高速ランニングフォームについてのエピソード(45)
ヒップドライブ速度に関するメカニズムはランナーによって異なる

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 ヒップドライブ速度はトルソ振動と無関係だということが分かりました。
 また、エピソード(44)において、新たな知識を見出し、次のような「まとめ」を記しました。

 ヒップドライブ速度は、(5) TOL(TO姿勢角)と、もっとも強い正の相関を持っていました。他の角度変化とは無関係であるということも考慮すると、ヒップドライブ速度dT-dK は、ほぼ固定されたキック棒が、キック脚の支点Oを中心として前方へと振られるときの、dTからdKを引いたものと考えられます。
 つまり、大きなヒップドライブ速度は、上半身とキック脚の関係を、まるで棒のように固定したうえで、変化するキック脚を使って、このキック棒を前方へと速く振ることよって生み出されるのです。
 ただし、ここでの結論は、全体的な一般論です。のちに詳しく説明することになりますが、ランナーのタイプが異なると、ここでの結論とは異なるメカニズム で、より大きなヒップドライブ速度を生み出しているということが分かってきました。このことについては、ページタイトルを変えて論じることにします。

 ここで予告したように、ランナーのタイプが異なるとヒップドライブ速度に関するメカニズムが異なるということについて、このエピソード(45)で説明しようと思います。
 上記「まとめ」における「ここでの結論」は、「全体的な一般論」ではなく、幾つかのメカニズムの、一つの極であったということになるようです。

 ヒップドライブ速度とヒップ角(HIP,正式には∠TWKの角速度TWK)

 dT-dKという、上半身重心水平速度dTからキック脚重心水平速度(キックベース速度)dKを引いた速度を「ヒップドライブ速度」と名づけることにしたのは、トルソ振動ではなく、ヒップ角と名づけた、上半身重心Tから腰点Wを経由してキック脚の膝点Kへと、ヒップの後方を回って計測する角の変化を意識したことによります。正式には∠TWKとなりますが、俗称としてのHIP角として、これの角速度をHIPとします。
 まずは、これまでに調べた色々なランナーのランニングフォームのデータについて、ヒップドライブ速度dT-dKとヒップ角HIPの関係を調べます。
 次の図1は個々のランナー(**)の **(HIP, dT-dK)Allについての、相関グラフと、サンプルフォームです。ここでのサンプルフォームには、それぞれのランナーのものを用いています。個々のランナーとは、OE(大江良一, 59歳、全日本マスターズM55クラス100mチャンピオン), IZK(飯塚翔太), FK(福島千里), GML(A.GEMILI), KI16(名称不明、16歳の高校生、中距離ランナー), YMGT,(山縣亮太), KLO(黒月樹人、59歳), US(名称不明、32歳), Y57(名称不明、57歳、中距離ランナー)の9名です。スプリントランニングスピードが最も速いのはYMGTもしくはGMLで、最も遅いのはKLOもしくはY57と考えられます。女性はFKのみで、他は全て男性です。
 次の図1では、相関係数 ρ{x,y} の値が大きいもの順に並べてあります。










図1 個々のランナー(**)の **(HIP, dT-dK)All
(最後のAllはフォーム分類での無分類を意味します)

 これらについての相関係数の最大値はOE選手の ρ{x,y}=+0.29 です。これを上限として、どんどん小さな値となってゆきます。このことから、ヒップドライブ速度とヒップ角の角速度HIPは、ほとんど関係がないと見なされます。
 どうやら、dT-dKを「ヒップドライブ速度」と呼ぶのは見当はずれだったようです。もっと適した名称を考える必要がありそうですが、それは、今回の解析を終えてからのこととしたいと思います。

 ヒップドライブ速度とWKL(キック脚の太もも姿勢角momoの角速度)

 ヒップドライブ速度とトルソ振動TWL(もしくはTWN)やヒップ角速度HIPが無関係だということが分かりました。
 それでは、いったい、どのような動きがヒップドライブ速度と関係があるのかを調べ、より大きな相関係数をもつものとして、 WKL(キック脚の太もも姿勢角momoの角速度)が見出されました。










図2 個々のランナー(**)の **(WKL, dT-dK)All
(最後のAllはフォーム分類での無分類を意味します)

 次の表1は、ランナー(**)に対する、**(WKL, dT-dK)Allの相関係数ρ{x,y}と回帰直線の係数aをまとめたものです。相関係数が大きい順に並べてあります。IZK選手とKI16選手の相関係数は+0.50を超えており、文句なく、関係があると判断することができます。

表1 **(WKL, dT-dK)Allの相関係数ρ{x,y}と回帰直線の係数a




 ヒップドライブ速度とWAL(キック脚WA軸の姿勢角)

