高速ランニングフォームについてのエピソード(29) ヒップドライブ
100m10秒台と11秒台のランナーとではヒップドライブの能力が違う

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 スプリントランニングのパフォーマンスの違いを明らかにするため、新たな言葉としてヒップドライブというものを提案します。このように名づけた動きというものは、これまでにも知られていたと思われます。しかし、このような動きが、具体的な解析データとして取り上げられ、くわしく論じられてきたかどうかは、あまり確かなことではないと思われます。
 ここでは、ヒップドライブという動きが、これまで解析してきた、いろいろな要素と、どのような関係があるのかということを明らかにしてゆきます。

 解析の流れ

 図1の@は、キック局面のキックポイント前後を、あわせて1/30秒の時間差で描写したものです。1/30秒というのは、通常のビデオ2コマ間に相当します。T(トルソ、ここでは両腕を含めた上半身)、G(全身)、S(スウィング脚)、K(キック脚)の4つの重心を描きました。これまでは、S(スウィング脚)とB(キック棒)からG(全身)を構成するという視点で解析してきましたが、ここでは、B(キック棒)を、T(上半身)とK(キック脚)とに分けて考えることにするわけです。
 瞬間(添え字)0から瞬間(添え字)1までの重心座標位置の距離を調べれば、この重心の速度ベクトル(vTなど)を求めることができます。このときの速度ベクトルは平面内で測定しています。


図1 解析の流れ

 図1のAで例示したように、このベクトルvTの水平成分をdTと表わすことにします。他の重心についても、この記号規則をあてはめます。
 図1の@では、1/30秒についての変化を示しましたが、詳細重心解析では、これの1/10である、1/300秒ごとのフォームを再構成して、これらの詳細な重心を求め、これについての変化を図1のBのグラフに示します。
 図1のBのグラフの上から順に、dS(スウィング脚重心の水平速度)、dT(トルソ重心の水平速度)、dG(全重心の水平速度)、dK(キック脚重心の水平速度)がプロットしてあります。
 さらに、これらの水平速度の差を求めたものがあります。dS-dBdT-dKです。dBは、ここでのグラフには描いてありませんが、キック棒(上半身とキック脚をあわせたもの)重心の水平速度です。dS-dBという値は、ランナーの感覚として、自分の体の中で、スウィング脚を取り去ったあとの部分であるキック棒に対して、スウィング脚をどのように速く動かしているかということを表わします。これに対してdSという値は、ランナーを外から観察したときのスウィング脚重心の動きです。
 これと同じような関係で、ランナーのキック脚重心の水平速度dKに対して、上半身(ここではトルソT)の重心の水平速度dTが、相対的にどれくらいの値で動いているかということを調べようとしたのがdT-dKというものです。  このdT-dKヒップドライブに対応する指標です。
 図2のフォーム@からフォームAへと変化するとき、赤い右脚の太ももが、90度以下の姿勢角(膝から後方への水平線から測った太ももの角度)から90度以上の姿勢角へと変わっています。「股関節の動き」などとも表現されることがあります。「腰を入れる」といわれることもあります。このときの変化を何が生み出しているかというと、おそらくは、ヒップを構成している大臀筋だろうと考えられます。そこで、このときの動きを「ヒップドライブ」と呼ぶことにしました。
 そして、このヒップドライブを観測値として、どのような指標を用いて調べることができるかと考え、dT-dKを調べることにしたのです。このdT-dKヒップドライブ速度と呼ぶことにします。



 図1のBでまだ説明していない要素があります。dGOaGO/gです。
 図3において、GO軸を示しました。これの長さを1/300秒ごとの詳細フォームについて求め、長さの変化を速度としたものがdGOです。プロットグラフでは、GO軸の長さが短くなる負の速度のときは「濃い黄色」で、長くなる正の速度のときは「緑がかった水色」で表わしています。
 さらに、これを時間微分して加速度aGOを求め、重力加速度gで割って、体重の何倍の力に相当するかを求めたものがaGO/gです。
 図1のBの縦の点線は、dGが最大値をとるときで、このキック局面におけるキックポイントの時間位置を示しています。

