高速ランニングフォームについてのエピソード(44)
大きなヒップドライブ速度は、どのようなメカニズムで生じているのか

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 エピソード(42)では、2013年世界選手権200m準決勝で19秒98を出したA.ゲミリ選手(英)のスプリントランニングフォームを調べ、キック動作のあいだに上半身の姿勢角が大きく変化すること(トルソ振動)があるということを、定量的に明らかにし、このトルソ振動がヒップドライブ速度を強化しているのではないかという予想のもと、これらの関係を調べましたが、この予想は見事に裏切られ、A.ゲミリ選手のトルソ振動とヒップドライブ速度とは、まったく無関係だということが分かりました。
 エピソード(43)では、(T1) A.ゲミリ選手のトルソ振動は、いったい何のために起こっているのか、というテーマのもと、A.ゲミリ選手だけでなく、2013年の日本選手権における、男子100m山縣亮太選手、同200m飯塚翔太選手、女子200m福島千里選手のランニングフォームについてのデータを(背景プロットとして)加え、トルソ姿勢角TWL [度/秒] (トルソ振動の大きさ)と、(1)全速度dG、(2)キック脚重心水平速度dK、 (3)ヒップドライブ速度dT-dK、(4)相対スウィング速度dS-dB、(5)キック軸加速度比aGO/gとの関係を調べたところ、(2)キック脚重心水平速度dKと(4)相対スウィング速度dS-dBに関して、正の相関があることが分かりました。
 また、これらの2つのテーマにおけるデータを、[1](α, β), [2](γ, gd), [3](δ, P)の3つのフォーム分類ごとに、さらに詳しく調べたところ、(2)キック脚重心水平速度dKについては、(α, β)<(γ, gd)<(δ, P)の順で、より強い正の相関があり、(4)相対スウィング速度dS-dBについては、(γ, gd)にだけ、強い正の相関があるということが分かりました。
 このような解析の流れを受け、このページでは、「大きなヒップドライブ速度がどのようなメカニズムで生じているのか」というテーマに基づいて、これまでの解析グラフの縦軸であった、トルソ振動TWL [度/秒] に加えて、ランナーのいろいろな動きを調べてゆきます。

 ランナーのいろいろな動き

 図1はランナーのいろいろな動きを調べる角(角速度 [度/秒])を、GEMILI(5)のキック区間の開始フォームと終了フォームについて描いたものです。ここで角の名称を構成するために用いている記号は、T(トルソ、上半身の重心)、W(腰点)、K(キック脚の膝点)、A(キック脚の足首)、H(キック脚のかかと)、O(キック脚の地面における支点、ここでは拇指球の位置)、L(一つ前の点に関する水平後方の点)、N(一つ前の点に関する鉛直上方の点)です。


図1 ランナーのいろいろな動きを調べる角(角速度 [度/秒])

 図1で示した角(角速度 [度/秒])は、(1) WKL(momo姿勢角)、(2) KAL(sune姿勢角)、(3) HOL(K底角)、(4) KOL(K膝姿勢角)、(5) TOL(TO姿勢角)、(6) TAL(TA姿勢角)、(7) WAL(WA姿勢角)、(8) TWN(=TWL-90)(トルソ前傾角)、(9) HIP(=TWK)(ヒップ角)です。
 これらの中に、スウィング脚の変化についての角度は何も含まれていません。これは、スウィング脚の変化については、これまでの、スウィング脚重心Sの動きによって、おおよそのことが分かりますし、キック棒重心Bに対するSの動きとして、相対スウィング速度dS-dBを考慮することで、およその特性をつかむことができます。

 ランナーのランニングフォーム(サンプル)

 図2は、この解析で用いたデータの、主体となる4名のランナーについての、ランニングフォームのサンプルです。4名のランナーのデータとは、2013年世界選手権200m準決勝のA.ゲミリ選手(GEMILI)、2013年の日本選手権における、男子100m山縣亮太選手(YMGT)、同200m飯塚翔太選手(IZK)、女子200m福島千里選手(FK)です。( )内の数字は解析フォーム番号です。山縣選手のケースでは、スタート8歩目から解析番号を8としていますから、そのままの数字が、スタートからの歩数に相当します。他3選手のケースでは、ゴール直前の、およそ10歩について調べています。


図2 ランナーのランニングフォーム(サンプル)

