高速ランニングフォームについてのエピソード(30)
相対スウィング能力やヒップドライブ能力などのスピード能力3要素

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

「スポーツ解析」ブランチページへもどる

 ヒップドライブとは?

 「ハードルの着地で腰を入れる」という動作があります。腰を前方へと意識的に動かすものです。一般のスプリントランニングフォームにおいても、このような、腰を前方へと動かす動作が大きく組みこまれているとき、そのランナーは大きなスピードをもっています。
 ランナーを横から見たとして、首(N)、腰(W)、キック脚の膝(K)という3点により、半直線NWとWKがつくる角を考えます(図1)。キックフォームにおいて、この∠NWKが変化します。このような変化をもたらす原動力の中心的なものとして、ヒップの筋肉がかかわっていると考えられます。そこで、このような動きをヒップドライブと呼ぶことにしました。



 ヒップドライブの様子を観察するとき、図1や図2の角度を調べるという方法があります。
 図1ではヒップ角として∠NWKを、図に示したように定めました。ヒップドライブは、このヒップ角が小さくなることに対応づけることができます。
 図2では胴体角(a)と太もも角(b)を考えました。ヒップ角をhとおくと、h = a + ( 180 - b ) という関係になります。胴体角(a)はあまり変わらないようで、おもに、太もも角(b)が大きくなることにより、ヒップ角が小さくなるようです。  このような角度によって観察することが、これまで多く行われてきたようですが、これだけだと、運動としての力学的な意味を考えにくくなります。
 そこで、次の図3と図4に示したような、身体各部の重心に基づいた、重心速度によって、ヒップドライブに対応するものを考えます。物理的には速度ベクトルを考えるべきですが、スプリントランニングにおいては、水平方向の速度が成績に強く結びつきますので、速度ベクトルの水平成分をdTやdKとして取り扱います。dTは上半身重心(T)の水平速度です。dKはキック脚重心(K)の水平速度です。
 このような観測値dTとdKから、それらの差dT-dKを求めます。このdT-dKは、キック脚の膝から上の太もも部分と、さらに上半身を合わせた部分が、ヒップドライブにより、新たに生み出した速度であると考えることができます。
 このような理由で、dTとdKの差dT-dKをヒップドライブ速度と呼ぶことにして、この値について詳しく調べてゆくことにします。



 ヒップドライブ速度の役割とは?

 ヒップドライブ速度(dT-dK)の役割について考えます。
 図5のように、上半身重心(T)と、キック脚重心(K)から、キック棒(上半身とキック脚)重心(B)が、質量配分に基づいて決められます。およその質量配分として、全質量をMとしたとき、上半身はM/2くらいで、キック脚はM/4くらいとなります。TとKの質量比は2対1なので、Bとの距離の比は1対2となります。



 図6では、キック棒重心(B)とスウィング脚重心(S)から、質量配分に基づいて、全重心(G)が決まることが示されています。キック棒とスウィング脚の質量比はおよそ3対1となりますので、全重心との距離の比は1対3となります。
 独立した要素としては、dTとdKとdSから、これらをまとめたdGが決まると考えることになります。しかし、これは、ランナーを外から観察したときの理解方法です。


図7 ランナーのスピード能力3要素 

 ランナーの立場にたったときは、まず、dKがあって、ヒップドライブの能力によって生み出したdT-dKとdKからdTが決まり、これらによって決まるdBに対しての動きとなるdS-dBを生みだすことにより、外から見たdSが決まって、最終的にはdGとして動いてゆくと考えることができます。
 つまり、ランナーとしては、図7に描いたような、スピード能力3要素を意識することになります。すなわち、ベースのdKに、意図的に生み出すことのできる、dT-dK(ヒップドライブ速度)と、dS-dB(相対スウィング速度)を加えて、全体の速度(dG)となるわけです。
 ところで、キック脚重心の水平速度dKは、どのようにして決まるのでしょうか。スタートのあたりでは、キック脚によるキックそのものによって生み出されると考えられます。中間疾走になってゆくと、それまでに獲得した慣性スピードが、ある種のベースとなり、そこへ、新たなキックによる上積みがなされると思われます。しかし、げんみつには、まだ、よく分かっていません。

 ランナーのスピード能力3要素と全重心水平速度dGとの関係

 図8は、100mが10秒台と11秒台のスプリンター([1]〜[5])についての、キック脚重心水平速度dKと全重心水平速度dGの関係を調べたものです。


図8 dKとdGの関係

 左下の青味のあるプロットがTS選手[1] で、ピンク色のプロットが土井杏南選手[2] のものです。この二人が11秒台です。それより右上にあるのが10秒台のランナーのものです。いずれも塗りつぶされているプロットが右脚キックで、塗りつぶされていないものが左脚キックです。
 図8のプロットの傾向から、キック脚重心水平速度dKと全重心水平速度dGには、強い正の相関があることが分かります。
 ランナーの体が、おおよそ棒のようなものとして、地面での支点に固定されて動いていると見なしてみると、この支点からキック脚重心までの距離と、全重心までの距離に応じて、比例関係が生じ、このような、強い相関へとむすびついてゆくと考えることができます。図9は、このような考えのもとに、「キック脚重心(K)と全重心(G)の支点(O)に対する動き」を調べたものです。


