高速ランニングフォームについてのエピソード(39)
短距離走でもっとランニングスピードを高めるためには

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 大きなテーマを掲げてしまいました。短距離走でもっとランニングスピードを高めるためには、いったい、何をどのようにすればよいのか。状況によっては、とても難しいことかもしれません。たとえば、100mで男子の日本選手が9秒台へと突入するには、いったい、何をどのようにすればよいのかというレベルを考えるとしたら、私にとっても、研究のためのデータが不十分で、ほとんど何も提案することができません。しかし、もう少しレベルを下げて、100mで11秒台のランナーが10秒台を目指すために、何をどのように変えてゆくべきなのかということのデータなら、幾らか見出すことができるようになってきました。

 ランニングスピードのスピード能力3要素への分解


図1 スピード能力3要素

 短距離ランナーの全重心水平速度dGが、そのランナーのランニングスピードです。ランナーの動きをもう少し詳しく調べるため、ランナーの体をおおきく3つの構成要素でとらえることにしました。@両腕や頭を含む上半身、Aキック脚、Bスウィング脚、これらの3つです。さらに、@とAを合わせたものを「キック棒」と呼んで、まとめて考えることにしました。それぞれの重心を、@両腕や頭を含む上半身(T)、Aキック脚(K)、Bスウィング脚(S)、@+A「キック棒」(B)とし、それらについての重心水平速度を、順に、dT, dK, dS, dBで表わします。全身の質量を4mとおき、@は2m、AとBをそれぞれmとしたとき、ランニングスピードdGは、次のように表現することができます。

   dG = p(dT-dK) + dK + q(dS-dB),  p=2/3, q=1/4
   (スピード能力3要素寄与式)

 このときの、右辺3項がスピード能力3要素です。p(dT-dK) は(係数pを付けての)ヒップドライブ速度、 dK はキック脚重心水平速度、 q(dS-dB)は(係数qをつけての、キック棒重心Bに対する)相対スウィング速度です。pやqという係数がつくのは、運動量の保存則における、かかわっている質量が異なるためです。


図2(ALL) dGとスピード能力3要素寄与式

 図2は、いろいろなレベルの短距離ランナー(ALL)についてのランニングフォーム解析データによって、dGとスピード能力3要素寄与式の関係をグラフとして表わしたものです。プロットが対角線上に載っているのは、スピード能力3要素寄与式が恒等式として成立しているからです。
 図3から図5は、dG(全重心水平速度)と、スピード能力3要素の、それぞれとの関係を調べたものです。dG(全重心水平速度)との相関がもっとも高いのはdK(キック脚重心水平速度)で、次にdT-dK(ヒップドライブ速度)がきます。dS-dB(相対スウィング速度)も、あるていどは正の相関がありますが、あまり強いものではありません。


図3(ALL) dG(全重心水平速度)とdK(キック脚重心水平速度)


図4(ALL)  dG(全重心水平速度)とdT-dK(ヒップドライブ速度)


図5(ALL)  dG(全重心水平速度)とdS-dB(相対スウィング速度)

 図6は、スピード能力3要素寄与式dG = p(dT-dK) + dK + q(dS-dB)の右辺のうち、p(dT-dK)+dKだけと、dGの関係を調べたものです。図2より、わずかにふくらみがあるだけで、強い正の相関があることを示しています。
 ここから、スピード能力3要素の中でも、ヒップドライブ速度p(dT-dK)と、キック脚重心水平速度dKを合わせた2要素が、ランニングスピードのほとんど(およそ90パーセント)を構成するということが分かります。


図6(ALL)  dG(全重心水平速度)とp(dT-dK)+dK

 スピード能力3要素の三角表示より

 次の図7は、スピード能力3要素の三角表示において、いろいろなレベルの短距離ランナー(ALL)のデータをプロットしたものです。
 図8に、このグラフの見方がまとめてあります。三角形の右の頂点のx座標位置がdGを、左の立っている辺のx座標位置がdKを、原線(0-dGのライン)から上への頂点までの長さがヒップドライブ速度p(dT-dK)を、同じく下の頂点までの長さが相対スウィング速度q(dS-dB)を、それぞれ表わしています。


