高速ランニングフォームについてのエピソード(4) 文献調査(1)
「世界一流スプリンターの技術分析」から「走りの極意」まで

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 「世界一流スプリンターの技術分析」

 2000年ごろの私は東京で暮らしていて、休日などに陸上競技場へゆき、スパイクをはいて走っていました。やがて、グラウンドで知り合った大学生や高校生といっしょにトレーニングしてゆくうちに、たのまれてコーチすることにもなりました。ボランティアでした。しかし、私の指導をきちんと聞いて、真剣にトレーニングする姿を見ると、きちんと効果を生み出してゆかないといけないと考えました。このようにして、ランニングフォームについての研究が始まりました。
 かつての経験による知識で考えるだけでなく、これまでにどのようなことが分かっているのかということを調べてゆくというのが、どのような研究でも、基本中の基本です。東京で暮らしていたので、国会図書館を利用して、過去の文献を比較的容易に調べることができます。かつて、ずうっと買って読んでいた、「陸上競技マガジン」や「月刊陸上競技」のバックナンバーをチェックするだけでなく、「体育学研究」などの学会誌にも目を通しました。
 それから10年以上もたっていますが、当時収集した資料(コピー)が残っていました。10cmほどの厚みになるものです。それらの中には、カール・ルイス選手らを指導したトム・テレツ氏の論文もあります。これらの中に記述されている、私が「高速ランニングフォーム」と名づけているものの技術に関するところを抜き出しておこうとおもったのですが、その前に、この分厚い資料集の中にあった「世界一流スプリンターの技術分析」という論文について述べます。1991年の、東京で行われた世界選手権での研究の一つです。6人の著者によるものですが、このような論文では、先頭の著者が主になって論じることになっています。大阪体育大学の伊藤 章氏です。
 この「世界一流スプリンターの技術分析」は、世界選手権の研究成果を集めた本の抜粋のようなものです。ほとんど同じ内容でした。この論文の「まとめ」のところで、伊藤 章氏は、「ルイスと北田のキック・モデル」という図を示し、「膝を固定したキック動作(ルイス型)の方が、膝を伸ばすキック(北田型)より、足が大きく(速く)後方へ動く」と述べています。全体のまとめとして、あたかもこのことが結論であるかのような印象を受けます。
 この研究は、世界の一流スプリンターのキック脚が膝で曲がったままキックの重要な局面を終えていたということを、日本で初めて明らかにしたという点で素晴らしいものです。しかし、そのことの本質的な意味を取り違えています。たとえば、「ルイス型」と「北田型」のキック脚の傾きを同じようにして比較していますが、クランクキックの「ルイス型」に対して、ピストンキックの「北田型」では、もっと傾いているはずなのです。
 また、ランニングスピードに有効な動きというものが、もっと短い移動距離の範囲で行われているということが、このころには、まだ理解されていません。これらのことにより、「膝を固定したキック動作(ルイス型)の方が、膝を伸ばすキック(北田型)より、足が大きく(速く)後方へ動く」という説明は、結果的にそうなっているとしても、説明としては不適当です。

