高速ランニングフォームについてのエピソード(48)
体幹を強化して相対トルソ速度をレベルアップしよう

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 これまでヒップドライブ速度と呼んでいたdT-dKは、ヒップの動きにはあまり関係がなかったので、そのメカニズムを調べ、より適した言葉としてペンジュラム速度と名づけることにしました。しかし、これは、メカニズムについて考え過ぎてしまっており、具体的にどのようなものかというイメージが、かえって分かりにくいものとなってしまいました。そこで思いついたのが相対トルソ速度という呼び名です。この言葉ならdT-dKの表現とストレートにつながります。
 スピード能力3要素として見出した、全速度dGを構成する、独立した3つの部分速度は、次のようになります。


図1 スピード能力3要素

   dG = p(dT-dK) + dK + q(dS-dB),  p=2/3, q=1/4 (寄与式)    dT-dK → 相対トルソ速度 (上半身重心水平速度dTとキック脚重心水平速度dKとの差)    dK   → キックベース速度キック脚重心水平速度)    dS-dB → 相対スウィング速度 (スウィング脚重心水平速度dSとキック棒重心水平速度dBとの差)  スプリンターのキックフォームについてのメカニズムなどをいろいろと調べてゆく過程で、キックベース速度をどのように大きくしてゆけばよいのかということが分かり始めてきました。また、相対スウィング速度については、意図的にスウィング脚を速く動かそうとすることができますので、これについては、かなりコントロールすることができます。しかし、相対トルソ速度というものが、いったい、どのようなメカニズムでコントロールされているのかということは、よく分かりませんでした。それゆえ、ヒップドライブ速度という名称を生み出したわけです。しかし、ヒップドライブ速度は、ヒップの動きとほぼ無関係だったということが分かって、あらめて、そのメカニズムを詳しく調べ直し、ペンジュラム速度と呼ぶことにしましたが、これでは分かりにくいので、相対トルソ速度と改名しました。また、これの第1項となる上半身重心水平速度dTは、ランナーのタイプによって、その生み出し方が異なるということも分かってきました。つまり、上半身を含む、メトロノームの振り子のような「棒」の、回転中心が、@ キック脚の地面支点(O)にあるか、A 膝点(K)にあるか、という違いです。
 このページでは、このような、上半身重心水平速度dTと相対トルソ速度dT-dKについての、さらに詳しいメカニズムにつながる現象について調べます。

 キック脚の支点Oを回転中心とした各種の動き

 ランニングフォーム解析の初期のころは、ランナーが地面に力を加えて走ることを続けようとする動き(キックフォーム)のなかで、全重心水平速度dGが最大速度となる瞬間(キックポイント)を見出し、この瞬間のランナーの姿勢について調べていました。
 キックポイントにおける、キック脚の、太ももとすねの姿勢角(それぞれの部分の下端から後方に伸ばした線から測る角度)をmomoとsuneと記号化して求め、これらの2変数でのマップにおける分布を調べることにより、αクランクキックからδクランクキックまでとピストンキック(特殊なものとしてεクランクキックというものもあります)へ、フォームを分類することにしたのでした。
 最近の研究では、上記の解析システムを「静的」なものと見なし、これに対して「動的」な解析システムを生み出そうとしています。
 具体的に言うと、キックポイント前後5つの詳細フォーム(ビデオ画像間を1/10に分解するため、身体各部の角度を1/10の変化として分割してから、ランニングアベレージ(移動平均)で円滑化して、再構成したフォーム)の、最初(キックポイント - 5詳細フォーム)を(キック区間の)「開始フォーム」、最後(キックポイント + 5詳細フォーム)を(同)「終了フォーム」とし、それらの間に、身体各部の、いろいろな角度がどれくらい変化したかを調べたのです。ビデオ画像が1秒間に何コマ撮影しているかを考慮して、これらの角度変化を、角速度として表現します。
 このページでとりあげる角速度は、TOL, WOL, KOL, HOLの4つです。これらの記号は、T(上半身重心), W(腰点), K(キック脚の膝点), H(キック脚のかかと点), O(キック脚の地面における支点、キック足の拇指球としています), L(一つ前の記号から水平後方へと伸びた任意の位置の点)の6つによって構成されます。
 TOL, WOL, KOL, HOLの4つの角速度のランニングフォームにおける変化を、次の図2に示します。1秒間に30コマ撮影するビデオから構成した詳細フォームは、1秒間に300フォーム(この単位を[d]とします)となりますから、キックポイント前後5間(10詳細フォーム)の時間は1/30秒です。よって、角速度TOLは、次のような計算式となります。他の角速度についても、同様な計算をします。

