高速ランニングフォームについてのエピソード(51)
力学的な観点からのランニングフォームの3分類
(A) はじめに (B) 相対トルソ速度をいかにして高めるか

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 (A) はじめに

 ランニングフォームというものは、地面を蹴るときの、キック脚の膝を伸ばしてゆくものだと考えられていた時代がありました。「膝を伸ばす」という表現は、膝の角度を大きくして、キック脚の直線的な長さを大きくするということです。スタートダッシュのときのキック脚の動きを見れば、このようになっているはずです。これをピストンキックと呼ぶことにします。
 世界の一流スプリンターが、膝の角度を大きくしないでキックしているということが、日本の科学者に見出されたのは、1990年ごろのことでした。「膝をロックしたキック」と呼ばれ始めたのでしたが、これでは冗長なので、私はクランクキックという名称をあてはめることにしました。これは、ピストンキックに対比させてのことでした。
 ランナーのフォームを具体的に調べ出すと、ほとんどのランナーが、程度の違いこそあれ、膝を伸ばしきらないでキックする、クランクキックだということが分かりました。すると、この、クランクキックという名称だけでは、ランナーの違いを規定することができなくなり、私は、膝を伸ばすレベルを何段階かに分けることとし、キック区間における全速度dGが最大値をとる瞬間をキックポイントと呼ぶことにし、このキックポイントにおける、キック脚の、太ももの姿勢角(θt)と、すねの姿勢角(θs)の関係から、クランクキックを、アルファクランクキック(α)、ベータクランクキック(β)、ガンマクランクキック(γ)、デルタクランクキック(δ)(特殊なものとして、他に、イプシロンランクキック(ε)があります)の4つに分け、デルタクランクキックの隣にピストンキック(P)が来るようにしました。α→β→γ→δ→Pという5つのフォームを考えたわけです。
 最近、デルタクランクキックの領域が広すぎて、ガンマクランクキックに近いものと、ピストンクランクキックに近いものとでは、大きく性質が異なると考え、ガンマクランクキックに近い1/3のデルタクランクキックをガンマデルタクランクキックγδ, あるいはgd)と呼んで区別することにしました。
 もうひとつ、ベータクランクキックも、性質の異なる2種類に分けられるということが分かってきたことから、これを、アルファクランクキックに近いものと、ガンマランクキックに近いものとに分割する必要があると考えるようになりました。
 ベータクランクキックが2つのタイプに分けられるというのは、それらの2極となる、アルファクランクキックとガンマクランクキックとでは、キック脚の筋肉群が力を生み出すメカニズムがまったく異なるからです。ガンマクランクキックにおいてキック脚の筋肉群は、筋線維が短くなろうとして力を生み出します。これがATPを筋細胞で用いる、通常の力の生み出し方です。ところが、アルファクランクキックにおいては、キック脚の筋肉群は、空中からの落下による重力の作用を受けて、筋線維がのばされようとして力を生み出しているのです。このような方法で力を生み出すとき、筋線維が収縮しようとするときより、一般に、大きな力が生み出されるようです。走高跳や走幅跳の踏切では、こちらの方法による出力が重要な要素となっています。
 このようなわけで、力の生み出し方が異なるアルファクランクキックとガンマクランクキックの間にある、ベータクランクキックは、力の生み出し方を、筋線維が伸ばされるほうか収縮するほうか、どちらにするかを常に選択しなければならなくなります。これは、そのときどきの状況によって変わるようです。
 このようなわけで、キックポイントにおけるキック脚の太ももとすねの姿勢角の組み合わせにより、形式的にベータクランクキックというものを定義して観測してきましたが、力学的な観点から考えたとき、ベータランクキックの生き残るところはなく、アルファクランクキックやガンマクランクキックがあるだけのこととなります。
 これまで、おおまかに、ピストンキックとクランクキックに分けてきましたが、そのクランクキックの中で、アルファクランクキックとガンマクランクキックが2つの極をもつということが分かってきました。それでは、クランクキックの中にある、もうひとつの大きな極である、デルタクランクキックはどうかというと、力学的な観点から考えると、どちらかというと、ピストンキックを極として付随する、「山(極)のスロープ」といった状況にあります。デルタクランクキックのメカニズムは、クランクキックの要素より、ピストンキックの要素のほうが、より大きく影響しているのです。
 このように考えてゆくと、力学的な観点からは、ランニングフォームは、アルファクランクキックとガンマクランクキックとピストンキックの、3つの極をもっているということが分かります。
 これらの3つの極のフォームは、いろいろな点で性質が異なるものとなっています。ランニングフォームを、このように、3つに分類するときの、より一般的な名称で、さらに、力学的なメカニズムを考慮したものとして、@リバウンドキック、Aクランクキック、Bピストンキックを提案します。
 @リバウンドキックとは、空中からの落下による重力の作用に対してキック力を生み出すことを利用するものです。
 Aクランクキックとは、キック脚の膝や足首の角度をほぼ固定した状態で、キック脚を曲げたままで地面に力を加えるものです。「膝をロックしたキック」というのは、このフォームについて述べた用語だと理解できます。
 Bピストンキック
とは、キック脚の膝の角度を大きくする動きによって、その上に乗っている体を推進させようとするものです。
 次の表1に、これらの力学的なフォーム@ABと、それらに含まれる、キックポイントにおける、キック脚の太ももとすねの、姿勢角によって定義されるフォームをまとめました。(a)〜(P)は、それらのフォームにおける、アルファペット文字による記号です。

