高速ランニングフォームについてのエピソード(49)
クランクキックはブリキの脚で
―― クランクレッグ比WOL/KOLで見るキック脚の硬化度

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 「クランクキックはブリキの脚で」などと言うタイトルでは、まるで小説か映画のようです。ひょっとしたら、そのようなもののプロットやシナリオを仕上げることも可能かもしれません(少なくとも、SF小説のプロットになりそうなネタは、ふんだんに持っています)が、魂の役割が「学者」である私には、あまり興味がわきません。
 ことわざに「事実は小説より奇なり」というものがあります。私にとっては、これまで知られていなかったことを明らかにするということのほうが、嘘で組み立てた架空の物語より、ずうっと関心があります。だから「事実を明らかにするほうが、小説を読んだり書いたりするより、私にとっては、ずうっと面白い」のです。つまり、「事実は小説よりミステリアス」なのです。それに、こちらのほうが、ずうっと実用的ではありませんか。速く走るための秘密やテクニックが、合理的に検証されたものとして明らかになれば、それに沿ってトレーニングすることによって、確かに、(ある程度の他の要因のことも関わってきますが)誰でも、もっと速く走ることができるようになるはずだからです。少なくとも、その「道」のための「青写真」(湿式コピー時代のコピー原稿、設計図の意もあります)を描くことができるのです。
 ただし、ほんとうのことを、きちんと説明するためには、いろいろな準備がいりますし、それらの表現も、映画や小説のように、象徴的なシーンなどで構成するわけにはいきません。ほんとうのことを、ほんとうだと言うための、証拠のデータと、それらの物語(論理)を、こまかく語る必要があります。
 そのようなわけで、これから示すページは、けっこう難しくて、作り上げるほうも、おそらく、読み進まれるほうも、かなりの労力を必要とします。
 かすかな希望は、もっと速く走りたい、もっと速く走らせたいと、ランナーやコーチが願っている、その願いの強さが、ほんものとして、読み手のほうにある、という可能性です。斜め読みしないで、ゆっくり、少しずつ読んでいってください。

 ガイド(案内)

「エピソード(48) 体幹を強化して相対トルソ速度をレベルアップしよう」では、上半身重心(T)とキック脚の支点(O)を結んだTO軸の角速度TOLと、腰点(W)とキック脚の支点(O)を結んだWO軸の角速度WOLの比TOL/WOL(キック棒硬化比)について考察しました。
 この比は常に1より小さな値となっています。このことは、上半身とキック脚(下半身の半分)の「つなぎめ」である腰点のところが、完全に固定されているのではなく(そのときはTOL/WOL=1となります)、「ゆるい」状態になっていることを意味しています。  このことは、分かってみれば、ごくごく当然のことのように思えますが、このような比について多くのランナーのキックフォームを調べてみるまで、まったく思ってもいなかったことでした。
 ひょっとすると、どこかで誰かが予測していたとしても、正確なデータを示して明らかにしているかどうか、あるいは、そのことによって導かれるテクニックが示されてきたかどうか、このことは、よく分かっていません。
 また、TOL/WOLの値は1より小さいのでしたが、スプリントランナーの多くのフォームは、平均値として0.6前後の値しかもっていなかったのです。
 このことにより、何がおこっていたのかというと、キックのエネルギーが、上半身の振動(トルソ振動)へと無駄に使われ、上半身の相対トルソ速度dT-dKが小さめのものとなり、結果的に、全速度dGが小さなものとして生み出されていたわけです。
 仮に、何らかの対策によって、TOL/WOLの値が0.6から0.8あたりへと変化すると、解析したグラフの相関係数の回帰直線に沿って、dT-dKの値が確実に大きくなるランナーがほとんどでした。
 このような対策として[@ 補強]、[A 意識]、[B フォーム]の3つが考えられますが、私は、[B フォーム]についての、あるアイディアを自分の身体でテストして、有効なテクニックがあるということを確認しました。
 [@ 補強]や[A 意識]の対策が効果をもつだろうということは明らかです。
 このようなことにより、現在TOL/WOLの値が小さなものとなっているスプリンター(たとえば、山縣亮太選手と飯塚翔太選手のTOL/WOL=0.58)は、より速く走るためにすべきことが確実に存在するということになります。
 かくして、スプリンターとしての限界に達しているのではないかと思ってしまっているときでも、その「壁」を突破するための「道」は見つかったことになります。
 このような解析プロセスのブランチは、まだ、TOL/WOLについてしか、たどっていません。
 「エピソード(48) 体幹を強化して相対トルソ速度をレベルアップしよう」の最初のところで、他に、WOL/KOLやKOL/HOLという比を考えています。
 これらの比がランナーにとってどのような意味をもつのかということについては、まだ何も語っていません。
 おそらく、解析データを提示して説明してゆくと、TOL/WOLのときと同じように、長いものとなりますので、今回のページでは、WOL/KOLについてだけ考察してゆきます。
 WOL/KOLを上記タイトルでクランクレッグ比と名づけていますが、もうもう少し一般的な名称としてキック脚硬化比を使うこともあります。こちらのほうが分かりやすいかもしれません。
 KOL/HOLは「エピソード(50)(具体的なタイトルは未定)」におけるテーマとなります。
 KOL/HOLの名称は、(キック脚Kを添えて)K足首硬化比(あるいはKアンクル硬化比)となる予定です。

