高速ランニングフォームについてのエピソード(28) ランナーの何が違うか
100mが10秒台のランナーと11秒台のランナーとでは何が違うのか

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 高速ランニングフォーム(サバンナキック)と認められるようなランニングフォームで走る選手を3名取りあげます。
 一人目はTS選手で100mが11秒台のランナーです。TS選手の解析データはたくさんあります。ただし、解析に用いた画像がビデオ画像なので、速く動いているところの描写に難点があります。そこで、これらの解析データを、左右キックフォームごとに平均した値を用いることにします。
 100mを10秒台で走る選手として、桐生祥英選手と山縣亮太選手を選び、それらの解析データを用います。これらはいずれも月刊陸上競技に掲載されていた連続写真で、カシオデジタルカメラ「ハイスピードエクシリム EX-F1」によって撮影されたものです。これらのデータは数歩ずつしかありませんが、細部まできちんと写っているので、解析データとしての信頼性は高いものです。

 解析のための指標

 解析のための指標について説明します。図1はランニングフォームの一例です。これは左脚キックフォームです。


図1 ランニングフォーム(Ymg3L)


図2 Ymg3Lの各重心(B, G, S, K)とSO前傾角やGO前傾角など

 図2の左は画像コマ間を10分割して再構成した詳細フォームに、B(キック棒重心)、G(全重心)、S(スウィング脚重心)、K(キック脚重心)を描いたものです。キック棒というのは、全身からスウィング脚を取り除いたものです。キック脚と上半身をあわせて棒のように見なしたものです。
 図2の右はGの最大速度が得られる瞬間と定義してあるキックポイントのフォームです。G高とは、全重心の地面からの高さです。SO前傾角とGO前傾角は、図2のように、キック足の支点Oから上に伸びた鉛直線から測った、SOやGOの角度のことです。あとで、SO-GOという値を考えますが、このときのデータでは16-11=5 [度]となります。
 図2の左に、それぞれの重心を描いてありますが、これらの座標位置は、身体各部の長さや姿勢角の違いによって、げんみつに求められます。この座標位置について、水平成分の値の差を求めたものが、水平速度となります。全重心(G)の水平速度をdGと表わします。他の重心の水平速度も、このようにして求めます。これらのdS, dG, dB, dKや、dSとdBの差dS-dBが、次の図3に描いてあります。
 図2の右にGとOを結ぶGO軸が描いてあります。これについての長さも、げんみつに求めることができます。その座標からGO軸に沿った長さの変化を求めます。dGOという値になります。さらに、この値の変化から加速度aGOを求めます。これをそのまま表示するのではなく、重力加速度gで割ったものを、GO加速度比aGO/gとして、図3のグラフに描いてあります。グラフの下にある他のいろいろな値は、ほとんどがキックポイント(赤い縦点線位置)での値ですが、aGO/gについては、それとは関係なく、最大値Maxを指標として用います。


図3 総合水平速度グラフの各指標
dは水平速度、aは水平加速度、gは重力加速度のシンボル記号

 ランナーの何が違うか

 100mが10秒台のランナーと11秒台のランナーとでは何が違うのかということを、上記の指標を手掛かりとして調べます。多様なフォームのランナーについて調べると、あまりに複雑な要素が入り込んできます。そこで、ここでは、高速ランニングフォームに限って、それをうまく使っているランナーのデータを比較します。10秒台のランナーは2人だけですし、11秒台のランナーは1人だけですが、このことにより、問題点が現れやすくなったかもしれません。


図4 全重心水平速度(dG)とスウィング脚重心水平速度(dS)

 図4は全重心水平速度(dG)とスウィング脚重心水平速度(dS)について調べたものです。TSALLは、TS選手の3つのランニング(TSON, T23, T211)についての全データを表示したものです。色の薄いものが古く、濃いものが新しいものです。塗りつぶされているほうが右脚キックフォームで、塗りつぶされていないものは左脚キックフォームのものです。
 TSKYは、TS選手のデータについては、時系列と左右キックフォームごとに平均値を求めたもので、K(桐生選手, 赤色)とY(山縣選手, 緑色)のデータを加えたものです。
 (b) TSKYを見ると、dSとdGの関係が、ほぼ直線に乗っているかのように、強い正の相関があると分かります。
 それなら問題は簡単で、100mが11秒台のTS選手は、10秒台の選手のような、dSが13〜15 [m/s] となるように、もっとスウィング脚をすばやく動かせばよいと考えることになるかもしれません。
 ところが、問題は、それほど簡単なものではないのです。次のデータを見て下さい。


図5 dSとdBの差(dS-dB)とスウィング脚重心水平速度(dS)

 先に(b) TSKY を見ると、dSとdBの差(dS-dB)については、濃紺で示したTS選手の(最近の)データでは、10秒台の選手と同じくらいのレベルに達しているのです。
 K選手もY選手も、実は、スウィング脚の使い方がまだ洗練されていません。それなのに、dSの値は大きなものとなっているのです。
 dSの値は確かにdGと強い相関をもっています。大きなdSの値は、ランニングスピードのdGを生み出すものとなるはずです。
 しかし、キック棒重心(B)から見たスウィング脚重心(S)の相対速度としてのdS-dBについて、ここ最近のTS選手は、かなり大きな値を生み出しているのです。

   キック脚についても調べましょう。
 GO軸に沿った方向で、GO軸がどのように長さを変えるかをdGOとして求めました。そして、このような変化を生み出すもととなった力や加速度を、aGO/gという値で求めました。図6はGO軸加速度比(aGO/g)とキック棒重心水平速度(dB)について調べたものです。


図6 GO軸加速度比(aGO/g)とキック棒重心水平速度(dB)

