高速ランニングフォームについてのエピソード(5) サバンナキック
高速ランニングフォームは「すり足走法」でも
「脚引きずり走」でもありません

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 私が「高速ランニングフォーム」と呼んで研究しているスプリントランニングフォームは、世界のトップアスリートの中では、ごくあたりまえに用いられているものです。どちらかというと、日本で多く見られる、地面を後方に押すフォームのほうが不思議に思われているはず。
 古い文献に載っていましたが、かつてカール・ルイスを育てた、トム・テレツ氏は、日本人はなぜキック後の足をロールアップする(巻きあげる)のかと問いただしたそうです。日本人として初めて世界の大会で400mの決勝に残った高野進氏がトム・テレツ氏のところへ行って、目の前で走ったときも、「そうじゃない」と、それまでのフォームを全否定されたそうです。
 鍛えようによっては、日本で数多く見られる、地面を後方へ「押す」とか「払う」というランニングフォームでも、かなりのレベルまでは達することができるようです。上記の高野進氏は400mの日本記録保持者ですし、100mの日本記録(アジア記録でもある)10秒00をもっている伊藤孝司氏も、地面を後方へと「払う」フォームだったと思います。
 しかし、誰でもが速く走れるというフォームではないように思えます。そして、なによりも、ハムストリングスの肉離れを起こして故障しやすいものです。私は若いころ、この「地面を払う」フォームだったのですが、なかなか速く走ることができませんでした。そして、肉離れも何度かやってしまいました。後方へと振りはらった足を、前方へとすばやく引き戻す必要があるので、無理をしてでも前方へと引き付けようとしてしまうわけです。
 「高速ランニングフォーム」では、キックした後の足は、後方へと流れることなく、感覚的には、ただちに前方へと弾かれるように思えます。自分の意志で引き出すのではなく、自然と前に戻ってくるという感じです。このような状態でハムストリングスを肉離れするわけがありません。
 「高速ランニングフォーム」の研究を始めて、ときどき競技場で走るということを12年ほどやっていますが、若いころ、このフォームで走れていたら、もっとスピードが出て、専門種目の十種競技のレベルも上げられたことだろうと、何度も思います。実際、肉体のコンデションの良い、若い人たちにときどき教えてみると、誰もが速く走れるようになります。では、それはなぜなのか。ずうっと、このことがはっきりしないままでした。
 最近、ウェブのビデオ画像などを見ると、私が「高速ランニングフォーム」と、少し抽象的に呼んでいるフォームが「すり足走法」と呼ばれていることに気づきました。また、雑誌に投稿された論文調の記事では「脚引きずり走」とも名づけられています。
 これはなぜかということは分かります。「高速ランニングフォーム」においては、キック後の脚が、スウィング脚となったあと、ロールアップされずに、膝から直ちに前方へと引き出されることが多く、そのときの「足」部分に着目すると、まるで「すり足になっている」とか「引きずっている」と見えるだろうからです。この視点が、そもそも、日本の短距離ランニングフォームをおかしくした原因なのです。走るのは足先だけで行うのではありません。脚のつけ根から足先までの、脚全体なのです。もちろん、胴体なども使っているのですが、ほぼ脚全体なのです。このことを全体的に考えるのはむつかしいので、足先に注目してきたのかもしれません。だから、キック脚がクランク形状で、膝が曲がったままで地面に作用するということに気がつけなかったのかもしれません。私が「クランクキック」と呼んでいるメカニズムは、この星では(他の星の生命体のことは分からないのですが)、哺乳類の特権です。膝で関節が曲がりやすい範囲と、足首で関節が曲がりやすい範囲とが、うまく組み合わさって、このようなメカニズムが利用できるのです。
 しかし、「すり足走法」や「脚引きずり走」という呼び名は、「高速ランニングフォーム」の見かけ上のようすを表わしていますが、「高速ランニングフォーム」の本質について何も語っていません。「すり足走法」や「脚引きずり走」という呼び名は、スウィング脚のようすについて表現したものです。しかし、「高速ランニングフォーム」の本質は、主にキック脚のほうにあるのです。
