高速ランニングフォームのエピソード(52)
ランニングスピード生成のメカニズム

黒月樹人(KULOTSUKI Kinohito @ 9621 ANALYSIS)

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 はじめに

 スプリントランニングには謎がたくさん潜んでいます。
 かつて、ランニングスピードを高めるには、キック脚全体で地面を後方に押さなければならないという考えが支配的だったことがあります。現在でも、スタートダッシュにおけるフォームは、おそらく、そのような考え方に傾いていることでしょう。ところが、現在主流となっている、大きな速度を生み出すランニングフォームにおいては、地面を、後方にではなく、真下へ押すということになっています。いったい、なぜ、そのほうが大きな速度を生み出すことになるのでしょうか。
 キック脚全体で地面に力を及ぼすという方法にも、じつは、いろいろなやり方があります。かつて主流だった考え方では、キック脚の膝の角度を大きくして、膝上に乗っている部分を前方へと、メトロノームのように振るという動きが主力となっているというものでした。もちろん、現在でも、そのような動きで走っているランナーはたくさんいます。このような走り方を続けていると、キック脚の太もも裏側の、ハムストリングスが発達します。
 1991年に東京で世界陸上競技選手権が行われたとき、日本のスポーツ科学の科学者たちが、選手たちのフォームをビデオで撮影し、それを解析して、世界の一流ランナーたちが、スプリントランニングのキックのとき、キック脚の膝の角度をほとんど変化させていないことが明らかになりました。それは、当時の論文で「膝をロックしたキック」と呼ばれました。それでは、なぜ、「膝をロックしたキック」のほうが、世界の一流ランナーに親しまれているのでしょうか。
 現在、その「膝をロックしたキック」についての、日本のスプリンターにおける名手は山縣亮太選手です。その山縣亮太選手の100mレースにおけるフォームを調べると、重心直下でキックしようとしているものの、いつしか、その位置が後方へと変化してゆくことを嫌って、何度もレース中に、重心直下でのキックのフォームを取り戻そうと意図していることがうかがえます。また、山縣亮太選手のキック動作を調べると、意図的に「力強いキック」を試みていることが分かります。
 「膝をロックしたキック」という条件と「重心直下でのキック」と、もうひとつ、「力強いキック」という、3つの条件が満たされたとき、スプリントランニングスピードは大きなものとなるようです。これまで、これらの3つの条件が、おおよそ、統計的にもよくむすびついていて、正の相関をもっているということが分かってきました。
 しかし、これらが、もっと具体的に、どのようなメカニズムによって組み合わさり、実際のランニングスピードへとつながっているのかということは、よく分かっていなかったようです。

 膝をロックしたキック

 スプリントランニングにおけるキック脚の筋肉群がどのように使われているかを調べると、「膝をロックしたキック」を、ひとつの「極となるフォーム」としたとき、それ以前のフォームと、それ以後のフォームとを、この「極」によって区別することができます。このような分類の基準として、キック動作における、身体各部の角速度を組み合わせて、比の形で調べたものを使います。
 まず、腰をW、キック脚の膝をK、キック脚の足底の、地面における支点をOとします。それから、補助的な点として、地面の支点Oから地面後方にのびた線の任意の位置の点をLとします。こうして、∠WOLと∠KOLを定義します。そして、キック区間において全重心の水平速度dGが最大値をとる瞬間をキックポイントと呼ぶこととし、それらの前後における、∠WOLと∠KOLの変化としての角速度を、それぞれWOLとKOLとします。このとき、WOL/KOLという比を考えると、WOL/KOL=1.0となるのが、まさしく、「膝をロックしたキック」なのです。おおよそ、0.9 < WOL/KOL <1.1 の範囲にあるフォームを、その仲間としておきます。これを「(真正)クランクキック」と呼びます。


図1 ∠WOLと∠KOL(WOL/KOL=0.98となるフォーム)

 図1はWOL/KOL=0.98となるフォームです。これらの二つのフォームの時間差を△tとすると、角速度WOL=(∠W2OL-∠W1OL)/△t=∠W1OW2/△tとなります。同様に、角速度KOL=(∠K2OL-∠K1OL)/△t=∠K1OK2/△tとなりますから、WOL/KOL=∠W1OW2/∠K1OK2です。
 WOL/KOL比が、1.1より大きくなるフォームだと、角速度WOLのほうが優勢になりますから、キック脚の膝上部分がメトロノームのように振られるフォームとなります。このような動きを生み出すのがハムストリングスであることから、これを「ハムストリングスキック」と呼びます。WOL/KOL比は2〜4の値となることもあります。


