高速ランニングフォームについてのエピソード(34)
短距離ランナーの速さの秘密を
スピード能力3要素寄与式の三角表示から読みとる

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 ここで説明することがらを理解していただくためには、これまでに明らかにした、いくつかの基礎的な知識が必要となります。
 たとえば、@ヒップドライブ速度(dT-dK)、A相対スウィング速度(dS-dB)、Bキック脚重心水平速度(dK)と名づけてあるスピード能力3要素 [1] のこと、さらに、これらとC全重心水平速度(dG)との関係式であるスピード能力3要素寄与式 dG = p(dT-dK) + dK + q(dS-dB), P=2/3, q=1/4 [2][3]、そして、これらの@〜Cの値の関係が一目で分かるように表示してあるスピード能力3要素寄与式の三角表示 [4] のことなどです。
 これらのことは、次のページに詳しく説明してあります。

 参照ページ
[1] エピソード(30) 相対スウィング能力やヒップドライブ能力などのスピード能力3要素
[2] エピソード(31) スピード能力3要素のランニングスピードに対する寄与率の式(速く走るためにはどのような能力を伸ばすべきか)
[3] エピソード(32) スピード能力3要素はスタートダッシュや中間疾走において どのように役だっているのか
[4] エピソード(33) 短距離ランナーがさらに目指すべきスピード能力向上のポイント

 スプリンターについてのスピード能力3要素寄与式の三角表示

 次の図1は、4人の男子短距離ランナーのランニングフォームから調べた、スピード能力3要素(@AB)と全重心水平速度(C)を表わした、スピード能力3要素寄与式の三角表示です。
 ただし、これらのランニングフォームには、GO前傾角が15度以内という制限を設けてあります。おおよそ、デルタクランクキックとピストンキックを除いた、アルファ・ベータ・ガンマクランクキックのフォームとなります。
 4人というのは、◇凡例◇の記号でTS, Kryu, Ymgt, IHです。100mのタイムとして、IHは12秒台、TSは11秒台、Kryu,とYmgtは10秒台です。ちなみに、IH選手とTS選手は名称不明ですが、Kryu選手は桐生祥英選手のことで、Ymgt選手は山縣亮太選手のことです。

 参照資料
[5] 桐生祥英選手 / 月刊陸上競技2012年11月号に掲載された連続写真より解析
[6] 山縣亮太選手 / 月刊陸上競技2013年1月号に掲載された連続写真より解析



図1 4人の男子短距離ランナーのスピード能力3要素寄与式の三角表示

 全重心水平速度dGの値を見ると、12秒台のIH選手(濃い水色)では7.0〜8.0 [m/s] 、11秒台のTS選手(濃淡の青色)では8.3〜9.3 [m/s] 、10秒台のKryu選手(赤色)とYmgt選手(緑色)では10.0〜11.5 [m/s] くらいのところに分布しています。

 スピード能力3要素(dT-dK, dS-dB, dK)と全重心(G)の水平速度(dG)には、次のスピード能力3要素寄与式が成立します。
  dG = p(dT-dK) + dK + q(dS-dB), P=2/3, q=1/4

 図1の水平0軸から下に向かって、相対スウィング速度(dS-dB)が、係数1/4を掛けられてプロットされています。これらは、ほぼ1.0に近い値となっています。相対スウィング速度(dS-dB)に戻すと、ほぼ4.0 [m/s] に近い値ということです。短距離ランナーの座標系から考えたときの、スウィング脚重心がリードしようとする速度が、相対スウィング速度ですが、これについては、12秒台のランナーから10秒台のランナーまで、ほとんど変わらないのです。
 これに対して、図1の水平0軸から上に向かってプロットされている、係数2/3を掛けられた、ヒップドライブ速度(dT-dK)のほうでは、12秒台のランナーから11秒台、10秒台のランナーへと、ほぼ直線状に大きくなっています。 ここに短距離ランナーの速さの秘密が一つあります。

 ヒップドライブ速度(dT-dK)というのは、キック脚重心水平速度(dK)より上半身重心水平速度(dT)がどれだけ上回っているかという値です。このような差異が生じる動きをイメージするために、ヒップドライブと名づけましたが、より具体的には、キック脚の太ももの姿勢角が前方へと変化することが、ヒップドライブ速度(dT-dK)を大きくすることと結びついています。
 短距離ランナーのトレーニングの一つに、(ミニハードルを倒したものなどで)地面に設定したマークを越えるようにして走るものがあります。このとき、短距離ランナーは、スウィング脚の膝を強く前方へと突きだすようにして、ストライドを伸ばそうとしているかもしれません。しかし、このときの相対スウィング速度は、おおよそ4〜5 [m/s] あたりでスピードの壁にぶつかってしまいます。それでも、速く走れる短距離ランナーは、いったい何を大きくしているのかというと、スウィング脚の付け根がくっついている腰の前進スピードなのです。そのことが実は、ヒップドライブ速度(dT-dK)という値に示されるのです。

 短距離ランナーのスピードに関する、もう一つの秘密は、図1の三角形における、縦に伸びた辺の水平位置が示す、キック脚重心水平速度(dK)が、12秒台のランナーから11秒台、10秒台のランナーへと、明らかに大きくなっているということです。全重心水平速度(dG)とキック脚重心水平速度(dK)だけを調べると、図2のように、強い正の相関がみられます。


図2 4人の男子短距離ランナーの
全重心水平速度(dG)とキック脚重心水平速度(dK)

 この図2のグラフだけを見ると、ごくごくあたりまえのことのようにも思えてしまいますが、この関係も短距離ランナーのスピードに関する秘密の一つとして見なしておく必要があります。なぜかというと、キック脚重心水平速度(dK)を意図的に大きくするための、何らかのノウハウが分かれば、もっと速く走ることが確実にできるからです。

