高速ランニングフォームについてのエピソード(41)
短距離走でヒップドライブ速度 p(dT-dK) の値を高めるためには

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 「エピソード(39) 短距離走でもっとランニングスピードを高めるためには」で、(1) キック脚重心水平速度dKを高める、と(2) ヒップドライブ速度p(dT-dK)を高める、という2つのテーマがあるということを述べ、「エピソード(40) 短距離走でキック脚重心水平速度dKの値を高めるためには」で、@ ガンマクランクキック(γ)かガンマデルタクランクキック(gd)で走る、A aGO/g値が5から8の範囲で、より大きなキック力を生み出す(以下略)などの要点(コツ)を論じたのだから、次は、ここのタイトルにあるような、ヒップドライブ速度 p(dT-dK) についての要点(コツ)を明らかにするというのが本来の道筋だと考えられてしまうことでしょう。
 ところが、何から何まで全てお見通し、というわけにはいかないのです。短距離走において、ヒップドライブ速度 p(dT-dK) という要素が、第2番目の重要度で、およそ、全速度dGの30パーセントを受け持つのだということが明らかになったのは、ほんのわずか前のことにすぎません。正直言って、短距離走でヒップドライブ速度 p(dT-dK) の値を高めるためには、いったい、どのようなことに注意すればよいのかということについて、ほとんど何も分からないのです。スプリントランニングフォームの研究は、まだまだ発展途上なのです。
 このあと、ヒップドライブ速度 p(dT-dK) という要素について、現時点での知識を整理します。

 ヒップドライブ速度 dT-dKと全重心水平速度dG

 次の図1(ALL)は、これまで調べた全てのランニングフォーム(ALL)についての、ヒップドライブ速度dT-dKと全重心水平速度dGの関係を調べたものです。かなり広がってはいますが、ほどよく、正の相関があるということが分かります。
 その下の図2(2013山縣選手Yg)は、2013年日本選手権100m決勝の山縣亮太選手のフォームについての、ヒップドライブ速度dT-dKと全重心水平速度dGの関係です。上下のばらつきがあまりなく、強い正の相関があるということが分かります。


図1(ALL) 全重心dGとヒップドライブ速度dT-dK


図2(2013山縣選手Yg) 全重心とヒップドライブ速度


図3(US) 全重心とヒップドライブ速度

 図3(US)は、2013年のUS選手のデータです。このときのUS選手の100mのタイムは11秒39でした。このプロットデータは、トップスピードのときのものではなく、幾分かスピードが低下していたと考えられるラスト区間のものです。また、図4(Erg)は2012年までの江里口匡史選手の、図5(Ost)は2012年の大瀬戸一馬選手の、図6(2013FK 200mラスト)は2013年日本選手権200m決勝の福島千里のラスト区間の、それぞれについての、全重心とヒップドライブ速度を調べたものです。ヒップドライブ速度において4 [m/s] 台の値が生み出されています。


図4(Erg) 全重心とヒップドライブ速度


図5(Ost) 全重心とヒップドライブ速度


図6(2013FK 200mラスト) 全重心とヒップドライブ速度

 上記のデータを見比べて、男子100mで11秒台のランナーが10秒台を目指すとしたら、全重心水平速度dGとして10 [m/s] ほどのレベルに達する必要があり、そのとき、ヒップドライブ速度としては、少なくとも、4 [m/s] 台を生み出しているべきだと考えられます。もちろん、第1のベースはキック脚重心水平速度dKで生み出され、それは、6 [m/s] 以上であるべきです。
 スピード能力3要素の、dK, p(dT-dK), q(dS-dB)として、6, 3, 1でdGが10となります。このとき、p(dT-dK)=3 より、p=2/3を代入して、dT-dK=4.5となります。また、q(dS-dB)=1へq=1/4を代入して、dS-dB=4 が得られます。こちらの、相対スウィング速度は、ほぼ満たされているようですが、dK=6とdT-dK=4.5が満たされないと、10 [m/s] には達しません。
 このような見積もりにより、図3(US)の目標は、dT-dK=4.5となるわけです。

 ヒップドライブ速度 dT-dKとキック軸加速度比 aGO/g

 ヒップドライブ速度 dT-dKとキック軸加速度比 aGO/gの関係について調べます。図1(ALL)のような、さまざまなタイプのランナーについてのデータでは、特徴や傾向がぼんやりしてしまいますので、2013年の山縣亮太選手のデータについて詳しく調べることにします。
 図7(2013山縣選手Yg)は2013年日本選手権100m決勝の山縣亮太選手のヒップドライブ速度とGO軸加速度比を調べたものです。キック軸(GO軸)加速度比の値として1〜9が生み出されていますが、ヒップドライブ速度に関して、とくに何らかの傾向があるようには見えません。このグラフだけを見る限り、キック脚を中心とした出力を意味するaGO/gと、ヒップドライブ速度dT-dKは、ほぼ独立した要素ということになります。


図7(2013山縣選手Yg) ヒップドライブ速度とGO軸加速度比

 しかし、図7(2013山縣選手Yg)のデータを、スプリントランニングフォームにおける、次の3種類の、フォーム分類によって分けてみると、ヒップドライブ速度とGO軸加速度比に、何らかの関係があるということが見えてきます。
 図8はアルファクランクキック(α)とベータクランクキック(β)について、図9はガンマクランクキック(γ)とガンマデルタクランクキック(gd)について、図10はデルタクランクキック(δ)とピストンキックについて、それぞれ表示したものです。