図2  WOL/KOL=1.60のフォーム

 これとは反対側にある、WOL/KOL < 0.9 のフォームは、これまで、よく知られていなかったものです。キック脚の膝の角度がやや小さくなるというものです。このようなランニングフォームを詳しく調べると、キック脚の筋肉群が、収縮して力を生み出しているのではなく、引き延ばされて力を生み出しています。このような現象から、これらを「リバウンドキック」と呼ぶことにしました。


図3  WOL/KOL=0.74のフォーム

 まさしく重心直下でのキックから、キック脚の膝の角度を伸ばしきるころにキックポイントを迎えるピストンキックまでを、アルファ、ベータ、ガンマ、デルタの、4つに区分したクランクキックに分類しています。
 げんみつに言うと、異なる定義による名称なので、必ずしも一致しませんが、次のように分かれる傾向があります。

表1 キックフォームの分類



 重心直下でのキック

 身体重心直下でのキックがスピード効率で優れていることは、次の図4によって分かります。
 図4の左のフォームは、支点Oが、中央の模式図においてCの位置からBの位置まで動いたものです。右のフォームは、支点OがBの位置からAの位置まで動いたものです。このとき、模式図では、DB=EAとなるように作図しています。また、図中に記していますが、GC=GDとGB=GEという条件も成立しています。これらの動きが同じ時間であったとき、GO軸での速度は、DB=EAより、同じとなります。しかし、このような、GO軸の変化によって、水平方向での移動距離は、CBとBAということになって、明らかに、CBのほうが長くなります。
 つまり、GO軸で同じ速度の伸びを生み出したとき、身体重心直下のCに近いところでの動きのほうが、大きな水平速度となるのです。


図4  GO前傾角とキックの水平変位変換効率

 次の図5は、図4の中央の模式図にならって、GO前傾角を5度ずつ変化させていったときの、斜めの辺と底の辺の、長さに関する幾何的な関係を表わしたものです。
 0度→5度の変化のとき、図中のaとbの比が、b/a=22.9 となります。
 b/aという比は、GO軸の速度(dGO)に対応するaと、水平速度(dG)に対応するbの比です。これらの記号を使えば、b/a=dG/dGOということになります。
 次の5度→10度の変化では、b/a=7.7 です。このように、重心直下から離れてゆくにつれ、b/aの比は小さくなってゆき、(aとbが添えられている)30度→35度の変化のときには b/a=1.9 となります。


図5 スピード△(斜め→底)変換比(b/a)

 力強いキック

 次の図6と図7の、それぞれ右にある「◇総合水平グラフ◇」のところに、水色のプロットで、キック軸GOの長さの変化dGOが示してあります。左の(0)が、このグラフの原点です。他の速度グラフの原点0より、2目盛だけ上になっています。これは、濃い黄色でプロットしてある、負の値の変化を見るための工夫です。GO軸は、空中から落下したとき、その衝撃をうけとめて、さいしょは短くなるものです。そのような動きがやがてストップし、(0)のラインを越えて、GO軸を伸ばそうとします。
 このdGOをさらに時間微分して、GO軸での加速度aGOを求めることができます。このときの加速度aGOを重力加速度gで割って、キック軸加速度比aGO/gと表わしています。このようにすると、体重の何倍相当の力が働いているのかということが分かります。ただし、GO軸は重力の向きと一致していないので、このような表現は、感覚的なものではなく、形式的なものとなります。体重の何倍もの力となっていても、それほど重くは感じません。
 グラフの下に、aGO/gのMax値が記してあります。XTTY1_2ではaGO/g Max=6.7で、XTTY3_1ではaGO/g Max=4.8です。このような値から、XTTY1_2のほうが、XTTY3_1より、強くキックしているということが分かります。
 これらのグラフにおいて、キックポイントは、赤い縦点線の位置です。キックポイントにおける全重心水平速度dGの値は、XTTY1_2ではdG=7.6 [m/s] で、XTTY3_1ではdG=7.2 [m/s] です。キック力で、6.7-4.8=1.9ですから、体重の1.9倍ものキック力を生み出していながら、ランニングスピードは、わずかに0.4 [m/s] しか速くなっていません。