 日本で広く教えられてきた、地面を後方に押すとか払うとし、キック脚の膝を最後まで伸ばしきるフォームのことを何と呼べばよいのでしょうか。ひとつは、キック脚の膝を最後まで伸ばしきるということから、「ピストンキック」と呼ぶ方法があります。あるいは、キック後の足に着目するとしたら、「ロールアップ走法」でしょうか。もっと本質的なところをつくとしたら、「無駄スウィング走法」とか「非効率キック走法」と名づけることができます。
 2005年ごろに、ガトリン選手のフォームと、日本のトップスプリンターのフォームを分析していたときにまとめた論文のようなもので私は、ガトリン選手のフォームを「ドライブキック」と呼び、日本のトップスプリンターのフォームを「ホイールキック」と呼びました。日本のフォームのほうでは、キック足接地時の動きで、水平方向が優勢だったので、車の車輪の動きのように思えたからです。ほぼ一定の動きで回る車輪のようにイメージしていました。これに対してガトリン選手のフォームを「ドライブキック」としましたが、そのフォームにおいては、キック足接地のとき上下方向の動きが優勢だったのです。考えてみれば不思議なことです。水平方向の動きが優勢なフォームより、上下方向の動きが優勢なフォームのほうが(水平速度として)速く走れているのですから。この謎は、やがて明らかになりました。
 私たちは、ランニングフォームの重要なキック区間が、あまりにも短いものだということに気がつかなかったので、よけいな部分までをふくめて考えてしまっていたのです。その短いキック区間の動きを調べれば、確かに、ガトリン選手の水平方向への動きの方が速くなっているのです。それは何故でしょうか。キック脚のクランク構造に理由がありました。ガトリン選手がキック脚を鉛直方向に素早く伸ばそうとしたとき、膝と足首を曲げたままのクランク構造のしくみが作用します。順をおって説明します。まず疾走中の腰の高さが慣性の法則によってほぼ一定値にたもたれようとするという条件があります。このとき、腰点(W)、膝点(K)、スパイク面のどこかの地面での支点(A)を考えます。すると、キック脚によって少ししずみこんだあと、その反動で(伸張反射と呼ぶそうです)キック脚が腰を少し持ち上げようとします。この動きは三角形WKAの辺WAが大きくなることに対応します。しかし、重い上半身などは、これまで動いてきたことを続けようとする、慣性の法則によって、かんたんに高さを変えようとしません。すると、三角形WKAの支点Aは、Wの水平位置より後方へと動くしかないということになります。かくして、スパイク面が大きな速度で後方へと動かされることになり、このことを地面に固定したスパイク面のほうから考えると、キック脚のつけねを動かすことになり、その上に乗っている上半身や、そこにぶら下がって独自に動いているスウィング脚を前方へと動かすことになるわけです。
 まとめておきます。ウェブでの効果も考えて、私が「高速ランニングフォーム」と呼んで研究してきたものを、「すり足走法」とか「脚引きずり走」と呼ぶのは見当はずれです。それらのランニングフォームの本質は、スウィング脚のほうにではなく、キック脚の使い方のほうにあるからです。
 このように考えて、私が分類した体系の言葉を使うとしたら、日本の従来型のフォームは「デルタクランクキック」や「ピストンキック」であり、「高速ランニングフォーム」と抽象化しているものは「ベータクランクキック」と「ガンマクランクキック」になります。この表現では、学問的になってしまいます。研究者がつけそうな、抽象的で分かりにくいものです。
 また、2つずつに分かれるのではとりあつかいにくいというのなら、日本の従来型のフォームを「ホイールキック(車輪型キック)」、ガトリン選手らのフォームを「ドライブキック(反動型キック)」とするとよいかもしれません。
 もっと力学的にみあった表現として「リバウンドキック」というものも考えられますが、すでに、別の運動に対して名づけられていそうです。
 あるいは、リバウンドジャンプ運動を私が「サバンナジャンプ」と名づけていることの類推として「サバンナキック」と名づけてはどうでしょうか。アフリカのサバンナでは、人間だけでなく、数多くの哺乳類たちが、このようなメカニズムのフォームで走っているわけですから。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, Nov 23, 2012)

 

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