高速ランニングフォームについてのエピソード(43)
A.ゲミリ選手のトルソ振動は、いったい何のために起こっているのか

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 「高速ランニングフォームについてのエピソード(42) 200mスプリントランニングにおけるA.ゲミリ選手のトルソ振動は」において、A.ゲミリ選手が、幾つかのキックフォームで上半身の振動(トルソ振動)を生み出していることを定量的に示しました。これは、A.ゲミリ選手の大きなヒップドライブ速度に関係しているのではないかという疑問について考察するための手続きでした。A.ゲミリ選手のランニングフォームを手掛かりとして、ヒップドライブ速度dT-dKのメカニズムを明らかにすることができるのではないかと考えたからのことです。
 ところが、このような解析で明らかになったことは、A.ゲミリ選手のトルソ振動と、A.ゲミリ選手のヒップドライブ速度には、正の相関が見られないということでした。つまり、かんたんに言うと、無関係だということです。
 これは、意外な結論でしたが、無意味なことではなく、それなりに重要な発見です。しかし、現実的に、A.ゲミリ選手は、私のような、速く走れない選手や、何年もスピード障害に陥って記録を停滞させている、11秒台の選手に比べ、明らかに大きなヒップドライブ速度を生み出して、全体の速度レベルを引き上げています。
 このようにして始めた新しい解析システムのテーマとして、次のようなことを取りあげることになります。
 (T1) A.ゲミリ選手のトルソ振動は、いったい何のために起こっているのか
 (T2) A.ゲミリ選手の大きなヒップドライブ速度は、どのようなメカニズムによって生み出されているのか
 このページでは、これらのテーマのうち、T1をとりあつかいます。

 A.ゲミリ選手のトルソ振動と他の解析テーマ

 解析テーマとしての、(1)全速度dG、(2)キック脚重心水平速度dK、(3)ヒップドライブ速度dT-dK、(4)相対スウィング速度dS-dB、(5)キック軸加速度比aGO/gについて、エピソード(42)では(3)ヒップドライブ速度dT-dKについて調べました。この方法に習って、他のテーマとトルソ振動との関係を調べることにします。
 次の図1から図4は、横軸にトルソ姿勢角TWL [度/秒] (トルソ振動の大きさ)をとり、縦軸に上記解析テーマの、(1)全速度dG(→ 図1)、(2)キック脚重心水平速度dK(→ 図2)、 (4)相対スウィング速度dS-dB(→ 図3)、(5)キック軸加速度比aGO/g(→ 図4)をとって、A.ゲミリ選手のデータをプロットしたものです。


図1 トルソ姿勢角TWLと全重心水平速度(dG)
(→ 相関は、ほとんどありません)


図2 トルソ姿勢角TWLとキック脚重心水平速度(dK)
(→ 正の相関が認められます)


図3 トルソ姿勢角TWLと相対スウィング速度(dS-dB)
(→ 正の相関が認められます)


図4 トルソ姿勢角TWLとキック軸加速度比(aGO/g)
(→ 相関は、ほとんどありません)

 図1から図4を見ると、図2のキック脚重心水平速度dKと、図3の相対スウィング速度(dS-dB)が、トルソ姿勢角TWL [度/秒] (トルソ振動の大きさ)と正の相関をもつということが分かります。
 トルソ振動は、キック脚重心水平速度dKと相対スウィング速度(dS-dB)に関係していたということになります。これも、新たな発見としての知識となります。しかし、ここでのデータは、まだ、A.ゲミリ選手の10歩のランニングフォームだけです。このようにして分かったことは、まだ、A.ゲミリ選手にだけ(あるいは、A.ゲミリ選手のようなタイプのランナーにだけ)あてはまることなのかもしれません。

 他選手のデータを加えての、トルソ振動と5つの解析テーマ

 実は、このような解析システムを組みあげる中で、A.ゲミリ選手だけでなく、2013年の日本選手権における、男子100m山縣亮太選手、同200m飯塚翔太選手、女子200m福島千里選手のランニングフォームについてのデータを打ち込んであります。それらを背景プロットとした、A.ゲミリ選手のデータを示します。
 次の図5から図9は、横軸にトルソ姿勢角TWL [度/秒] (トルソ振動の大きさ)をとり、縦軸に(1)全速度dG(→ 図5)、(2)キック脚重心水平速度dK(→ 図6)、 (3)ヒップドライブ速度dT-dK(→ 図7)、(4)相対スウィング速度dS-dB(→ 図8)、(5)キック軸加速度比aGO/g(→ 図9)をとって、上記日本の3選手のデータを薄い色の背景とし、Aゲミリ選手のデータをプロットしたものです。


図5 トルソ姿勢角TWLと全重心水平速度(dG)
(→ 全体として、わずかに、正の相関が認められます)


図6 トルソ姿勢角TWLとキック脚重心水平速度(dK)
(→ 全体として、正の相関があります)


図7 トルソ姿勢角TWLとヒップドライブ速度(dT-dK)
(→ 全体として、相関はありません)


図8 トルソ姿勢角TWLと相対スウィング速度(dS-dB)
(→ 全体として、正の相関があります)


図9 トルソ姿勢角TWLとキック軸加速度比(aGO/g)
(→ 全体として、相関はありません)

