高速ランニングフォームについてのエピソード
(22) Start Dash (Gay)
タイソン・ゲイ選手のスタートダッシュの技術を学ぼう

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 タイソン・ゲイ選手のスタートダッシュの画像

 解析のために用いた画像は、月刊陸上競技2009年11月号に掲載されていた連続写真です。次に示す記号のGay(1)からGay(3)は「連続写真@ 加速局面(10m〜20m付近)」からのもので、Gay(4)からGay(7)は「連続写真A 加速〜中間局面(20m〜40m付近)」からのものです。これらの画像は「CASIOハイスピードエクシリムEX-F1にて1秒間に30コマで撮影」されているそうです。
 Gay(1)のフォームは、スタートから10mほどのものですから、5〜7歩目あたりのものと思われます。ここまでの歩数は確かではありませんので、Gay(1)は「解析1歩目」と呼ぶことにします。

 画像コマのステックピクチャー

 図1として、解析1歩目から解析7歩目についての、画像コマのステックピクチャーを描きました。赤色は右を、青色は左を表わすために用いています。








図1 画像コマのステックピクチャー

 Gay(1)からGay(3)とGay(5)でのスウィング脚は「後方巻き上げ方」に近いものとなっています。Gay(4)とGay(6)とGay(7)では「直下引き付け方」になっています。スタートから何歩目かのところで、このような「後方巻き上げ方」をクセづけているようですが、このあたりでハムストリングスを肉離れしてしまう危険があります。このように、スウィング脚を「後方巻き上げ方」にするのは、もっと後方へと足を払うタイプのフォームを得意としている選手に多く見られることです。かつてのゲイ選手のランニングフォームは、もっと後方へと足を払うものだったと思われます。この画像が撮影された2009年ごろは、フォームを改良しようとしていたのでしょうか。

 有効詳細フォームとキックポイントのフォーム

 図2として、Gay(1)からGay(7)のキック局面における、有効詳細フォームとキックポイントのフォームを示します。このときの有効詳細フォームは、地面における接地がしっかり確定してから、身体重心の水平速度が最大値をとるキックポイントまでとしています。





図2 有効詳細フォームとキックポイントのフォーム

 それぞれにおいてキック棒重心(B)と全重心(G)とスウィング脚重心(S)を中の空いた円で表示しています。左の有効詳細フォームにおける、これらの3つの重心の軌跡を見てください。
 Gay(1)では3つとも下方へと向かっています。一般にスタートからの何歩かでは、このように、下へ向かって進もうとしているようです。
 Gay(2)では全重心(黒)がやや上向きになっています。ここから少し意識が変わったのかもしれません。純粋なスタートダッシュに続く、中間疾走へとつなげるための、「つなぎのフォーム」が始まってゆくところかもしません。
 Gay(3)からGay(6)では、全重心(黒)が水平になろうとしますが、しっかりとキックされているためキック棒重心(水色、濃い黄色)は上向きで、これを調整するため、スウィング脚重心(赤色、紺色)は下方にむかっています。ダウンスウィングです。
 Gay(7)では「中間局面」と名づけられているフォームへ移ったように思われます。スウィング脚重心の動きが水平なものとなっています。全体として前傾していますが、この後の解析で示されるように、このフォームにおいては、トップスピードのフォームの特徴をもったものとなっています。

 キックフォームの変化

 キック区間の最大速度となるキックポイントのフォームにおる、キック脚の太もも部分と脛部分の姿勢角(ここでは、下端で後方に引いた水平線からの立位角)に基づいた「フォーム分類グラフ」を、図3としてまとめました。





図3 キックフォームの変化

 右脚キックと左脚キックとでは、筋肉や腱の状態などによるクセがあって、それぞれに固有な変化をするようです。これらを観察するときは、同じキック脚についての変化を見るとよいでしょう。
 右脚キックでは、Gay(1)がピストンキックで、Gay(3)がガンマクランクキックですが、Gay(5)がデルタクランクキックへと少し戻ったあと、Gay(7)では、ベータクランクキックとなっています。
 左脚キックでは、ピストンキックに近い腰高のデルタクランクキックのGay(2)のあと、ガンマクランクキックに近い、やや腰高のデルタクランクキックのGay(4)となり、Gay(6)ではガンマクランクキックとなっています。とても分かりやすい変化です。
 全体的に、純粋なスタートダッシュでは、キック脚の膝関節を伸ばすピストンキックを目指しているものの、この「つなぎのフォーム」においては、ピストンキックから、デルタクランクキックを経由しつつ、ガンマクランクキックやベータクランクキックなどの、トップスピードランニングで得意とするフォームへと、少しずつ変えようとしているようです。

 総合水平速度グラフと加速力

図4は総合水平速度グラフと加速力についてまとめたものです。





図4 総合水平速度グラフと加速力

 縦線が入っていない中央の明るい領域が有効キック区間です。そこで中のつまった円で表示されているのが各重心の水平速度です。
 脚の左右によって色は異なりますが、上から、スウィング脚重心(紺色かエンジ色)、全重心(黒色)、キック棒重心(オレンジ色か水色)、キック脚重心(エンジ色か紺色)が基本となる4つの重心についてのものです。
 ピンク色は、スウィング脚重心の水平速度(dS)と、キック棒重心の水平速度(dB)の差 dS-dB です。
 最下部にあるのが、身体重心(G)とキック足の支点(O)を結ぶ線分である、キック軸(GO軸)の長さにおける変化を示したもので、負値のとき濃い黄色で、正値のとき緑がかった水色で表わしています。
 紺色の実線は、このキック軸(GO軸)の長さの変化から求めた加速度を、重力加速度(g=9.80 [m/ss])で割ったものです。GO軸に沿って、体重の何倍の力が作用しているかを表わしています。
 黒と緑と赤の実線は、それぞれの質量比を考慮して、黒が全重心水平速度(dG)、緑がキック棒重心水平速度(dB)、赤がスウィング脚重心水平速度(dS)についての、それぞれに作用する力を求めたものです。重力加速度で割って、それぞれの質量比を掛けてあります。
 濃い黄色の実線は、dS-dBから求めた作用力です。ランナーの感覚として、スウィング脚を速く動かそうとするときの力を求めようとしたものです。これも、重力加速度で割って、質量比の係数として0.25を掛けてあります。

 Gay(1)では、キック局面の後半においてスウィング脚が強く動かされています。しかし、全重心(黒)の速度は、あまり高まっていません。下のほうに小さく描かれている黒と緑の実線が、このことを示しています。
 キック脚の動きを見る紺色のキャップ型のパターンと、水平速度の加速を示す、黒緑赤と濃黄の線のパターンが、うまく調和しているのは、Gay(5)やGay(6)のものです。黒緑赤のパターンが「動物の爪」のようにも見えますので、紺色のキャップ型のパターンと合わせて、「キャップと爪のパターン」と名づけたいと思います。
 Gay(7)では、キャップのパターンのほうはよいのですが、爪のパターンのほうが小さくまとまりすぎています。どこかでキック力が吸収されているようです。
 Gay(2)からGay(4)の3つのフォームでは、キックの後半でスウィング脚の動きが無駄に大きくなっています。しかし、少しずつ、Gay(5)やGay(6)の状態へと調整しようとしています。
 ゲイ選手は、速く走ることができるフォームというものが分かっており、その状態へと、少しずつ変えてゆこうとしているということが、これらの解析によって明らかとなります。
 (Written by KLOTSUKI Kinohito, Dec 27, 2012)

 

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