図8(2013山縣選手Yg αβ) ヒップドライブ速度とGO軸加速度比


図9(2013山縣選手Yg γ gd) ヒップドライブ速度とGO軸加速度比


図10(2013山縣選手Yg δP) ヒップドライブ速度とGO軸加速度比

 図10のδPでは、やはり、相関は認めにくいものですが、図9では、左端の(実は、これだけがgd)一つを無視すれば、右のγに関しては正の相関が、そして、図8のαβでは、明らかに正の相関が認められます。
 これらより、高速ランニングフォームとしての、αβγクランクキックにおいては、ヒップドライブ速度とGO軸加速度比において、正の相関があるということが分かります。つまり、これらのαβγクランクキックにおいては、キック軸に沿って大きな力を生み出すことにより(フォームとしての技術的なコツは少し必要ですが)、より大きなヒップドライブ速度へとむすびつくことになります。
 次の図11は、US選手のデータです。ラスト区間であることが影響してか、aGO/gの値があまり大きくありません。また、ヒップドライブ速度とGO加速度比について、相関が無いようなプロットとなっています。これらのフォームの中にはアルファクランクキックやベータクランクキックも混じっているのですが、これらのフォームの特徴がうまく生かされていません。


図11(US) ヒップドライブ速度とGO軸加速度比

 短距離走でヒップドライブ速度 p(dT-dK) の値を高めるためには、次の条件を満たすようにするとよいでしょう。

 @ αβγクランクキックで走る。
 A aGO/g値として5以上を生み出せるように、強いキックを心がける。


 この条件は、キック脚重心水平速度dKの値を大きくするためのものと共通しています。

 ヒップドライブ速度 dT-dKと相対スウィング速度 q(dS-dB)

 図12は2013年山縣選手のヒップドライブ速度と相対スウィング速度の関係で、図13はUS選手の、それです。山縣選手のデータをガンマクランクキックのフォームに限定してプロットすると、ヒップドライブ速度と相対スウィング速度が負の相関をもっていることが、もっとはっきりしますが、ここでは割愛します。全体として相対スウィング速度が大きいということは、全速度にも寄与してゆくことになりますが、こちらに意識を集めすぎると、より寄与率の大きなヒップドライブ速度を低下させてしまうので、逆効果となります。


図12(2013Yg) ヒップドライブ速度と相対スウィング速度 

 図13(US)は(2013年の)US選手のヒップドライブ速度と相対スウィング速度の関係です。正の相関も負の相関も無いようにプロットされています。ヒップドライブ速度も相対スウィング速度も、低いレベルにとどまっています。


図13(US) ヒップドライブ速度と相対スウィング速度

 ヒップドライブ速度 dT-dKとキック脚重心水平速度 dK


図14 ヒップドライブ速度とキック脚重心水平速度

 図14(a) 2013 Yg のデータによると、ヒップドライブ速度とキック脚重心水平速度は、少しばかり、正の相関があるようです。これは、山縣選手のフォームにおいては、dK値とdT-dK値が、共通のファクターとしてのaGO/g値によってむすびつけられているからだと考えられます。すなわち、一つの瞬間に、全身の力が集められているということなのでしょう。

 ヒップドライブ速度 dT-dKとキック足の足底角


図15(2013 Yg) ヒップドライブ速度とキック足の足底角


図16(US) ヒップドライブ速度とキック足の足底角

 図15(2013 Yg)のデータによると、キック脚の足底角が20度あたりにヒップドライブ速度のピークがあります。この足底角の値は、キック脚重心水平速度dKの最大値が得られるものと一致しています。山縣選手のすぐれたフォームでは、いろいろな動きが、選ばれた一瞬に集中しているということです。

 ヒップドライブ速度 dT-dKとGO前傾角


図17 ヒップドライブ速度とGO前傾角

 図17(a) 2013 Yg のデータによると、大きなヒップドライブ速度が生み出されるのは、GO前傾角が8度くらいであることが分かります。GO前傾角の大きなデルタクランクキックなどではなく、(GO前傾角が8度だと)ベータクランクキックとなります。
 図17(b) USのデータでは、このような傾向は現れていません。

 考察

 主に、2013年日本選手権100m決勝の山縣亮太選手(100m10秒11)と、US選手(同11秒39)のデータを比較することにより、ヒップドライブ速度dT-dKの値を、もうすこし大きなものとして生み出すための条件のようなものを探そうとしました。しかし、得られたものは、キック脚重心水平速度dKが大きなものとして得られる条件とほほ同じでした。これは、おそらく、山縣亮太選手が、ヒップドライブ速度もキック脚重心水平速度も、一つの動作として、そのときに全身の力を集中させているからだと考えられます。ある意味、これが重要なヒントとなっているのかもしれません。全身の力を一瞬に集めること、そして、そのときのフォーム分類での「形」をコントロールするということが大切なことなのだと思われます。
 ただし、何もかも、ランニングフォームに原因を求めるというのは、問題の視野を狭くします。もう一つの視点として、パワーの源泉のレベルアップというものがあります。強いバネ、大きな出力、それらのスピードを考慮した、時間的なタイミングのことなどを追及してゆかなければなりません。
 そして、もう少し具体的には、ランナーがどのように意識して、このような力の集中に取り組んでいるのかということが、まだよく分かりません。ひょっとすると、普段の何らかのトレーニングにより、実際に走るときには、何も考えなくてもよいということになっているのかもしれませんし、走っているときに、何かを意識して、そのことを、呪文をとなえるようにして、つぶやいているのかもしれません。
 (Written by KULOTSUKi Kinohito, Aug 17, 2013)

 

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