   TOL = (∠T2OL - ∠T1OL)×30 [度/秒]

 ここで重要なミスに気がつきました。プログラムに、この計算を組みこむとき、うっかりして、30倍ではなく、3倍しかしていません。ですから、これまで [度/秒]としていた次元を、[×10度/秒]としなればなりません。
 幸い、このページで用いるTOL/WOLは、比の形なので、分母と分子で×10が打ち消し合って、これまで求めた値が変わることはありません。


図2 角速度TOL, WOL, KOL, HOLの計測位置

 いろいろな角速度の比をとってみると

 上記のような、いろいろな角速度と、スピード能力3要素や全速度との関係を調べるというのが、動的解析システムの第一段階でした。これによって、ヒップドライブ速度と呼んでいたものが、ヒップの動きや上半身の振動(トルソ振動)とは、ほとんど関係していないということが分かったわけです。
 動的解析システムの第二段階として、これらの角速度の比をとって調べることにしました。
 たとえば、TOLとWOLから、TOL/WOLという比を考えることができます。具体的に、いろいろなランナーのキックフォームについて、この比TOL/WOLが、全重心水平速度dGに対して、どのようになっているかを、図3として示します。ここで、TOL/WOLを「キック棒硬化比」と呼んでいますが、これについての説明は、もうすこし後のところで行います。


図3 TOL/WOL(キック棒硬化比)対 全重心水平速度dG

 TOL/WOLの値は常に1より小さい

 図3の「TOL/WOL(キック棒硬化比)対 全重心水平速度dGのマップ」を、ランナーの全てのデータ(ALL)、スタートダッシュ(DASH)、中間疾走(RUN)などとしてまとめたものや、各ランナーに限定して調べてゆき、相関係数などが色々と違うことを観察していましたが、ふと、これらのデータは、全て、1.0以下の領域に分布しているということに気がつきました。このことを数式で表現すると、次のようになります。

   TOL/WOL < 1.0      (式1)

 この不等式の両辺にWOLを掛けます。

   TOL < WOL        (式2)

 この「式2」の意味は、「角速度TOLは角速度WOLより、常に小さい」ということです。
 もし、ランナーの体が(正確にはキック棒が)ブリキのようなもので、一体成型されていて、(スウィング脚を除いて)まったく動かないとすると、TOLとWOLはまったく同じ角速度で、支点Oを中心として振りまわされるはずです。ところが、TOLのほうがいつも小さいということですから、ランナーの上半身は、腰以下の動きに対して、少し遅れて動いているのです。つまり、ランナーの身体は、腰のところにジョイントがあって、それを筋肉や腱で支えていて、完全な剛体とはなっておらず、すこし「ゆるい」結びつきになっているわけです。
 このようなことから、TOL/WOLを「キック棒硬化比」と呼ぶことにしました。
 図3右上のYMGT(山縣亮太選手)や、左下のFK(福島千里選手)のプロットデータを見ると、TOL/WOL値は0.6を中心として分布していますが、相関を調べる回帰直線が右上がりになっています。GML(A.GEMILI選手)では右下がりなのですが、これはおそらく、A.GEMILI選手が積極的にトルソ振動を行っていたからだと推定されます。他の多くのランナーについて調べて見ると、おおよそ、TOL/WOL値は0.6を中心として分布し、回帰直線が右上がりになっています。
 このことは、「体幹の筋肉群や腱を鍛えて、上半身とキック脚とのむすびつきをより強固なものとすると、ランナーによっては、全速度dGを大きくすることができる」ということを意味しています。

 TOL/WOLとスピード能力3要素の関係は?