図6 XTTY1_3の総合解析


図7 XTTY3_1の総合解析

 次の図8は「XTTY1におけるdGとaGO/gの関係」です。このときの相関係数はρ=+0.68となっており、正の相関が認められますが、XTTY選手の3回のRUNにおける、図9の「XTTYにおけるdGとaGO/gの関係」では、相関係数がρ=+0.30となって、かなり関係性が薄れてしまっています。
 図10の「KLO9(私)におけるdGとaGO/gの関係」では、相関係数ρ=-0.39であり、負の相関となっています。このことは、私の場合、一生懸命強いキックを心がけてキック軸加速度比aGO/gを大きくしても、全速度dGは大きくなるどころか、すこしずつ小さくなるということなのです。それでは、強いキックを心がけても、スピードの大きくならないのですから、まったく無駄なことをしているわけです。
 このようなことから、「力強くキックする」ということが「大きなスピード」を生み出すのかどうかということが、はっきりしないようになってきました。


図8 XTTY1におけるdGとaGO/gの関係


図9 XTTYにおけるdGとaGO/gの関係


図10 KLO9におけるdGとaGO/gの関係

 キック力として役だっていたのはaGO/gではなくdGO

 次の図11は「XTTY3_1とXTTY1_2のキック軸GOの違い」です。
 XTTY3_1のG(s)Oの前傾角は4度で、G(kp)Oの前傾角は8度です。
 XTTY1_2のG(s)Oの前傾角は10度で、G(kp)Oの前傾角は17度です。
 このように、2つのフォームの間に、図2の「スピード△(斜め→底)変換比(b/a)」の模式図を入れました。このとき、bは全重心水平速度dGです。aはキック軸GOの速度dGOです。
 これまでの考察では、キック力に対応するものとして、キック軸加速度比aGO/gに注目してきました。[力]=[質量]×[加速度]という「ニュートンの公式」を思い浮かべて、キック力の「力」に結びつくのは「加速度」だと思いこんでしまっていたようです。
 ところが、図11をよく見て、bの速度とストレートに関係しているのは、aという速度であることに気がついたのです。
 すると、次の図12で読みとらなければならない値は、キック軸の加速度比aGO/gではなく、キック軸の速度dGOだということになります。キックポイントにおける、このdGOの値が、b/aの関係におけるaに対応するのです。


図11 XTTY3_1とXTTY1_2のキック軸GOの違い


図12  XTTY3_1とXTTY1_2のキック軸速度dGOの違い

 図12では、キックポイントにおけるキック軸速度dGOの値を表わす、赤色で太い線を書き込みました。キックポイントにおけるキック軸速度dGOの値は、XTTY3_1ではdGO=0.76 [m/s]で、XTTY1_2ではdGO=2.37 [m/s] です。ずいぶんと違います。
 XTTY3_1のような、身体重心直下に近いところでキックを行うフォームでは、キック軸dGOの動きは、まだ大きくなっていません。しかし、身体重心直下に近いということから、GO軸の速度を水平速度dGへと変換するb/a比は大きなものとなります。
 これに対して、XTTY1_2のような、身体重心直下から遠いところでキックを行うフォームでは、キック軸dGOの動きは、かなり大きなものとなっています。ところが、身体重心直下から遠いという幾何的な理由により、速度変換比b/aは小さなものとなってしまうのです。
 つまり、dGOとb/aより、dGO×(b/a) = dJ という、理論的な水平速度(あるいは、推定速度)を求めることができるのです。
 このdJが観測値としてのdGとするのかどうかを調べるためには、もう少しb/aの値を、きちんと求めておく必要があります。
 図11の中央にあるb/aのための模式図は、5度ずつの変化について調べていますので、4度の変化であるXTTY3_1の[s→kp]= [4→8] と、7度の変化であるXTTY1_2の [s→kp] = [10→17] に、うまく対応していません。そこで、このような変化におるb/a値を求めたものを図13に示しました。このようにして求めた、よりげんみつな幾何シミュレーションにより、XTTY3_1の[s→kp]= [4→8]ではb/a=9.6で、XTTY1_2の [s→kp] = [10→17]ではb/a=4.3という値が決まります。


図13 4→8ではb/a=9.6で10→17ではb/a=4.3

 図11〜図13で示したデータを次の表2に整理します。

表2 ランニングスピード生成のメカニズム(XTTY1_2とXTTY3__1)