図9 キック脚重心(K)と全重心(G)の支点(O)に対する動き

 図10は、ヒップドライブ速度(dT-dK)と全重心水平速度(dG)の関係を調べたものです。


図10 dT-dKとdGの関係

 左上にある、緑の左脚キックのプロットが、他と離れています。このときのフォームは、ランニングの中で、あまり積極的に走ろうとしていない(と見なされるような)、慣性フォームの一種でした。
 これを無視して、のこりを眺めると、ヒップドライブ速度(dT-dK)と全重心水平速度(dG)には、ほぼ正の相関があることが分かります。
 少し幅のある、これらのプロットにおいて、左上に並んでいるのが、全重心水平速度(dG)に対するヒップドライブ速度(dT-dK)の効率がよいフォームです。これに対して、右下にあるものは、効率が悪いフォームということになります。ピンク色の土井杏南選手のプロットが、それに対応しています。一人だけ女子のデータだからでしょうか。逆に考えると、土井杏南選手は、ヒップドライブ速度(dT-dK)が目だって大きいということにもなります。

 図11は、相対スウィング速度(dS-dB)と全重心水平速度(dG)の関係を調べたものです。


図11 dS-dBとdGの関係

 かなり、ばらついています。これだけを眺めると、相対スウィング速度(dS-dB)と全重心水平速度(dG)には相関が無いか、あっても、かなり弱いものであると考えられます。
 これは、さまざまなタイプのランナーのデータを集めたものです。この中で、色の違いに着目すると、ランナーによっては、正の相関をもっていそうなケースがあるかもしません。たとえば青系統のTS選手や、緑色の山縣亮太選手[3] のものです。  ピンク色の土井杏南選手の相対スウィング速度(dS-dB)のプロット位置を見ると、TS選手に比べて小さくなっています。図10では、ヒップドライブ速度(dT-dK)がTS選手より大きくなっていました。男女の違いはありますが、同じ11秒台のランナーでも、このような違いがあるようです。

 図12は、ヒップドライブ速度(dT-dK) と相対スウィング速度(dS-dB) を掛け合わせた指標の(dT-dK)×(dS-dB)と、全重心水平速度(dG)の関係を調べたものです。3本の点線は、あとの考察のために入れました。


図12 (dT-dK)×(dS-dB)とdGの関係

 緑色の点線は、山縣亮太選手のデータだけを見て、おおよその回帰直線を描いたものです。こげ茶色の点線は、大瀬戸一馬選手[5] のデータだけを見て描いたものです。赤色の点線は、11秒台のTS選手と土井杏南選手に、10秒台の桐生祥英選手[4] のデータを加えたものについてのものです。
 赤い点線を描くもととなった3名のプロットを見ると、(dT-dK)×(dS-dB)とdGには強い正の相関があると考えられます。TS選手に比べ、土井杏南選手はヒップドライブ速度(dT-dK) に優れ、相対スウィング速度(dS-dB)で劣っていたのでしたが、これらを合わせた指標のもとでは、TS選手と同じように、赤い点線に寄り添っています。
 11秒台のランナー2名がつくる赤い点線の先のほうに、10秒台のランナーである桐生祥英選手のプロットがあるということになり、この赤い点線が、記録をあげてゆく、ひとつのルートと考えることができます。
 緑色の点線は山縣亮太選手について描いたものです。赤い点線とは一致しませんが、右上に向かって伸びていますので、(dT-dK)×(dS-dB)とdGに正の相関があることを示しています。
 しかし、こげ茶色の点線が示している、大瀬戸一馬選手のケースは、これらとは異なる何かを暗示しています。大瀬戸一馬選手は大きなヒップドライブ速度(dT-dK)を生み出すこともありますし、大きな相対スウィング速度(dS-dB)を生み出すこともあります。これらの要素がうまく効果を生み出していれば、もっと速く走れているはずなのですが、そうはなっていません。おそらく、何らかの問題点があるのでしょう。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, March 10, 2013)

 参照資料

[1] TS選手 / 名称不明 / 2012年1月〜2月におけるランニング画像より解析
[2] 土井杏南選手 / 月刊陸上競技2011年10月号、同2012年7月号に掲載された連続写真より解析
[3] 山縣亮太選手 / 月刊陸上競技2013年1月号に掲載された連続写真より解析
[4] 桐生祥英選手 / 月刊陸上競技2012年11月号に掲載された連続写真より解析
[5] 大瀬戸一馬選手 /月刊陸上競技2010年12月号と月刊陸上競技2013年3月号に掲載された連続写真より解析

 

「スポーツ解析」ブランチページへもどる