表1 力学的な観点からのランニングフォームの3分類



 このような、力学的なフォーム分類にたどり着くことになったのは、スピード能力3要素の一つである、相対トルソ速度をどのようにして高めることができるかという問題に取り組んでいたからでした。

 (B) 相対トルソ速度をいかにして高めるか

 相対トルソ速度というのは、ランナーの全重心水平速度dG(いわゆるランニングスピード)を構成する、独立したスピード能力3要素の一つです。
 スピード能力3要素の中で、もっとも影響力が大きいのはキックベース速度で、もっと具体的な表現ではキック脚重心水平速度dKとなります。相対トルソ速度とは、(頭部と胴体と両腕による)上半身重心水平速度dTからキックベース速度dKを引いたdT-dKのことです。3つ目の要素は相対スウィング速度dS-dBです。このときのdSはスウィング脚重心水平速度で、dBは(上半身とキック脚をひとつの棒のように見立てた)キック棒重心水平速度です。
 これらのスピード能力3要素を分離するときに、身体各部の運動量が保存されるという法則を利用しました。このような手続きのため、身体各部の質量の比が、次の式において、p=2/3とq=1/4として組み込まれます。この式はスピード能力3要素の(全速度dGに対する)寄与式と呼ばれます。

   dG = p(dT-dK) + dK + q(dS-dB),  p=2/3, q=1/4     (スピード能力3要素の寄与式)

 このように分解して考えたとき、その成分をどのようにして大きくすればよいかという問題に対して、もっとも分かりやすいのは、相対スウィング速度です。これは、意図的にピッチを上げようとして、少し膝で折りたたんで、前方へと運ぶ試みをすることにより、比較的容易にコントロールすることができます。スウィング脚を折りたたみすぎて、かかとを臀部後方へと「ピックアップ」する技術が、かつては推奨され、現在でも、日本のトップスプリンターが行っているようですが、これは効果的なものではありません。もっとも速く動かせるのは、臀部の下方で、やや折りたたむようにして、スウィング脚重心が、身体重心直下をとおるときにスピードのピークを迎えるようにして、ほぼ水平に動くというものです。
 キックベース速度と相対トルソ速度を、どのようにして高めるかということは、このように分解したてのころは、よく分かりませんでした。
 やがて、キックベース速度については、日本男子のトップスプリンターである山縣亮太選手のフォームや、マスターズM55クラスのチャンピオン(Mは男子を意味します)である大江良一選手のフォームを詳しく調べることにより、いろいろなテクニックが駆使されているということが分かってきました。
 今回のテーマでもある、相対トルソ速度は、最後の謎となっていました。とくに私は、山縣亮太選手のフォームを真似るトレーニングを行うことにより、あるていど、私のレベルにとっては、大きなキックベース速度を生み出すことができるようになったのでしたが、その半面、相対トルソ速度が低調なままで、より大きなスピードを生み出すことができないという問題に直面していたのです。
 この問題のヒントはトルソ振動にありました。この、トルソ振動とは、キックフォームにおける、上半身の、後方への動きです。もっと具体的には、上半身重心(T)、腰点(W)、x軸の値がWといっしょでy軸の値がTと同じ、腰点から鉛直上方へととった点(N)を定めたときの、∠TWN(トルソ前傾角)の、キックポイント前後の動きにおける角速度TWNのことです。次の図1に、これらの点と角を表示しますが、鉛直上方の点Nをとる代わりに、水平後方の点Lをとって定めた角TWL(トルソ姿勢角)に関して求めた角速度TWLは、これらの定義により、TWNと同じ値となります。
 図1の右側はキックポイントの5つ前の詳細フォーム(画像2コマ間を10分割して再構成したもの)で、左側は同5つ後の詳細フォームです。上記角速度は、これらの角度差を、これらの時間で割って求めます。