 表2において、さいしょに記してあるdGは、この解析モデルにおける全重心水平速度の観測値となります。@はキックポイント(kp)におけるキック軸速度dGOです。GO前傾角のsはキック区間の開始フォーム、kpはキックポイントのフォームを意味します。そして、Aが、このようなGO前傾角の変化からもとめた、スピードの変換比です。さいごに、dJとして、@×Aを求めています。
 XTTY3_1におけるdJ=7.3は、観測値のdG=7.2と、よく合っています。しかし、XTTY1_2におけるdJ=10.2は、観測値のdG=7.6に対して、かなり大きなものとなっています。
 このようなプロセスが、キックポイントのフォームに対応したスピード変換比b/aキック軸速度dGOから推定速度dJを求める手順です。
 推定速度dJが、観測速度dGとよく一致するとき、このようなプロセスが「ランニングスピード生成のメカニズム」であると考えることができます。
図14と図15はXTTY3_1とXTTY1_2をモデルとして、それぞれの「ランニングスピード生成のメカニズム」を模式的に表わしたものです。


図14 ランニングスピード生成のメカニズム(XTTY3_1)


図15 ランニングスピード生成のメカニズム(XTTY1_2)

 2つのフォームについて調べた方法を、XTTY選手の3回のランニングにおいて解析したすべてのフォームについて適用し、同じような解析を行いました。それらの解析結果を表3〜表5にまとめます。

表3 ランニングスピード生成のメカニズム(XTTY1)



表4 ランニングスピード生成のメカニズム(XTTY2)



表5 ランニングスピード生成のメカニズム(XTTY3)



 次の図16は上記の表3〜表5における「全重心水平速度dG [m/s] と推定速度dJ=dGO×(b/a) [m/s]」の対応をグラフにして表わしたものです。dGとdJの対応を見るため、対角線を補助的に描いてあります。


図16 全重心水平速度dG [m/s] と推定速度dJ=dGO×(b/a) [m/s]

 dGとdJの対応を見ると、XTTY1ではdJのほうがやや上回っていますが、XTTY2とXTTY3では、対角線の近くに分布しており、ほぼ同じ値となっています。
 XTTY2とXTTY3において、dGとdJがほぼ同じであることから、推定速度dJ=dGO×(b/a) によって、観測速度dGがうまく説明できていると言えます。
 XTTY1でdJのほうがやや上回っているのは、このときのキック軸速度dGOがうまく利用できていなかったのかもしれません。キック力は大きかったのですが、それが地面から反作用として帰ってきて、ランナーの全重心の水平速度へと変換されるまでのどこかで、何らかのロスがあったのかもしません。
 次の図17は「XTTY選手の3回のランニングフォーム(サンプル)」を並べたものです。1回目のRUNと、2回目と3回目のRUNSと異なるのは、1回目ではピッチとスピードを追い求め、2回目と3回目のRUNSではストライドを伸ばすことができる動きをやろうとしたことです。キック脚の踏みつけ形にも、これらの違いが表れています。


図17 XTTY選手の3回のランニングフォーム(サンプル)

 考察

 重心直下に近いところでのキックフォームにおいては、GO軸の速度dGOを水平速度dGへと変換する幾何的な比b/aが大きな値となります。しかし、キックの動きは、どうしても、はじめのところとなってしまうので、GO軸の速度dGOが、それほど大きくなりません。
 これに対して、重心直下から遠いところでのキックフォームのほうでは、キックの動きを最後まで利用して、GO軸に沿って生み出しうる速度dGOを大きくすることができます。しかし、このようなとき、GO軸での速度dGOを水平速度dGへと変換する幾何的な比b/aが、重心直下から遠ざかるにつれ、どんどんと小さくなります。
 実際、XTTY1_2のとき、キック軸加速度比がaGO/g= 6.7となっています。これはかなり大きな値です。「ランニングスピード生成のメカニズム」の中で使われるキック軸速度dGOの2.37 [m/s] も、かなり大きな値です。これらの値をさらに大きくするには困難がともないます。
 垂直跳の高さhと初速度vの関係式としてv2=2ghがあります。ここでg=9.80 [m/s2]です。この式を使って計算すると、垂直跳で0.7mのときの初速度はv=3.7 [m/s] です。しかし、垂直跳は両脚でジャンプしていますが、スプリントランニングでは片脚だけです。逆に、観測値として知られているキック軸速度でdGO=2.8 [m/s] というものがありますが、この値を垂直跳の初速度v=2.8としたとき、高さはh=0.4 [m] です。XTTY選手も1回目のRUNのXTTY1_1でdGO=2.86 [m/s] の値を生み出しています。
 これに対して、XTTY3_1でのキック軸加速度比はaGO/g= 4.8 であり、やや大きな値となりますが、通常のスプリンターなら出せる値です。利用しているキック軸速度dGO=0.76 [m/s] も、さほど大きな値ではありません。ただし、このキックフォームにおける問題は、重心直下に近いところでの、短いキック時間において、できるだけ大きなキック軸速度dGOを生み出さなければならないということです。