 「大阪世界選手権における朝原選手の走り」

 2012年の最近のことですが、私は森の図書館へいって、過去4年ほどの「月刊陸上競技」をチェックしました。その2008年1月号に、伊藤 章氏(と福田厚治氏)がまとめた記事(論文形式)として、「大阪世界選手権における朝原選手の走り 〜タイソン・ゲイ選手との比較〜」というものがありました。この論文のスタイルは、上記「世界一流スプリンターの技術分析」とよく似ています。「キック動作のモデル」という図解も、「北田型」を「日本の一般選手」と呼び変え、「朝原、ルイス選手」の横に、さらにレベルの高い「ゲイ、パウエル選手」を並べただけのものでした。
 この記事の主要な内容は、朝原選手とゲイ選手のランニングフォームと、その結果としてのピッチ、ストライド、疾走速度などの差異を分析したものでした。疾走速度で、朝原選手のほうが少し低いわけですが、論文の著者は、この理由が、朝原選手のピッチの値(4.78歩/秒)が、ゲイ選手のもの(4.90歩/秒)と比べて小さいためだとしています。
 また、ランニングフォームについての分析から、朝原選手とゲイ選手とでは、大きく異なる点が2つあるということを示しています。それは、スウィング脚をもっとも折りたたむ「引き付け角度」というものと、前方での太ももの「もも上げ角度」(鉛直線からの計測)です。「引き付け角度」では、朝原選手が29度で、ゲイ選手は41度となっています。「もも上げ角度」では、朝原選手が77度で、ゲイ選手は65度です。このような観測結果から、著者は、「朝原選手のピッチを遅くしたのはももの上げすぎか?」と「朝原選手はもも上走/ゲイ選手は脚引きずり走」というサブタイトルを掲げて論じています。
 このような論文内容の記事が公表されているということは、少なくとも、2008年1月の時点において、日本のスプリントランニングのバイオメカニクス界の認識は、このようなものとされているらしいと考えられます。「世界一流スプリンターの技術分析」は月刊陸上競技の1994年1月号のものらしく、それから14年経っても、ほとんど同じ視点で、おなじ結論をもって、これでよしと考えられているのかもしれません。しかし、ランニングフォームのメカニズムと技術を、これらとはまったく異なる手法と視点で研究している私から見ると、問題の本質的なところへと近づけていないと思われるものでした。
 前述の論文では、結果的に朝原選手のピッチが遅いということになり、その理由として、もも上げを意識した動きをあげておられます。しかし、朝原選手の、この「もも上げ動作」が、ランニングスピードを高めるための効果を生み出しているのかどうかという点については、何も論じていません。たとえば、ガトリン選手も、同じように、ももを高く上げるフォームをもっているのです。このような動作が、力学的にどのような意味をもっていて、ランニングスピードに対しての効果をもつのかどうかということは、まだよくわからない状態だと言えるかもしれません。現実的にピッチが遅めだとしても、朝原選手のランニングシステムでは、このほうが、ストライドを伸ばす効果があるのかもしれません。この点に対する考察がなされていません。また、スウィング脚の「引き付け角度」が異なるということも、ランニングスピードにどのように影響しているのかということは説明されていません。
 私の分類では、朝原選手のスウィング脚の取り扱い方は「下方引き付け型」で、ゲイ選手は「直線引き出し型」となります。これらの力学的な効果は、あまり変わりません。おそらく、二人のランニングを記録したビデオの原画像があれば、私は、これらの問題についての、これまで知られていなかった要点を見出すことができると思います。

 朝原宣治「肉体マネジメント」

 このあと私は、森の図書館の一般の書棚へゆき、次の2冊を借りました。
 @ 朝原宣治「肉体マネジメント」幻冬舎新書2009
 A 為末 大「走りの極意」ベースボールマガジン社2007
 いずれも、返却日が幾つも押されている、人気本でした。私は、これらの本を詳しく読み、この二人が、私が「高速ランニングフォーム」と呼んで研究しているものを、実際に体得して走っていたという確信をもつことができました。これらの二冊は、そろそろ図書館へ返さなければなりませんので、それまでに、重要だと思われる部分をメモしておこうと思います。

 朝原宣治の「肉体マネジメント」では、北京オリンピックで男子4×100mリレーで、日本チームが銅メダルをとったことからはじまって、朝原選手のさまざまなエピソードが語られてゆきます。内容が豊富で、語り口もやさしく、どんどん読んでゆけるものです。スプリントランニングにかかわっている人は、ぜひ読んでおくべきものです。
 「高速ランニングフォーム」を研究している私として、ぜひともメモしておくべきところを取り出すことにします。それは、次のような文章のところです。