 クランクレッグ比WOL/KOLの定義

 前回のページで示したWOLとKOLの図を再録することにより、クランクレッグ比(キック脚硬化比)WOL/KOLを定義します。


図1 角速度WOLとKOL

このような測定値としてのWOLとKOLから、WOL/KOLが求められます

 全てのランニングフォーム(ALL)におけるクランクレッグ比WOL/KOL

 次の図2(a)〜(d)は、縦軸に全速度dG, キックベース速度dK, トルソ(ペンジュラム速度)(相対トルソ速度)dT-dK, 相対スウィング速度dS-dBをそれぞれとり、横軸にキック軸硬化比(クランクレッグ比)WOL/KOLをとって、全てのランニングフォームALLをプロットしたものです。全速度dG,とキックベース速度dKにおいて、負の相関が認めらます。これは、おもに、キックベース速度dKにおける強い負の相関が引き起こしている現象です。上記のWOL/KOLの定義より、このような結果となるのは、納得できることかもしれません。


図2(a) 全てのランニングフォーム(ALL, all)における(WOL/KOL, dG)
※ALLはランナーについて、allはフォーム分類についての「全て」の意


図2(b) 全てのランニングフォーム(ALL, all)における(WOL/KOL, dK)
※ALLはランナーについて、allはフォーム分類についての「全て」の意


図2(c) 全てのランニングフォーム(ALL, all)における(WOL/KOL, dT-dK)
※ALLはランナーについて、allはフォーム分類についての「全て」の意


図2(d) 全てのランニングフォーム(ALL, all)における(WOL/KOL, dS-dB)
※ALLはランナーについて、allはフォーム分類についての「全て」の意

 キック脚硬化比(クランクレッグ比)の理想は、WOLとKOLがまったく同じ角速度となって、WOL/KOL=1となることです。まるでキック脚がブリキの一体成型によって、曲がったままの形で生み出されたような状況です。
 上記の図2(b)を見ると、WOL/KOL=1のあたりにプロット塊のピークがあって、それより大きくても小さくても、dKの値は小さくなっているように見えます。
 このことを、より分かりやすく見るために、次のような、特殊なグラフを描くことにしました。
 WOL/KOLでは、0.5より大きくて、1を超えると、どんどん大きくなっています。また、どのような理由かはよく分かりませんが、0から1の範囲では、全てのデータが0.5から1.0の範囲にあります。このことを考慮すると、WOL/KOLではなく、逆にして、KOL/WOLというスタイルにすると、全てのデータは、0.0 < KOL/WOL < 2.0 の範囲に収まるはずです。
 さらに一工夫して、1.0 < KOL/WOL < 2.0 のときは、x = 2.0 ? KOL/WOL として、1.0を中心として、左右が逆になるようにしました。これを、1.0鏡像と呼ぶことにします。
 このようなグラフを構成すると、キック脚硬化比クランクレッグ比)という言葉が、より直感的に理解できます。


図3 全てのフォーム(ALL. all)についての(KOL/WOL(1.0鏡像), dK)
※ALLはランナーについて、allはフォーム分類についての「全て」の意

