高速ランニングフォームについてのエピソード(23) フォーム区分
100mスプリントのランニングフォーム区分をどのように意識するか

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 「高速ランニングフォーム」と名づけた、モーリス・グリーン選手やジャスティン・ガトリン選手の動きを真似ようとすると、他の選手がまるで止まっているかのようにスピードが急激に高まってゆく、中盤から後半にかけてのフォームに注目することになります。
 このような「高速ランニングフォーム」をマスターすれば必ず速く走れるはずと、かんたんに考えていました。そして、それは、どのようなメカニズムによって成り立っているのかということを見極めようとしてきたわけです。
 これまでの知識によって、スタートダッシュから中盤までの技術は確立しているのだから、日本人が得意とするスタートダッシュからの動きに、中盤から後半にかけてスピードが高められる「高速ランニングフォーム」をプラスすればよいだけのこと。このようにも考えていました。
 ところが、ことは、それほど単純なことではないということが分かってきました。スタートダッシュから有利に立って走りきろうとする、日本の従来型のランニングフォームと、中盤から後半にかけてスピードアップしようとする「高速ランニングフォーム」とは、たがいに利点と欠点をもっていて、スプリントランニング界において、たくみに「棲み分け」をしていたようなのです。

 100mの後半ではみんな減速するのか

 100mのスプリントランニングにおいて最大速度が得られるのは、レース中盤のあたりであって、それ以降は、みんな減速してゆくものであるという考えが、日本のスプリント界では支配的です(図1 (a) タイプA)。中盤以降、とくにレース後半で最大速度が得られるように「見える」のは、他の選手の減速の程度に比べ、比較的減速がおだやかなためであると説明されることもあります(図1 (c) タイプAの2パターンにおけるオレンジ)。
 これに対して、図1 (b) タイプBのようなスピード曲線で走るランナーは存在しないのでしょうか。かつて私がボランティアで指導していたNS選手は、ある100mレースにおいて、90m付近で爆発的に加速し、前を走っていた何名かを一気に抜き去って優勝したことがあります。前を走っていたランナーのスピード曲線は、おそらくタイプAだったのでしょう。しかし、NS選手もタイプAであって、たんに、減速のカーブがゆるやかだったとは考えられません。NS選手はタイプBのように、ラスト10mで最大速度を生み出したのではないでしょうか。
 げんみつに観測されているデータの中にも、タイプAやタイプBではなく、中盤からの速度が、ほぼ同じ値で100mまで走りきっているものがあります(図1 (d) タイプC)。確か、カール・ルイスのものだったと思いますが、これなども、「100mの後半ではみんな減速する」という仮説に反するものでしょう。


図1 さまざまなスピード曲線

 ランニングフォーム区分

 このような問題のためには、100mレースにおけるランニングフォームの区分を考えておく必要があります。
 それは、おそらく、スタートダッシュから始まります。レースとしての100mでは、クラウチングスタートの姿勢により、静止状態から走りだすということになっています。最後はフィニッシュ動作で終わることもありますが、そのまま走りぬけてもかまいません。それでは、それらの間には、どのようなフォーム区分が考えられているのでしょうか。
 たとえば「加速」、「トップスピード」、「スピード維持」、「減速」などの、スピードという基準で区別するものがあることでしょう。
 他にどのような視点があるのかと思って、資料を調べてみました。すると、図2のようなものが見つかりました[1]。


図2 ランニングの区分(100mの例)

 「スタート」とはスタートダッシュのことだと思われます。
 次の「ピック・アップ」というのは何のことでしょうか。現在、この言葉は、まったく別の世界で用いられています。ウェブで調べても、これか、と思えるようなものは見つかりません。私はスプリンターではなかったので、あまり確かだとは言えませんが、かすかな記憶によれば、この「ピック・アップ」は、キック後の脚について、膝で折って、かかとをお尻へと引きつける動作であったかもしれません。現在のランナーにおいても、ひょっとすると、このような動作を、この段階で意識しているケースがあるかもしれません。
 中間にある長い区間は「ストライド」となっています。おそらく、このときのピッチは、スタートからフィニッシュまで、常に高い状態で推移するのでしょう。その上で、Cでは次第にストライドが伸びてゆき、それに従ってスピードが高まってゆくということかもしれません。
 80mからの「ギャザー」という言葉は聞いたことがあります。何を集める(ギャザーする)のかというと、全身の力だったと記憶しています。このあたりではスピードが落ちてゆくものの、ここでもう一度、スタートダッシュでのように、キックやスウィングに力をこめて、スピードを高めようとするということだったかもしれません。100mハードルや110mハードルで10台目のハードルを越えたあとは、このような、力をこめたダッシュを試みていました。100mなどでは「ラストスパート」という言葉が使われていたかもしません。
 「フィニッシュ」というのは10mも要することではないかもしません。これは、ゴールの判定が、ランナーの上半身における「胸」の全面によって行われるというルールのための動作です。上半身をきょくたんに前傾させます。この動作のため、両腕を後方へと振ります。スピードスケートでのゴールの判定は、スケートの刃の先端なので、片脚だけを突きだすという動作になります。いずれも、かなり不自然な動作なので、ゴールのあと倒れたりすることもあります。
 さて、図2に示した「区分」は、ランナーがどのように意識して、どのような動作を試みてゆくのかという視点でまとめられています。このような「区分」を、そのまま受けいれるかどうかではなく、このような「視点」を参照し、それでは、「高速ランニングフォーム」をマスターしようというランナーが、どのような意識をもって、どのような動作を試みてゆくことになるのかということを考えてゆきたいと思います。

