高速ランニングフォームについてのエピソード(42)
200mスプリントランニングにおけるA.ゲミリ選手のトルソ振動は

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 2013年世界選手権200m準決勝で19秒98を出したA.ゲミリ選手(英)のスプリントランニングフォームを調べるため、スローモーション画像をjpg静止画像へと展開し、ウィンドウズのフォトギャラリーでチェックしていたとき、ボブ・ヘイズ選手(1964年東京オリンピック100m勝者)のように、上半身を細かく振動させているということに気づきました。
 スプリントランニングのスピード能力3要素における、キック脚重心水平速度dKの値を高めるのが、もっとも重要な課題ですが、それに次いで、ヒップドライブ速度dT-dKの値を、もっと高める必要があります。
 山縣亮太選手のランニングフォームをさまざまな角度から調べることにより、キック脚重心水平速度dKの値を大きくするには、どのような技術を試みるべきなのかということは分かってきました。もちろん、一日にして達成できるものではありませんが、トレーニングの方向づけは出来るようになってきました。
 ところが、ヒップドライブ速度dT-dKの値を大きくするには、どのようなことを心がけ、どのようにトレーニングしてゆけばよいのかということは、よく分かっていません。
 ときどき、天才的なスプリンターが現れることがあります。筋肉がまだあまり発達していない少女や少年のときから、他の選手より飛び抜けて速く走ります。このような選手のランニングフォームを調べると、たいてい、ヒップドライブ速度dT-dKのレベルが抜きん出ているのです。
 強いチームで、多くのランナーが、同じトレーニングを行っていても、このような天才的なスプリンターはすくすく伸びてゆくのに、他のランナーの記録は停滞ぎみだったりします。優れた指導者と評判の高いコーチでも、誰でも速く走らせることができるというものではないという、シビアーな現実があります。
 男子100mのスプリンターを調べたところ、10秒台のランナーと11秒台のランナーとでは、ヒップドライブ速度dT-dKのレベルが、明らかに異なるのです。
 このようなことから、ヒップドライブ速度dT-dKのメカニズムを明らかにして、そのトレーニングシステムを構築することにより、天才的なスプリンターだけではなく、より一般的なランナーも、しかるべくトレーニングしてゆけば、記録は必ず伸びてゆくということを示したいのです。
 そのような、ヒップドライブ速度dT-dKのメカニズムを明らかにすることができるのではないかという、ひらめきのようなものを感じて、A.ゲミリ選手のスローモーション画像と解析画像のいくつかを見比べ、いったい、どのように解析プログラムを改良してゆけば、上半身の振動(トルソ振動)を、定量的に示すことができるのかということを考えました。

 トルソ角の角度変化(角速度)

 図1はGEMILI(5)のランニングフォームです。
 図2は、この、解析5歩目のキック区間についての、いろいろな解析データを表示したページです。


図1 GEMILI(5)のランニングフォーム


図2 GEMILI(5)の解析ページ(全体)
(丸かこみ数字は、ここでの説明のために加えたもの)

 図2における丸かこみ数字は、ここでの説明のために加えたもので、実際の解析ソフトのページにはありません。
 @はランナーの全重心(G)の、水平速度dxと鉛直速度dyの数値表です。これらの値は、Bのグラフにプロットされています。Hが水平速度dxでIが鉛直速度dyです。縦線の入っていない、明るい部分がキック区間となります。縦の赤点線がキックポイントの位置です。これの定義は、水平速度dx(H)が、このキック区間で最大値をとるときです。Hのピーク位置に縦の赤点線が位置します。Iが鉛直速度で、これも、赤点線の位置でピークを迎えています。このことは、キックポイントのところで離陸したことを意味しています。げんみつなキック区間は離陸の瞬間までなのですが、便宜的に、この解析システムでは、キックポイントの前後5つの詳細フォームの区間をキック区間としています。
 キック区間の開始フォームがDで、終了フォームがCです。Eのキックポイントのフォームは、それらの中間に位置します。FとGは、それらのデータです。
 ここで考察しようとしているトルソ角は、Eに描いた三角形TWNの∠TWNのことです。Tは(両腕も含めた)上半身の重心で、Wは腰点です。Nは便宜的に設けた点で、Wのx座標とTのy座標をもっています。


