水平速度(dG)を高めるために力が作用していることを示していますが、fG値は4.12で、図6のGat(3)でのfG値の6.95に比べて小さなものとなっています。
 このときのdG値は、スローモーション画像の速度が分からなかったため、調整して、最大値をGat(3)のものと同じにしていますが、おそらく、この見積もりは過剰なものだったと考えられます。他選手での、一様な撮影速度でのビデオ画像から解析したものでは、このような解析パターンのフォームの全重心速度は、一般に小さなものとなっています。

 まとめ

 ランニングフォームだけを見ると、それほど大きな違いがあるようには見えないかもしれませんが、このように、詳細重心解析によって、速度や加速度からの力を調べると、いろいろなことがうまくいっているフォームと、そうではないフォームとを、はっきりと見分けることができます。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, Dec 23, 2012)

 

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