 圧倒的にキック脚重心水平速度dKの寄与率が大きいこと

 スピード能力3要素寄与式 dG = p(dT-dK) + dK + q(dS-dB), P=2/3, q=1/4において、キック脚重心水平速度(dK)には係数1が掛っていることになります。p=2/3やq=1/4があるため、ヒップドライブ速度や相対スウィング速度の効果は、これらの係数に応じて少なくなってしまいますが、キック脚重心水平速度(dK)は、この値のままで見積もることができます。

 次の図3と図4は、図1の最小dG速度のフォームIH(2)と、最大dG速度のフォームYmgt(3)における、スピード能力3要素とdGの値の関係を求めたものです。それぞれの値の後の( )に入れてあるパーセント値を見てください。
 100パーセントのdGに対して、おおよそ、ヒップドライブ速度p(dT-dk)は30パーセント、相対スウィング速度q(dS-dB)は10パーセント、キック脚重心水平速度dKは60パーセントとなっています。圧倒的にキック脚重心水平速度dKの寄与率が大きいのです。


図3 IH(2)のスピード能力3要素とdGの値の関係


図4 Ymgt(3)のスピード能力3要素とdGの値の関係

 仮に図3でのdK=3.90 [m/s] が、図4でのdK=7.10 [m/s] となったとすると、それだけでIH選手はdGに7.10-3.90=3.20 [m/s] を上乗せすることができて、dG=7.02+3.20=10.22となります。これは10秒台で走れるスピードです。
 しかし、このような変化を、いったいどのようにして生み出せばよいのかということは、なかなか難しい問題です。
 このキック脚重心水平速度dKを大きくするためには、身体各部のどこを強化して、どのように動かすことがよいのか、また、そのためのトレーニングとしてどのようなことを試みるべきなのか。これは短距離ランナーにとって、とても重要な問題です。

 三角形を大きなものとするためにヒップドライブ能力を高めること

 IH選手にとって、もう少しやさしい問題かもしれないことは、図3の三角形を図4の三角形のように、大きなものとすることです。このためには、ヒップドライブ速度p(dT-dK)を大きくするのが第一目標となります。図3でp(dT-dK)=2.16ということは、dT-dK=2.16×(3/2)=3.24 [m/s] です。図4のp(dT-dK)=3.33からは、dT-dK=3.33×(3/2)=5.00 [m/s] です。
 このようなヒップドライブ能力は、体幹を鍛えることや、骨盤を動かすこと、スウィング脚の膝を突きだすことなどに取り組むことにより、あるていどの発達をうながすことができるかもしれません。
 図3でのp(dT-dK)=2.16から図4でのp(dT-dK)=3.33へと変化させることができたとき、全重心のdGは、これらの値の差1.17 [m/s] だけ大きくなります。
 仮にIH選手がヒップドライブ能力の発達だけに取り組んで、ヒップドライブ速度を3.24 [m/s] から5.00 [m/s] へと向上させたとすると、dG=7.02+1.17=8.19 [m/s] となります。これでは、まだ12秒台のままということになりかねません。
 もちろん、ヒップドライブ能力を高めるということもおろそかにすべきではありませんが、それだけでは不十分なのです。

 ヒップドライブ能力とキック脚重心水平速度の関係

 このようなスピード能力3要素に分けて考えていますが、実際のランニングでは、これらの要素を分けて意識している短距離ランナーはほとんどいないと思われます。トレーニングが進むにつれて、ヒップドライブ能力が発達するとき、いくらかはキック脚重心水平速度dKも大きくなってゆき、相対スウィング速度を組み合わせて、全重心水平速度dGも大きくなってゆくことでしょう。
 しかし、ヒップドライブ速度(dT-dK)を大きくすることができたとしても、そのことにより、ただちにキック脚重心水平速度(dK)が大きくなるとは言えないのです。図5の左は「4人の男子短距離ランナー」について、右は「TS選手の全て」についての、ヒップドライブ速度(dT-dK)とキック脚重心水平速度(dK)のグラフです。ランナーとしての能力が総合的に違っている「4人の男子短距離ランナー」のグラフでは正の相関がありそうですが、TS選手一人について調べた「TSALL」では、とても弱い関係となっています。



図5 ヒップドライブ速度(dT-dK)とキック脚重心水平速度(dK)

 まとめ

 4人の男子短距離ランナーのランニングフォームから調べた、スピード能力3要素寄与式の三角表示から、短距離ランナーの速さを高めるためには、次のようなことに着目してゆくべきです。

 (1) 100パーセントのdGに対して、おおよそ、ヒップドライブ速度p(dT-dk)は30パーセント、相対スウィング速度q(dS-dB)は10パーセント、キック脚重心水平速度dKは60パーセントとなっており、圧倒的にキック脚重心水平速度dKの寄与率が大きなっています。よって、このようなパーセンテージに応じて、キック脚重心水平速度dK、ヒップドライブ速度p(dT-dk)、相対スウィング速度q(dS-dB)の順でトーニングの優先課題を設けるべきです。

 (2) ヒップドライブ速度(dT-dK)を大きくすることができたとしても、そのことにより、ただちにキック脚重心水平速度(dK)が大きくなるとは言えません。これらは、それぞれに強化すべき課題と考えるべきものです。

 (3) キック脚重心水平速度dKを大きくするためには、身体各部のどこを強化して、どのように動かすことがよいのか、また、そのためのトレーニングとしてどのようなことを試みるべきなのか。これは短距離ランナーにとって、とても重要な問題です。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, April 10, 2013)

 

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