高速ランニングフォームについてのエピソード(31)
スピード能力3要素のランニングスピードに対する寄与率の式
(速く走るためにはどのような能力を伸ばすべきか)

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 ランナー各部分の重心水平速度

 詳細重心解析においては、ランナーの身体を、次の図1のように分割して、それぞれの重心の変化を調べ、最後に、全身の水平速度(dG)としてまとめます。


図1 ランナー各部分の重心水平速度

 ランナー各部分の質量分布

 ランナーの質量分布を図2にまとめます。これらは、理論的な考察のための、おおよその分布です。ランナーの質量Mを4等分したものをm(massの頭文字)とします。上半身はMの半分(=2m)で、下半身もMの半分(=2m)としておきます。さらに下半身の質量を左右の脚へと分けるので、片脚の質量はM/4(=m)となります。「キック棒」と呼んでいる部分は、キック脚(m)と上半身(2m)を合わせたものなので、3mとなります。


図2 身体各部の質量分布

 スピード能力3要素

 ランナーの各部分重心の水平速度と、それらの部分の質量比から、次のような関係が生じます。
 これらの水平速度から、スピード能力3要素として、図5に示した、ヒップドライブ速度(dT-dk)と相対スウィング速度(dS-dB)とキック脚重心水平速度dKを考えました。



 スピード能力3要素どうしの関係

 スピード能力3要素としての、ヒップドライブ速度(dT-dk)と相対スウィング速度(dS-dB)とキック脚重心水平速度dKの、それぞれ2つずつの関係を、100mが10秒台と11秒台のランナー([1]〜[5])によるデータで調べました。


図6 dK(キック脚重心)とdT-dK(ヒップドライブ速度)

 右下にひとつ、他のプロットデータとは異質なものがあります。ヒップドライブ速度(dT-dK)があまり大きくないにもかかわらず、キック脚重心水平速度(dK)が大きいというものです。全重心水平速度(dG)も大きなものでした。これは、他のキックフォームによって、大きなdGで走っているときの、間に、1歩だけまじっていた「慣性フォーム」と考えられます。
 この異質な1歩を無視して、他のプロットデータの分布を見ると、dK(キック脚重心)とdT-dK(ヒップドライブ速度)には、いくらかの正の相関があるようです。
 つまり、dK(キック脚重心)とdT-dK(ヒップドライブ速度)は、まったく独立した要素というわけではないようです。


図7 dS-dB(相対スウィング速度)と dK(キック脚重心)

 図7から、dS-dB(相対スウィング速度)と dK(キック脚重心)には、あまり相関は無いようです。ただし、個々のランナーに着目したとき、すこし正の相関があると認められるかもしません。これは、スプリントランニングというものが、全体的な動きで成り立っていることによるものと考えられます。いろいろな要素が不十分なときはスピードが遅く、それらがまとまって高まってゆくことにより速く走れるということが起こっているのでしょう。


図8 dT-dK(ヒップドライブ速度)とdS-dB(相対スウィング速度)

 図8より、dT-dK(ヒップドライブ速度)とdS-dB(相対スウィング速度)には、ほとんど相関がないようです。

 スピード能力3要素寄与式

 「スピード能力3要素寄与式」という、ヒップドライブ速度(dT-dk)と相対スウィング速度(dS-dB)とキック脚重心水平速度dKが、全身の水平速度(dG)に対してどのように寄与して、これを構成しているかを示す関係式を求めます。


図9 dBやdGの生成とスピード能力3要素

 図9(a) dBの生成では、上半身(T)とキック脚(K)の運動量が、キック棒(B)の運動量へと置き換えられることを利用しています。

   3mdB = 2mdT + mdK     (式1)

 図9(b)dGの生成では、キック棒(B)とスウィング脚(S)の運動量が、全身(G)の運動量へと置き換えられることを利用しています。

   4mdG = 3mdB + mdS     (式2)

 図9(c)に示したスピード能力3要素は、dKとdS-dBとdT-dKです。これらとdGとの関係を調べるため、式1と式2を、これらの要素だけで表わされるように変形させます。
 まず、式1を書き換えます。

