高速ランニングフォームについてのエピソード(36)
山縣亮太選手のランニングフォームに見るキック脚の足首固定の意味

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 このページの内容を理解していただくためには、次の用語についての知識が必要となります。
 ◇ 各重心水平速度 全身(dG) 上半身(dT) キック棒(dB)
             スウィング脚(dS) キック脚(dK)
 → エピソード(31) [2] の図1参照
 ◇ スピード能力3要素 ヒップドライブ速度(dT-dK) 相対スウィング速度(dS-dB)
              キック脚重心水平速度(dK)
 → エピソード(31) [2] の図5参照
 ◇ スピード能力3要素寄与式 dG = p(dT-dK) + dK + q(dS-dB), P=2/3, q=1/4
                         → エピソード(31) [2] の後半部分参照
 ◇ スピード能力3要素寄与式の三角表示      → エピソード(33) [4] の図3参照
 よければ、エピソード(30)[1], エピソード(32)[3], エピソード(34)[5], エピソード(35)[6] も参照してください。

 山縣亮太選手のランニングフォーム

 図1は山縣亮太選手のランニングフォームをステックピクチャーで描いたものです。月刊陸上競技2013年1月号に掲載された連続写真より構成しました。


図1 山縣亮太選手のランニングフォーム

 スピード能力3要素における特徴

 ランニングフォームを運動力学的に理解するため、スピード能力3要素に着目しました。
 これは、身体各部の重心水平速度が、運動量保存の法則に基づいて、全体の水平速度(ランナーのスピードdG)へと構成されるということから導くことができます。
 スピード能力3要素と全体の水平速度(ランナーのスピードdG)とには、P=2/3, q=1/4として、次の関係が成立します。
  dG = p(dT - dK) + dK + q(dS - dB) ……(スピード能力3要素寄与式)


図2 身体各部の重心水平速度とスピード能力3要素

 このような、スピード能力3要素と全体の水平速度(ランナーのスピードdG)との関係をグラフで見るようにしたものが、次の、スピード能力3要素寄与式の三角表示です。ここでは、図1に示した山縣亮太選手のランニングフォームについての解析データに基づいて表示しています。図1の記号との対応は、@→Ymg1L、A→Ymg2R、B→Ymg3L、C→Ymg4R となります。


図3 山縣亮太選手のランニングフォームについての
スピード能力3要素寄与式の三角表示

表1 スピード能力3要素と全重心水平速度の値



 山縣亮太選手のランニングフォームの、スピード能力3要素における大きな特徴は、他の(日本のトップレベルの)短距離ランナーに比べ、キック脚重心水平速度dKの値が7 [m/s] 台に乗っているということです。これまでに解析したデータの中では、他には、江里口匡史選手しか確認できていません。
 キック脚重心水平速度dKは、スピード能力3要素寄与式 dG = p(dT - dK) + dK + q(dS - dB) において、係数1をとることなどから、全体のスピードdGに対する寄与率は、およそ60パーセントもあります。
 キック脚重心水平速度dKが6 [m/s] 台か7 [m/s] 台なのかということは、とても重要なことなのです。図3に示したように、山縣亮太選手のランニングフォームにおいても、AとCの右脚キックフォームではdKが6 [m/s] 台で、@とBの左脚キックフォームでは7 [m/s] 台です。一人のランナーとして、この違いは、どのようにして生じるのでしょうか。エピソード(35) では、このことに着目して解析してゆきました。そして、その違いを生み出す動きが、キックポイント(キックフォームにおいて全重心水平速度dGの最大値が得られる瞬間)のフォームにおける、キック脚の足底角の違いにあることが分かりました。
 このあと、このような違いについての、さらに詳しい解析を行います。

 キック脚の観察

 次の図4は、山縣亮太選手のランニングフォーム@〜Cの、キックポイントのフォームを取り出し、そのときのキック脚の姿勢を詳しく調べたものです。


図4 キックポイントのフォームにおけるキック脚の姿勢

 A→キック脚の膝、B→Aの地面での位置、C→キック足の拇指球、D→キック足のかかと、E→キック脚の足首、M→Eから後方への水平線末端、N→Cから後方への水平末端
 ∠AEMはキック脚のすねAEの姿勢角です。∠DCNがキック脚の足底角(K底角)です。
 ABとBCに添えた数字は、それらの長さですが、その単位は、このときの画像で測定したときのピクセル値です。比較のための相対的な値として読みとってださい。
 図3より、山縣亮太選手のランニングフォーム@〜Cにおける、キック脚重心水平速度dKの値は、dK(C)=6.60, dK(B)=7.10, dK(A)=6.40, dK(@)=7.60 [m/s] となっています。
 このようなdKの値の違いを生み出す主要因として、∠DCNであるキック脚の足底角(K底角)を見出したわけです。
 しかし、より具体的な値としては、キック足の拇指球Cの位置を基準として、キック脚の膝Aが、どれだけ前方へと進んだのかということに注目することができます。
 AとCのBCは52です。このときのdKを表1から平均値として求めると、6.50 [m/s] となります。@の61という値は、52の1.17倍です。これを6.50 [m/s] に掛けると、7.62 [m/s] となります。観測値としての@のdKは7.60 [m/s] でした。うまく対応しています。
 地面を真下に踏みつけたときの、足首のバネを利用して、ぴょんとばかりにかかとを跳ね上げ、同時にすねを前方へと傾けて、キック脚の膝を前方へと突きだす動きが、このように、dKの値と、うまく対応しています
 ところで、このようなBCの長さを大きくしている要因は、∠DCNであるキック脚の足底角(K底角)だけかというと、どうやら、それだけではないようです。
 AとCの∠EDCを、@とCの∠EDCと見比べてください。明らかに、@とCに比べて、AとCのほうでは小さくなっています
 かかとDを跳ね上げるとき、同時に、∠EDCを大きい状態で保っているので、BCが長くなるのです。つまり、キック脚の足首を固定するようにしながら、かかとDを跳ね上げることが、キック脚の膝Aを前方へと突きだすことへとつながるわけです。
 このように、右脚と左脚とで、足首まわりの強さが違うということは、よくあることです。山縣亮太選手は、たまたま、左脚の足首まわりの強さとバネがとくべつに優れたものとなっており、キック脚重心水平速度dKの値で7 [m/s] 台を生み出しています。
 キック脚重心水平速度dKの値で6 [m/s] 台のランナーは、山縣亮太選手の左キック脚の強さとフォームを見習い、7 [m/s] 台を目指すべきでしょうし、山縣亮太選手自身は、右キック脚のコンディションを、左キック脚のものへと近づけることで、より速く走る能力を高めることができるはずです。
 もちろん、このようなレベルに達していないランナーにとっても、ここで明らかになった知識と技術は、速く走るために役立つことでしょう。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, April 14, 2013)

 参照ページ

[1] エピソード(30) 相対スウィング能力やヒップドライブ能力などのスピード能力3要素
[2] エピソード(31) スピード能力3要素のランニングスピードに対する寄与率の式
[3] エピソード(32) スピード能力3要素はスタートダッシュや中間疾走において どのように役だっているのか
[4] エピソード(33) 短距離ランナーがさらに目指すべきスピード能力向上のポイント
[5] エピソード(34) 短距離ランナーの速さの秘密をスピード能力3要素寄与式の三角表示から読みとる
[6] エピソード(35) 短距離ランナーのスピード最大要因のキック脚重心水平速度の違いを生み出すテクニック
[7] 山縣亮太選手のランニングフォーム / 月刊陸上競技2013年1月号に掲載された連続写真より解析

 

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