 次の図4は「TOL/WOL(キック棒硬化比)対 (dG, dT-dK, dK, dS-dB)」について調べたものです。これにより、スピード能力3要素のうち、正の相関をもつのは、(トルソ)ペンジュラム速度(相対トルソ速度)だけだとうことが分かります。


図4 TOL/WOL(キック棒硬化比)対 (dG, dT-dK, dK, dS-dB)

 TOL/WOLは相対トルソ速度と強くむすびついている

 図5は「TOL/WOL(キック棒硬化比)対 相対トルソ速度(図ではペンジュラム速度)」について、さらに調べたものです。


図5 TOL/WOL(キック棒硬化比)対 相対トルソ速度(図ではペンジュラム速度)

 図5では、相関係数の値も大きくなり、回帰直線もすべて右上がりとなっています。
 このことは、「体幹の筋肉群や腱を鍛えて、上半身とキック脚とのむすびつきをより強固なものとすると、相対トルソ速度dT-dKを、ほぼ確実に大きくすることができる」ということを意味しています。
 このような結論が分かって見れば、TOLとWOLの比TOL/WOLの意味は、ごくごく当然なことだと理解できます。このような、隣接する角度の比をとるということは、これらの角度の中間位置にあるジョイント部分の硬さを調べているということになるわけです。
 このような視点から、他の角速度の比、WOL/KOLやKOL/HOLについても、これらを構成する身体部分の硬さを知ることができます。これらのWOL/KOLやKOL/HOLについての考察は、ページタイトルを変えて行いたいと思います。
 TOL/WOLについての、さらに詳しい解析へと戻ります。

 ランニングフォームの違いによってTOL/WOLの様子は変わる

 図6は「フォーム分類でのTOL/WOL(キック棒硬化比)対 相対トルソ速度」です。
 ALL(無分類)で相関係数+0.26の正の相関がありますが、α,βでは相関がありません。γ, gd(γとδの中間フォーム)では、少し正の相関がみられます。δ, P(ピストンキック)において、相関係数+0.54の、かなり強い正の相関がみられます。このように、ランニングフォーム分類におけるフォームの違いによって、TOL/WOL(キック棒硬化比)の意味づけは変わってきます。δ, P(ピストンキック)のフォームは、スタートダッシュのときに多く現れます。ですから、スタートダッシュにおいて、相対トルソ速度を大きなものとし、全体の速度dGを高めるためには、体幹を強化しておく必要があるということになります。


図6 フォーム分類でのTOL/WOL(キック棒硬化比)対 相対トルソ速度

 各ランナーについてのTOL/WOLの違いを見よう

 図7は「各ランナーについてのTOL/WOL(キック棒硬化比)対 相対トルソ速度」です。各ランナーの記号の意味は、YMGT(山縣亮太選手), OE(M55クラス大江良一選手), FK(福島千里選手), IZK(飯塚翔太選手), KI16(16歳の中距離ランナー), US(30歳台の一般ランナー), GML(A. GEMILI, イギリス), SO(M60クラスのランナー), Y57(M55クラスの中距離ランナー), KLO(*)(私, (*)は全てを意味します, ちなみにM55クラス), OZK(M70クラスのランナー), SASA(M50クラスのランナー)です。