 (a) TSALLでは、雲のようにプロットが広がっています。色の薄い、初期のころのランニングでは、同じくらいのdBの値で、横に(aGO/gの色々な値で)一様に広がっていました。このころの問題点は、スウィング脚とキック脚の出力がバラバラで、力をうまくスピードへと結びつけられないというものでした。そのような問題点と、それを改善する方法を心がけてゆくことにより、右脚キックフォームでは、aGO/gとdBが少し関係づくようになりました。しかし、左脚キックフォームでは、あまり改善されていません。
 GO軸加速度比(aGO/g)は、ひじょうに複雑な関係性をもつ指標のようです。この値が単独でどのような効果を生み出しているか、まだ、よく分かっていません。私自身で実験して、ある程度大きなaGO/g値を生み出すことができるようになりましたが、ランニングスピードは、期待したほど大きくなりませんでした。これについて調べたところ、鉛直方向の速度も大きくしてしまっていて、水平速度へと変換できていないということが分かりました。そこで、このようなキック脚の出力をランニングスピードへと変換するには、スウィング脚をダウンスウィングとすることと、キックの出力にあわせて、スウィング脚も瞬間的に力を加える必要があると想定しました。
 このような考えに基づいて、GO軸加速度比(aGO/g)の大きさだけではなく、スウィング脚重心水平速度(dS)も組み合わせて、「キック・スウィング指標」というものを考えることにしました。

 「キック・スウィング指標」とは、GO軸加速度比(aGO/g)の値と、スウィング脚重心水平速度(dS)の値とを、単純に掛け合わせたものです。グラフではaGO/g(*)dS と記しています。(aGO/g)×dS でよかったのかもしれません。


図7 キック・スウィング指標と全重心水平速度(TSKY)

 かなり直線的に並ぶようになりました。このキック・スウィング指標 aGO/g(*)dSの値として80を超えるということが、100m11秒台のランナーとしては、目標なり課題となるかもしれません。
 このとき、dSを大きくできれば、それを達成するように向かってゆけばよいのでしょうが、TS選手の場合、ランナーの内的な出力としてのdS-dBは、(右脚キックについては)かなりの値を生み出しています。
 このキック・スウィング指標 aGO/g(*)dSのファクターとして、もう一つ、aGO/gが残っています。図6(a)TSALLを見ると、最近のものでの右脚キックフォームに限定しますが、aGO/gの大きな値をTS選手は生み出しているのですが、dBへとつながってゆきません。ここには何か違いのようなものが潜んでいるかもしません。
 その手がかりとなるかもしれない相違点があります。次の図8と図9を見てください。



 図8はGO前傾角とdG(TSKY)です。TS選手はGO前傾角が10度から15度のあたりに(平均値が)あります。Y選手も似た状況ですが、K選手の右脚キックフォームは10度のところにあります。
 図9のSO-GOとdG(TSKY)のグラフでは、SO-GOの値が明らかに異なっています。TS選手のほうが大きいのです。これは、キック脚の出力とスウィング脚の出力がうまくあっていないことによるとも考えられます。
 キック脚における力の生み出し方に問題があるか、スウィング脚における力の生み出し方に問題があるのか、このあたりに何らかの工夫を加える余地が潜んでいます。
 まずは、力の集中であり、さらには、パワーの強化ということでしょう。
 TS選手の場合、スウィング脚については、かなり速く動かせています。これに比べて、キック脚の伸張反射の反応が比較的遅いように思えます。このときの力の生み出し方が不十分なのかもしれません。
 高速ランニングフォームにおいては、ベータクランクキックに近づくにつれて、キックそのものの時間が短く感じられ、それに応じて、キックの感覚がもっと軽くなってくるものです。あまり力を込めていないのに、速く走れているという状態があるのです。スウィング脚をとくべつ速く動かしているわけでもないのに、まるで雲に乗って飛んでいるかのように、すいすいと進んでゆくというものです。スキップCというドリルをがんばって100mで何本もこなそうとしていたころの、翌週のトレーニングで、このような感覚を味わったことがあります。筋力の強化がうまくいったときでないと体験できないのかもしません。
 このような、ベースとなる筋力の大きさや筋スピード(まとめて筋パワー)、あるいは筋の持久力などが、これらの差を生み出しているとしたら、技術ではなくスプリントランニングのための基礎体力をどのようにして高めてゆくかということになります。

 まとめ

 100mが10秒台のランナーと11秒台のランナーとでは何が違うのか。

 (1) スウィング脚重心の水平速度dSの値が違います。およそ13 [m/s] のあたりに境界がありそうです。
 (2) キック棒重心を基準としたときの、ランナーからの相対的なスウィング脚の動きを求めたdS-dBの値を調べると、11秒台のランナーと10秒台のランナーとでは、あまり大きな差はありません。このことと(1)を合わせて考えると、10秒台のランナーでは、ベースとなる慣性スピードが、すでに大きなものとして得られているということになります。
 (3) キック脚のバネの指標としてのaGO/gでは、明確な境界は確認できないものの、10秒台のランナーのフォームにおいては、ときとして、するどく大きなaGO/gのキャップパターンが認められることがあります。
 (4) キック脚のバネの指標としてのaGO/gだけでなく、これとdSを組み合わせたキック・スウィング指標aGO/g(*)dSを調べると、これの値での 80 あたりに境界がありそうです。

   これらのことを総合的に判断すると、トップスピードのランニングフォームの違いとしては、10秒台のランナーと11秒台のランナーとでは大きな差異はないように思えます。しかし、dGはもちろん、dSなどの絶対値に大きな差があるということから、ベースとなる慣性スピードを大きくしてゆくところに、本質的な違いがあるように思えます。加速段階での、一歩ずつの加速レベルの出力や動きが、どのように違うのかということを調べてゆく必要がありそうです。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, Feb 15, 2013)

 

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