 さらに大きな相関係数をもつものとして、 WAL(キック脚の太もも姿勢角momoとすね姿勢角suneを組み合わせたWA軸姿勢角の角速度)が見出されました。ここでwは腰点で、Aはキック脚の足首(くるぶし点)で、LはAから水平後方へのばした任意の位置の点です。










図3 個々のランナー(**)の **(WAL, dT-dK)All
(最後のAllはフォーム分類での無分類を意味します)

 次の表2は、ランナー(**)に対する、**(WAL, dT-dK)Allの相関係数ρ{x,y}と回帰直線の係数aをまとめたものです。相関係数が大きい順に並べてあります。

表2 **(WAL, dT-dK)Allの相関係数ρ{x,y}と回帰直線の係数a



 IZKの相関係数ρ{x,y}=+0.85というのは「強い正の相関がある」と認められるものです。およそY57のρ{x,y}=+0.41あたりまでは「正の相関がある」と主張できるかもしれません。KLOについては、あやふやですが、US, GML,OEの3名は「ほとんど無関係」と考えられることでしょう。

 フォーム分類を限定してWKLとWAL対ヒップドライブ速度の関係を見る

 WKLはmomo角だけでした。WALはmomo角とsune角の複合体です。これらとヒップドライブ速度との相関係数のランキングを表1と表2で見ると、上位1位と2位はIZK選手とKI16選手で占められていますが、それ以下については、3位と4位をキープしているFK選手を除いて、大きく変わっています。YMGT選手は7位と3位ですし、GML選手は4位と8位です。
 momo角とsune角の複合体としてのWALは、エピソード(44)で見出したメカニズムに対応しています。キック脚の膝の角度をほぼ固定して、膝で曲がったキック脚で地面を押すという、高速ランニングフォームの動きに応じた動きです。
 次の図4はRUN (WAL, dT-dK) gdで、RUNは中間疾走を、gdはγδクランクキックを、それぞれ意味します。
 中間疾走のうち、フォーム分類としてγδクランクキックに限定したとき、WAL(腰点-キック脚の足首-水平後方, WA軸姿勢角)とヒップドライブdT-dKの関係を調べると、相関係数ρ{x,y}=+0.90と、非常に強い正の相関が認められるということになります。


図4 RUN (WAL, dT-dK) gd
(RUNは中間疾走を、gdはγδクランクキックを、それぞれ意味します)

 momo角のみによっておこされるWKLの動きは、おそらく、キック脚のハムストリングスに関係しているものだと想定されます。実は、DASH(スタートダッシュ)についてのデータ DASH(WKL, dT-dK)All を調べると、大きな相関が認められます。
 次の図5はDASH (WKL, dT-dK) dで、DASHはスタートダッシュを、dはδクランクキックを、それぞれ意味します。
 スタートダッシュのうち、フォーム分類としてδクランクキックに限定したとき、WKL(腰点-キック脚の膝点-水平後方, momo姿勢角)とヒップドライブdT-dKの関係を調べると、相関係数ρ{x,y}=+0.96と、これも、非常に強い正の相関が認められるということになります。


図5 DASH (WKL, dT-dK) d
(DASHはスタートダッシュを、dはδクランクキックを、それぞれ意味します)

 WKLとWAL対ヒップドライブ速度の相関係数から見たランナーのタイプ分類

 次の図6は、各ランナーについてプロットした ヒップドライブ速度dT-dKに対するWKLとWALの相関係数です。


図6 各ランナーについてプロットした
ヒップドライブ速度dT-dKに対するWKLとWALの相関係数
(赤い丸がついているのは大きなヒップドライブ速度を生み出している「極」)