 A1) 固めるところをがっちり固めて、テコの原理を利用して、四肢を動かすことで末端のスピードが出る。そうすれば、自分の手足をそれほど意識的に「動かす」必要がなくなります。
 A2) 体幹では骨盤がそうですし、末端の関節では足首もそうです。オンのときにガチッと固めて、オフのときに緩める。
 A3) 足首は滞空時は緩めておきますが、接地しているときに少しでもグニャッとしたらダメです。
 A4) 接地したときに体幹がぶれず、テコのように固めるとブンと体が弾みます。
 A5) 体幹を固めて、重心にしっかり乗り込み、地面からの反発を体の中心で受けて前に弾む。
 (いずれも、p181「エンジンとタイヤ」の節より)

 朝原選手は科学者ではなくランナーのほうだったので、実際にランナーがどのような感覚で走っているのかということを豊かに語っています。このほかに、トレーニングに対する考え方など、スプリンターやコーチなどが学ぶべきノウハウが語られています。

 為末 大「走りの極意」

 為末 大の「走りの極意」では、世界選手権で銅メダルを2度とった400mハードルについての技術的なことはほとんど何も語られません。ハードリングの技術が語られないわけですが、400mを走るランニングについての技術として、ランニングを「加速局面」「等速局面」「減速局面」の3つに分けてとらえるという視点を述べています。400mでは、ずうっと減速しながら走るわけです。そのような「減速局面」のフォームの効率がよいということは、たしかに、成績につながるはずです。
 前半のところでは、画像をつけて、いくつものドリルについて説明されています。それらのドリルの補助文がとても重要なヒントとなります。
 これらのドリルのおわりのところに「走り」に関するQ&Aというものがあります。このあたりも参考になります。
 メモしておくべきところがたくさんあるので進みます。

 T1) フラットに着地すること/足首の関節をなるべく動かさないように固定し、なるべく自分の重心の真下近くに接地する。そこで地面を押し、接地した脚は膝を軽く曲げた状態にしたまま、後方にスウィングする。
 T2) 「足を三角形に回せ」/接地して地面を押した足は、後方にキックせず、そこから前方斜め上に引き上げる。そして、膝が前に出たところで、足を真下にストンと落とす。その足に乗り込むようにして体重をかけ、地面を押した足は、そのまま斜め上に引き上げる。これを繰り返していく。本人は足を三角形に動かしているイメージで走るのだが、もちろん、実際に足の軌跡が三角形を描くわけではない。このイメージを持つことで、足が後ろに流れるのが抑えられ、速く前に出てくるようになる。
 T3) 「前さばき」/左足が接地すると、その横を右足が前に出てゆく。脚が入れ替わるこの動きをシザースと呼ぶ。このシザースのポイントを前にずらし、体の前でシザースするようなイメージで走る技術を「前さばき」と呼ぶ。
 T4) ゴムボールのような接地時間の長い走りから、ゴルフボールのような接地時間の短い走り。
 T5) スプリントサーキット/ハードルドリル、ミニハードル、メディシングボール投げ、V字腹筋、スキップ、ランジ、スクワットジャンプといった補強運動を行い、それを走りに結びつけていくというもの。
 T6) ウェイトトレーニング/筋肥大を起こさせるようなものは一切行わず、やってもスナッチなどの瞬発系種目だった。
 T7) 自分の走りに「増幅」を感じられるようになった。走っているうちに、どんどんストライドが伸びていき、それがどこまでも増幅していくような気がする。
 T8) 足はそっと置くのでも、たたきつけるのでもなく、噛みつくように接地する。噛みつくという言葉によって、引き戻しながら力強く接地することを伝えられるような気がする。
 T9) (ジョナサン・エドワーズの跳躍を見て)たった3歩で18mの距離を移動するためには、高速で、しかもスピードを殺さずに、地面に力を加えていかなればならない。その技術と高速で走る技術は共通するに違いない。

 厳選しましたが、9項目もありました。ランナーとしての感覚的なことだけでなく、理論的なことにも触れていて、とても参考になります。
 これでようやく、この2冊を図書館へと返却することができます。
 これらのことについて、私が説明を加えるという立場ではありません。私の方法というのは、科学的に解析したデータを示すということです。感覚とか仮説のようなものではなく(そのようなことをコメントすることもありますが)、はっきりとした解析結果を示すということです。それらについては、また、別のページで。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, Nov 22, 2012)

 

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