 図3のデータを記号で、ALL(KW, dK)allとかんたんに記すことにします。KWはKOL/WOL(1.0鏡像)を意味する記号となります。ALLはランナーについて、allはフォーム分類についての「全て」の意味です。
 ALL(KW, dK)allでは、相関係数ρ=0.30と、弱い正の相関となっていますが、このような状況は、いろいろなタイプのランナーや、いろいろなフォーム分類のものを合わせたことによる、統計の「ぼやけ」だと考えられます。
 そこで、もう少し詳しくデータを展開して調べてゆくことにします。

 各ランナーについての(KOL/WOL(1.0鏡像), dK)

 図3のALLデータを各ランナーについて展開して調べると、驚くような相関係数を持っているランナーが存在することが分かりました。次の図4(0)の、GML(A.GEMILI, イギリス)選手です。GML選手についての全てのフォームについて(all)の(KOL/WOL(1.0鏡像), dK)は、このあと、GML(KW, dK)allと表わすことにします。


図4(0) GML選手についての全てのフォームについての
(KOL/WOL(1.0鏡像), dK), すなわちGML(KW dK)all

 GML(KW, dK)allの相関係数はρ=+0.90にもなります。このような値は驚くべきものです。A.GEMILI選手は、確かに、角速度KOLとWOLを同じ値に近づけて、KOL/WOL=1あるいはWOL/KOL=1へと近づけることにより、dKを大きな値として生み出しているのです。このような関係を見ると、キック脚硬化比クランクレッグ比)という言葉がぴったりとあてはまります。
 A.GEMILI選手の「強さ」は、ここにあったようです。あるいは、「素直さ」と表現すべきでしょうか。古典的なマック式短距離トレーニングの原則のようなものを忠実に守ってトレーニングしているということが、フォーム解析によって分ります。
 このようにして調べてゆくプロセスで、相関係数の大きさを基準にしてまとめてゆくと、キック軸硬化比のグループとして、上記GML(KW, dK)allを一つとして、他に、次のようなグループを分類することができました。( )内の数字は、このような解析の相関係数の値です。ここで、MRTは森田 享選手(マスターズM50クラスのスプリンター)で、dashは100mレースの最初の10歩についてのデータ、runは同11歩目から33歩目までのデータです。dashでは1) GMLグループで、runでは 5) US グループという、きょくたんな配置となっています。

表1 *(KW,dK)allの相関係数によるグループ分類



次の図4(1)から図4(5)は、表1のグループごとの解析図です。


図4(1) 1) GMLグループの *(KW, dK)all


図4(2) 2) FKグループの*(KW, dK)all


図4(3) 3) YMGTグループの*(KW, dK)all


図4(4) 4) OEグループの*(KW, dK)all


図4(5) 5) USグループの*(KW, dK)all

 これらの解析結果から、キック脚を硬いものとして、キック脚の膝の角度を固定し一体化してキックすることにより、キックベース速度dKを高めることを、うまく(あるいは下手に)実行しているランナーが、いろいろなグループに分かれて存在しているということが分かります。
 3) YMGTグル―プのYMGT選手のデータは、100mのスタートダッシュあたりからゴール付近までの、いろいろなパターンのフォームが混ざっているので、このように、比較的小さな相関係数になっているのかもしれません。
 次の図4(YMGT)で、この疑問に対する解析結果を示します。
 YMGT選手は、dash(ダッシユ後半) → run(中間疾走) → last(ラストスパート)と変化するに従って、相関係数ρ(+0.25 → +0.44 → +0.64)も、回帰直線の係数a(+2.175 → +2.619 → +3.273)も大きくなってゆくようです。しだいにランニングフォームが高速ランニングフォームへと洗練さてゆくのかもしれません。
 YMGTlastなら2) FKグループに入ります。

図4(YMGT) YMGT* (KW, dK)all
*= [ALL(無記号で), dash(ダッシユ後半), run(中間疾走), last(ラストスパート)]