   3mdB = 2mdT + mdK
      = 2m(dT-dK) + 3mdK
   dB = (2/3)(dT-dK) + dK   (式3)

 次に、式2を書き換えます。

   4mdG = 3mdB + mdS
      = 4mdB + m(dS-dB) 
   dG = dB + (1/4)(dS-dB)    (式4)

 式3のdBを式4に代入します。

   dG = (2/3)(dT-dK) + dK + (1/4)(dS-dB)    (式5)

 この式5がスピード能力3要素寄与式となります。



 このスピード能力3要素寄与式全身の水平速度dGの関係を、100mが10秒台と11秒台のランナー([1]〜[5])によるデータで調べました。図9が、そのプロットグラフです。非常に強い正の相関を示しています。これは、p=2/3やq=1/4の値が正しく求められたことを意味しています。


図10 スピード能力3要素寄与式と全重心水平速度(dG)

 スピード能力3要素寄与式の意味

 スピード能力3要素寄与式の意味について考えます。

  dG = p(dT - dK) + dK + q(dS - dB), P=2/3, q=1/4

 これは、全重心水平速度(dG)が、ヒップドライブ速度(dT-dK)と、キック脚重心水平速度(dK)と、相対スウィング速度(dS-dB)とで構成されるということを示しています。
 ただし、このとき、ヒップドライブ速度(dT-dK)にはp=2/3、相対スウィング速度(dS-dB)にはq=1/4という係数がつくわけです。キック脚重心水平速度(dK)の係数は1ということになりますが、他の2要素は、そのままの速度を加えるのではなく、p=2/3やq=1/4を掛けることになり、影響が弱まって作用するということになります。とくに、相対スウィング速度(dS-dB)の係数はq=1/4ですから、この速度がやや小さくても、全重心水平速度(dG)への影響は、それほど大きくないということになります。
 具体的なデータを使って、スピード能力3要素の寄与率を求めてみることにしましょう。10秒台のランナーのあるキックフォームにおいて、次の値が観測されました。

   dT-dK = 5.12 [m/s]
   dK  = 6.10 [m/s]
   dS-dB = 5.12 [m/s]

 これらの値をスピード能力3要素寄与式に代入します。

   dG = (2/3)×5.12 + 6.10 + (1/4)×5.12
     = 3.41 + 6.10 + 1.28
     = 10.79

 観測値としてのdGは10.9 [m/s] でした。
 ここではdG=10.79 [m/s] を使って、スピード能力3要素の寄与率を計算します。

表1 スピード能力3要素の寄与率



 他のランナーのキックフォームにおけるデータを使っても、これとよく似た寄与率となります。偶然でしょうが、これらのスピード能力3要素の速度値は、近い値として観測されるのです。
 このような解析により、ランニングスピードを大きくするため、もっとも影響力が大きいのは、キック脚重心水平速度(dK)ということになります。その次に影響力が大きいのが、ヒップドライブ速度(dT-dK)です。相対スウィング速度(dS-dB)の影響力は、ヒップドライブ速度(dT-dK)の半分以下です。影響力がまったく無いというわけではありませんが、小さなものとなっています。
 これらの結果から、スプリントランニングにおけるトレーニングの優先順位をつけることができます。しかし、もっとも大きな影響力をもつキック脚重心水平速度(dK)を、それではどのようにトレーニングすればよいかということは、かなりの難問です。これに対して、ヒップドライブ速度(dT-dK)や相対スウィング速度(dS-dB)については、何らかのトレーニング方法を生み出すことができることでしょう。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, March 12, 2013)

 参照資料

[1] TS選手 / 名称不明 / 2012年1月〜2月におけるランニング画像より解析
[2] 土井杏南選手 / 月刊陸上競技2011年10月号、同2012年7月号に掲載された連続写真より解析
[3] 山縣亮太選手 / 月刊陸上競技2013年1月号に掲載された連続写真より解析
[4] 桐生祥英選手 / 月刊陸上競技2012年11月号に掲載された連続写真より解析
[5] 大瀬戸一馬選手 /月刊陸上競技2010年12月号と月刊陸上競技2013年3月号に掲載された連続写真より解析

 

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