 高速ランニングフォームにおけるフォーム区分

 高速ランニングフォームは、たとえトップスピードに近いレベルにあったとしても、さらに加速してゆくことができる。そのように考えてしまいたくなるものでした。このフォームのことを知る以前においては、スプリントランニングというものは、図1のタイプAのように、スタートダッシュに続く、50mか60mあたりのところでトップスピードとなり、そこからは、どうあがいても減速してゆくだけでと思っていました。ところが、世界の一流スプリンターの中には、タイプCやタイプBのように、自由自在に加速できるランナーがいたのです。
 このような現象のメカニズムについて、ここで繰り返そうとすると、ここでの考察がいつまでたっても終わらないことになりそうです。これまでの研究によって、「たとえトップスピードに近いレベルにあったとしても、さらに加速してゆくことができる」ということは、不可能なことではないことが分かってきました。ただし、かなり微妙な条件をクリア―してゆかなければならないので、誰でもがかんたんにマスターできるというものではありません。また、ランニングの基礎能力に応じて、それなりの上限もあります。ただ、まったく不可能なことではないということと、トレーニングして変化してゆけるという可能性が見えてきたということなのです。
 「高速ランニングフォーム」をマスターしようというランナーが、どのような意識をもって、どのような動作を試みてゆくことになるのか。このような視点に基づいたときの100mのフォーム区分は、次の4つとなります。[〜]は「関係する」という意味の記号とします。→は「変化する」という意味です。

 T) スタート(Start Zone) [〜] ピストンキック(P)
 U) つなぎ加速(Joint Zone)[〜] P→δ(デルタクランクキック)→γ
 V) 本加速(Main Zone)  [〜] ガンマクランクキック(γ)
 W) ラスト(Last Zone)  [〜] ベータクランクキック(β)

 T) とU) のおおよその歩数は、それぞれ数歩程度と思われます。V) とW) の区分の距離はランナーによってまちまちなものとなりそうです。V) のままでゴールするランナーもいることでしょう。V) を短くして、W) でほとんど走りきってしまうランナーもいるかもしれません。
 しかし、高速ランニングフォームで走ろうとするランナーにとって、U) のつなぎ加速は不可欠なものとなります。なぜかというと、ガンマクランクキックやベータクランクキックをベースとした、高速ランニングフォーム(サバンナキック)で走ろうとしても、スタートの何歩かにおいてはピストンキックをやらざるをえないからです。スタートの1歩目からガンマクランクキックというのは、100mレースでは無理なことです。ですから、スタートにおけるピストンキックから、本加速でのガンマクランクキックに変化するためには、これらの間に、「P→δ(デルタクランクキック)→γ」と少しずつ移ってゆく、つなぎ加速の区間が必要なのです。
 スタート(Start Zone)とつなぎ加速(Joint Zone)をセットと見なし、広義のスタートダッシュとして考えることもできますが、ここでは、ランニングフォームを「固定できるか」「変化させなければならないか」という認識をもつために、言葉上2つに分類することにしました。おそらく、ランナーの意識としては、セットにしてとらえることでしょう。
 これに対して、本加速(Main Zone)とラスト(Last Zone)の変化は、わずかな違いです。ガンマクランクキック(γ)とベータクランクキック(β)の、どちらのフォームのほうが得意なのかということだけかもしれません。ただ、よりスピードが高まったときは、GO前傾角がより小さい、ベータクランクキック(β)のほうが、加速する可能性が大きくなります。ただし、キックのタイミングが難しいことや、キック時間がさらに短くなるので、ガンマクランクキック(γ)に比べ、ベータクランクキック(β)のほうが技術的に難しくなります

 従来のホイールキックにおけるフォーム区分

 何年か前の、日本のトップスプリンターは、男女ともに、ホイールキックのフォームでした。キックの瞬間までのキック脚の動きを調べたとき、鉛直方向の速度が優勢なのが高速ランニングフォーム(ドライブキック)で、水平方向の速度が優勢なのがホイールキックです。キック脚の動きが、車輪のイメージに似ていたので、ホイール(車輪)キックと名づけたわけです。
 従来型ランニングフォームのホイールキックにおけるフォーム区分は、次のようになると考えられます。