図7(ALL) スピード能力3要素の三角表示


図8(解説図) スピード能力3要素の三角表示

 三角形の右の頂点のx座標位置がdGを、左の立っている辺のx座標位置がdKを、原線(0-dGのライン)から上への頂点までの長さがヒップドライブ速度p(dT-dK)を、同じく下の頂点までの長さが相対スウィング速度q(dS-dB)を、それぞれ表わしています。

 図9はYmgtDの、図10はUSのデータについての、スピード能力3要素の三角表示です。YmgtDとは、2013年日本選手権100m山縣亮太選手(10秒11)のラストスパート区間のデータを意味します。USは、100m11秒39の選手のラストスパート区間のデータです。図11のFKは福島千里選手を意味します。US選手と同じくらいのタイムです。


図9(YmgtD) スピード能力3要素の三角表示


図10(US) スピード能力3要素の三角表示


図11(FK) スピード能力3要素の三角表示

 YmgtDの三角形の左端に、小さな三角形がありますが、US選手の三角形は、ほぼ、それくらいの大きさとなっています。
 US選手が、山縣選手(YmgtD)のパターンに近づくためには、キック脚重心水平速度dKのx軸位置をもっと右へ、ヒップドライブ速度をもっと上へと発達させる必要があります。相対スウィング速度については、山縣選手も、それほど常に大きな値を生み出しているというわけではないので、大きな違いはありません。

 短距離走でもっとランニングスピードを高めるためには

 上記の解析より、短距離走でもっとランニングスピードを高めるためには、次の2つのテーマがあるということが分かりました。
 (1) キック脚重心水平速度dKを高める。
 (2) ヒップドライブ速度p(dT-dK)を高める。

 かんたんに、このようにまとめましたが、それではいったい、どのようにすれば、これらのテーマに取り組むことができるのかと問いなおすと、これが、なかなかに難しい問題となります。
 図11として福島千里選手のデータも並べましたが、US選手に比べ、ヒップドライブ速度p(dT-dK)に優れており、やや大きな三角形となっています。
 ヒップドライブというのは、キック棒(B)において、上半身の水平速度(dT)が、キック脚重心水平速度(dK)より、どれだけ上回るかということを意味しています。接地時に、ヒップのところで「(逆)く」の字型に折れ曲がっている、背中・ヒップ・キック脚の太ももが、あるていどまっすぐに並ぶ動きです。「腰が入る」と呼ばれてきたものです。これまで「体幹を鍛えると速く走ることができる」と言われていたのは、このように分析したヒップドライブ速度を大きくすることができるからです。このような動きが、力学的に、そして、定量的に、どのような意味をもっているのかということは、これまで明らかになっていませんでした。しかし、このように、詳しく、体系づけて解析することにより、このヒップドライブ能力のことが、力学的かつ定量的に分かるようになってきました。
 キック脚重心水平速度dKという着目点も、これまでは無かったものかもしれません。これは、全速度dGの、大きなベースとなるものです。およそ、50パーセントから70パーセントを構成します。全体を地面に対して支えるものなので、pやqのような係数としては1をもち、この値dKそのものが、そのままdGに加えられることになります。つまり、dKの値を1 [m/s] 大きくすることができたら、dGの値も1 [m/s] 大きくなるのです。US選手のdK値は5 [m/s]台ですが、山縣選手は7 [m/s]台の値を生み出しています。ここの差を縮めるのが、もっとも重要なテーマとなります。

 これらのテーマについて、さらに具体的な議論を展開してゆきたいところですが、ページが多くなってきましたので、このあとの議論については、ページタイトルをあらためて行いたいと思います。
 (Written by KULOTSUKi Kinohito, Aug 15, 2013)

 

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