図1 角速度TWN(=TWL)のための角度

 このトルソ振動について着目したのは、2013年の世界選手権200m準決勝で20秒を切った、イギリスのA.GEMILI選手のフォームを詳しく調べたときでした。GEMILI選手は、ひとつひとつのキックフォームで、かなり大きく、上半身を揺らせていたのです。それを見て、古い話ですが、私は、1964年の東京オリンピックの100mで優勝したポブ・ヘイズ選手のフォームを思い出しました。ボブ・ヘイズ選手のフォームの特徴は、キックごとの、大きなトルソ振動にあったのです。しかし、1968年のメキシコオリンピックからは、トラックがオールウェザーに変わったからか、土のトラックで走ったヘイズ選手のようなフォームは、ほとんど見られなくなってゆきました。
 A.GEMILI選手は、もともとサッカーの選手だったそうです。ところが、スプリンターとしての能力があるということが分かって、ごくごく最近になってから、この分野で活躍することに打ち込み始めたようです。このように、かなり大人になってから短距離走を始めたことで、(旧来からのコーチの影響を逃れ)より自然な、より古い、1964年のころのフォームが再現されたものと考えられます。
 この、A.GEMILI選手のフォームを手掛かりとして、他のランナーのフォームを詳しく調べることにより、これまで「体幹を強化すれば速く走れる」と言われていた、経験的な知識の、力学的な意味が明らかになりました。
 このような考察について私は、「高速ランニングフォームについてのエピソード(48) 体幹を強化して相対トルソ速度をレベルアップしよう」をまとめました。ここでの結論は、体幹を強化して相対トルソ振動を抑え込めば、相対トルソ速度をレベルアップすることができるというものです。
 これはある種の真実をついていました。実際私は、このような方針でトレーニングすることにより、これまでは観測されなかったレベルでの、より大きな相対トルソ速度を生み出すことができて、よりバランスのとれた、よりスピードの高まったランニングができるようになりました。
 しかし、よく考えてみれば、問題はこれで全て片付いたわけではないということに気がつきます。200mで20秒を切ったA.GEMILI選手は、無駄なトルソ振動を行っていたにもかかわらず、イギリスで二人目の20秒突破をなしとげ、決勝にも進出したということなのです。これでは、すこし違和感が残ります。A.GEMILI選手は、そして、かつてのボブ・ヘイズ選手は、まったく無駄な動きをしていたということなのでしようか。
 この謎には、さらに深い、ランニングフォームについてのメカニズムが関わっていたということが分かったのは、最近のことでした。そのヒントとなったのは、2013年10月27日(日)に高速ランニングフォームを指導した二人のハードラー、YG選手(20歳)とUK選手(16歳)の、技術指導後のランニングフォームと、ついでに撮影してもらった、私(59歳)のKLO9と名づけた、このときのランニングフォームにおいて、これまで認識していなかった現象が現れたということにありました。

 ※おことわり

 「エピソード(51) 力学的な観点からのランニングフォームの3分類」を書き始めたのですが、思った以上にテーマが大きいということが分かって、ページ数がA4サイズで数十ページを越えるものとなりました。このため、単元ごとに幾つかをまとめて、ウェブページとして表示することにします。
 (Written by KULOTSUKI Kinoito, Nov 17, 2013)

 

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