 T)  スタート(Start Zone) [〜] ピストンキック(P)
 V)  本加速(Main Zone)  [〜] Pかデルタクランクキック(δ)
 W)  ラスト(Last Zone)  [〜] Pかδ

 ホイールキックの中心的なフォームは、ピストンキックか、ピストンキックに近い状態でのデルタクランクキックなのです。
 このとき、スタートから本加速へのフォームの変化は大きくありません。変わるとしても、比較的スムーズなものとなります。ですから、スタートダッシュに続く加速も、あまり問題なくできてゆきます。ですから、ホイールキックでは、U) としての、つなぎ加速(Joint Zone)なぞというものは存在しません。
 ピストンキックやデルタクランクキックの加速メカニズムは、ガンマクランクキックやベータクランクキックのものとは異なります。ガンマクランクキックやベータクランクキックをベースとした高速ランニングフォームでは、あくまで、キック脚のバネが中心的なものとなります。ところが、ピストンキックやデルタクランクキックにおいては、スウィング脚の効果が主に利用されているのです
 スウィング脚の効果は、小さな質量に基づいているので、キック脚の出力に比べて、スウィング脚の出力のほうは、比較的たやすくピークを迎えがちです。言い換えれば、キック脚の出力のほうが、困難さが大きな分、より、加速のための可能性を残しているのです
 このホイールキックにおいては、いつまでも加速できるというわけではなく、ラスト(Last Zone)では、スピード維持か減速という状況を受け入れなければならないということになります。

 ホイールキックと高速ランニングフォームの「棲み分け」

 ホイールキックはピストンキックとして始まるスタートダッシュから、それに近いフォームであるデルタクランクキックによってスピードを高めてゆき、そのスピードを維持しようとします。このため、ホイールキックではスタートダッシュからトップスピードへと変化することが比較的スムーズに進みます
 高速ランニングフォームにおいても、スタートダッシュはピストンキックで行わなければなりません。しかし、トップスピードになるための本加速のフォームは、ピストンキックとは大きく異なる、ガンマクランクキックやベータクランクキックです。このため、スタートダッシュ本加速の間に、これらのフォームの変化を中継する、つなぎ加速の状態を必要とします。これには何歩かを使うことになります。そして、このような変化においては、いくらかのぎこちなさが伴います。実際にやってみると、うまくスピードが高まってゆかないものです。しかし、スピードをもっと高めやすいガンマクランクキックとなるには、どうしても必要なものです。
 このような、たがいの異なる状況のため、スタートダッシュに続く前半部分では、ホイールキックのほうが有利です
 しかし、このような状況は、中盤から後半にかけて変わってゆきます。
 ホイールキックでは、トップスピードに達したあと、それまでにエネルギーを使いすぎたため、後半もスピードを維持してゆくための、大きな、また、時間的にも永い、スウィング脚の動きを続けてゆくことが難しくなります。
 これに対して、高速ランニングフォーム(サバンナキック)のほうでは、キックの時間が短いものとなっていますから、エネルギーを使いきっていません。スウィング脚の動きも、キック脚の短い出力に合わせるので、このフォームのメカニズムにとって無駄なところでは、むやみに速く動かすことはしません。そして、このフォームにおいては、力の大きさや持続ということよりも、タイミングと集中ということが問題となってきます。出力は少しずつであっても、確実に加速できればよいのです
 このような、たがいの異なる状況のため、中盤から後半にかけては、高速ランニングフォーム(サバンナキック)のほうが有利です

 スピード曲線の謎について

 「100mのスプリントランニングにおいて最大速度が得られるのは、レース中盤のあたりであって、それ以降は、みんな減速してゆくものである」という考えは、ホイールキックのランニングを説明するためのものです。ホイールキックとは、ランニングのメカニズムが異なり、出力エネルギーの使い方も異なる高速ランニングフォーム(サバンナキック)においては、「レースの中盤から後半においても、最大速度を生み出してゆける」のです。
 もちろん、すべてのことは、現実的な能力の違いによって、さまざまな現れ方をしますから、ここで考えたことがいつもそのまま起こるとはかぎりません。ここで指摘したような利点や欠点も、もっとげんみつに定量的に評価してゆけば、どちらに傾くことになるのか容易には決めることができません。おそらく、どちらのフォームにも、優れたパフォーマンスを生み出す可能性はあるのだと思われます。
 これらのフォームについて研究してきた私としては、体力的な面で若いころの状態に戻れるはずはないということもあり、技術的には難しいものであるほうにチャレンジして、どこまでなぞってゆけるのかということに関心があって、高速ランニングフォーム(サバンナキック)で走るということに心を向けているのかもしません。
 それよりも、きっと私にとっては、走る速さのことより、これまで分からなかったことを明らかにできるかもしれないということが、何より楽しいのに違いありません。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, Jan 15, 2013)

 参照資料

[1] 「高校生の陸上競技」(全国高体連 陸上競技部編, 講談社スポーツシリーズ1981)の「短距離」(p49)、「ランニングの区分 @100mの例」より

 

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