 ここまでは相関係数の値によってグループ分けをしましたが、回帰直線の傾きaの値でグループ分けをすると、表2のようになります。

表2 *(KW,dK)allの回帰直線の係数aによるグループ分類



 どうやら、表2のように、*(KW,dK)allを技術的に評価するには、回帰直線の係数aによってグループ分類したほうがよさそうです。
 1) GMLグループに入っている、GML, YMGTlast, MRTdashのフォームは、いずれも、優れた特徴を数多くもっています。
 2) FKグループは、それに次ぐ、やや技術的に優れたスプリンターのものです。KLO(私)はスピードこそ遅いのですが、技術的には、見本として見てもらえるものを体得してきました。
 3) Y57は中長距離グループです。Y57選手はマスターズノ800mで全国制覇していますし、KI16選手は1500mで4分を切るそうですし、SO選手も現在は短距離走に取り組んでいますが、かつてはマラソンに出場していたそうです。
 4) OEグループはOE(大江良一)選手だけですが、ここには何らかの問題点が潜んでいるものと考えられます。大江選手はM55クラスのトップスプリンターで、全日本マスターズ100mで何連覇かしています。12秒前半の記録を、今でも生み出し続けています。1) GMLグループに入っていてもおかしくない実績です。それなのに、キック脚を固め、KOL/WOL比を1へと近づけても、キックベース速度dKは、まったく増加しないのです。
 5)USグループのMRTrunとUSのフォームには多くの問題点があることが分かっています。MRTrunではキックベース速度(相対トルソ速度もでした)がうまく高められていませんし、USでは相対トルソ速度が低調だという欠点がありました。しかし、ここでの縦軸はキックベース速度ですから、US選手のキックベース速度の生み出し方には、まだまだ不十分な問題点が潜んでいるものと考えられます。
 ともあれ、OEとMRTrunとUSのフォームは、何らかの対策が必要な、要注意フォームだと言えるでしょう。裏を返せば、その問題点をクリアーすれば、もっと記録が伸びる可能性があるということです。

 各フォーム分類についての(KOL/WOL(1.0鏡像), dK)

 図5は「各フォーム分類についての*(KW, dK)all」です。個々のグラフについての解説は、図の下に記します。

 αクランクキックにおいては、KWの値とdK値に相関が見らません。αクランクキックにおいては、キック脚の硬化比は、ほぼ無関係なものとして作用しているようです。ただし、KOL/WOL=0.6のところにdK=7.9のYMGT選手のフォームがあります。これは要研究課題です。

 ここには、上のほうのデータ(上手なβクランクキック)と下のほうのデータ(あいまいなβクランクキック)としての、2種類の母集団が混じっていると考えられます。上手なβクランクキックは全てYMGT選手のもののようです。これも要研究課題となりそうです。

 正の相関が認められます。

 正の相関が認められます。

 やや強い正の相関が認められます。

 強い正の相関が認められます。

図5 各フォーム分類についての*(KW, dK)all

 YMGT選手の各フォーム分類についての(KOL/WOL(1.0鏡像), dK)

 YMGT選手はデータ数が多く、また、多彩なフォーム分類のものが現れているので、各フォーム分類について調べました。

 負の相関が認められます。KOL/WOL=0.6でdK=7.9のYMGT選手のフォームは要研究課題です

 YMGT選手個人においても、1.0に近づくにつれ、大きなdKとなるものと、小さなdKとなるものが混在していると見なせます。

 正の相関が認められます。1.0に近いデータが多く含まれています。

 強い正の相関が認められます。

 正の相関が認められます。1.0に近いデータが多く含まれています。

 正の相関が認められます。

図6 YMGT選手の各フォーム分類についての*(KW, dK)

 このようにフォーム分類してみれば、YMGT選手の特徴がより明らかになります。
 YMGT選手のキックベース速度dKは、他選手に比べ、かなり大きな値のものが多く現れています。
 δクランクキックの下部のものを除き、ほとんど全てのフォームにおいて、大きなdK値を実現しているわけです。
 GML選手の相関係数の大きさに相対するレベルでの、重要な内容となっています。
 βクランクキック、γクランクキック、δクランクキックにおいて、KOL/WOL(1.0鏡像)の値として1.0に近いものが数多く見られます。このことにより、キック脚硬化比の高いフォームを数多く生み出していることが分かります。
 すなわち、YMGT選手は、キック脚の膝を幾分曲げたまま、それをほぼ固定して、地面をキックすることにより、大きなキックベース速度を生み出しているのです。
 ここに、YMGT選手が大きなキックベース速度を生み出す秘密があるようです。

 まとめ

 「クランクキックはブリキの脚で」と私がタイトルとしたフレーズは、上記のようなYMGT選手の解析結果を、印象深く表現するために思いついたものです。
 さあ、これからは、大きなキックベース速度を生み出し、より速く走るために、キック脚を「膝で曲がったまま成形されたブリキ」のようにイメージして、クランク構造を保ちながら、地面を真下へと強く押すようにしましょう。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, Oct 20, 2013)

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