 これらのランニングフォームにおけるキック脚の使い方については、さらに詳しい分析をやらないと、よく分かりませんが、スウィング脚の使い方については、このような、全体の流れを見ることによって、いくらか違いを指摘することができます。
 A.ゲミリ選手のスウィング脚は、無理なく前方へと引きだされているという印象があります。これに対して、飯塚選手と福島選手のスウィング脚は、後方へと巻きあげられており、そこから回転運動で、前方へと引きだされていますので、あまりスピード感がありません。山縣選手は、これらの中間パターンですが、かなり力をこめてスウィング脚を引き出しています。膝もかなり意図的に高くしようとしています。100mの前半でのランニングなので、このような動きも可能なのかもしれません。このときの動きは100mランニングとしては合理的なもので、スウィング脚重心の軌跡は、ほぼ水平なものとなっていました。

 ヒップドライブ速度dT-dKとランナーのいろいろな動きの関係

 このように準備が整うと、いろいろなことを調べることができるのですが、このページでは「ヒップドライブ速度dT-dKとランナーのいろいろな動きの関係」についての解析だけをすすめてゆきます。










図3 ヒップドライブ速度dT-dKとランナーのいろいろな動き

 図3のヒップドライブ速度dT-dKとランナーのいろいろな動きについて、それぞれの動きに対応したグラフを見ると、ヒップドライブ速度dT-dKと明らかに正の相関をもつのは、(5) TOL(TO姿勢角)です。これとよく似た(6) TAL(TA姿勢角)では相関が認められなくて、TALではなくWALとなった(7) WAL(WA姿勢角)では、弱い正の相関があります。ここのところの状況は、かなり複雑なものとなっています。
 シンプルに(5) TOL(TO姿勢角)のことを考えることにします。当初予想していた、トルソ姿勢角(TWL, 角度の図ではTWNの三角形が描かれています)も、ヒップドライブ速度の名前の由来となったヒップ角(HIP)も、ヒップドライブ速度には無関係で、ほぼ、TO姿勢角のみが正の相関をもつわけです。このことから、ヒップドライブ速度dT-dKは、上半身とキック脚を合わせたものとして考えている、キック棒という、棒状のものが、キック脚の支点Oを中心として前方へと振られるとき、定義どおりに、dTからdKを引いたものだと認識出来ます。つまり、ヒップドライブ速度は、これだけを自由に変化させて生み出すことができるものではなく、キック棒というものを固定して考えたときの、支点Oからの距離に応じた、dKとdTのセットから派生するものだったということになります。
 TOLとTALで相関の様子が異なり、TOLでは相関があって、TALでは無いということから、このときのキック棒の前方振動の原動力が、キック脚の足首まわりにあるということを意味しています。つまり、足首点Aから(両腕も含めたトルソとしての)上半身の重心Tまでの動きには無関係だということなのです。

 まとめ

 ヒップドライブ速度は、(5) TOL(TO姿勢角)と、もっとも強い正の相関を持っていました。他の角度変化とは無関係であるということも考慮すると、ヒップドライブ速度dT-dKは、ほぼ固定されたキック棒が、キック脚の支点Oを中心として前方へと振られるときの、dTからdKを引いたものと考えられます。
 つまり、大きなヒップドライブ速度は、上半身とキック脚の関係を、まるで棒のように固定したうえで、変化するキック脚を使って、このキック棒を前方へと速く振ることよって生み出されるのです。
 ただし、ここでの結論は、全体的な一般論です。のちに詳しく説明することになりますが、ランナーのタイプが異なると、ここでの結論とは異なるメカニズムで、より大きなヒップドライブ速度を生み出しているということが分かってきました。このことについては、ページタイトルを変えて論じることにします。
 (Written by KULOTSUKi Kinohito, Sep 4, 2013)

 追記

 解析プログラムを改良して、相関係数の値を求め、回帰直線を描くようにしました。
 こうしてみると、「(5) TOL(TO姿勢角)と、もっとも強い正の相関を持っていました」というのは、間違っていませんが、相関係数の値は+0.57にすぎません。これによく似た値をもつものとして、+0.52の(7) WAL(WA姿勢角)がありますし、(8) TWN(=TWL-90)(トルソ前傾角)では+0.49、(9) HIP(=TWK)(ヒップ角)では+0.44となっており、かんたんに無視できる状況ではないということが分かりました。トルソ振動やヒップ角にも、ヒップドライブの潜在的な原因として、生き残りの可能性が出てきました。もう少し解析を進めていますが、これらの要因は、選手の個性として認められるケースがあるようです。これらについても、ページタイトルを変えて論じることにします。
 (Written by KULOTSUKi Kinohito, Sep 6, 2013)

 

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