図3 GEMILI(5)のキック区間の姿勢
(Cキック終了 ← Eキックポイント ← Dキック開始)

 トルソ角の変化の値がAに示され、図4(Bのグラフ)のJとしてプロットされています。右のほうにある(0), (10), (20)の目盛が角度値です。


図4 GEMILI(5)のキック区間の全重心速度 (dx, dy) とトルソ前傾角 (∠TWN)
(縦の赤点線がキックポイント位置、明部がキック区間、Hdx値(=dG)、Idy値、Jトルソ前傾角)

 開始フォーム(詳細フォームの10)と終了フォーム(詳細フォームの20)の、それぞれのトルソ角を、∠TWN(10)と∠TWN(20)とします。
 トルソ角の変化(dtwn)は、これらの差の絶対値として定義します。

   dtwn = abs(∠TWN(20) - ∠TWN(10))

 1秒間に30コマ撮影するビデオ画像から解析したときは、30詳細フォームが1秒ですから、キック区間である、10詳細フォームのトルソ角の変化値を3倍すると、トルソ角の角速度となります。
 このときのスローモーション画像は50コマで1秒だったので、角速度を求めるためには5倍することになります。Aのいちばん上の行に、∠TWN → 30.1 [度/秒]とあるのが、このキック区間における、GEMIL選手のトルソ角の角速度です。
 このようにして求めた、GEMIL選手の、200mゴール前10歩におけるトルソ角の角速度の値は、次のようになりました。



 解析4歩目や6歩目のように、トルソ角があまり変化していないキックフォームもあります。また、ゴール前3歩でも、トルソ角の変化は大きくありません。解析2, 3, 5, 7歩のように、トルソ角が大きく変化しているときは、秒速30度くらいになっています。
 A.ゲミリ選手は、確かに、キックの瞬間、上半身を動かしています。毎歩というわけではなく、2歩に1回ずつか、ゴール前のように、まったく忘れているか、あるいは、解析2歩目と3歩目のように、連続しているケースもあります。

 トルソ角の変化はどのような影響を生み出したのか

 それでは、このようなトルソ振動が、ランニングフォームのいろいろな要素に関して、どのような影響をもたらしているかを調べます。
 はじめの予想として、このようなトルソ振動が、スピード能力3要素のうち、ヒップドライブ速度を強化しているのではないかと考えていました。解析テーマとして、(1)全速度dG、(2)キック脚重心水平速度dK、(3)ヒップドライブ速度dT-dK、(4)相対スウィング速度dS-dB、(5)キック軸加速度比aGO/g、これらの5つを想定しましたが、上記予想が気になりますので、(3)ヒップドライブ速度dT-dKとトルソ振動TWN [度/秒] の関係について見ることにします。


図5 トルソ姿勢角TWLとヒップドライブ速度dT-dK          図6 △TWN

 図5は横軸にトルソ姿勢角、縦軸にヒップドライブ速度をとって、A.ゲミリ選手の10歩のフォームについてのデータをプロットしたものです。図6には、キック区間開始(@)と終了(A)のフォームに、 △TWNを描いたものです。
 図6の△TWNの∠TWNがトルソ前傾角で、腰点Wから後方に引いた水平線の右端をLとして、∠TWLがトルソ姿勢角です。これらの値は90度異なっていますが、このときの解析では、@とAにおける、2つの値の差をとるので、同じ値となります。グラフでのTWLはトルソ姿勢角の角速度 [度/秒] です。
 図5のプロットについて考察しましょう。これらは、やや右下がりですが、相関としては、ほとんど無いということになります。これは意外な結果でした。トルソ振動がヒップドライブ速度を強化しているのではないかという予想は、見事に裏切られました。
 (Written by KULOTSUKi Kinohito, Sep 2, 2013)

 

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