 100m10秒台と11秒台のランナーとではヒップドライブの能力が違う

 図4は「11秒台のランナーにおけるdT-dK(ヒップドライブ速度)とdG(全重心水平速度)」を調べたものです。薄い青色から濃い青色のプロットはTS選手[1] の平均値、ピンク色はDoi選手[2] の各キックフォームからのものです。塗りつぶされているものは右脚キックで、塗りつぶされていないものは左脚キックです。
 100mが11秒台のランナーの場合、dG(全重心水平速度)は10 [m/s]以下の値です。dG(全重心水平速度)とdT-dK(ヒップドライブ速度)の関係として、正の相関をもっていることが分かります。


図4 11秒台のランナーにおける dT-dK(ヒップドライブ速度)とdG(全重心水平速度)


図5  10秒台と11秒台のランナーにおける dT-dK(ヒップドライブ速度)とdG(全重心水平速度)

 図5は、さらに10秒台のランナーをプロットしたものです。緑色はYmg選手[3]、赤色はKry選手[4]、濃い黄色は2010年のOst選手[5]、こげ茶色は2012年のOst選手[6]です。
 緑色Ymg選手の左脚キックフォームのプロットで、左上にひとつ、異常なデータがあります。これは、大きな速度で走っているときの、少し力が抜けている、慣性フォームでした。形式的に、これもプロットしましたが、他のフォームとはやや異なるものとなりますので、無視してもよいかと思われます。
 このひとつの異常値をのぞけば、他のランニングフォームにおけるプロットは、dT-dK(ヒップドライブ速度)とdG(全重心水平速度)に正の相関があることを示しています。
 図5に描いた赤い斜線は、相関の回帰直線ではありません。Ymg選手の異常値を無視したときの、残りのプロットについての上限線と呼ぶべきものです。他にもいろいろとdG(全重心水平速度)の値を低く抑えてしまう要素はあるかもしれませんが、それらをほぼ改善できたときの、理想的なランニングフォームでの条件を示しているものと考えることができます。
 この上限線の下側にあるフォームでは、何らかの問題点があると想定されるわけです。
 11秒台のランナーと10秒台のランナーの理想的なランニングフォームでの条件を示す上限線で考えると、dT-dK(ヒップドライブ速度)は、11秒台のランナーでは4 [m/s] 以下で、10秒台のランナーでは4 [m/s] 以上です。ここのところに、11秒台のランナーと10秒台のランナーの境界があります。

 ヒップドライブの能力を高めるためには?

 11秒台のランナーと10秒台のランナーにおいて、dT-dK(ヒップドライブ速度)に違いがあるということが分かったわけですが、これは、ある程度予想されていたことかもしれません。
 しかし、ここで、このようなdT-dK(ヒップドライブ速度)という指標が明らかになったということは、このヒップドライブの能力を高めるために、いったい何をどのようしてゆけばよいのかということを調べる手がかりが得られたということにもなります。


図6  10秒台と11秒台のランナーにおける dT-dK(ヒップドライブ速度)とaGO/g(GO軸加速度比)

 図6は、dT-dK(ヒップドライブ速度)とaGO/g(GO軸加速度比)について調べたものです。ほぼ正の相関があるということが分かります。
 aGO/g(GO軸加速度比)というのは、全重心(G)とキック足支点(O)によるGO軸に沿って作用する加速度(aGO)が重力加速度(g)の何倍かということを求めたものです。ランナーの質量は変化しませんから、この値は、GO軸に沿って作用する力と比例しています。
 図1にaGO/g(GO軸加速度比)の実線キャップパターンが示してあります。これまで、この実線キャップパターンの高さが、ランニングにおける、どのような要素と結びついているのかは、よく分からなかったのです。
 しかし、図6により、dT-dK(ヒップドライブ速度)と強く関係しているということが明らかになりました。これは貴重な手掛かりです。
 このaGO/g実線キャップパターンを大きくするためにはどのようにすればよいかということは分かっています。さらには、実験的にいろいろなことをやって、この解析システムで調べることにより、aGO/g実線キャップパターンを大きくできる動きを探せばよいのです。