 A.ゲミリ選手だけのデータで見られたことが、3名の日本選手のデータを加えた解析によっても確認することができました。
 トルソ振動は、キック脚重心水平速度dKと相対スウィング速度(dS-dB)に関係しているのです。そして、初めに想定していた、ヒップドライブ速度との関係は認められません。
 このような解析システムを構築する上で、これまでの解析システムの手法を取り入れ、スプリントランニングフォームの、アルファクランクキック(α)からピストンキック(P)までの、フォーム分類のタイプ分けによって、データを表示することができるようにしました。これを使って、キック脚重心水平速度dKと相対スウィング速度(dS-dB)にテーマを絞り、さらに詳しい解析を行います。

 フォーム分類を加えた詳細な解析(TWL, dK)

 フォーム分類として、接地時のキックポイントのフォームにおける、重心と接地位置の関係から、
 [1] 重心直下に近い接地 → フォーム分類(α, β)
 [2] 重心直下からやや後方まで地面を押す → フォーム分類(γ, gd)
 [3] 重心直下より後方に接地し、後方へと押す → フォーム分類(δ, P)
の3つのクラスにまとめて、データをとりあつかいます。gdはガンマデルタクランクキックの略記号です。ガンマランクキック(γ)とデルタクランクキック(δ)の境界あたりのフォームです。


図10 フォーム分類(α, β)でのトルソ姿勢角とキック脚重心水平速度
(→ わずかに正の相関が認められます)


図11 フォーム分類(γ, gd)でのトルソ姿勢角とキック脚重心水平速度
(→ 弱い正の相関があります)


図12 フォーム分類(δ, P)でのトルソ姿勢角とキック脚重心水平速度
(→ 強い正の相関があります)

 図10から図12の解析結果より、トルソ姿勢角TWL [度/秒] (トルソ振動の大きさ)とキック脚重心水平速度dKの関係においては、フォーム分類のクラスに関して、(α, β)<(γ, gd)<(δ, P)の順で、より強い正の相関があるということが分かりました。

 フォーム分類を加えた詳細な解析(TWL, dS-dB)

 次に、トルソ姿勢角TWL [度/秒] (トルソ振動の大きさ)と相対スウィング速度dS-dBの関係について、クラス分けに応じて解析します。
 フォーム分類のクラスは、上記と同じく、[1](α, β), [2](γ, gd), [3](δ, P)の3つとします。


図13 フォーム分類(α, β)でのトルソ姿勢角と相対スウィング速度
(→ ほとんど相関はありません)


図14 フォーム分類(γ, gd)でのトルソ姿勢角と相対スウィング速度
(→ 強い正の相関があります)


図15 フォーム分類(δ, P)でのトルソ姿勢角と相対スウィング速度
(→ ほとんど相関はありません)

 図13から図15の解析結果より、トルソ姿勢角TWL [度/秒] (トルソ振動の大きさ)と相対スウィング速度dS-dBの関係においては、フォーム分類のクラスに関して、(γ, gd)にだけ、強い正の相関があるということが分かりました。

 まとめ

 トルソ姿勢角TWL [度/秒] (トルソ振動の大きさ)が、(1)全速度dG、(2)キック脚重心水平速度dK、(3)ヒップドライブ速度dT-dK、(4)相対スウィング速度dS-dB、(5)キック軸加速度比aGO/gの5つのテーマの、どれと関係があるのかということを調べたところ、当初予想していた(3)ヒップドライブ速度dT-dKは無関係で、(2)キック脚重心水平速度dKと(4)相対スウィング速度dS-dBに関して、正の相関があると分かりました。
 さらに、これらの2つのテーマ、(2)キック脚重心水平速度dKと(4)相対スウィング速度dS-dBについて、[1](α, β), [2](γ, gd), [3](δ, P)の3つのフォーム分類ごとに、さらに詳しく調べたところ、(2)キック脚重心水平速度dKについては、(α, β)<(γ, gd)<(δ, P)の順で、より強い正の相関があり、(4)相対スウィング速度dS-dBについては、(γ, gd)にだけ、強い正の相関があるということが分かりました。
 おおまかにまとめてみると、ガンマクランキック(γ)やガンマデルタクランクキック(gd)のフォームで走ったとして、@より速い相対スウィングを試み、Aより速いキック脚重心水平速度dKを生み出したとき、B大きなトルソ姿勢角TWL [度/秒] (トルソ振動の大きさ)が生じているということになります。これらの@とAとBは、どれが原因で、どれが結果かということを決めることはできないと思われます。これらの3つの現象が、ひとつの動きとなって生じていると考えられます。  トルソ姿勢角TWL [度/秒] (トルソ振動の大きさ)が(3)ヒップドライブ速度dT-dKと関係しているのではないかという予想に基づいて調べてきましたが、関係しているのは、(2)キック脚重心水平速度dKと(4)相対スウィング速度dS-dBでした。これらは、全速度の、およそ7割の寄与率となります。このことは充分意味のあることですが、これで疑問の全てが明らかになったということにはなりません。
 全速度の、およそ3割の寄与率となる、ヒップドライブ速度を高めるには、どのように動けばよいのかということが、まだ、よく分からないのです。
 次の解析ページでは、この問題について調べます。
 (Written by KULOTSUKi Kinohito, Sep 2, 2013)

 

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