 この図6を見ると、ヒップドライブ速度dT-dKについてのメカニズムが大きく異なっていることが分かります。ここに含まれたランナーの中で、大きなヒップドライブ速度dT-dKを生み出しているのは、IZK選手とYMGT選手とGML選手です。これらの位置を「大きなヒップドライブ速度を生み出す3つの極」と考えることができます。
 IZK極はWKLとWALが等しくヒップドライブ速度に関係しているというタイプです。GML極はWKL極だけがヒップドライブ速度に関係しているというタイプです。YMGT極は、それらの中間的な状況で、ややWALが優勢となって、WALとWKLがともにヒップドライブ速度に関係しているというタイプです。US選手は大きなヒップドライブを生み出していないので、極と呼ぶわけにはいきません。Y57選手やKLO選手も、あまり大きなヒップドライブ速度を生み出していませんが、YGMT極の近くに位置していますので、YMGT選手のフォームを真似ることによって、より大きなヒップドライブ速度を生み出すことができるかもしれません。US選手は、YMGT極かGML極のどちらを目指すかを決めて、ランニングフォームを調整すべきです。OE選手はGML極の近くにあり、ヒップドライブ速度も比較的大きなランニングフォームを生み出せています。KLO選手はYMGT選手のフォームをなぞろうとしていたので、この位置は妥当なものかもしれませんが、今後は、GMT極に向かってゆくかもしれません。微妙な位置にいるのがFK(福島千里)選手です。日本の女子選手としてはダントツの実力者ですが、ここ何年か自己記録が伸び悩んでいます。IZK-KI16-FKのラインは、図5の、大きな相関係数をもつDASH (WAL, dT-dK) dの「流れ」をくんでいるフォームです。つまり、スタートダッシュのフォームにおけるメカニズムを、そのまま中間疾走へと適用して走っているわけです。しかも、IZK選手とFK選手のデータは、いずれも200mのラスト区間のランニングでした。200mのラスト区間であるのに、スタートダッシュで有利に作用するメカニズムのまま走っているということなのです。KI16選手は筋肉のタイプを想定しても、ほぼ完全な中距離から長距離ランナーで、スプリントスピードは、さほど高くありません。FK(福島千里)選手は、そのような、FK16選手と、たいして速くないKLO選手との中間位置にいるわけです。IZK極, YMGT極, GML極を頂点とする三角形を考えたとき、FK選手の位置は、その三角形の重心に近いところです。これは何か手をうつべきところだと考えられます。KLO選手(私)も、この三角形の中に含まれているのですが、YMGT極とGML極を結ぶ辺の中央あたりにいますし、私は、意図的にフォームを変えて、どちらかに向かうことができます。
 また、これまでの研究により、(係数pを掛けて考慮した)ヒップドライブ速度p(dT-dK)の、全速度dGに対する寄与率は、30パーセントほどしかありません。のこりの10パーセントが相対スウィング速度q(dS-dB)で、60パーセントがキック脚重心水平速度(キックベース速度)dKです。これらの意味を掌握して、ヒップドライブ速度を大きくすべきなのは、キック脚重心水平速度(キックベース速度)dKを大きくすることに次ぐ、2番目の課題だということを認識しておく必要があります。自己記録が伸び悩んでいる選手や、そのコーチが、このことをしっかりと理解しているかどうか。おそらく、このような知識は、ごく最近になって分かってきたことなので、手探り状態で、いろいろなことを試しているのではないでしようか。

 ヒップドライブ速度を改名するとしたら

 ヒップドライブ速度は、定義によると、dT-dKとなります。形式的には、上半身重心水平速度dTからキック脚重心水平速度dK(キックベース速度)を引いたものです。これを、ヒップドライブ速度と名づけたのは、ヒップ角HIP(=TWK)が何らかの意味で影響しているのだろうと予想したからでした。ところが、その後、さまざまに工夫して、HIP角速度を定量的に観測できるようにして、ヒップドライブ速度との関係を調べたところ、ほとんど相関関係が無いということが明らかになりました。TWN(もしくはTWL)で定めたトルソ振動も無関係でした。
 上記の解析により、ヒップドライブ速度と強い正の相関をもつものとして、WKLとWALがあることが分かりました。他にも幾つか認められますが、これらの2つを要素として含むものや、ほとんど無関係のものでしたから、このWKLとWALが、根源的な原因と考えられます。WKLはキック脚の太ももの姿勢角 momo の変化にもとづく角速度です。WALはキック脚の腰Wから足首Aを結んだ線WAの姿勢角の変化にもとづく角速度です。複雑にはなりますが、(太ももの)momo角と(すねの)sune角を合わせてとらえたものです。
 これらのことを統一的に見ると、ヒップドライブ速度は、上半身などが、どこに支点をおいて前方へと振られるのかという違いがあり、WKLではキック脚の膝点Kを支点としていますし、WALではキック脚の足首のくるぶし点Aを支点としています。そして、どちらも、その支点より上の部分が、振り子のように前方へと振られることによって、上半身の重心Tが前方へと動かされ、キックベース速度dKを引いて、dT-dKとなると考えられます。
 このようなメカニズムから、適当な言葉を考えるとすると、振り子動作による速度となります。これをカタカナ語で表わすとしたら、ペンジュラム(振り子)速度となります。WKLタイプとWALタイプを区別するとしたら、振り子の支点の位置がK(膝点)かA(くるぶし点)ということを組みこんで、Kペンジュラム速度Aペンジュラム速度もしくは、ペンジュラム速度Kタイプペンジュラム速度Aタイプとすることになります。
 ともあれ、これからは、ヒップドライブ速度をペンジュラム速度と呼び変えることにしたいと思います。
 スピード能力3要素は、これまで、寄与率の係数を含めて、ヒップドライブ速度p(dT-dK)、キック脚重心水平速度dK、相対スウィング速度q(dS-dB)でしたが、キック脚重心水平速度dKをキックベース速度dKと呼び変えることも含めて、

   ペンジュラム速度p(dT-dK)
   キックベース速度dK
   相対スウィング速度q(dS-dB)


と表現することにします。

 (Written by KULOTSUKi Kinohito, Sep 16, 2013)

 

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