図7  10秒台と11秒台のランナーにおける dT-dK(ヒップドライブ速度)とdS-dB(相対スウィング速度)

 dT-dK(ヒップドライブ速度)と強い関係があるものだけでなく、関係が無いというものを見出すことにも、ある種の意味があります。
 図7は「10秒台と11秒台のランナーにおけるdT-dK(ヒップドライブ速度)とdS-dB(相対スウィング速度)」を調べたものです。
 ランナーを外から観察したときの絶対的な速度ではなく、ランナーという孤立系の中での相対速度として、これまでに、dS-dB(相対スウィング速度)を調べていました。これと、今回新たに調べた、ランナーという孤立系の中での相対速度であるdT-dK(ヒップドライブ速度)との関係を調べたわけです。
 このプロットの相関係数を求めると、ほぼ0に近い値が出ると思われます。つまり、相対スウィング速度(dS-dB)と、ヒップドライブ速度(dT-dK)とは、互いに影響しあわない、独立したものなのです。
 しかし、相対スウィング速度(dS-dB)も、ヒップドライブ速度(dT-dK)も、それぞれ独自に、全重心(G)の水平速度(dG)、すなわち、ランナーのランニングスピードに影響します。
 これらのことから、スプリントランナーがより速く走るためには、相対スウィング速度(dS-dB)と、ヒップドライブ速度(dT-dK)という、互いに独立した2つの能力を高めてゆくトレーニングをする必要があるということです。


図8  10秒台と11秒台のランナーにおける
dT-dK(ヒップドライブ速度)とdS-dB(相対スウィング速度)での、上限線(赤)と下限線(青)

 図8は「10秒台と11秒台のランナーにおけるdT-dK(ヒップドライブ速度)とdS-dB(相対スウィング速度)での、上限線(赤)と下限線(青)」です。図7に上限線(赤)と下限線(青)を加えたものです。
 このような補助線を加えてみると、全体としての相関がないと思われるものに、2つの極としてのブランチ(枝)がありそうだと思えてきます。
 ピンク色のプロットはDoi選手のものですが、見事に、下限線に沿っています。dT-dK(ヒップドライブ速度)が大きくなるにつれて、dS-dB(相対スウィング速度)が小さくなるというものです。
 上限線を構成しているのは複数のランナーですが、こちらのケースではdT-dK(ヒップドライブ速度)とdS-dB(相対スウィング速度)に正の相関があるということになります。
 これ以上の詳しい解析は、今後の課題としておきますが、このような違いを調べてゆくことにより、さらに具体的なノウハウが見つかるかもしれません。

 まとめ

 ランニングフォームを重心で詳しく調べるときの、上半身の重心(T)とキック脚の重心(K)の、相対的な水平速度の差をdT-dK(ヒップドライブ速度)として、これと他の要素との関係を調べました。
 dT-dK(ヒップドライブ速度)は、dG(全重心水平速度)と強い正の相関がありました。
 また、dT-dK(ヒップドライブ速度)は、aGO/g(GO軸加速度比)とも正の相関がありました。
 さらに、dT-dK(ヒップドライブ速度)は、全体的に見たとき、dS-dB(相対スウィング速度)とは相関がないようでした。
 これらのことから、ランナーのランニングスピードであるdG(全重心水平速度)を大きくするためにはdT-dK(ヒップドライブ速度)を大きくする必要があります。
 そして、そのdT-dK(ヒップドライブ速度)を大きくするためには、aGO/g(GO軸加速度比)が大きく現れるような動きを追求するとよいことが分かりました。
 dT-dK(ヒップドライブ速度)とdS-dB(相対スウィング速度)について調べたところ、おおよそ、これらの要素は独立したものであることが分かりました。このことにより、これらの要素は、それぞれの方法でトレーニングする必要があるということになります。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, March 2, 2013)

 参照資料

[1] TS選手 / 名称不明 / 2012年1月〜2月におけるランニング画像に基づいて解析
[2] Doi選手 / 土井杏南選手 / 月刊陸上競技2011年10月号、同2012年7月号に掲載された連続写真に基づいて解析
[3] Ymg選手 / 山縣亮太選手 / 月刊陸上競技2013年1月号に掲載された連続写真に基づいて解析
[4] Kry選手 / 桐生祥英選手 / 月刊陸上競技2012年11月号に掲載された連続写真に基づいて解析
[5] 2010年のOst選手 / 大瀬戸一馬選手 /月刊陸上競技2010年12月号に掲載された連続写真に基づいて解析
[6] 2012年のOst選手 / 大瀬戸一馬選手 /月刊陸上競技2013年3月号に掲載された連続写真に基づいて解析

 

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