図7 各ランナーについてのTOL/WOL(キック棒硬化比)対 相対トルソ速度

 図7に示された各ランナーについてのTOL/WOL(キック棒硬化比)対 相対トルソ速度での指標を表1としてまとめました。

表1 各ランナーについてのTOL/WOL(キック棒硬化比)対 相対トルソ速度



 相関係数ρの値が大きいほど、「TOL/WOL(キック棒硬化比)対 相対トルソ速度」において強い関係があるということです。+0.5を超える値なら、かなり確実なことといえるでしょう。GML(+0.39)とSASA(+0.31)では、何らかの他の要素の影響で、「TOL/WOL(キック棒硬化比)対 相対トルソ速度」の関係が弱められていると考えらます。
 回帰直線(Y=aX+b)の傾きaの値が大きいほど、(体幹を強化して)TOL/WOL比を大きくしたときの、相対トルソ速度dT-dKの増大へ反映される効率がよいということになります。KI16選手の値が大きいのは、スタートダッシュのフォームを多く含んでいるためと考えられます。IZK選手とFK選手でのaの値が大きいのは、トップスプリンターとしてのトレーニングの成果だと考えられます。また、この2選手はδクランクキックを「武器」として多用していることも関係しているようです。
 プロット重心のTOL/WOL値は、この言葉(キック棒硬化比)の定義にあるように、上半身とキック脚を合わせたキック棒の、腰部分での硬さを示しています。意外と、YMGT選手やIZK選手が「ゆるい」状態になっています。まだまだ強化の余地があるということになります。最大値の0.65を出しているのが、OE選手、GML選手、SASA選手ですが、dT-dKの値は、順に、3.72(OE), 4.27(GML), 2.98(SASA)となっています。これらの値の違いの中に、まだ見出していない、何らかのメカニズムが潜んでいる可能性があります。
 プロット重心のdT-dKの値は、ランニングスピードにほぼ比例して、その大きさが決まってくるようですが、FK選手のdT-dK=4.09は、100mのレベルが男子のUS選手と同じくらいで、US選手のdT-dK=3.23に比べると、かなり目立った値です。これを逆に考えれば、US選手が4.09にまで高める余地があるということになります。このとき、p=2/3の係数を掛けて、p(4.09-3.23)=0.57 [m/s] のスピードアップとなります。ちょっと計算してみると、US選手は10秒7くらいへとタイムを縮めることができます。しかし、この計算は単なる卓上論かもしれません。FK選手は大きな相対トルソ速度を生み出していますが、キックベース速度のほうは低調なのです。US選手は、小さな相対トルソ速度にとどまっていますが、キックベース速度のほうは、まずまずです。このように、スピード能力にきょくたんな偏りがあるケースでは、自らの得意とするものを弱めることなく、不得意なものを強化するという「戦略」を取り入れることが得策だということになり、結果的には、少しずつ何らかの特徴をきわだたせながら、バランスのとれた中間型(GEMILI極)へと近づくことになります。
 US選手のケースについて、もう少し現実的に考えるとすると、図7でのUS選手の解析グラフを見れば、TOL/WOLの平均値が0.62にあるわけですが、相関の回帰直線Y=5.835X-0.41 にTOL/WOLとしてX=0.80を代入すれば、Y=5.835×0.80-0.41=4.258となるわけですから、上記の4.09という値は決して実現不可能なものではないということになります。ところで、TOL/WOLで0.80という値は実行可能かというと、US選手は達成していませんが、Y57選手とKLO選手は、そのようなキックフォームを生み出しています。また、YMGT選手やIZK選手では、回帰直線の傾きも大きく、TOL/WOLの値がわずかでも大きくなると、dT-dsK値が、それに応じて大きくなります。これらの現象が、筋力レベルに由来するものか、何らかのメカニズムの違いによるものか、いまのところは、よく分かりません。

 (まとめ)相対トルソ速度を高めるためには ?

 [@ 補強] 図7の「各ランナーについてのTOL/WOL(キック棒硬化比)対 相対トルソ速度」を見て分かるように、TOL/WOL(キック棒硬化比)と相対トルソ速度とは、正の相関関係にありますから、キック軸硬化比を大きくするという方法が一つあります。すなわち、体幹と呼ばれている、胴体周りの、腹筋や背筋を強化して、より頑丈な胴体をつくることです。これにより、回帰直線の傾きを大きくすることが期待できます。ひょっとすると、変えるのは傾きの値ではなく、切片のbのほうかもしれません。つまり、同じ傾きのまま、平行に、上へと回帰直線が移るということになるのかもしれないということですが、実際、このようになるのかどうかは、実験などで確認して調べることになるかもしれません。
 [A 意識] もう一つの方法として、やはり、キック軸硬化を大きくするのですが、補強トレーニングによって強化するという方針ではなく、もっと直接的に、実際のランニングにおけるキック局面において、意図的に身体を硬くするというものがあります。キックの局面において、キック脚だけでなく、胴体部分の筋肉群も緊張させることにより、力を全身にこめて、身体全体を固めるわけです。スタートダッシュの局面では、このようなことが、実際、しばしば試みられているかもしれません。これは、回帰直線に代入するTOL/WOLの値を、直接的に、0.6から0.8などへと変化させるということにつながります。
 [B フォーム] さらに別の方法として、ランニングフォームを、力学的なメカニズムを考慮して、より効果的なものへと変化させるというものがあります。このことは、回帰直線の傾きを変えるということになるものと考えられます。
 具体的にどのようにするのかということについては、ひとつアイディアがありますが、まだ、それが実際に効果をもつかどうかということを検証できていません。私はあまり速く走れるわけではありませんが、いろいろな動きができて、それなりのスピードで走ることができます。この身体を利用して、テストしてみようとか思っています。そのメカニズムの方向は、キックの力を腰のところで「免振」させず、上半身重心へとストレートに伝えるというものです。どのようなことか想像できる人は試してください。もっと速く走れるかもしれません。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, Oct 12, 2013)

 

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