 次の表6は、上記表3〜表5の平均値のところだけを集めたものです。

表6 ランニングスピード生成のメカニズム(平均値)



 XTTY1とXTTY2の平均速度dGは、8.1と7.8であり、わずかな違いです。ほぼ同じとみなすこともできます。しかし、これらのキック軸速度@dGO(kp)と変換比Ab/aは、かなり違っています。
 XTTY1では、キック軸速度@dGO(kp)=2.46 [m/s] は大きいのですが、変換比Ab/a=3.9 が小さいのです。これに対して、XTTY2では、変換比Ab/a=5.1のほうが大きくて、キック軸速度@dGO(kp)=1.62 が小さいわけです。

 キックの時間を長くとれば、キック軸速度dGOを大きくすることができるのですが、そのときには、変換比b/aが小さくなるということと、利用できるdGOの大きさの限界値へと近づいてしまうという難点があります。このようなことから、生み出しうるスピードのためにコントロールできる要素が、キック軸速度dGOだけになってしまい、やがて、キック軸速度を生み出す能力が伸びなくなることにともなって、スピードが停滞するという、「スピード障害」が起こってしまうことになります。
 これに対して、重心直下ですばやくキックするフォームにおいては、大きな変換比b/aを利用することができます。これと組み合わせるキック軸速度dGOの値も、生み出しうる限界値というほどのものではありません。このときの問題点は、このような要素の組み合わせを、重心直下に近いところで、すばやく生み出さなければならないという、テクニックの難しさにあります。しかし、スピードを高める可能性は閉ざされていません。

 まとめ

 dGOの観測値と、幾何的なb/a比を使って、dJ=dGO×(b/a) というシミュレーション速度を求めるという方法は、XTTY選手の2回目と3回目のランニングにおいて、かなりの精度で、観測値のdGの値を説明しています。XTTY選手の1回目のランニングのフォームにおいては、シミュレーション速度dJのほうが観測値dGより大きくなっています。この理由はまだよく分かりません。
 今回の解析ではXTTY選手の3回のランニングにおける総数16のフォームについて調べましたが、XTTY選手のランニングフォームは、どちらかというと、身体重心直下から遠いところでキックポイントを生み出すタイプです。その中で、もっとも身体重心直下でのキックに近いものとして、XTTY3_1のフォームを取りあげたのですが、これだけではまだ、「このようなフォームについて調べつくした」とは言えません。
 現在想定しているシミュレーションに、たとえば、何らかの修正を加えれば、観測値としてのdGを、より詳しく説明することができるかもしれません。
 「強いキック」としての、「キック軸加速度比aGO/gを大きくするということ」ではなく、「キック軸速度dGOの大きさ」と「スピード変換比b/aを大きなものとして利用できるフォーム」をうまく組み合わせるということが、より本質的なことだったわけです。

 あとがき

 「ランニングスピード生成のメカニズム」という大きなタイトルにふさわしい内容のものを生み出そうとして、いろいろと書き加えていくうちに、どんどん長くなってしまいました。
 「はじめに」のところで、「膝をロックしたキック」と「重心直下でのキック」と「力強いキック」という、3つの条件のことを述べましたが、どうやら、「ランニングスピード生成のメカニズム」のために必要な条件として、これらとは異なる、4つ目がありそうです。
 今回の解析で取りあげたXTTY選手のほかに、カール・ルイス選手のデータも調べましたが、dJ=dGO×(b/a)という推定式は、ほぼ成立していました。他の選手のランニングフォームについても、次々と調べてゆくうちに、うまく成立するケースと、まったく成立しないケースがあるということが分かってきました。
 比較的速く走れているランナーでは、うまく成立しているのですが、たとえば、私のような、いつまでたっても速く走れないランナーでは、まったく成立しないフォームがたくさん現れます。「膝をロックしたキック」と「重心直下でのキック」と「力強いキック」という3つの条件については、それなりに、こなしているはずの私が、なぜ速く走ることができないのか。このことを詳しく調べてゆくことにより、4つ目の条件が見つかりました。
 次回の解析では、このことについて詳しく説明します。
 (Written by KULOTSUKI Kinohito, Jan 28, 2014)

 

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